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戦闘予報 -死傷確率は5%です。-  作者: しゅう かいどう
二二〇三年

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201/336

201.FKO実証試験 鹿賀山の苦悩

二二〇三年四月二十九日 〇三一二 KYT西三十四キロ地点


先頭車両である鹿賀山が乗る装甲車の機銃が口火を切った。

月人の群れへと無数の光弾をバラ撒いていく。

月人は、死を司る流星群の中を怯むことなく走り、距離を急激に詰めてくる。

車載機銃と前面の銃眼から突き出されるアサルトライフル一丁では、弾幕を掻い潜られ、接近を阻むことができなかった。

一部の光弾を避けることに失敗した月人は、胸部や腹部の毛皮ごと筋肉を焼かれるが貫通には至らなかった。そして、光弾の性質上、銃創は焼けるため失血死を望むこともできない。

即死させるには、毛皮の無い急所か、一度焼いた箇所へ的確に光弾を当てなければならなかった。

「お願いだから来ないで。来ないで。倒れなさいよ。」

叫びながら東條寺は、助手席からアサルトライフルを連射モードにて光弾をバラ撒く。月人に着弾はしているのだが、月人の勢いは止まらない。奴らは、多少の負傷など、ものともしなかった。

数百メートルあった距離は縮まり、鹿賀山達の眼前へと迫る。

距離が詰まったことによる光弾の命中精度は高まり、至近弾が月人の頭部を貫いた。舞が操作する機銃も光弾をバラ撒くのではなく、集中攻撃に切り替え、一体一体を細切れにする戦術に変更していた。

ようやく、8311分隊は前衛を撃ち倒し始めた。

だが、他の分隊が前衛を務めていれば、月人を眼前まで寄せ付ける様な失敗はしなかっただろう。

司令機能が主任務である分隊であったため、弱点を知識として理解していても、命令を下すことに慣れ、それを戦闘に活かせていなかった。


8311分隊の一号車は、その隙を突かれ、月人に取り付かれた。

狼男は、自慢の拳と爪で装甲車を叩き潰そうと前面の装甲を破壊することを試みる。

兎女は、装甲の継ぎ目や凹みに長剣を突き入れ、装甲を剥すことを試みる。

拳が叩きつけられる重低音と長剣が突き入れられる度に響く高周波が車内の鹿賀山達の耳と精神を傷めつける。

装甲車の装甲は、複合装甲よりも防御性能が低い。車体全てを複合装甲で覆うと車重が重くなり、機動性や居住性が落ちる為だ。

それに複合装甲には、人工筋肉が内蔵されており、装甲車の装甲には、用途が向かないというのも理由であった。

複合装甲は貴重である。生産方法は秘匿されており、正確な情報は無いが、年間の生産量は少ないと言われている。

「機銃とライフルで引き剥がせ。」

鹿賀山が怒鳴る。

「死角に入られました。射角外です。無理です。」

東條寺が叫び返す。

「ならば、轢き殺せ。」

「了解。」

鹿賀山の命令に愛が装甲車のアクセルを踏み込む。数十センチ前進したところで装甲車のタイヤが空回りを始めた。

「月人に押し返されています。前進できません。モーターに過負荷がかかりますので、前進を中止します。」

愛は冷静に状況を告げた。

「小和泉。後ろから撃て。」

鹿賀山は、小隊無線で後続の小和泉に援護射撃を求めた。

「こちらからは敵が見えないから当たらないよ。ところで電撃は浴びせたのかな。」

「はっ、電撃。ああ、電撃か。舞、前面に高圧電流を流せ。」

小和泉の指摘に鹿賀山は、装甲車の装備の一つを失念している事に気がついた。

「了解。前面装甲へ通電開始。電圧上昇中。電圧最大値到達。」

前面装甲に貼りついていた月人達が痙攣を起こした。電圧の上昇に合わせ、接触していない近くの月人へも通電し、同様に痙攣を始めた。

月人達の痙攣は激しさを増し、通常では有り得ない動きへと変化とする。眼球が沸騰を始め、舌は二回りほど大きく膨張し口を塞ぎ、呼吸を止める。

全身から湯気や煙を上げ始め、水分が蒸発して壊死した四肢だけを装甲に貼りつかせたまま千切れ、身体は地面へと崩れ落ちていく。ピクリとも動く月人は居ない。電気ショックにより心停止していることは間違いないだろう。


今の攻撃により、装甲車に取り付いていた九匹の月人を屠れた。

この隙に目の前の事態に対応すべく装甲車を下げた。離されまいと五匹の狼男が、全力疾走を開始した。

舞は、その動きを阻止すべく機銃掃射をするが、舞の予測を超えた動きであった。

狼男達はトンネルの壁面を駆け上がった。半円形のトンネルの壁面を全力で疾走し天井部へと向かう。走る勢いと足の爪を壁面に喰い込ませ、壁を駆け上がっていく。

まるで重力を無視したかの動きに舞の機銃は、照準を合わせることが出来なかった。

五匹の月人は、一号車の屋根に舞い降り、装甲車に巨石が落ちる様な衝撃と音が響いた。

反射的に鹿賀山と東條寺と舞は、天井を見る。天井の壁面モニターには、血走った狼男達の姿が大きく映し出されていた。

月人達は、据え付けの機銃の破壊と天井ハッチ開放を狙っていた。

鹿賀山は天井ハッチへアサルトライフルを向けた。ハッチを破壊された場合に備えたのだ。

だが、その事態は訪れなかった。

小和泉の二号車が機銃掃射し、排除したのだ。射線が通れば、躊躇いなく援護射撃をするのは当然である。五匹の狼男は、幾重もの光弾に貫かれ、装甲車から落ちていく。頭部を集中的に狙われ、破壊された。生き残りはいないだろう。


月人は知能が高いのか低いのか、判断がつかない。

アサルトライフルの構造を理解する頭脳を発揮したり、今の様な機銃の射線上に平然と身を晒す馬鹿な行動をとる。ゆえに知能指数を計ることができないでいた。

人類は、予測できない行動を起こす月人との戦いにおいて、対人の戦術が役に立たず、優勢にならない。その場で可能な対処を考え、知恵と行動で事態を乗り越えてきた。

「このまま電撃を押し当てつつ轢き殺せ。」

鹿賀山は装甲車の電撃を月人に押し付けさせる命令を下した。

愛はアクセルを踏み込み、残っている月人の集団へと装甲車を突入させた。

月人を撥ね飛ばす衝撃が装甲車を揺るがす。だが、その衝撃は鹿賀山達の予測を遥かに超える強い衝撃となって返ってきた。

装甲車は急停止させられ、シートベルトが鹿賀山達を座席に強く拘束する。複合装甲とプロテクターが無ければ、肋骨の数本を圧し折っていただろう。

全身に浴びた衝撃で鹿賀山と東條寺の意識が一瞬飛んだ。二人は自然種ゆえに促成種の頑健さは持ち合わせていない。

「何、が、あった。」

苦しい呼吸の中、鹿賀山は声を絞り出した。

「逆茂木に衝突しました。」

愛が何事も無かったかの様に状況を説明する。

「さかもぎ。逆茂木とはバリケードか。月人がバリケードを構築していたのか。そんな馬鹿な。

その様な戦術は聞いたことが無い。装甲車を受け止めるバリケードだと。そんな知能もあるのか。その様な素振りは今までなかったぞ。

なぜ、私の前には、吊り天井、割れ目からの杭攻撃、ライフルによる銃撃と新戦術ばかり出会うのだ。

これでは、日本軍の実験部隊でなく、月人の実験部隊ではないか。

くそ、そうなのかもしれない。動物も狩りの方法を学習し、環境に応じて変化するという。今がその節目なのか。月人も生存競争に打ち勝とうとしているのか。

いや、考察は後だ。現状打破が最優先だ。目的を見失うな。」

鹿賀山は前面の壁面モニターを見ると一メートル四方の二つの武骨なコンクリート塊が道を塞いでいた。塊を挟む様にレールが二本ずつ両端に斜めに括られていた。地面に固定されていたレールを引きはがし上へ曲げた物だった。

そのレールが装甲車の前面部の装甲を突き破っていた。幸い車内にレールは達することは無く、怪我人は出なかった。

「バックだ。下れ。」

愛は、変速機を後進に入れ、アクセルを踏む。一度、二度と踏むがレールがガッチリと喰い込み、装甲車が後ろに下がる気配は全く無かった。

アクセルの踏み方に強弱をつけたり、ハンドルを回したり、装甲車に様々な動きをさせようとするが、装甲車は愛の操作を一切受け付けなかった。

「走行不能です。」

愛の報告を受けるまでもなく、一連の動きを見ていた鹿賀山にも理解できた。

「状況報告。」

愛が悪戦苦闘している間に他の者達は、損害箇所の確認を行っていたのだ。

「昇圧回路破損。装甲への電撃供給不能。」

「前部衝撃吸収区画、損壊。レールと絡み合っています。」

「居住区画、気密正常。空気汚染は確認されません。」

「蓄電池に異常値を確認。格納容器が破損した模様。漏電する可能性有り。」

「発電機、イワクラム変換器、異常無し。」

「センサー、カメラ、その他計器、異常無し。」

「敵、残数五匹を確認。バリケードの裏に隠れています。電流に警戒しているのか、動きがありません。バリケード前の敵を含め、二十五匹は死亡と推定。」

「敵は己の肉体を盾にして、バリケードを隠していた模様。」

部下の三人から次々と報告が上がる。

「掌の上で転がされたのか。この私がか。奴らにそんな知恵があるのか。

いや無かった。最近だ。おかしいのは最近なのだ。奴らに大きな変化が起きている。今までの常識が通用しない。その予兆はあった。それを見逃したのは私だ。奴らは進化している。それも急速にだ。何故だ。

待て待て。推察するのは後だ。この危機をどうやって乗り切る。それを考えるのだ。」

鹿賀山の自問自答に答える者はいない。鹿賀山も答えを欲している訳ではない。言葉に出し、それを耳に聞き、考えをまとめているのに過ぎない。鹿賀山の苦悩は続くのだ。

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