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ちんばの総長  作者: クスクリ
42/47

第42話 デモンストレーション

 構成員の失望にも似た溜息に、苛つく美代子のマイクパフォーマンスが炸裂する。

「あんたらのためにもう一度断っとくけど、総長を見た目で判断したら酷い目に遭うかんね」

「総長はあんたらが束になって掛かっても敵わないこと、骨の髄まで分からせてあげるけんようく見てるがいいよ」

 美代子が後ろを振り返って、「じゃぁ準備宜しくね」

 族どもがざわつきだす。

「いったい何する気なん?」


 どこから持ち出してきたのか、工事現場で使う畳一畳分はある厚手の合板を直角に立てて、幹部二人が腰を落として裏から支える。中央には黒く的が描かれている。坪口と浩紀が的から数メートル離れて立った。

「ほんじゃぁ俺から行かして貰うわ」と浩紀。

 まず右手に握られたのはナイフ一本。

「特攻隊長の投げナイフや!」と色めき出す構成員。

 狙いを定めた浩紀は上手から思いっきり腕を振り抜く。ドスっという鈍い音とともにナイフは的のど真中に突き刺さった。

 おう!とどよめきが上がる。

 どや顔の浩紀。

「浩、凄ぇやないか。ほんじゃ今度は俺の番や」と坪口。

 ごつい右腕から力任せに放られたナイフは、浩紀のナイフより明らかに力強く、これも的のど真中にズドンと並んで突き刺さった。うお~っと一層高いどよめきが沸き上がった。更にどや顔の坪口に、ちっと舌打ちした浩紀は指にナイフを二本挟む。

「坪、まぁ見とれや」とにやっと不敵に笑った浩紀が放ったナイフは、的のど真ん中を挟んで的内にキレイに横一列に突き刺さった。相手が人間なら胴体を外していない。

 背筋も凍るナイフパフォーマンスに構成員は唖然と口を開けて放心状態だ。

「キチガイのごと喧嘩が強い上に投げナイフの腕も超一流って…あの二人に敵う奴なんてほんとに居るんかよぉ」


「あの二人、バケモンですね」と感嘆する山本に、「あん二人は所詮総長のダシやないんか」と権藤。

「まさか!」

「あの凄ぇ投げナイフがダシですか?」

「まぁ見とれや。滅多に見れねぇ見世物の筈や」

「そいにしても暑ぃな。メットの中ぁ蒸し風呂やが。汗が目に入って見え難ぃぜよ」

 権藤はフルフェイスのヘルメットのカウルを上げてタオルを捻じ込み汗を拭く。


 美代子、坪口、浩紀が康太を囲む。

「康ちゃんほんとに大丈夫なん。ハエとは違うんよ。もししくじったら冗談では済まんよ」

 美代子は生で見る投げナイフの迫力にさすがに怖じ気付く。坪口も浩紀も美代子と思いは同じだ。康太のヌンチャクの技が神掛かっていることは信じて疑わないものの、もしもということもある。

「このデモは奴らに総長の力ば認めさせるだけのものや。本気でやるんも馬鹿らしいで。康太が払い易いごと投げたるけんよ」と坪口。

 美代子も、「それでも康ちゃんのヌンチャク初めて見る者は物凄くびっくりする筈だよ」

 浩紀も、「俺もそん方がええと思うぜ。もし康太に万が一んことがあったら俺ぁ真知姉に顔向けできねぇよ」

「気遣い手心無用や。ほいに、俺から見たら、二人の鈍ナイフにゃハエが止まるぜよ」

 途端、むっとする二人。

「俺ば殺すつもりで本気で投げたナイフば叩き落としてこそ、俺は坪口と浩の上に立てる人間になれるんや」

 二人は呆れたという仕草で、「頭ん良い康太の考えるこたぁ俺らには分からん」

「分かった。どうなっても知らんぜよ」と浩紀。

「ああ望むところや」


 二人が所定の位置に戻ったのを確認して康太はゆっくりと工事用合板の前に立った。的は康太の胸の位置だ。

 族らは訝し気に互いに顔を見合わせて、「二人のナイフの的になるんかよ」

「あの距離からのナイフてろ躱せるもんなんか」

「さっきの決闘で隊長が辰吉に投げた間隔くらいやで。あの辰吉が微動だにできんやったんやでぇ」


「兄貴ぃ」

「あぁ」

「何する気や。あの距離からのナイフば躱すだけ?」

 権藤は腑に落ちない。


「おじさん」と佐和子が青ざめる。

「まさかあの二人、康ちゃん目掛けてナイフ投げるつもり?」

「おじさん止めんでいいと?」

「今ちゃんとここに居るのに見てるだけで。もし康ちゃんに何かあったら…」

「私真知に会わせる顔ないよ」

 親衛隊に守られた恰好の佐和子だが、勇気を振り絞って、危ない族が屯する中を前に出て行こうと一歩を踏み出す。

 その手を達己が掴んで、「お佐和心配ねぇ」

「でも…」

「康太も馬鹿じゃねぇ。勝算のねぇこつする訳ねぇ」


「じゃぁ康ちゃん」と美代子が手提げ袋の中から棒を二本取り出した。

「ほんとに大丈夫?」

「ヌンチャク持った俺に不可能なこつてろあるかよ」

「分かったぁ」

 康太はそれを左右の手で軽く持つ。


「おい…総長手に何か握ったぞ」

「ヌンチャクや!」

「ダブルヌンチャクや!」

 前列でのどよめきが瞬時に後方へと伝播して行く。

「俺聞いたことあるぞ。俺らの影の総長はヌンチャクの達人やとよ」


「兄貴ぃ!」

「あぁ」

「ヌンチャクかぁ」

 権藤はしたり顔で、「顔は隠しちゃぁいるが、想像通りなら俺は会ったことあるぞ」

「えっ兄貴!あの総長に会ったことあるんすか?」と驚きを隠せない山本。

「達己さんの息子や!」

「あの高良山の化けもんランサーの!」

「ヤマ、去年の夏やったか、俺は俊兄貴のパーティーに招待されたんや。そんとき達己さんと息子の康太君ば紹介された。確か中学三年やったかいな、余興に康太君がヌンチャク披露してくれたんじゃ」

「とにかく凄かった。ヌンチャクの回転で土煙が上がったけんな。肉眼じゃ見えんのや。ブルース・リーのヤラセのヌンチャクてろ及びもつかんやったわ」

「やっと府に落ちたわ」

「何がですか?」と山本。

「TBRの総長があの狂犬二人ば束ね切った訳よ」

「その辺のただのバカガキの集まりたぁ全く毛色が違っとった訳もな。TBRの総長は頭も切れるぞ」

「あの凄腕ヌンチャクかぁ」と権藤は感慨深く溜息を吐く。

「本部でお前ぇにも話したが、あの狂犬二人、数ヶ月前にラッキーでサマ働きやがったで、事務所でぼこぼこにやき入れてやったとき抜かしやがったわ。友達の免許合格祝うためにサマやったとな。で、そいつの下に付いてデカいことやるとな」

「そいつの名前ば教えんやったら殺すぞっち脅しても意地でも口割らんやったわ。そいが康太君やったっちゅう訳やな」


 康太は身構えない。一応、浩紀の方は見てるようだが、両手はだらんと下ろしたままだ。

 去年の焼き肉パーティーのとき、康太の神業ヌンチャクを網膜に焼き付けた浩紀としては今の構えが無性に気になる。映画のブルース・リーは自らの技を誇示するが如く、これでもかというくらいに忙しくヌンチャクを動かしていた。浩紀はつい康太と呼び掛けそうになって慌てて口を噤む。

「総長、準備はいいですかい?」

 康太は美代子にOKのサインを出す。

「総長はいつでもいいって言ってるよ」

『康太、もうどうなっても知んねぇぞ』


「総長全く避ける気なさそうやで」

「まさかあのちんば総長、胸に鉄板でも仕込んどって、隊長のナイフ跳ね返してはい終わりのオチやなかろうな」

「まさかよ!」


 南無三!浩紀の放ったナイフは、バイクのヘッドライトの光を鈍く反射させながら、康太の胸目掛けて一直線。ヌンチャクが届く範囲前方180度が康太の制空圏。飛んできたナイフは、その制空圏に到達するや否や、ばきっという音とともに無惨に地面に砕け散った。

 一瞬何が起こったか分からず、場がシーンと静まり返る。下段に屯する手下たちも上段に陣取る幹部連中も。

 浩紀の話から康太のヌンチャクが物凄いとは頭では分かっていたものの、まさかこれ程のものとは、と感服する坪口。康太を頭に頂いておけばTBRは怖いもの無しだ。瞬く間に福岡都市圏も席巻してしまうことができそうだ。

 自分一人だけが康太の技の凄さを分かっていたが如く、ハンドマイクを手にした美代子は得意気に、「みんなびっくりして声もでんみたいやね」

 地面に落ちた柄だけのナイフを拾い上げて掲げて見せる。

「はい~、特攻隊長の自慢の投げナイフも総長に掛かったらこの通~りぃ」

 下段の一角で起こったうお~という歓声が、伝播して増幅されて地鳴りの如く公園中を覆う。

「まだ序の口だ~よ」と美代子が煽る。

「じゃぁ二人の隊長さん、同時に投げていいよ」

「けっ三浦ん奴、康太が浩のナイフ簡単に叩き落としたんで調子づきやがったぜ」

 坪口は満更でもなさそうに口の端を歪める。

 浩紀もほっと胸を撫で下ろしたように、「やっぱ康太のヌンチャクは凄ぇわ!」

「俺ごときが心配するちゃ百年早ぇわ」

「坪、俺らが総長の指図じゃ。殺すつもりで思いっきり投げたろうやないか」と美代子のハンドマイクを横取りすると、次の神業への期待にじっと康太一点に視線を集中させている手下どもに向かって、「お前ぇら、総長は俺と坪の何倍も上行っとるお方じゃ。そんな総長ば頭に頂けるこつば光栄に思えや」

「なら、目ん玉ひん剥いてようみとけや」


 浩紀の演出に応えてか、今度は正面の二人を見据えて身構えるが如く、康太は両手を若干前に出す。場はしんと静まり返り、上段のこれから起こるであろう光景を固唾を飲んで見守る。

 日付は既に変わっている。月明かりで明るい雲の切れ間から満月が顔を覗かせ、池にその丸い姿が写し出される。そよぐ風に水面に微かに波が立つ。

「総長行くぞ」の掛け声とともに、二人の鋭いナイフが康太目掛けて投げられた。凄技を目の当たりにした二人からは不安・気遣い・手心という言葉は消え去っていた。まさに殺気を塗り込めた刃だ。

 一投目を投げ終わるや、浩紀は素早く特攻服に左手を差し入れると、指の間に二本のナイフを挟んだ腕を鋭く振り抜いた。

 ヌンチャクを持つ両手が確かに動いた。だが、その神速に肉眼が追い付かない。四本のナイフは投じられた順に柄の部分を残して虚しく康太の足許に転がった。

 浩紀はお手上げとばかりに両手を広げ、「総長に掛かったらナイフてろハエ以下やな」

 浩紀の諦めを聞いた坪口も、「確かにな。ナイフは真っ直ぐ飛んでくるけな。予測がつかんだけ、ハエ落とす方が総長にゃよっぽど難しいんやないか」


「総長!」

「総長!」

「総長!」

 自然発生的に族どもが脚を踏み鳴らし始めた。


 美代子は満足そうに、「総長の物凄さが分かったみたいやね」

「じゃぁどっちかが締めてよ」

「分かった」と坪口が一歩踏み出す。出遅れた浩紀が、「坪、特攻隊長の方が格上やけんど譲ったるわ」

「浩、恩にきるわ」

 ハンドマイクを手にした坪口が大音声で叫んだ。

「お前ら、祭りはまだまだこれからや」

「今日は総長の温情で高良山の鳥居に到達した上位五人ば格上したるとのお言葉や。ルートや手段は問わねぇ」

「俺らはTBRや。柔な走りしかできねぇ奴にゃ用はねぇ」

「てめぇの前走っとる奴、潰してでも前に出れや」

「俺や浩、勿論総長でもや」

「死ぬ気で走れや」

 途端、歓声が木霊した。

 うぉぉぉぉ~!

 やったるぞ!

 気合いの入った族どもが右手を突き上げる。


「暑ぃ!」

「こんなもん被っちゃられんわ」

 権藤はフルフェイスのヘルメットを脱ぎ捨てた。

 山本が慌てて、「兄貴ヤバいっす。目立っちまいやす」

「総長が誰か分かっちまったら正体隠す意味なんてねぇわ」

 一緒に久留米から流してきた族の一人が目敏く気付く。

「お前えらく老けてんじゃん。もしかしてオヤジか?」

「俺は老け顔なんんだよ」

 別の一人が、「あれっお前、顔に火傷の跡なんてねぇじゃんかよぉ」

 支部の仲間が権藤と山本をぐるっと取り巻く。

「お前らほんとに構成員か?」

「博多愚連隊のスパイじゃねぇやろうな?」

 一触即発の危機にも権藤は落ち着き払って、「目出度ぇ総長んお披露目ん日に小せぇこつ気にすんなや」

「そいにさっき分かったんやが総長は俺のこつ知っとうぞ。聞いてみぃや」

「ばって俺んこつスパイち疑ったっち知ったらお前らただじゃすまんやろうな」と権藤は口の端を歪めて不敵に笑う。

 途端、困惑の表情を浮かべる構成員たち。

「おいどうすんよ?」

「触らぬ神に祟りなしや。ほたっとこうや」

「おうその方が賢明や。お前らも一端の族なら走りで根性見せたれや」

「言われんでもそんくらい分かっとるわ」


 連中が二人に興味を失うと、「ヤマ、もう狂走連合は終わりや。肩入れも止めじゃ」

「兄貴どうなさるんで?」

「あの狂犬二人に近づく度胸あるかや?」

「兄貴のご命令とあれば俺にはうんもすんもないです」

「奴らに活動資金の提供申し出れや」

「総長は無理でもあの二人が入ってくれりゃ組も安泰なんやがな」

「兄貴本気なんですかい?」

「ああ本気や。オヤジもいつかは引退んときがくる。そんとき俺ん下に奴らが居れば簡単に組掌握できるわ」

「俺では役不足で…?」とぼそっと訊く山本はいかにも申し訳なさそうだ。

「そうまでは言わんが…」

「まぁ実現するかどうかは分からんが、そんときゃお前ぇも奴らの上に立てる極道になっとれや」

 山本は決意新たに、「オス!兄貴」


「ねぇおじさん、あの子本当に康ちゃんなん?」

 達己は佐和子の反応を面白がっているのか、他人事みたいに、「ありゃ正真正銘ちゃんや」と、顎を擦りながら感心している節さえ見受けられる。

「何?お佐和はあの総長がちゃんじゃねぇこと願っとんのか?」

「うん」

「男の子と女の子の感性の違いかもしんないけど」

「ここにいるたくさんの危ない子たちのリーダーっていうことは、必然的に今から危ない目に遭うかもしんないってことだよね」

 普段の康太を知っている佐和子には、危ない族数百人を前に堂々と威厳たっぷりのあの子が康太本人だなんてどうしても信じられない。顔を覆ったスカーフを取ったら別人だったりして、とか考えてもみる。それにあの人間業とは思えないパフォーマンス、真知子が知ったらと思うとぞっとする。腰抜かして寝込んでしまうかもしれない。


「総長どうぞ」と幹部が化けもんDT400を康太の前に動かしてきた。

「おう!」と応える康太。

 誇らしげにリヤシートに跨って、身体を康太の背にぴったりくっ付けた美代子は、力強く右手を突き上げて、「行っけ~!」


 2021年1月12日・2022年1月12日修正




                   第一部 完 

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