1.戦闘開始
お待たせいたしました。全面改稿致しました。
ようやく、プロットも一から作り直し、キャラ設定も大幅に変更致しました。
そのため、更新が遅くなり申し訳ありません。
では、初めてのSFをお楽しみ下さいませ。
二二〇一年九月十七日 一三五六 KYT 西部塹壕
緑一つ無いなだらかな荒野に造られた複合セラミックスの塹壕の中に小和泉錬太郎少尉は居た。小さな塹壕には部下三人が小和泉の両側に張り付き、前方を警戒している。
だが、空気中に漂う砂塵の為、視界は悪く二キロ先を見るのが限界だ。レーダーも砂塵に邪魔され、近距離しか表示されない。
小和泉の目の前には巨大な複合セラミックスの塊がある。これは地下を中心とした多層構造の地下都市の表層部だ。この都市だけで六十万人の人間が住んでいる。敵はこの地下都市へと侵入しようと迫ってきている。これを撃退するのが、小和泉達の仕事だ。
地下都市の屋上には、幾重もの砲座と銃座が備え付けられ、難攻不落の要塞と化している。
小和泉が居る塹壕は、この地下都市に接近させない為の最前線だ。
小和泉は、全身を複合装甲に包まれ、無骨なアンドロイドの様な姿だった。この装甲に包まれていなければ、人間は生きていけない。生身であれば、息を吸うだけで空気中の砂塵が気管や肺を傷め、放射線が全身を蝕み、数年後に死亡する原因となる。ゆえにフィルターを通した空気を吸わなければならない。
だが部下の三人は、戦闘服の上に肘当て・膝当て・篭手・脛当て、そして頭部のみを守るヘルメットだけの簡易な防具しか身に着けていない。
部下は、人工子宮から産まれた人造人間だった。過酷な環境に対応する様に遺伝子改造され、もうもうと舞う砂塵と強烈な放射線が漂う荒野の中でも生身で生きていくことができる。
小和泉の部下は、十代後半の少女のみで構成されていた。
小和泉のヘルメットのモニターにこの戦区の地図と部隊配置図がヘルメットから投影され、敵がじわじわと迫っている事を表示し、戦闘予報の文字がスクロールしていく。
戦闘予報。
砲撃戦のち殲滅戦、所によっては塹壕戦もあるでしょう。
死傷確率は5%です。
今日も同じ予報が流れている。死傷確率には、同士討ちや戦闘中に転んだなども含まれるため、0%になることは無い。事実上の最低値だ。
どうやら司令部は、圧勝する事を確信している様だ。
こちら側は第一歩兵大隊約三百名が塹壕守備についている。現時点では約六百匹の敵が迫っている事が判っている。まだまだ敵が増えるという戦闘予報も出ている。一対二の勢力差があるが、武力差では大隊が圧倒している。問題は無い。
さらに塹壕の背後にそびえる地下都市の砲撃陣地に陣取る第三砲兵大隊を加えれば、敵は脅威にならない筈だ。
防御作戦は、地下都市の砲撃を主力として大半を殲滅させ、飽和砲撃を突破してきた少数の敵を摘んでいくのが基本作戦だ。小和泉が従軍してから、この防衛作戦が変更されたことは無い。
敵は突撃戦法しか昔からとってこない。敵には知恵が無い様にしか思えない。本能で動いているのだろうか。
接敵までまだ時間がある為、小和泉が預かる日本軍 第一歩兵大隊 第一中隊 第一小隊 第一分隊、略称1111分隊は落ち着いていた。
しかし、隣の塹壕に配置されている1114分隊の分隊長は、今から張り切っている様だ。流れてくる小隊無線からいきり立っている事が判る。先任軍曹が抑えようとしているが、御しきれていない。ヤル気が空回りしている。
1114分隊長を端末で検索すると井守克之准尉と出た。軍歴を見ると士官学校を卒業したばかりで、今回が初陣となる様だ。月人を一匹も倒したことが無い童貞だ。無線を聞く限り、プライドばかり高く、一兵卒から叩き上げの先任軍曹の意見を聞く度量も無いらしい。
士官学校で先任軍曹の助言を大切にせよと習ったはずなのだが、余程興奮しているのだろう。
後の二人は、二等兵だった。こちらも新兵で童貞だ。1114分隊で役に立つのは、クチナワ軍曹だけの様だ。今回の作戦が初陣の男だけの新設分隊だった。
端末の履歴を見ると哨戒任務中に月人と遭遇戦を行い、クチナワ軍曹を残し、他の三人は病院送りになり、再編成されたと書かれている。
どうもこの分隊が戦線の穴になりそうだ。
部下の手前、小和泉は顔には出さないが、大きくため息をつきたい気持ちだった。
小和泉が軍に入った理由は、単純に生活必需品の配給などの衣食住が、一般人より軍人へ優先される為だ。
軍に入隊しない場合、多くの人間は製造工場に送り込まれて一日中工場で働くことになる。
頭脳明晰であれば、適性により地下都市の運営を担う行政府か地下都市の治安を守る司法府に配属されることになる。さらに頭脳優秀と認められた者は、研究所にて何かしらの研究に従事する事になる。
小和泉の性格では、大人しくしていることや同じ作業を毎日繰り返すのは苦痛だった。
かといって、どこかの研究所に潜り込める程、士官学校の試験で好成績は収めていない。
となると、小和泉の選択肢は軍への入隊という一択しかなかった。
現在の軍の死傷率はかなり低く、特殊部隊や特殊作戦への参加や油断しない限り、死ぬようなことは、ほとんど無い。
治療医術もかなり発展しており、手足が飛ばされ様が元通りになる再生術か義肢交換手術を受けることが出来る。
また、内臓や感覚器官を傷めても臓器移植の技術が確立されており、完治される。唯一、気をつけなければならないのは脳と心臓だけだった。ここを破壊されれば即死するため、いかような医術も出番が無い。
意外にも戦死で一位を占めるのは失血死だった。戦場で輸血はできない。止血を的確に早くできるかが、死線を決める。
この一年間の戦死者は、二桁であった。自分自身がその数に入らないだろうと兵士達は思っていた。
そして現実的ではないが、無職でいることも選択肢にはあった。この場合、地下都市の行政府から一切の配給や給料は無く、住居も支給されない。医療や福祉も受けることはできない。事実上、野垂れ死にするだけだった。
資源が限られた厳しい環境にいる人類にとって、生産性が無い者、将来性が無い者は、淘汰されていく厳しい時代だ。
無職で野垂れ死にを回避するには、誰かの庇護下に入らなければ生きていくことが出来ない。それは結婚であったり、愛人であったりした。
また、表向きには存在していない事になっているが、奴隷として生きている者もいるという噂だった。
不意に司令部からの大隊無線が、ノイズ交じりに騒がしくなった。
「告げる。司令部より各隊。敵、有効射程にまもなく入る。射撃戦用意。接近は許すな。」
小和泉は、のんびりと身体を起こし、塹壕に立てかけていた荒野迷彩を施された複合セラミックス製のアサルトライフルを手に取り、敵へと銃を向けた。その動きを見て、小和泉の部下である少女三人も同じ姿勢をとった。
「さて、お仕事だよ。狙撃モードで飛び出してきた奴から撃とうか。殺す必要は無いからね。当てやすい胴体へ確実に当てよう。動けなくすれば、砲撃に巻き込まれて勝手に死ぬからね。ヘッドショットとかの芸当はいらないよ。命中率重視でよろしくね。」
『了解。』
三人の部下がズレも無く、同時に返事をする。
小和泉はアサルトライフルを狙撃モードに切り替える。
網膜にズームされた照準が映され、敵の姿がハッキリと見えた。武器の照準は、武器に搭載されたガンカメラから網膜に表示される。
これにより、どんな姿勢からでも射撃が出来る様になり、塹壕から身体を露出させる危険は減り、敵に射撃位置を知られる可能性も減った。念の為、機械の故障も考慮され、武器本体に簡易照準器が100年以上前の武器の様についているが、小和泉がその照準器を使ったことは、訓練以外に無かった。
小和泉の網膜に映る敵は、半獣半人の狼と兎の様に見えた。
狼男は、武器を持っていない。素手であった。
兎女は、長剣を一振り持っているのが見えた。
奴らは、月人と呼ばれている。嘘か真か解らないが、数十年前に月から来たと言う話だ。月人と人類の戦争は、数十年にわたり続いている。小和泉が生まれる以前の話だ。
月人は、人間の三倍の速度でジグザグに二本足で走り、こちらに向かってくる。
獣の無い知恵なりに、狙撃を警戒している様だ。
いつもの定期便だ。月人は、月に一回程度、定期的に地下都市に襲い掛かって来るが、日本軍は何度も撃退してきた。これまで、東西南北にある塹壕を突破されたことは無い。
攻めてくる月人は、毎回同規模の軍を編成し、同じ行軍ルート、同じ作戦で攻めてくる為、いつしか、前線では定期便と呼ばれる様になっていた。
「司令部より全隊へ警告。砲兵発砲開始。繰り返す。砲兵発砲開始する。」
直後、背後の地下都市より砲撃が一斉に開始され、戦線を数十条の光弾が煌々と静かに照らし出す。時折、迫撃砲から発射されたエネルギー榴弾が炸裂する音が遠く聞こえる。
武器の大半が電化され、戦場は静かだ。聞こえてくるのは、遠くから月人の叫び声や地面に崩れ落ちる音が大半を占めていた。
二百年以上前の古典戦争映画を見ると原始的な火薬の武器を使い、耳がおかしくなりそうな程、騒々しい戦場に失笑してしまう。さらに数十発、時には数発撃って弾切れを起こすなど欠陥兵器にも程がある。
さらに用途に合わせて、武器を使い分ける必要があるなどナンセンスだ。今のアサルトライフルには、狙撃モード、機関銃モード、三点射モード、単発モード等、ボタン一つで切り替えられる。何種類もの武器を持ち歩く必要は無い。
さらに機関部だけ取り外せば、拳銃としても使用できる。
約百年前にイワクラムというエネルギー鉱石が発見され、そこから膨大な電力が得る事が可能となり、無限と云える電力を得ることが出来るエネルギー革命が起こった。その為、エネルギーが途中で切れる事など有り得ない。
ただ、武器に使用するイワクラムは小型化を優先した為、時折、イワクラムを補充する必要があるが、一戦闘こなした位ではエネルギー切れになる心配はほぼ無かった。
ほぼ無限に静かに撃てる武器により戦争の形態は一変した。
戦場は、静かであり、レーザー光線の先に月人の呻き声が戦場を占めることになった。
最初の斉射で月人の前衛は溶けた、いや、灼けた様だ。しかし、それに怯むことは無く、月人の突撃は止まらない。月人には恐怖心が無いのかもしれない。砲撃は止むことなく、撃ち続けられている。
戦術モニターに一斉射撃開始の秒読みの表示がされる。
十、九、八、七、六、五、四、三、二、一、〇。
「はい、お仕事の時間ですよ。」
小和泉は、そう言いながら引き金を絞る。アサルトライフルから細く短い光弾が撃ち出され、砲撃から抜け出した狼男の心臓を貫く。レーザー兵器のお陰で反動も無く、発射から着弾までの時間差もほぼ無い。さらに風や重力の影響等も考慮する必要は無い。その為、敵の動きを予測する必要が無く、狙った場所へ即座に着弾する。
逆にシミュレーターによる訓練の方が難しいなと小和泉は何気なく考えていた。
部下達三人も小和泉に遅れる事無く、秒読みに合わせて射撃を開始している。小和泉の指示通り、命中率を重視し確実に月人を戦闘不能に追い込んでいく。
他の塹壕からも同じく何百条もの細い光弾が発射され、月人共に吸い込まれていく。
荒野に月人の死体が量産されていく。レーザーで撃ち抜かれる為、出血は無く綺麗な形で残るが、すぐに砲撃により死体は手足や臓物を撒き散らすが、高熱に焼かれる為、血が撒き散らされることは無い。
目の前で月人が次々と撃ち倒されていくが、月人の進軍は止まらない。奴らに恐怖や怯懦などの心は無いのだろうか。
部下の桔梗、菜花、鈴蘭も規則的に月人を倒していく。1111分隊の受け持ち戦区は、司令部の予測値より早く敵を減らしていた。戦区モニターの作戦進行率が着々と上がっていく。
しかし、隣の小和泉が危惧していた分隊は、砲兵や他の分隊と連携が取れず空回りし始め、敵をしとめようと躍起になって、攻撃を外し、敵の接近を許し始めた。
1114分隊の作戦進行率は、他隊の平均を割るどころか、最下位を示していた。