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2.塹壕戦

二二〇一年九月十七日 一五三八 KYT 西部塹壕


戦闘予報。

射撃戦です。所によっては塹壕戦もあるでしょう。

死傷確率は5%です。


「なぁ、桔梗。隣はどうなのかな。」

「×(バツ)です。陣地に取り付かれ、塹壕に飛び込まれる可能性が高いです。特に分隊長の声が小隊無線で確認できません。軍曹の指示しか聞こえません。危険です。」

1111分隊の先任軍曹である桔梗が冷静に答える。

敵が塹壕に近づくと砲撃陣地からの砲撃が出来なくなる。味方も巻き込むからだ。そうなると、陣地からの援護射撃が無くなるか、状況によっては自軍に損害がでることを承知で砲撃される場合もある。戦争とは冷徹な引き算だけで出来ている。

「桔梗が言うならば、間違いないかな。菜花、遊びに行くかい。」

「隊長、新米の尻拭いっすか。塹壕へ月人に飛び込まれると厄介すよね」

菜花が敵を狙い撃ちながら、粗暴な口調で確認をしてくる。

「嫌なら行かなくてもいいよ。鈴蘭を連れて行こうかな」

「隊長。格闘戦、嫌いです。」

鈴蘭が滑舌良く、淡々と管制官の様な物言いで、ハッキリと拒絶する。

「待ってくれ、隊長。人が悪いぜ。行くに決まっているだろう。血が騒ぐぜ。」

「じゃあ、一緒に行こうか。しばらくすれば、塹壕に取り付かれるだろうね。ここの戦区は、都市陣地の砲撃でカバーしてもらうことにしよう。作戦進行率もトップだし、桔梗と鈴蘭でもたせられるよね。」

「はい、砲撃陣地の援護が有れば可能です。」

「うん、分かったよ。すぐに手配をしよう。」

射撃を続けながら司令部を呼び出す。

「1111分隊より司令部。当分隊戦区の砲撃支援を要請する。」

「司令部より1111分隊。貴隊の作戦進行率は順調だ。支援の必要性は認められない。」

「1114分隊が決壊の恐れあり。救援に二名出したい。その穴埋めだ。」

「検討する。現状維持で命令を待て。」

「現状維持で待機。了解。」

小和泉が網膜に表示される戦区マップを確認すると、隣の1114分隊の正面の敵が突出し始めていた。完全に敵に押されているのだ。やはり、小和泉の直観は正しかった。

「司令部より1111分隊へ。これより貴官の戦区へ支援砲撃を開始する。1114分隊を支援し敵を押し返せ。」

「1111分隊了解。行動開始する。」

小和泉は、アサルトライフルの先端に銃剣を取り付ける。月人は、鋭い牙と爪、そして鋭利な剣を持っている。格闘戦になれば、銃を撃つことができなくなる。対抗するには、銃剣が必要となってくる。原始的な攻撃をする敵を相手にするには、こちらも原始的な戦いを強いられる。

「菜花、行くよ。」

「了解。」

二人は楽しげに塹壕を走り出した。


小和泉と菜花が狭くジグザグになった塹壕通路を走り出す。複合装甲のお陰で、生身より筋力と速力が三倍補正されているため、車と同様の速度で走りだす。

背部カメラで菜花が生身で遅れる事無く付いて来ていることを確認した。

人造人間である促成種は、普通の人間つまり自然種の五倍に筋力補正されている。

つまり、自然種の小和泉が人造人間である菜花と真正直に素手で戦えば、小和泉に勝つ手段は無い。複合装甲で筋力等を三倍に引き上げても勝てない。

月人を圧倒して戦う為に特化され造り出されたのが、人造人間だ。この人造人間のお陰で戦闘での死傷確率が5%になった。


小和泉達は1114分隊の塹壕に走り込み、直ぐに側壁に取り付き、射撃を開始する。

「へいへい、援軍だぜ。感謝しな。新兵共。」

菜花が軽い口調で1114分隊の面々に独特の挨拶をする。

塹壕の中を見渡すと、側壁に取り付いて射撃しているのは、部下の人造人間だけで自然種の分隊長である井守准尉の姿が見えない。

「菜花伍長、僕が話すから、戦いに専念してくれるかな。で、新米分隊長さんはどこかな。」

他部隊の前であろうと小和泉は態度を変えず、いつも通りの口調でクチナワ軍曹に質問した。

「は、少尉殿。分隊長殿はそちらの隅におられます。」

1114分隊のクチナワが指を差す。

そこには塹壕の隅にうずくまる複合装甲の男がいた。身体を小刻みに震わせ、膝を抱え込んで丸くなっている。

ヘルメットの中を覗き込むとバイザー越しに口許から泡をだらしなく垂らし、額からは脂汗を、目からは途切れなく涙を流し、顔色は土気色になり生気を感じさせない若い男がいた。

この人形様な兵士は、准尉の階級章をつけていた。どうやら、童貞准尉がパニック障害を起こし、分隊が機能不全を起こしている様であった。

小和泉は、震えている准尉を力一杯蹴り飛ばす。筋力補正がかかっているが、複合装甲が衝撃を吸収するので、中身は大丈夫だろう。

「ふぎゅ~」

カエルの鳴き声を上げながら、無様に塹壕を転がる。

「おおい、童貞准尉さんよ。僕ちんが指揮して戦ってくれないと迷惑がかかるんだよね。早く、指揮に戻ってくれないかな。」

准尉はさらに丸まり、身体の震えが増幅された。

小和泉の不意打ちの蹴りにより、恐怖が増幅してしまった様だ。逆効果だった。

戦術モニターに、月人接近警報が表示される。

―この准尉は無視しようか。使い物にならないね。僕が指揮するか。―

小和泉は井守を見捨てた。

「全員、機関銃モードで月人を蹴散らせ。近づけさせるな。」

『了解。』

菜花と1114分隊員から返事が即座に入った。

アサルトライフルを機関銃モードにすると光の粒子がばら撒かれ、こちらの居場所を知らせることになる。狙撃モードによる単発で撃っていては、大量に迫る月人に対処できない。

機関銃モードで面制圧するしか手段は無かった。

月人は肉弾戦しか攻撃手段を持っていないのが、唯一の救いだ。近づけさせなければ、脅威にはならない。

今の状況では、居場所がばれることを恐れるよりも、面制圧で確実に敵を削る方が良いと小和泉は割り切った。

小和泉も塹壕に貼りつき、機関銃モードで撃ち続ける。

接近する月人が簡単に蜂の巣となり、屍の山を築いていく。

こちらはイワクラムにより弾切れの心配は無い。引き金を引き続けるだけだ。

戦術モニターの月人の突出が少しずつ削られていく。どうやら、押し返しには成功している様だ。

しかし、敵の濃度が濃くなっていく。小和泉達の居場所がばれ、どうやらここに戦力を集中する様だ。敵の陣替えが終わり次第、すぐに突撃してくるだろう。

だが、小和泉は落ち着いていた。司令部は無能では無い。そして、頼りになる者が居る。

戦術モニターから小和泉と同じ状況判断をしているだろう。その内、敵の濃度が頂点に達した瞬間、一斉砲撃が加えられるだろう。小和泉は支援砲撃の要請をしなかった。


数分後、予想通り砲撃陣地から敵の濃度が濃い地点へ重点砲撃が始まった。光の奔流が暴れ、一気に敵の濃度が薄くなっていく。敵の増援も途絶え、戦術モニターの敵予測残存戦力も三百まで減った。

1114分隊の作戦進行率が急激に上昇を始めるが、撃破平均値にはまだ遠い。ついでに1111分隊の状況も確認するが、何の心配もいらなかった。順調に作戦進行率を上げている。

人類ならば、三割も損害を出せば完敗と判断し、撤退するのが定石だが、月人は全滅するまで攻撃を止めない。逆にここまで生き残る月人は、強者である個体の可能性が高い。

ここからが本番であり、気を引き締めなければならない。

案の定、小和泉が居る塹壕へ四つの光点が急速に近づき、戦術モニターが警告を発する。

「四匹来る。一匹でも減らせ。1114分隊任せる。」

「了解。」

「菜花、敵と絡む時間だよ。情熱的なのを頼もうかな。」

「了解。しっかり昇天させてやりますよ。」

菜花がニヤリと笑い、アサルトライフルを背中に担ぐと腰の銃剣を二本抜き、逆手に構える。

小和泉もアサルトライフルへの銃剣の固定をもう一度確認する。

小和泉は銃剣術、菜花は銃剣二刀流で月人に対するつもりだ。

「少尉、二匹突破されます。接敵まで十秒。」

1114分隊のクチナワ軍曹が小和泉に報告を入れる。戦術モニターでも確認する。接近する光点は二つ。月人四匹中二匹は葬った様だ。新米分隊としては上出来だろう。

「確認したよ。その二匹はこっちに任せて、弾幕は切らさないでね。」

「了解。」

軍曹の返事と同時に塹壕に影が二つ踊り込んで来た。背後から二等兵へ刺そうとする兎女の長剣を小和泉が銃剣で受け止める。

菜花は、飛び込んできた瞬間に狼男を蹴り飛ばすが、うまく防御された様だ。

「へへへ。ワンちゃんがあたしの相手か。すぐに昇天させてやるからな。」

菜花は、すぐに間合いを詰め狼男に襲いかかる。爪と銃剣がかち合う甲高い音が塹壕に響き始めた。

一方、小和泉は兎女の長剣を銃剣で力一杯押しとどめ、睨み合いの膠着状態となった。

月人が地球人の三倍の筋力を持っていようが、複合装甲により地球人も三倍に補正されている為、力や速さは同等だった。複合装甲の増幅率を三倍以上に設定できたが、中に入る人間がその力に耐えきれず、筋肉を断絶させたり、骨折させるなどの悪影響があった為、現在の三倍補正で固定された。

その分、人類側に有利となる様に促成種は、素のままで五倍補正に堪えられる頑強な肉体を誕生時から与えられている。

月人の姿形は、頭部以外を除いて人類に近い。急所である頭・顔・胸・背中・股間・尻は、獣毛で覆われており、服は着ない。この獣毛が曲者だった。

耐刃性があり、獣毛の上から斬る事は難しい。基本的に獣毛の無い処を狙うことになるが、それでは致命傷を与えることが難しい。肉弾戦で人間側が苦戦する理由の一つだ。アサルトライフルのレーザーであれば、獣毛を簡単に貫通する。ゆえに接近させないことが基本戦術になっている。拳銃ではエネルギー増幅装置がついていない為、獣毛を抜くだけでも数発の光弾が必要となる。

顔の造形は、大きく地球人と異なる。兎女と呼ばれる月人の雌は、人と兎を掛け合わせた様な顔をしており、耳が短い種類の兎の耳が頭の上についている。人間の耳に当たるところには何もない。獣毛が生えているだけである。尻尾は無い。

兎女は、腕力が雄より劣る為、それを補う為に長剣を使う。つまり、手先は細やかな動きに対応しているということだった。そして、敏捷性は雄よりも優れていた。

月人の雄である狼男は、人と狼を掛け合わせた顔をしている。兎女よりも力が強く、鋭い牙と爪を持っていた。鋭い爪で切り裂くために指は太く、長剣を振るうことには向いていない武骨な手であった。

なぜ、雄と雌でここまで容姿が違うのか、子供への遺伝はどうなるか等、月人の生態系で分かっている事は、ほとんどなかった。はっきりしている事は、外見的特徴、身体的能力と極度の凶暴性だった。

狼男は、腕力に自信がある為か手持ち武器を一切使用しない。己の牙と爪を武器に襲い掛かってくる。逆に攻撃パターンが咬む、引っ掻く、殴るに限られている為、兎女よりも対処しやすい。

本来ならば格闘戦は、人造人間の促成種に任せ、自然種は後方よりの援護に徹する。促成種は、月人を圧倒する身体能力を持っているからだ。複合装甲を纏って、ようやく月人と同等の能力になる自然種が格闘戦を挑むのは理に適っていない。

しかし、小和泉は自分の趣味を優先するため、格闘戦を自分から行うことが多々あったのだ。


小和泉がアサルトライフルを傾けて、力をいなし、兎女と間合いをとる。その瞬間に小和泉は状況を再度確認する。

左側面モニターには、1114分隊が弾幕を張り、敵を近づけない様にしており、右側面モニターには、菜花と狼男のにらみ合いを映している。

戦術モニターにも新たな敵影は発見できない。

小和泉は、兎女に専念できる状況に満足した。

常に冷静である小和泉の脳が、さらに澄み渡り静謐さに満たされていく。己の五感が研ぎ澄まされていき、戦術モニターを介さずとも周囲の状況を気配だけで把握し始める。


菜花は、銃剣の二刀流で狼男の鋭い爪を何度も弾き続ける。月人が自然種よりも三倍強かろうが、促成種である菜花にとっては、遅い動きだ。こちらは、対月人用に特化した人造人間であり、自然種の五倍に強化されている。基本性能で月人を凌駕している。

狼男の切り裂きを悠々と躱すと右手を銃剣にて斬り飛ばす。切り口から赤い鮮血が噴き出す。月人も血が赤い。

―血の色が青や緑ならもっと宇宙人らしいのにな。―

菜花は月人を斬る度に思う。

速度、筋力共にこちらが上。負ける要素は無い。

痛覚もちゃんとあるらしく、傷口を押さえながら狼男が吠えている。隙だらけだ。戦闘を放棄したとしか思えない。

菜花は、素早く狼の獣毛が少ない脇腹に潜り込み、左手の銃剣を突き上げた。剣先が心臓を捉える。脈動を銃剣越しに感じ、一気に貫くと、同時に右手の銃剣を狼男の口に噛ます。

接近すると牙で首を噛み切られる恐れがある為、口を封じるのは基本だ。

菜花は、傷口を広げ、体組織の破壊を確実にするため左手の銃剣を抉る。すぐに銃剣を通して感じていた鼓動が無くなり、狼男の全体重が菜花に重くのしかかってきた。

菜花は、銃剣を引き抜くと同時に狼男を地面へと押し倒し、その勢いを利用し、口に咥えさせていた銃剣へ体重を乗せ、一気に後頭部を押し斬った。

菜花によって、狼男の頭部は上下に分断され塹壕の隅へ転がっていった。その先に童貞准尉がうずくまっており、その目の前に狼男の頭部と目が合った。

「ひえ~。ひゃ、ひゃ、おおか、おおかむ…」

言葉にならぬ声で叫び、失神した。

「なんでー。死体と目が合っただけで気を失うなんて。こいつ軍人に向いてねえな。それに比べて、うちの隊長はよく月人と肉弾戦をする気になるぜ。他の隊なら、俺達促成種に任せるのにな。物好きだね。」

「物好きですまないね。菜花。」

「あ、聞いてました。でも、物好きには違いないっしょ。」

小和泉は、アサルトライフルをうまく使い、兎女の長剣を捌く。

「趣味だから、血が騒ぐんだよね。」

「わかりました。さっさと済ませて下さいよ。自分は、射撃に戻るっす。」

そういうと菜花は、塹壕の側壁にへばりつき、敵を機関銃モードでなぎ倒し始めた。


「君は健康そうで強そうだね。いいよ。さて、君は僕の攻撃をどこまで凌いでくれるのかな。」

小和泉のアサルトライフルの使い方が突然鋭くなった。菜花の援護をする必要が無くなったため、目前の敵に意識を集中したのだ。

兎女の長剣を大きく弾き、体勢を崩した瞬間、鳩尾に銃床を叩きこむ。兎女は、衝撃で気を失い、その場に倒れ込んだ。頑強な獣毛であろうとも衝撃を吸収することは不可能だ。

小和泉は、長剣を遠くへ蹴り飛ばした。ゆっくりと近づき、兎女の芝居かを確認のため、銃剣で軽く突くが反応が無い。本当に失神した様だ。

「何だ。見せかけの筋肉だったのか。残念だね。本気を出せる相手に会いたいものだね。」

小和泉は、銃剣に装備されている高電圧レーザーの電源を入れる。銃剣が熱で赤銅色に発光する。

「じゃ、さようなら。」

小和泉は、剛毛に弾かれていた銃剣はあっさりと突き抜け、兎女の心臓を一刺しした。

司令部は馬鹿では無い。ライフルに装備した銃剣に高電圧レーザーを纏わせ、月人の毛皮を無力化する手段を用意していた。

単に小和泉が白兵戦を楽しむ為に、故意に電源を入れていなかっただけだった。


戦術モニターを確認すると砲撃の効果も重なり、敵の突出は凹んでいた。1114分隊の作戦進行率も平均値を超え、順調に敵を削っている。

どうやら戦線の崩壊は免れた様だ。敵の予測残存戦力は、百を切った。まもなく敵は全滅するだろう。持ち場に戻る事無く、この塹壕で最後まで戦闘を続けても問題無いと判断した。

小和泉は塹壕の側壁に取り付き、機関銃モードで斉射を再開した。

その顔は、白兵戦が望んだ結果でなく、不完全燃焼に終わった不服そうな表情だった。

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