第36話 出番
族が犇めき合う公園中央より一段高くなった上段に半円形に並べられていた単車のヘットライトが一斉に点灯した。応じて、湾曲した池縁に沿ってズラッと等間隔に配置されていた単車にも灯がともる。薄暗い街灯だけで照らされていた公園内が俄然明るくなる。柳が族の熱気に煽られたが如く枝をざざっと揺らす。ジリジリしながら今か今かと待っていた族らがソワソワし出した。
「始まるぞ」
「TBR結成以来の最大のお祭りや」
「やっと俺らの総長が拝めるぞ」
興奮した一部の族が景気付けにスロットルを煽り出し騒音が一段と激しくなった会場に各支部長がどどっと駆け下りてきて、「静にせぇや」
「エンジン止めんか」
族の間に分け入り大声で怒鳴り捲る。トンピンづいて単車のスロットルを煽るのを止めない奴らの単車を容赦無く蹴倒した。
「喧しいんじゃ。コラッ!」
「おっ始まるかぁ!」とニヤッと不敵な笑みを浮かべる達己。
佐和子も、「康ちゃんと美代ちゃんどんな風に登場するんだろう」とワクワク感を隠せない。
「兄貴、いよいよですね」と山本。
「あぁ、あの狂犬2人を従える影の総長ちゃいったいどげなバケモンなんじゃ」と権藤は興味津々だ。
「それにしても暑ぃわ。顔が蒸れるぜよ」
「兄貴、大丈夫ですか?」
「この場を外して顔拭かれては?」
「大丈夫じゃ」
「顔から湯気が出るくれぇ我慢出来ねぇでTBRの総長は拝めねぇでよ」
池端に陣どるTBRレディース・総長代理を務める淳子がメンバーに向かって声を張り上げる。
「今日は待ちに待ったあたいらの総長とのご対面だよ」
「みんな、心の準備はいいかい?」
即座に右手を突き上げてメンバーが呼応する。
「オー!」
この集会を仕切るのは誰でもないTBRレディース総長たる美代子だ。康太の意志は美代子の口を通して言葉になる。ヒーローは寡黙であるべきだ。康太は衆目の前で口を開かないことが即ち威厳を守ることと頑なに信じている上に、進んで前面にしゃしゃり出るのを嫌う。坪口としては美代子に仕切られるのは癪に触るがそれが神輿として担ぎ上げた康太の意志なら不本意ながらも従うしかない。
身長150センチの美代子には、初めて身に着けたおニューの赤い特攻服はちょっとダブダブ感があるが、ポニーテールに纏めていたゴム輪を外して気合いを入れる。髪がパサッと頬に掛かった。
「坪口出番だよ」
「あぁわぁっとるわ」
坪口は喫っていた煙草をピンと指で弾いて捨てた。
「浩君も」と美代子。
「おう!」と立ち上がる。
「お前ぇら行くぞ」
「気合い入れろよ」
「総長に恥かかせるなや」
幹部連中を睥睨して活を入れる浩紀。
「オー!」
ヤンキー座りで康太の座るベンチ前で屯っていた見るからに危なそうな風体の幹部連中が徐に腰を上げた。
美代子はベンチでふん反り返ってハイライトを吹かす康太を振り返って、「康ちゃん、初めが肝心だから総長としての康ちゃんの力見せ付けてやってね」とニコッと微笑む。
公園を埋め尽くすこれだけのヤバい連中の前でのお披露目だ。心臓に毛が生えた康太でも武者震いは隠せないが、総長を拝命する者として、何事にも動じない物怖じしないデカイ態度を幹部連中も含めて手下どもに誇示しておく必要がある。
上段に幹部がズラッと居並んで雁首を揃えた。列の中央に特攻隊長たる浩紀と親衛隊長たる坪口。その2人の陰に隠れて若干気遅れ気味の美代子。400人の構成員の視線が一斉に此方に向く。緊張しないと言う方が無理がある。
隊の規約としては特攻隊長の方が格上になるのだが坪口が先に一歩前に出る。
大きく息を吸い込んで、「お前らー」
さすが坪口、まるでスピーカーを通してでもいるような大音声だ。
一息吐いて腹の底から声を縛りだす
「待たせたー」
「親衛隊長の坪口じゃー」
「よう集まってくれたー」
「今日は総長の御披露目じゃー」
「ウォー!」と地鳴りのような歓声のあと、自然発生的に、そうちょ…そうちょ…そうちょ、と右手を突き上げ始め、徐々にその声が唸りとなって公園内に木霊していく。
幹部の一人が用意していたハンドマイクを坪口に差し出した。
「坪、こんだけの構成員の前で肉声は届かねぇよ」
「そうやな」と受け取った坪口は、「次は浩じゃ。使えや」
次に前に進み出た浩紀がハンドマイクに口を当てて、「俺が特攻隊長の大塚じゃ」
「お前ら焦るなや」
「お前らの総長はちゃんと後ろに控えちゃるわ」
「浩…」
何を思ったか、坪口がニヤニヤしながら浩紀に耳打ちした。
浩紀もニッと笑って、「面白ぇやん」
ハンドマイクを取った坪口が、「総長の御披露目に遠くからワザワザ集まってくれたお前ぇらに感謝や。総長も喜んどるわ。ほいで今日は集会ち言うよりお祭りのごたるもんやからお前らば余興で楽しましたるわ」
「TBRは喧嘩の実力次第でドンドン上に上がれるこつはお前らも知っての通りや。やけん、俺こそはち言う奴が居ったら今日この場で俺と浩に挑戦させたるわ。勝敗は相手の意識が落ちたときや。俺も浩も負けたときにゃ潔く今の立場譲ったる。どうや、掛かってくる度胸んある奴は居るかや?」と上段を注視するワルらを真顔で挑発する。
「まさか!」
構成員たちは半信半疑で互いを見回す。
「挑戦!」
「嘘やろ!」
「あのバケモン2人に敵う者てろ総長しか居らんめぇもん」
「あの刈谷ば分殺にした特攻隊長や。下手に手ぇ挙げたら殺されるぞ」
「強いて言えば博多愚連隊の合田ぐらいしか居らんめぇや」
「総長の合田っち、特少に送られて一週間で主だったもん全員半殺しにして締めてしもうたっち奴やろ」
「そいにあの博多の合田組の組長の息子らしいぜ」
「親父が組長なら暴れたい放題で怖いもの知らずん筈やな」
「手のつけられんワルで女には見境無いし、中学んとき喧嘩相手ば殴り殺したっちゅう噂もあるぞ」
「俺らの総長は近い内に合田の愚連隊、飲み込むつもりらしいけな。凄いわ」
「俺は地獄の果てまで総長について行くぜ」
「いづれはTBRの隊旗はためかせて天神で爆走じゃ」
達己は顎を擦りながら、「ほう、面白そうやな。一丁挑戦したるかいな」
「ついでに総長も食ったるか」
佐和子が横目で、「おじさん、大人気無いよ」
「あの2人、喧嘩に絶対の自信があるんやな」と感心する権藤。
山本も、「特にあの豪傑刈谷ば廃人にした特攻隊長の喧嘩見てみてぇす」
「今ん言葉確かに聞いたぜ」
公園南側、上段から見て右手の本通筋商店街入口付近から不敵に大音声を張り上げる奴が居る。




