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戦闘予報 -死傷確率は5%です。-  作者: しゅう かいどう
二二〇一年

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10.〇一一〇〇六作戦 防御戦

二二〇一年十月六日 一三三七 作戦区域 洞窟内


小和泉は、五匹の月人と対峙し、防戦一方だった。しかし、一人で戦っている訳ではない。軍として戦っているのだ。すぐそばには家族と呼べる戦友達がいる。

五匹の月人の攻撃を躱し続け、攻勢の機会を地道に待った。

変化があったのは、二分後だった。ハンドガン特有の細い閃光が走り、月人の一匹が斃れる。

「隊長、背後を守ります。」

桔梗の落ち着いた声だ。

さらにもう一度細い閃光が走り、更に一匹が倒れ伏す。

「敵、撃破。後衛、入る。」

鈴蘭の独特の言い回しだ。

正面の狼男の頭が転げ落ち、大量の血しぶきと共にその場に崩れ落ちる。

「お待ち。隊長生きてるか?隣に並ぶぞ。」

菜花の陽気な声だ。

小和泉に攻撃されない様に声を掛けながら、桔梗、鈴蘭、菜花の順に小和泉の周りに集まった。不意打ちにより散らされた1111分隊の再集結だった。

「みんな無事な様で良かったよ。状況を報告。」

「四匹撃破。視認二匹。残数は不明です。」

「あたしも四匹。残りは、気配から五匹というとこかな。」

「六匹、撃破。五匹、健在、確認。」

「僕は三匹撃破。少し息を整えるから、その五匹は任せるよ。」

「了解致しました。すぐに掃討致します。」

桔梗が代表して返事をする。

すぐに桔梗と鈴蘭がハンドガンを連射し、各二匹を屠り、菜花も近くの敵へ銃剣の二刀流で迫り、即座に月人一匹の首を落とした。

「隊長、掃討完了です。命令をお願い致します。」

やはり、自然種と促成種では基礎戦闘力は大幅に違う。複合装甲を身に着け強化された小和泉が時間を掛けて倒した敵を、何も強化機構が付加されていない野戦服にヘルメットだけの桔梗達はあっさりと月人達を片付けた。不意打ちや数の劣性さえ無ければ、月人が促成種に敵う訳が無い。自然種の五倍の筋力と敏捷性を持ち戦う為だけに設計され、生まれてきている。


小和泉が他の分隊の状況を確認しようとするが、前衛二個分隊は濃い粉塵の中で状況の把握は困難だった。小隊無線からは戦闘中であろうと想像できる内容が流れてくる。前衛二個分隊は、健在なのだろう。

中衛右翼の1113分隊と後衛の小隊長分隊は、月人との慣れない肉弾戦を行い苦しい状況の様だった。

ならば、確実に助けられる者から助ける日本軍の行動規範に則る。

「桔梗と鈴蘭は、ここから小隊長分隊を援護射撃。制圧後に1113分隊へ援護射撃。僕と菜花は、1113分隊へ突入。肉弾戦を行う。開始五秒前。」

小和泉は、あえて小隊無線で命令を伝える。これで味方と同士討ちになる事は無いだろう。

桔梗と鈴蘭はハンドガンをアサルトライフルに組み込み、スナイパーでもある桔梗は胡坐をかき、狙撃に向いた座り撃ちの体勢をとり、鈴蘭は膝撃ちの体勢をとった。

菜花は、銃よりも得意とする二本の銃剣についた血と脂を野戦服で拭って切れ味を戻し、両手に構え直す。

小和泉はアサルトライフルに銃剣を着剣し、通電させ高電圧レーザーを纏わせる。

月人は、銃で倒すのが一番簡単だ。急所を覆う獣毛が、刃や拳を弾く鎧の役目をおっている。銃であれば、高熱で獣毛を溶かし簡単に貫通するが、銃剣や拳は弾かれる。

銃剣をアサルトライフルに着剣すれば、イワクラムが発する豊富な電力を使い、刀身から高熱を発し、鎧の様な獣毛も紙の様に切り捨てることができる。肉弾戦では、自然種である小和泉のメインウェポンになっている。

促成種である菜花は、補正された筋力と敏捷性があるため、高熱剣に頼る事無く、月人を斬り倒すことができた。

この乱戦では、小和泉と菜花の射撃の腕では、味方を誤射する可能性が非常に高い。救援に向かう為には、必然的に肉弾戦になってしまう。

だが、常に冷静である桔梗と生粋の狙撃手である鈴蘭ならば、この混戦の中でも誤射なく月人のみを撃ち倒していくだろう。

「二、一、開始。」

小和泉の合図と共に皆が一斉に動き出す。

背後で二条の光線が走り、月人の悲鳴が聞こえてくる。

小和泉と菜花も静かに1113分隊を襲う月人の背後に忍び寄る。

小和泉は、高熱銃剣でやすやすと獣毛ごと月人を切り裂き、菜花は、二刀流の銃剣を自然種より五倍に強化された瞬発力と筋力で、力任せに月人の頭を叩き割った。

二人は、地下都市の人工川に流れる木の葉の様な乱戦の中を流れていく。間合いに入った月人を容赦なく、斬り、割り、抉り、潰していく。その速度は、獣の様にしなやかで力強かった。

1113分隊も善戦をしていたが、小和泉達とは比較にならなかった。彼らが劣っている訳ではない。むしろ、日本軍の中では接近戦ではトップレベルの技術を保持している中隊だ。

その中で小泉率いる1111分隊だけが、肉弾戦に関して尋常ならざる強さを保持していた。

「この狂犬どもが…、しかし有り難い。」

小隊無線が誰かの呟きを拾う。その声には味方への恐怖と頼もしさが同居していた。

小和泉にとっては、褒め言葉とも蔑称とも感じない。現実として、他人からは人間には見えず獣に見えるのは間違いないだろうと考えていた。

この悟りにも近い考えが部下達にも反映され、1111分隊が狂犬部隊と呼ばれても感情を動かされる人間はいない。狂犬の名には、コードネームの価値すらなかった。


小和泉が数匹の月人を屠った後、前触れも無く周囲の月人が糸の切れた操り人形の様に崩れ落ちていく。

どうやら、桔梗達による小隊長分隊への支援が終わり、こちらへ援護射撃を開始した様だ。

すぐに小和泉は、今後の事を考え、体力温存の為、防御優先に切り替える。促成種と違い、自然種である小和泉には、すぐに疲労回復は出来ない。ここはクールダウンに入るべきだった。

程なく、1113分隊に取り付いた月人を殲滅した。

中衛と後衛に取り付いた月人五十匹以上が胸や頭を撃ち抜かれ、頭を銃床で叩き潰され、首をもがれ、顔面を拳で叩き潰され、腹を無数に刺され、赤い血溜の中に骸を晒していた。

生き残りの月人は、前衛に取り付いた月人のみとなった。

「各隊状況報告せよ!」

一息ついた小隊長が小隊無線で吠える。余程、接近された事が恐ろしかったのであろう。恐怖心を隠すために吠えたのであろうが、小隊長の声に震えが残っていた。

「1111分隊。損害無し。」

1112分隊は、反応が無かった。戦闘の叫び声や悪態が流れてくる。

「1113分隊。戦死一名。軽傷二名。継戦可能。」

同じく1114分隊も反応が無く、気合や悲鳴が流れてくる。

「小隊長分隊。重傷二名。軽傷一名。継戦不能。1111分隊と1113分隊は、粉塵前にて敵勢力に備えよ。前衛を救援する。」

命令に従い、未だに粉塵漂う空間へアサルトライフルを構える。中を見通せるようになった時にすぐに射撃出る様に待機をした。


小和泉は、サーモセンサーの感度を上げ粉塵の中を覗くが反応が全く無かった。味方だろうが敵だろうが、体温を発すれば反応があるはずだが何も表示されない。

出来立ての死体ですら、気温よりも高く表示されるはずだが、何も無かった。

だが、戦闘音は粉塵の中から聞こえてくる。未だに味方が生きている事は間違いない。

無線でも奇声悪態が聞こえてきている。

サーモセンサーの故障だろうか。だが、それは打ち消した。全員のセンサーが故障したとは思えない。誰も報告を上げないということは、皆が同じ状況なのであろう。

まず、センサーに映らない状況とは何か。

爆発物による気温上昇によって体温と同等である。だが、気温は十八度を表している。この考えは違う。

では、この粉塵がチャフになりセンサーを妨害している。今までに月人がチャフを使用した実績は無い。今回が初めてである可能性もあるが、大音量の爆発音の後に無線から聞こえた声は、物理的な攻撃のものと考えられる。チャフの散布に強大な爆発力はいらないし、殺傷力があるとは考えにくい。つまり、チャフでは無い。

ならば、もっと原始的な方法を考えるべきだ。ここは洞窟。洞窟で起きうる事故は何か。

崩落、落盤、出水、粉塵爆発。崩落や落盤ならば爆発音はしない。出水ならば、こちら側にも水の気配があってもおかしくない。しかし水気は一切ない。

もっともらしいのは、粉塵爆発だが、これは条件が当てはまらない。

粉が空気中に舞うと火種で簡単に爆発すると思われているが、そうではない。空気中に舞う粉が可燃物であり、ミクロンサイズでなければならない。それに濃度が濃すぎても薄すぎても爆発しない。さらに粉塵中の酸素濃度も適正値でなければ、爆発は起きない。

この粉塵は、土埃であり石炭や金属は含んでいない。つまり、可燃物では無い。どうあがいても粉塵爆発は起きない。


前提条件に間違いがあるのだろうか。ふと、そんな疑問が小和泉の脳裏をよぎる。

小和泉の新たなひらめきが正解ならば、月人への考え方を改める必要が出て来る。月人の脅威度が今まで以上に増し、基本戦略から覆される事になる。

小和泉は、ゆっくりと視線を水平から地面より下へと下ろす。-1m、-2m、-3mとモニターの垂直計が表示したところでサーモセンサーに感が入った。そこには数十の温度源が戦っていた。

小和泉の悪い予感は、的中した。何故、何、どうしては、今は封印だ。仲間を早く救わねばならない。小和泉の事を何故か敵視している馬鹿もそこに居るが、日本軍の基本戦術である月人の殲滅と友軍救助は、厳守しなければならない。これは、条件反射の域にまで日本軍兵士であれば叩き込まれていた。

「前衛分隊確認。地下三メートルにて交戦中。サーモセンターにて確認。敵味方識別不明。」

小和泉が報告をあげると小隊無線が一瞬ざわめく。

数分前まで平坦な通路だった。窪地や割れ目があれば気がついたはずだ。突如、前衛二個小隊を飲み込む、深さ三メートルの穴があれば、この小隊二十名が見逃すはずは無かった。

だが、現実は穴が有り、中で戦闘が行われている。しかし、粉塵の為、視界が遮られている。かろうじて、サーモセンサーで人の形は判別できるが、敵味方の区別をつけることは出来ない。

「この状況では、援護に入れぬ。誰か案はあるか?」

小隊長が具申を呼び掛けるが、反応は無い。小隊無線は静まり返っている。

穴に飛び込んだ処で視界不良でまともに戦うことは出来ない。上から射撃制圧を行うにしても敵味方の識別ができない。誤射する可能性が非常に高い。

毒ガスが手元に有れば、味方は空気清浄機能付きのヘルメットを被っている為、有効な手段だが、手元に無ければ意味は無い。

分隊無線が鳴る。

「隊長、ヘルメットのバイザーを遮光モードにし、閃光弾モードでライフルを撃ち込み、立っているのは味方、苦しんでいるのは敵では如何でしょうか?その区別で制圧射撃を行います。」

桔梗より具申が上がってくる。即座に小和泉は脳内でシミュレーションを行う。

味方には無線で確実に指示できる。閃光弾発射、味方は静止、敵は眩しさでよろめき、そこを狙い撃つ。

単純で分かりやすいが、何か見落としは無いだろうか。

「驚いて動かなくなる敵もいるんじゃねえか?」

菜花が何気なく、小和泉が引っ掛かっていたものを形にしてくれた。

「それは有り得ます。気がつきませんでした。申し訳ありません。」

桔梗の詫びの一言が入るが、悪い作戦では無い。小和泉自身は、引っ掛かりが解けた今、小隊長に具申しても良い作戦に感じた。

「その作戦は現状では有効だと思うよ。敵をゼロには出来ないけど、数は十分に減らせそうだね。具申してみるよ。」


桔梗の案を小隊長へと具申をすると他の分隊長からも賛同を得、即座に実行することになった。この間にも穴の中では戦闘が続いている。この場合、味方を誤射しても止む無し、一人でも多く生存者が出る方法をという空気が流れ、少しでも援護が出来るのならば、やらない理由にはならない。

「三、二、一、開始。」

小隊長の合図のもと、三名が閃光弾を撃ち込んだ。穴の中に強烈な光源が発生する。遮光バイザーにしていても光源は眩しく光る。

外部マイクが月人の悲鳴を拾う。暗闇の中で前触れの無い閃光は、さぞ網膜を痛みつけたことだろう。

光が消えた瞬間、遮光バイザーを解除しアサルトライフルを構える。

サーモセンサーは、微動だにせぬ影と地面にのたうちまう影の二種類を捉えた。小和泉達は、味方である可能性も考慮しながら躊躇いなく、よろめく影を撃ち倒していった。

死にたくなければ、月人に殴り殺されそうになっても味方を信じ、避けるのではなく、動かない方を選択すべきだ。その恐怖に耐えることが生き延びるただ一つの希望だった。

小和泉達は、味方への危険度が高い敵から狙い撃っていた。そして二分後には、動かない影が十二体に減っていた。

穴の底に居た数十体を見えない視界の中、敵味方の判別もつかない状態で撃ち殺した。

恐らく、味方も撃ち抜いているだろう。

「1112分隊、1114分隊状況を報告せよ。」

「1112分隊、死者一名。軽傷三名。」

「1114分隊、死者二名。重傷一名。」

1112分隊は蛇喰の声だったが、1114分隊は副長の声だった。井守は死んだか重傷なのだろう。

「了解。悪いがこちらからは視界が晴れないため、これ以上の援護は出来ない。健闘を祈る。」

小隊長が前衛分隊を突き放すが、仕方なかった。視界ゼロの空間には飛び込めない。小和泉も同じ判断を行う。

八名中三名戦死。生き残りが、五名であれば、残り七体は月人であると判断される。五人対七匹であれば、十分優勢な状況に持ち越せた。後は、粉塵の切れ目に期待し、援護をするだけだろう。

「1111分隊は周辺を警戒。月人の接近に備えろ。1113分隊は、援護射撃用意。視界確保次第撃て。小隊長分隊は、本部に連絡を取り、救援を求める。以上。」

「1111分隊、了解。」

「1113分隊、了解。」

小隊無線には、苦しそうな呼吸音が響く。怪我によるものか、戦闘による呼吸困難か、判断はつかない。小和泉は、何も出来ない自分を一瞬だけ悔い、哨戒任務に専念した。

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