第37話 辰吉
この見るからにヤバそうな数人のグループ、頭は金髪モヒカンに眉剃りグラサン、背に天下無双、他全面刺繍入り純白の長ラン特攻服の前は開けて筋骨隆々、締まった腹にはサラシ巻き、下はダブダブボンタンに地下足袋。幹部が居並ぶ公園上段を一点に見据えて近付いて行こうとする。
構成員が見咎めて引き留める。
「なんじゃお前ら!」
「ここはTBR以外は出入り禁止なんだよ」
数人は行く手を遮る構成員に小バカにした横目をくれてやって、「ぁあ誰が決めたんじゃ。ここは天下の公園じゃ」
「俺らが用があるんは総長とあそこに突っ立っとる特攻隊長と親衛隊長だけじゃ。雑魚は引っ込んどれや」と押し退けながらズンズンと歩を進める。
「嘗めくさりやがって袋叩きにしたれや」と腕に覚えのある奴らが一斉に飛び掛かる。
リーダーらしき奴が瞬時にとった構えはボクシング。眼にも留まらぬ早業であっと言う間に掛かってきた数人をぶっ倒した。取り巻きに突っかかっていった奴らも次々にやられていく。
特にリーダー格は相当な技量だ。正確に顔面を打ち抜いた。地面に延びた奴らは白眼を剥いて痙攣を起こしている。奴の両拳には血に染まったメリケンサック。
途端、構成員たちは潮が引くようにざざっと奴らから数歩退いた。
「や、やべぇ!」
取り巻きが偉そうに講釈くれてやる。
「お前ら下手に掛かってくると死ぬぞ。辰吉さんは西日本の新人王や」
「天下獲ったつもりでのさばるお前らに引導渡すためにわざわざ出向いてきてやったんや」
「お前ら程度の幼稚な集会てろ叩き潰したるわ」
周囲がざわつく。狂走連合から鞍替えした構成員か、「刈谷さんと総長の座を争ったあの辰吉さんか!」
「族から足洗って真面目にボクシング始めたって聞いとったぞ。何でまた族に戻っとんや」
ちょっと離れた場所で眺めていた山本が、「まさかあの辰吉か!」
権藤が、「知っとんのか?」
「はい、俺が狂走連合率いていたときの構成員っす。ボクシングを齧っとったんですが血も涙もない狂暴な奴です。勝手に仲間率いてあちこち屯して目につくもんみんな因縁つけ捲って、突っ込み・カツアゲ・暴行やりたい放題でした」
「うちは立ち上げからこと女に関しては規律厳しかったすから何度か焼き入れてやったこともあります。次期総長を選ぶとき俺がタイマンで決着をつけさせたんですが辛うじて刈谷が勝ってくれました。負けたんが相当悔しかったんか、抜けたあと真面目にボクシングに打ち込んどると聞いてたんですが…」
「そいがまたノコノコこの世界に舞い戻ったって訳か」と権藤。
「へぇヤルやん」
「口も達者や」
下顎に手をやって感心する坪口と浩紀。対して狼狽し出す支部長たち。
「新人王っていうたらプロやねぇか」
「なんでこげなところに顔出しやがるんや」
「俺らがプロのボクサーの相手になる訳ねぇ」
2人が聞き咎める。
途端、支部長たちの襟首を締め上げて、「おらっ何弱音吐いとんじゃ!」
「あいつらにヤラれる前に俺らがお前ら全員半殺しにしてやんよ」
さすがに凄みではあいつらより2人が上だ。今までの抗争で嫌というほどその化けもんの如き強さを見せ付けられてきたから。
康太を最強と信じて毛ほども疑わない美代子が後ろから能天気に、「強がってるけど坪口と浩君は康ちゃんほど強くないんだから大丈夫なん?」
「あいつ強そうよ」
2人は支部長たちの襟から手を外して美代子を睨む。
「三浦きさん!」
「俺らが敵わんのはこの世で康太一人や。やけん、下に付くんも康太一人や」
「それ以外は誰にも負ける訳ねぇんじゃ」
「じゃぁムカつくあいつにうちらの強さ見せ付けてよ」と口を尖らせる。
「わぁっとるわ」と吐き捨てる2人。
突然湧き起こった騒ぎが気にならないといったら嘘になる康太だが我関せずの図太い態度を貫くこともTBR総長としての器だ。ヘットライトの陰になった後方のベンチで惰眠を貪る振りに余念が無い。
公園上段の真下まで至った奴らが、「俺らにビビってもう仲間割れか」とせせら笑う。
浩紀がせせら笑い返して、「頭に乗るなや」
「ちょうど良い余興や。相手してやんよ」
「ほうさすがTBRの特攻隊長や。度胸あんな。やが余興じゃ済まんち思うがよ」と辰吉の取り巻き。
辰吉が、「俺らも暇やないんでな。一気に叩き潰したいんで総長出せや」
美代子が坪口と浩紀の機先を制して、「バーカ!」とあっかんべーで返す。
「あんたたちが総長に敵う訳ないやん」
プイとそっぽを向く仕草が殺伐とした空気が流れる中でも奴らをキュンとさせる。
「アチャ―、こいつらの集会にゃ小学生が混ざっとるぞ」
「そいにしてもかわいいなぁ」
「ぶっ潰したあと、俺らのマスコットに連れて帰ろうや」
腹を抱えてゲラゲラ笑い捲る。
レディースの一団から抜け出した淳子が発言した辰吉の取り巻きの一人にツカツカと寄って行ったと思ったら脇腹に回し蹴りを食らわした。
「あたいらの総長に嘗めた口利くんじゃないよ」
鍛えた身体には大した衝撃では無かったが虚を疲れた取り巻きは一瞬キョトンとする。
「こんアマ!」
「女でも容赦しねぇぜ」
上気して淳子にパンチを浴びせようとする取り巻きの前に坪口と浩紀がざざっと段差を下って立ち塞がる。構わず殴り掛かってくる相手のパンチを軽く躱した浩紀は素早く懐に入り込んで側頭部に強烈な肘打ち。よろけた相手の頭をグイと押さえ込むと瞬時に必殺の膝蹴りを叩き込んだ。
前歯がパラパラと折れ落ち、前のめりに倒れ込んだ取り巻きはそのままピクリとも動かない。喧嘩の格が違う。
初めて浩紀の喧嘩殺法を目の当たりした構成員はビビり上がる。
「やっぱり隊長の喧嘩は凄ぇ!」
辰吉は余裕をかませてパチパチと手を叩く。
「特攻隊長かや」
「さすがの喧嘩強さや。タフが自慢の松村が膝蹴り一発であの世行きたぁな」
坪口が、「お前、辰吉っち言うんか。俺らも暇じゃないんでよ。俺か浩か、ヤル相手決めれや。マグレでも勝ったら総長に挑戦させてやんよ」
「ほうやな、そんなら刈谷廃人にしたんはどっちや?」
「俺や」と名乗りをあげる浩紀。
「俺も自分が残酷ち思うとったがお前ぇには敵わんわ。眼潰して廃人にするたぁな。俺にも出来んわ」
浩紀は動じない。
「下につかねぇ奴は2度と反抗出来ねぇように完璧にぶっ潰すんは俺らTBRのやり方やでよ」
「でお前はどうするよ」
「何がよ?」
「俺に負けたあとや。盲か?アキレス腱たたっ切られて車椅子か?」
「選べや」
「まぁどっちにせよもうボクサーにゃ戻れんわな。かわいそうによ。新人王獲ったんならチャンピオンも目指せるんやないか。女にゃモテるし金もザクザクなんによ。偉そうに集会に乗り込んできたんがお前ぇの運の尽きや」
――こいつ本気で言うとんか!
辰吉はちょっとゾッとした。先程突っ掛かってきたのは数人だったから恐怖を植え付けて退かせたが、総長の号令一下、一気に掛かられたら防ぎようがない。下手したら半殺しでは済まない。これだけの構成員だから。万が一にもプロがド素人の喧嘩好きに負けることはないとは思うが、ここは一発ブラフでもかまして言質を取っておく必要がある。
「まぁ新人王の俺様がド素人に負けるこたぁねぇとは思うがよ、俺が勝ったときゃ身の安全は保証せいや」
辰吉の見せた弱気を垣間見た坪口がニッと笑うと、「これだけの人数に一気に掛かられたら逃げられねぇち悟ったかや。確かにさっきはちょっと喧嘩に自信がある奴だけ掛かっていったけな。総長の号令が掛かったら例え殺されても特攻隊精神で向かっていく団結力が俺らTBRやけぇのぅ」
今度は浩紀が、「この集会にノコノコ乗り込んで来た度胸は買うてやるわ」
「安心せぇや。万が一にも俺に勝つことがあったら総長に負けても逃がしたるわ」




