第7話 ラブラブ通学
「康ちゃん手ぇ繋ご」
美代子はさっと康太の右手を取った。うふっと美代子は康太の横顔を眺めて満足そうに微笑む。
「夢みたい。大悟おじさんに感謝だよぅ」
「私鳥巣高の家政科でも危なかったんに普通科に行けた上に康ちゃんと一緒のクラスなんやから」
康太はにやっと笑って、「俺にも感謝して貰いたいな。俺が大悟おじさんに三浦がちゃんと勉強頑張っとるち取り成してやったからやけんな」
美代子は口を尖らせて、「もう分かってるよぅ」
康太の姉の真知子はこの春上京した。康太のことが心配で堪らない真知子は、佐賀県一番の秀才でありながら、鳥巣市から通学可能な九州大学で満足しようとしていたが、真知子の親友の里絵子の志望大学合格を叶えることを条件に俺が東京大学に進学させた。心配性の真知子のこと、心を決めてからもあれこれと杞憂に心を痛める。自分が家に居なくなっての一番の心配が家事だった。達己は自分のことは自分でできる。鳥巣市に単身赴任して一年は自炊生活だったから。得意料理は豚肉の味噌炒め。だが康太は…。
「真知姉さん康ちゃんのことは私に任せて大船に乗ったつもりで東京に行って」と言い切る美代子の力強い後押しに励まされて、真知子は後ろ髪を引かれる思いを断ち切った。
「真知姉さんお料理教えて」と言う美代子の願いを聞いて約半年みっちり仕込んでやった。
「これで美代ちゃんいつでもお嫁に行けるね」と笑う真知子に、「私の嫁入り先はここだもん」
「ありがとね美代ちゃん。じゃぁ私が居なくなった6畳の間は美代ちゃんの部屋にして自由に使っていいからね」
今の美代子と康太は半同棲生活だ。美代子は朝早く康太の家に来て朝食を作って康太と一緒に登校する。美代子の母親の冴子は二人の関係を認めている。時折冴子も美代子と一緒に料理を作ってくれたりしていた。だが、美代子が鎗田町の自宅に帰らないことは真知子が許さなかった。
「いいこと美代ちゃん、康ちゃんを好きでいてくれて家事をやってくれるのは真知美代ちゃんに凄く感謝してるよ。でもまだ美代ちゃんと康ちゃんは高校生、高校生としての本分は守ってね。夜もこの家に居るのは駄目。ちゃんと自宅に帰ってお母さんを心配させないようにして」
「や~いや~い美代子が手ぇ繋いでるぅ」
新幹線宿舎の小学生が二人の後方から囃し立てる。美代子はキッと振り返ると、「平太のクソガキ!悔しかったらお前も彼女作ってみろっ」
美代子はあっかんべーをして舌を出す。
「俺は小学生やけん彼女なんかまだ要らんも~ん。美代子のすけべ~」
囃し立てながら平太は駆け抜けて、鳥巣北小学校の門内に消えていく。
康太は呆れ顔で、「平太は口が悪いなぁ」
美代子は憤懣やる方ない様子で、「今度絶対平太のお母さんに言い付けてやる」
康太は笑いながら、「三浦も平太いい勝負やないか?」
「何が?」と口を突き出す美代子に、康太は額を人差し指で突いて、「おつむが小学生並みってこと」
美代子はぷ~っとふぐのように膨れて、「康ちゃん酷~い!」
鉄道宿舎敷地内に並んで建つ新幹線宿舎の奥様連中は総じて若い。真知子はよくその若奥様たちと井戸端会議に興じた。真知子の弟・康太と美代子の仲は周知の事実で、真知子が上京した今、よく気に掛けてくれて夕食に招いたりしてくれる。
鉄道宿舎から鳥巣高校までは1キロくらい。田んぼ沿いの細道から突き当たりの鳥巣北小学校正門前を左折してバイク屋の堺輪業を左に見ながら市道を進む。真知子が学校帰りによく買い物していた鳥巣ストアの四つ角を直進して、寺崎サイクルの角を左に曲がれば鳥巣高の第二グランド横に出る。
義足のことを知らない女と並んで歩けば健常者の歩調に合わせられない康太は必ずイラつく。真知子は康太に悟られないように悪い左足の動きを盗み見しながら歩調を合わせてくれた。美代子もそれは承知だ。手を繋いでいても康太は自然に足を交わせる。
美代子は手を顎に当てて、「私康ちゃんに聞きたいことがあったんよね」
美代子はぱっと康太の腕から離れて正対する。
「どう康ちゃん私かわいい?」とか唐突に言われても返事のしようがない。無視して先に行こうとする康太の学ランの裾を引っ張る。足を止めて身体ごと向き直った康太に、「もう康ちゃん、私ミニスカ制服の感想まだ聞いてなかったのう」
康太はニッと笑うとミニスカの中をすけべに覗き込む仕草。美代子は待ってましたとばかり、「康ちゃん美代子のパンツ覗き易くなったでしょ」
「ちぇっ張り合いないぜ」と舌打ちする康太に、「大悟おじさんが教えてくれたん。40年後は女子高校生はJKって呼ばれてちやほやされるようになるんやって。で、みんな制服のスカート裾上げしてミニにしてるんやって。やから私も挑戦してみたん」
美代子はスカートの襞を両手で持ってポーズを決める。
「どう?かわいいでしょ」
歩き出した康太は、「度胸あるな。全国で制服のミニスカ穿いとんの三浦だけやろうや」
「ねぇ康ちゃんかわいいって言って」
「三浦、俺の性格知っとろうもん。なら、かわいくなかったらすぐ止めろって言うに決まっとるやん」
美代子はうふっと微笑んで、「そうやった。ご免ね康ちゃん。ずっとかわいいって思ってくれてたんや」
「姉ちゃんにも写真撮って送ってやれば良いやん」と澄まして言う康太に、美代子は目から鱗が落ちたように、「そうだ、そうしよ。真知姉さん私の制服姿のかわいさにびっくりするぞぉ」