第32話 中央公園
鳥巣市には鳥巣駅から伸びる本通筋商店街、大正町商店街、専売公社の工場に三辺を囲まれて池がある。その池の周囲に樹木が植えられ遊具が設置されて公園になっている。中央公園だ。薄暗い街灯が数本立っている。この平成の現在、鳥巣市のモデル・鳥栖市から中央公園は跡形も無く消え去って大型商業施設に取って代わられてしまった。悲しいことだ。
さすがに臭いはしないがこの溜池、水質が悪い。福岡市にある大濠公園のように定期的に浄化されていれば問題ないのだが。貸しボード場もあって休日には家族連れやアベックで賑わっていた。今や400人の族の頂点に立った康太もデートで美代子にねだられてボートを漕いだことがある。
この夏場の第二土曜日の夕刻、公園には人っ子一人見えない。族の跳梁に畏れをなした市民はみんな、家に引き込もってしまった。
日付も変わろうかという深更、この中央公園に族が続々と蝟集してきた。モヒカン・リーゼント・パンチパーマ・眉剃り・マスク・地下足袋、特攻服だけはTBRのロゴ入りで統一している。
肩に担ぐは鉄パイプにチェーン・釘打ちバッド、見るからに危ない奴らだ。ヤンキー座りで仲間同士で固まり、モクを吹かし、喫い終わったシケモクは火が点いたままピンと指で弾いてその辺に捨てる。祭気分に高陽した族が不用意に煽るスロットルで公園界隈は喧騒の坩堝と化す。
TBR立ち上げ時のメンバーは全員、十六才以下だったが周囲の族を吸収していく課程で仕方なく十六才以上の構成員も増えてきた。特攻隊長・浩紀と親衛隊長・坪口のコイツらへの睨みは完璧だ。中途加入した奴らは例外なくこの2人にボコボコにされている筈だから。
集まった族の単車には一応ナンバープレートが付いている。佐賀ナンバー・久留米ナンバーに混じって福岡ナンバーも居る。何とTBRは二日市の族までその勢力範囲を拡げていた。
もはや、TBRに対抗する族は福岡市を拠点とする博多愚連隊だけになっているようだ。久留米狂走連合の残党もまだ残ってはいるが消滅するのも時間の問題だろう。
遊具が設置されている地点は公園内で一段高くなっている。坪口ら幹部はここに陣取る。各々の単車は幹部連中を囲んで下の段を睨むように半円形に並べた。勿論今日の主役の康太と美代子もそこに居た。顔出しが出来ない康太は美代子の制服のエンジのスカーフを借りて顔半分を隠し、屯する族に背を向けて滑り台と木立の間にあるベンチに腰掛ける。
康太は鳥巣高校入学時はスポーツ刈りにしていたが、このヤバイ奴らを束ねる総長を拝命するとなった今、威厳に欠けると考え丸刈りにした。この頭なら学校や家で怪しまれることは無いだろう。
「康ちゃん」
美代子の呼び掛けに、「何や?」と一応応える康太。
大きなマスクで顔を隠した美代子がポーチからコンパクトを出して鏡に康太の顔を写してやる。
「どうお、私のスカーフで顔を半分隠した気分は?」
「この糞暑いんに見苦しいでぇ。そいに様になってねぇ」
「まるで怪盗康ちゃんだね」と言ってプッと吹き出す。
「三浦きさん、笑うな」
「だってしょうがないでしょ。康ちゃんがマスクするのが嫌だっていうから。ヘルメット被ったままでもいれないし」
「大悟おじさんに言われたでしょ。暴走族を立ち上げても康ちゃんはあくまでも影の存在じゃないといけないんだから」
「康太、決まっとるでぇ。三浦ん言うことぁ気にすんなちゃ」と浩紀。
「ほんとかいな」と返す康太。
坪口が、「この数ヵ月、俺と浩ぁ暴れ巻くってやったけんな。その俺らん上に立つんが康太じゃ。今や奴ら、総長っち聞いただけでヒビりあがるけんな。康太の作戦通りじゃ」
「ほんとに総長が居るんかち疑う奴らも出てきやがったけ、ちょうど良い潮時じゃ」と浩紀。
「浩・坪口」と呼び掛けた康太はニヤッと意味あり気に笑う。
「ただ奴らん前に出るだけじゃ面白う無ぇで」
2人が、「康太、何かするつもりか?」
「あぁ」
「ヌンチャク見せたるわ」
途端、坪口の眼が爛々と輝く。
「見せてくれるんか?」
美代子が、「坪口ぃ良かったね。今日お披露目集会で康ちゃんの機嫌が良くて。じゃないと滅多に見れないんだから」と口を突き出す。
浩紀は顎をなぞりながらウンウンと頷いて、「そうやったなぁ。俺も三浦も見たこつあるんにお前ぇだけまだ見たこつなかったんよなぁ。かわいそうになぁ」と茶化す。
「浩、てめぇ」
坪口も浩紀と美代子の掛け合いに付き合ってやるかの如く浩紀に詰め寄る。
「お前ぇが見たこつあるっち思うてバカにしやがって」
康太はニヤニヤしながら、「坪、今日はよう、まだ誰も見たこつのねぇ凄技の余興見せたるわ」
3人が声を揃えて興味津々に、「どげなことするん?」
「浩・坪、お前ら2人、俺に向かって殺す気でナイフ投げろや」
「ちゃんと忍ばせとぅやろ?」
2人は眼を大きく見開いて、「ウソやろ?」
「下手こいたらほんとに死ぬぞ」と坪口。
浩紀も、「何かあったら、俺は真知姉に申し開き出来ねぇよ」
2人に反して美代子は自信満々だ。
「浩君・坪口ぃ、2人のなまくら投げナイフで康ちゃん、怪我させられるなんて思ってるんならお目出度いよ」
途端、2人は凶悪な眼付きに変わる。筑後地区のヤンキーたちを震え上がらせたあの狂犬の顔だ。
「何やと三浦!」
康太は余裕綽々で、「そん顔やが」
「そいで俺を殺すつもりでナイフ投げれや」
「そんくらいの気概で投げにゃ、今日俺のお披露目にやってきとる奴らばヒビらせて従わせるこたぁ出来んでよ」
「そうかぁ」
「分かったわ康太」




