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戦闘予報 -死傷確率は5%です。-  作者: しゅう かいどう
二二〇一年

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11/336

11.〇一一〇〇六作戦 地の底で

二二〇一年十月六日 一三三五 作戦区域 落とし穴内部


蛇喰は前衛として、月人の気配が無いか細心の注意を持って前進していた。些細な変化は無いか、逐次モニターを確認していた。少しでも変化があれば即座に部下に偵察に行かせ、隠れている月人を各個撃破していった。

洞窟に入って数時間が経ち、疲労か油断か、集中力が低下していたのだろう。地面の亀裂に全く注意を払わず前進していた。

そして、予期せぬ大爆発に巻き込まれた。

全周から聞こえる爆発音、そして間髪入れずに訪れる浮遊感。思考が麻痺した。

―何が自分の身に起きたのです?―

周囲に砕けた岩盤と共にゆっくりと奈落へと落ちていく感覚と土埃が蛇喰の身体を覆い、視界を奪っていく。空中に浮く友軍の姿が土埃に巻き込まれ、次に部下達の姿が完全に覆い隠された。目に映るのは、煙幕の様な粉塵だけだ。頼りになるのはサーモセンサーだけだが、敵味方の識別はできない。

蛇喰の背中が強打され、一度浮き上がり、硬い地面を転がされる。同時に砕けた岩盤も身体を容赦なく打ち付けていく。

だが、幸いにも複合装甲のお陰で衝撃を受けるだけで済み、打撲や骨折には至らなかった。

「何が起きた?」

つい、考えが口に出た。

―いや、士官が部下の前でとる態度ではないですね。―

蛇喰は、すぐに脳内の思考に切り替えた。

―落とし穴?いや、月人がそんな手を。まさか?考えるのは後ですね。―

小隊無線には阿鼻叫喚が轟いている。

「痛い、痛い。」

「がががが…。」

「う、う。」

「誰か、誰か。」

「何だ?何だ?」

「足が!」

「死にくされ!」

蛇喰は、小隊無線の煩さに音量を絞った。

「1112分隊、状況報告せよ。」

蛇喰が分隊無線で部下に呼びかける。

「クチナワ、被害なし。視界ゼロ。状況不明。」

「ナガムシ、軽度の打撲。戦闘に支障なし。以下同じ。」

「カガチ、被害なし。以下同じ。」

1112分隊は健在だった。

「よし、同士討ちの危険を避ける為、発砲を控えろ。襲い掛かってくるものだけを仕留めよ。手段は問わん。生き残れ。」

『了解。』

部下の返事を受けた瞬間、上方警報がモニターに表示される。サーモセンサーに映る影は六十体以上だった。月人と考えるのが妥当だろう。

「迎撃。」

蛇喰の目前で粉塵が風圧で分かれ月人の鋭い爪が顔面を襲って来る。反射的にアサルトライフルを棍棒の様に振るい、月人の腕を弾き飛ばし、サーモセンサーの赤い塊に対し、頭上より振り下ろす。骨が砕け、身体に喰い込む感触がアサルトライフルを通じ手に感じた。

致命傷では無いと判断した。すぐに振り上げ、二度三度とアサルトライフルを振り下ろす。

その度に手には、骨を砕き、柔らかい内臓を破裂させる感触を蛇喰に伝えてくる。

―くぅ、肉弾戦とはこんなに気持ちが悪いものですか。よく、小和泉はこんな戦闘を率先して出来ますね。私は二度とお断りですね。―

だが、蛇喰の意思に反しすぐに次の月人が来る。

―この辺りですか。―

アサルトライフルを水平に力一杯に振り回す。月人の脇腹に当たった様で引き締まった筋肉がアサルトライフルを弾き返す。しかし、振り回す手は止めない。すぐにもう一度アサルトライフルを振り回す。今度は、筋肉を叩き潰す感触を得る。

―この辺りですね。―

蛇喰は、闇雲にアサルトライフルを振り回す。何度も何度も振り回す。自分が撲殺している相手が敵か味方かもわからず、振り回す。何も見えない視界ゼロの状況での選択肢は、アサルトライフルを振り回すしかなかった。


月人は、銃剣を装着させる余裕を与えずに次々と襲って来るが、蛇喰が倒した敵は二匹だけだった。状況に何も影響を与えていない。人類側が不利な状況に変わらない。

蛇喰の呼吸は乱れ、空調が効いているはずの複合装甲の中でたっぷりと汗をかいていた。スタミナをごっそりと汗と共に持っていかれている。

―悪い状況ですね。部下との連携も友軍との連携もとれません。まもなく動けなくなりますね。―

唯一の救いは、月人も視界不良で連携がとれず、個別に攻めてくることだった。連携されれば、蛇喰の格闘術の技術では月人に一瞬で倒されてもおかしくなかった。

月人の長剣が蛇喰の背中を襲った。月人も視界不良で踏込が甘く、複合装甲を削り皮膚を裂いただけで済んだ。痛みを堪えつつ、すぐに反撃の一撃を振り回す。月人の長剣に当たった様で硬く甲高い音が響く。

「各隊状況報告せよ!」

小隊長の声に震えが混じりながら、小隊無線が報告を求めてくる。

しかし、蛇喰にそんな余裕は一切無かった。今、目の前にいる月人と剣と銃の鍔迫り合いを行っている。気を抜くわけにはいかない。

「1111分隊。損害無し。」

蛇喰の番だが、沈黙を守り、戦闘に集中するしかなかった。

「1113分隊。戦死一名。軽傷二名。継戦可能。」

1114分隊も沈黙している。蛇喰と同じ状況なのであろう。

「小隊長分隊。重傷二名。軽傷一名。継戦不能。1111分隊と1113分隊は、粉塵前にて敵勢力に備えよ。前衛を救援する。」

ようやく、朧気ながらにも蛇喰にも全体像がつかめてきた。

この落とし穴に落ちたのは前衛の1112・1114分隊だけで、残りは地表で乱戦を行っていたのであろう。そうでなければ、ここまで被害が大きいはずが無い。それに今まで援護が全く無かったことに理由がつく。

だが、この無線で友軍の援護をまもなく受けられることも蛇喰は理解した。あと少し、堪えれば助かる。蛇喰は、尽きそうになっていた気力を持ち直した。


「この状況では、援護に入れぬ。誰か案はあるか?」

「閃光弾を撃ち込み、動かぬ者を味方、苦痛に悶える者は敵と判断し、射撃を行います。動かぬ者へ攻撃を行う者を優先して狙い、味方に損害を出さぬようにします。」

「しかし、それではフレンドリーファイヤーの可能性はゼロにならないのではないか。」

「全滅よりは良いかと、愚考致します。」

「小和泉少尉の提案の他に何か無いか?」

「ありません。」

「次善の策だと考えます。」

他の分隊長も小和泉に同意していく。

「では、決行だ。全小隊に通達。閃光弾発射後に月人を掃討する。前衛分隊は、カウントダウン後にバイザーを遮光モードにし、一切動くな。何事があっても動くな。動けば撃つ。

中衛、後衛部隊は危険度の高い敵から射撃せよ。準備用意。」

小隊無線を聞いていた蛇喰の背中に寒気が走る。理屈は分かる。

今からここに無数の雨の様な銃撃が行われる。

それも勘だけを頼りに撃たれる。この作戦は避けたいが、他に作戦が浮かばない。代案が有れば即座に具申をしたい。だが、生き残るには正しい作戦であると本能的に感じていた。

「三、二、一、開始。」

蛇喰の感情は、無視され作戦は開始された。すかさず遮光モードにし、石像の様に動きを止める。念の為、複合装甲の関節もロックし、足裏からはスパイクを地面に撃ち込む。

周囲から眼を焼かれた月人の悲鳴が蛇喰を飲み込む。粉塵を切り裂く無数の光線に対する死の恐怖でその場にへたり込みそうになるが、複合装甲をロックしていた為、動かずに済んだ。これで地面に倒れていれば、味方に撃ち殺されていただろう。

頭部を掠める様に何条もの光線が走り抜ける。次は脇の下をくぐり抜ける。

複合装甲に備え付けられている排尿パックが満杯表示を示した。

どうやら恐怖で漏らしてしまった様だ。だが、撃ち抜かれるよりは漏らした方がマシだ。死んでは小和泉に勝つことは出来ない。

今は、ひたすら耐えるしかなかった。敵が殴りかかろうとして来ようとも動かず、友軍を信じるのみ。これ程の死の恐怖を蛇喰は今まで感じたことは無かった。


唐突に射撃の雨が止まった。

蛇喰には一時間以上の様に感じたが、実際には数分の事に過ぎなかった。

「1112分隊、1114分隊状況を報告せよ。」

小隊長からの無線だった。部下の生体モニターを確認すると死を意味する黒色が一名、軽傷を意味する黄色が二名だった。

「1112分隊、死者一名。軽傷三名。」

報告しながら、蛇喰は部下をモニターする余裕も無かったことに気付かされた。それ程の恐怖だったと思い知らされた。

「1114分隊、死者二名。重傷一名。」

1114分隊は副長の声だった。分隊長の井守はどうしたのだろうか。ふと、蛇喰は疑問に感じたが新人だ。死んでいてもおかしくはないだろうと思い直した。

「了解。悪いがこちらからは視界が晴れないため、これ以上の援護は出来ない。健闘を祈る。」

蛇喰のサーモセンサーには、十一体の反応があった。この中で味方は四名。敵は七名の計算になるはずだ。動かずに待つのが良いだろうか。襲ってきた奴が敵だ。サーモセンサーに動きが現れ、そこかしこで肉弾戦が始まる。援護に向いたいが、どちらが味方なのか判断がつかない。数が減っても蛇喰は、待つしかなかった。

―小和泉ならば、自ら接近し敵を打ち滅ぼすのでしょうね。そして味方から攻撃されても悠々と躱し、問題無いの一言で済ますのですね。私にはその様な技術は無いのです。ただ、ここで防御に徹するしかないですね。―

蛇喰は、悔しかった。己の無力さを唇から血が出る程、噛みしめていた。

もっと力を。

もっと技術を。

もっと知力を。

―強くなる為ならば、プライドは不要です。また、小和泉の戦闘データを確認ですね。真似は出来なくとも、何かに活かせる筈ですね。―

蛇喰は、肉弾戦が終わるまでアサルトライフルを棍棒の様に構え続けた。

ようやく戦闘音が止み、周囲に静けさが戻った。無線には、苦痛を耐える声や息を切らした呼吸音だけが占める。

蛇喰は、戦闘が終了した事を認識し、救援依頼を無線で送った。

「1112及び1114分隊、制圧完了。救助を求む。」

粉塵が晴れ始め、ようやく視界が部分的に確保される様になり、戦死者のところに重い足を引きずる様に向かった。部下の生体モニター表示には間違いは無く、ナガムシ伍長は戦死していた。

死因は、右側頭部から胴体への貫通銃創。つまり、同士討ちだ。

あのレーザーの雨の恐怖に負け、逃げ惑ったのであろう。哀しみは湧き上がるが、友軍に対する怒りは、不思議と無かった。それは集まって来た生き残った部下二人も同じ様だった。

あの状況では、蛇喰も同じ作戦を取ったであろう。味方を危険にさらしたが、損害は一人で済んだのだ。いや、1114分隊が死者二名と報告を入れていた。あの分隊は、副長以外が新人ばかりだった。運が悪かったとしか言いようがない。慰める言葉は出て来ない。

蛇喰が精進し、小和泉の様に戦えるようになるしかない。そうすれば、損害を減らせる。

奴にできるのであれば、自分にもできるはずだ。

戦死したナガムシに強くなることを蛇喰は誓った。


二二〇一年十月六日 一三四三 作戦区域 洞窟内


「1112及び1114分隊、制圧完了。救助を求む。」

蛇喰の声だ。どうやら、奴は生き残った様だ。

「了解。すぐに衛生兵を送る。各分隊、衛生兵を送れ。他の者は哨戒任務を行え。司令部より112小隊が救援に来ると連絡が入った。」

小隊長も司令部も仕事をしていた様だ。戦闘中に救援要請を司令部に送っていたと思われる。

「菜花、縄梯子を。鈴蘭、降りてくれるかな。」

「了解。」

菜花が地面に縄梯子を打ち込み、それを伝い、鈴蘭達衛生兵三名が降りていく。鈴蘭以外の衛生兵は、どこかしら赤い血がにじんだ包帯を巻いていた。

戦区モニターをみると112小隊の進行方向が変わり、こちらに向かっている事を示していた。

今回の戦闘で111小隊は二十名中、戦死四名、重傷三名、軽傷六名を出した。死傷者数十三名。損耗率六十五%。いわゆる全滅だった。111小隊は、月人に対して敗北した。

月人は百匹以上いた様だが、今までの戦闘であれば、軽傷が二、三人出るのが相場だった。ここまで追い込まれたのは、小和泉の記憶には無い。恐らく十数年ぶりの大損害だろう。

大隊三百名に対する戦闘予報の死傷確率10%である三十人の半分を111小隊から出したことになる。まだ、洞窟は先が続いており、作戦は終わらない。

戦闘予報にも変化は無い。未だに死傷確率10%を表示している。これ程の月人を斃してもなお危険度が下がらない。

異常事態である。

戦区モニターに変化があった。113小隊も進行方向が変わり、こちらに向かっている。どうやらこちらに合流する様だ。司令本部は、作戦を変更した様だ。


ようやく粉塵もおさまり、視界が戻った。洞窟の幅いっぱいに広がり、奥行き五メートル、深さ三メートルはある穴が目の前に広がっていた。

大爆発が起きる前は只の通路だったはずだ。しかし、小和泉の目に映るには巨大な穴。その様な物は数分前には無かった。

穴の側面を見るとほぼ垂直であり、手掘りの跡が見てとれる。

地面との境界を確認すると不規則に波打っているが、ほぼ直線に近かった。

つまり、自然物ではなく人工物であることを表している。

中を覗くと無数の月人の死体の中、鈴蘭達が生き残りの味方を介抱している。中には大小の岩盤が無数に落ちており、岩盤に押し潰された者もいる様で動ける者が掘り起こしていた。

視界も晴れ、掘り起こしの応援に人を出したいが、これ以上、哨戒する人間を減らすことも出来ない状況だった。まともに動ける人間は、小和泉の1111分隊だけだと言っても過言では無かった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 蛇喰のことを勘違いしてたかもしれない いい奴なのかも
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