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戦闘予報 -死傷確率は5%です。-  作者: しゅう かいどう
二二〇三年

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118/336

118.足取り重く道場へ

二二〇三年二月三日 一九二二 KYT 中層部 居住区


小和泉は、道場の前に東條寺と共に佇んでいた。

舞とクジの見舞を済ませ、命に別状が無い事を確認できた。今後の事は、経過観察と本人の回復力に左右されるとの事だった。重傷人のところに長居はできない。簡単な会話を交わし、病室をあとにした。

小和泉は、病院の入口で桔梗達と別れ、足取り重く、道場へやって来た。

一方、東條寺は始終明るく楽しそうに小和泉に他愛のない話を振って来ていた。

今の小和泉には、安否を確認できた二人の事よりも、東條寺の他愛のない会話よりも、自分の命が心配だった。その為、東條寺には当たり障りのない返事をするだけだった。それでも機嫌が良いのは、二人きりであるという事実が彼女の機嫌を良くしていたのであろう。

命の覚悟を決め、建物の入口をくぐった。受付のタッチパネルに掌を触れると静脈認証によりロックが解除され、道場内へと二人は足を進めた。二階の道場に姉弟子は居るはずだった。この時間帯は、有段者相手に指導をしている。

小和泉は、階段を一段一段ゆっくり登る。一段登るごとに脈拍が一つずつ早まり、二階に着いた時は、いつもよりも心臓の鼓動は、確実に早くなっていた。

―う~ん。月人と対峙するよりも緊張するとはなぁ。どれだけ、姉弟子が苦手なのだろうね。やっぱり母親に会う様な感覚なのかな。―

すでに亡くなった母を久しぶりに思い出した。母が死んだ後は、二社谷が母であり、姉であり、師匠であった。頭が上がらない唯一の存在だった。

小和泉は覚悟を決め、道場へ入る観音引きの扉を開いた。


扉を開けると、道場生の上げる咆哮、熱気、汗の匂いが、小和泉と東條寺の全身を包み込んだ。

十数人の道場生が組手を行い、鍛錬に勤しんでいた。金芳流空手道には道着は無い。様々な普段着を着た道場生が木製の床の上を土足のままで鍛錬を行っていた。

使い古された言葉だが、常在戦場が金芳流空手道の基本だからだ。

危険は、通勤時に遭うかもしれない。仕事中に遭うかもしれない。ゆえに道着は無く、普段着が稽古着でもあった。職場の制服、工場の作業着、通勤時のラフな洋服等、様々な格好をしていた。

小和泉達も軍の荒野迷彩の野戦服のままだった。本来は略式の制服を平時は着用するのだが、戦時下である今は、その様なルールを守っているのは、総司令部のエリート位だった。

月人がいつ襲ってくるか分からない状況では、即出動できる様に野戦服を着ているのが一般的だった。何よりも動きやすいし、洗濯も楽というのも理由の一つだろう。


流石は有段者達だった。小和泉の目から見ても格闘戦の技量は高く感じられた。後は、生物を殺せる覚悟を持っているかで、月人との勝敗が決まる段階まで昇華されていた。

だが、軍に所属している道場生は違う。すでにその覚悟は終えている。恐らく、一対一であれば、素早さの兎女であれば勝てるだろう。だが、堅固な狼男には勝てない。狼男の強固な毛皮を打ち抜ける技量の者は、ここには居ない様だった。

今は居ないだけで、もっと強い道場生は居るのかもしれないが、道場にほとんど寄り付かない小和泉には知る由も無かった。

道場生の練習を邪魔しない様に、道場の隅を気配を消しつつ奥へと進んでいく。だが、それは無意味な行動であることに、気が付き、止めた。背後からついてくる東條寺は、気配が消せないからだ。

時折飛んでくる物珍しさと好奇心を含んだ視線を感じながら、小和泉達は、道場の奥へと歩みを進めた。

道場の奥には、姉弟子が仁王立ちし、道場生の動きを確認していた。無駄な動きや攻撃をもらった道場生へ指導が飛ぶ。普段は、二社谷の代行をする弟弟子の師範代達は居ない様だった。

騒がしい中でも二社谷の声は、道場の隅々まで凛々しく明瞭に届いた。


二二〇三年二月三日 一九二七 KYT 中層部 金芳流空手道道場


小和泉は、二社谷の姿を見て、一瞬めまいがした。小和泉の想像を超えていた。

隣に立つ東條寺は、

「亜沙美姉様、かわいい。私も着てみたい。」

と無邪気にはしゃいでいた。

二社谷の趣味が、コスプレであることは知っている。今日も趣味全開であろうと予測していた姉弟子の姿は、懐古主義な格好であった。

小和泉も古典映画で存在は知っていたが、実物を見る日が来るとは想像していなかった。

いつもの様に黒い艶やかな長髪をポニーテールでまとめ、白い上着には大きな折り返しの襟が付き、アクセントに青い線が三本入っていた。

赤いリボンが襟元を飾り、丈は短く、時折、二社谷が動く度、形の良いヘソがチラリと見えた。

紺色のスカートには、幾重にもプリーツが入り、二社谷の膝上で揺れていた。

足元はシンプルに黒い革靴と白い靴下の組み合わせだった。

小和泉は、記憶の奥底からセーラー服という単語を引き寄せることに成功した。

―確かセーラー服は、十代の女性が着る服だったはず。姉弟子は二十代半ば。なのに可愛く見えてしまうのは何故だろうか。これがセーラー服の魅力という物なのだろうか。―

小和泉は、しばし二社谷の姿に見惚れてしまった。


その隙を見逃す二社谷では無かった。二社谷が頷くと同時に小和泉のうなじに強い衝撃を受けた。

この道場に小和泉の背後を取れる実力者は、二社谷しかいないという油断だった。

筋肉が弛緩していた為、衝撃の全てをまともに受け、小和泉の意識が刈られそうになった。

だが、鍛え上げた肉体はそれを拒み、反射的に背後に居る何者かへ裏拳を放った。咄嗟に放った裏拳には威力は無く、あっさりと敵に受け止められてしまった。

それは予定の範囲内だった。小和泉の身体は止まらない。身体は自動的に重みが乗った膝蹴りを放つ。敵は足の位置を入れ替えることにより、膝蹴りを避けた。

「失礼致した。師範代よりのご指示により、これは宗家へのご挨拶であります。」

敵は、中性的な若い声で小和泉の事を宗家と呼び、両手を高く上げ敵意が無い事を示した。

体の主導権を奪い返した小和泉は、臨戦態勢を解いた。横に立っていた東條寺は、何が起こったか理解していない。おそらく細かい動きは、見えていないだろう。

敵は、上下ともに黒いジャージを着ていた。黒髪長髪のほっそりとした肢体。男女の区別がつかない体つきの者だった。歳の頃は十代後半だろうか。

―少年、いや少女か。違うなぁ。どっちだろう。あぁ、見覚えがあるね。OTUの防人の子供だったかな。姉弟子め。隠形が得意なカゴを利用しての不意打ちか。相変わらず、やり方がいやらしいなぁ。いたずら好きにも困ったものだね。―

小和泉は、すぐに状況を把握した。東條寺は、何が起こったのか理解できず、未だに放心していた。

「初めましてで、いいよね。中々、強烈な自己紹介ありがとう。カゴだよね。」

「はい、私はお初にお目にかかります。カゴでございます。宗家には命を救って頂いたばかりでなく、生きていくための便宜まで図って頂き、感謝しております。此度の攻撃は、師範代より実力を見てもらえとの仰せでございます。ご容赦頂ければ幸いでございます。無論、容赦できぬ場合は無礼討ちして頂いて結構でございます。この命は宗家の物でございます。」

―多智の奴、一体どんな風に僕を刷り込んだんだろう。はてさて。―

時代がかった話し方に記憶の改竄。間違いなく、多智の仕業であろう。

「そんな趣味は無いよ。で、宗家って何?」

「ここでする話じゃないだろう。カゴの部屋に行くよ。」

小和泉の疑問は、二社谷によって遮られた。

こちらに近づいてきた二社谷は、そう言い放つと道場の外へと出た。誰の意見も聞かない。それは決定事項だった。

「参りましょう。師範代の仰せのままに致しましょう。」

「分かったよ。行こうか。」

小和泉は、二社谷の怒りを買わぬ様に素直に従うことにし、放心している東條寺の腕を引き寄せ、道場を出た。

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