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ちんばの総長  作者: クスクリ
31/47

第31話 露見

「逃げるな!」

「逃げた奴は容赦無く刈り捲ったるぞ」

 秋吉が吠える。

「お前ぇら囲んだ今がチャンスじゃ」

「一気に掛かれや」

 顔を上げた達己が、「お前ら動くなや」

「こいつの首、へし折ったるぞ」

 達己の恫喝に族らの出足がピタッと止まる。


 蹲踞の姿勢で、達己がパンパンと浩紀の頬を軽く張った。

「俺を覚えてないんか?」

 上半身を起こしてキョトンとする浩紀に、「康太の親父だよ」

「えっ」

「康太の父ちゃん?」

 秋吉が、「総長の…」と言い掛けて、慌てて口をつぐ噤む。

 浩紀は途端、達己の前にガバッと正座して、「おじさん、ご、ご免!」

 これには囲んだ手下が唖然となる。

 秋吉も今や伝説となった達己の武勇伝は聞き及んでいた。

『まさか総長のおやっさんたぁ…ヤ、ヤバイ』

 秋吉が狼狽える。

 浩紀は覚悟した。相手が達己だとしたらこのままで終る筈がない。総長が康太だと感ずかれるのも時間の問題だ。


 浩紀の母親・明美と父親・俊夫は康太との関係では厳しく干渉してきたが基本、放任だ。湯村家との友好にヒビが入ることがなければ、浩紀がどんな悪さしようが知ったことじゃないというスタンスだ。今や壊滅状態の久留米狂走連合だが、立ち上げたのは俊夫と亡くなった親友の清だ。自分達は散々ヤンチャしてきて子供にだけ真面に生きろとは虫が良すぎるか。

 ただ、ここで達己に総長が康太だと知れると、見方によっては浩紀が族に引き込んだように思われる。ヘタをしたら湯村家との関係に影響する。特に、東京にいる康太の姉・真知子の耳に入るのを恐れた。康太も浩紀も坪口も真知子には頭が上がらない。

 中学時代、グレ巻くって全く勉強せず専願で龍川か鍋島に潜り込めればいいやと諦めていた浩紀が公立の鳥巣商業に入れたのは偏に真知子のお蔭だ。

 ――さぁどうする?


 浩紀は自分の視界内を右往左往する秋吉に苛立ち出した。

「秋吉ぃ!」

「てめぇ!」

 浩紀は立ち上がって秋吉を腹立たし気に蹴り捲る。

「もとはと言えばお前ぇがおじさんにちょっかい出したんが間違いの元なんじゃ」

「あんだけモスグリーンのランサーにゃ手ぇ出すなち言よったろうが」

「お前ぇのせいで集会がオジャンになっちまうかもしれねぇんじゃ」

「おじさんに頭擦り付けて詫び入れろや」

「ごめんよ浩…」

「夜やけん車の色が分からんやったんだよぉ」

 アスファルトの上に胡座をかいた達己が、「浩紀、まぁええけ、こっちゃ来いや」と手招きする。

 さっきまで心の声では浩紀君と呼んでいた達己が実際呼び掛けるときにはもう浩紀と呼び捨てになっている。が、何の違和感もない。

 予想外の展開に呆然と突っ立つ族らに、「目障りやけお前らも適当にその辺に座れや」と達己。

「浩紀、族でのお前の役割は何じゃ?」

「特攻隊長…」と浩紀が申し訳なさそうに上目遣いで答える。

「秋吉っち言よったか?」

「お前は?」

「支部長です」

「ち言うことは総長は康太か?」とニヤリと笑う。

 バレてる!

 浩紀と秋吉はゴクッと唾を飲み込んだ。

「すいません」

 浩紀と秋吉が胡坐から正座になって神妙に頭を垂れる。

「何でお前らが謝るんや?」と達己が訝る。

「康太の自由意志やねぇんか。俺の知ったこっちゃねぇよ」

「へっ?」と2人の眼が点になる。

 浩紀が、「おじさん、康太が族やっとっても良いん?」

「良ぇんやないんか。青春は短いんやしな」

「そいに俺も子供に偉そうなこと言える身分じゃ無ぇしよ」

「総長たぁ名誉なことやわなぁ」と達己は満更でもない様子だ。

 想定外の達己の大人とは思えない物分かりの良さに秋吉が調子に乗る。

「今日は総長の康太のお披露目集会なんです」

「ほうそれは目出度ぇな」


 一人特等席で観戦中の佐和子だったが、達己を中心に円陣になったのを見て危険性が去ったと見た。恐る恐る近付いて行く。

「もうおじさん、私の存在忘れてなぁい?」と頬を膨らます。

『ヤバイ!佐和姉だ』

 浩紀と秋吉はグッと顔を下げる。

 薄暗い単車のヘットライトの明かりの中、「あれっ?」

 顔を覗き込むように2人の前に屈み入んだ佐和子は、「浩君?秋吉ぃ?」

「もしかして暴走族ってあんた達だったのぉ?」と驚きを隠せない。

『アッチャー、バレた』

 2人は引き攣った笑みを浮かべて、「佐和姉久し振り」

 佐和子も真知子の図書館での高校受験勉強会を手伝っていたので顔馴染みだ。自分たちの正体を知られたということは真知子の耳に入るのも時間の問題だと浩紀は観念する。


 この数ヵ月、浩紀と坪口を鬼神の如く暴れさせ、自分は影の存在として裏で指図し、対抗する族の心胆を寒からしめると言うのがこのB界の創造主たる俺のアドバイスを忠実に守って描いた康太の絵図だ。一騎当千の2人の上に君臨する影の総長、対抗勢力はその存在を仄めかすだけで抗争なくしてTBRの軍門に下るという寸法だ。その康太の絵図が音を立てて崩れようとしている。康太に申し訳ない気持ちで一杯になった2人だ。

 こうなったら、

「おい秋吉」と呼び掛けるや、浩紀は地面に着くほど頭を下げた。慌てて秋吉も見倣う。

「佐和姉頼むけ、真知姉だけには黙っとって」

 仏頂面の佐和子は、「あんた達ちょっとやり過ぎなんじゃない。物を壊したり人を襲ったり街を我が物顔で暴れ回って。市政便りで外出控えるようにって言ってるぐらいなんだから」と言葉に怒気を込める。

「それで真知には黙っててなんて虫が良過ぎなんじゃないん?」

「確かに佐和姉の言う通りやけど、俺らは久留米の族や対抗してくる生意気なヤンキー刈ってるだけやから」と浩紀は不満そうに口を尖らせる。

 いくら市民を恐怖のドン底に落とし入れた近年希にみる凶暴な暴走族とはいってもまだ高校1年生、真知子と一緒に勉強を見てやった佐和子からしたらあどけなさの残る年下の弟的な存在、無下に糾弾したらかわいそうかなと仏心も湧いてくる。


 ふと、「ということは康ちゃんは…美代ちゃんは…」

 浩紀が申し訳なさそうに、「俺たちの総長」

「三浦はレディースの総長」

「康ちゃんと美代ちゃんが総長」

 佐和子は開いた口が塞がらない。

 達己が口を挟む。

「ところで浩紀、構成員は何人くらい居るんじゃ?」

「まだ増えると思うけど、今は400人くらい」

「よ、400人!」とまたまた開いた口が塞がらない佐和子。

 達己は一応考える仕草。

「400人も居る族の総長やったら簡単には抜けられんぞ。お佐和、こりゃ下手に真知の耳に入れねぇ方が良えかもしれねぇぞ」

「そ、そうだね。真知のことだから無茶やりそう。学業放って東京から即行で帰って来て一段落するまで戻らないって言い張りそう」

「理絵子にも漏れないようにしなきゃ。あの子スピーカーだから」と気を引き締める。

 ラッキーと胸を撫で下ろした浩紀が、「佐和姉、今日は総長の初のお披露目集会なんだよ。康太と三浦、400人の前で演説ぶつよ」

「あの目立つのが嫌いな康ちゃんが演説?」

 ニヤッと笑った達己が、「お佐和、こりゃ高良山行くより面白そうやねぇか?」

 勝ち気な佐和子のこと、興味を惹かれないと言ったら嘘になる。

 浩紀がしれっと、「おじさんと佐和姉が集会に紛れ込んでも暗いし400人も屯ってるから絶対バレねぇよ。康太と三浦の晴れ姿見たくないん?」

 好奇心に抗えなくなった佐和子が唸る。

「うぅぅ…」

「真知には悪いけど…ごめん…見たい」

「だろう佐和姉」としてやったりの表情の浩紀。


「おじさん、乗っていく単車は選り取り見取りだよ。狂走連合からの戦利品やけど」

「そうか」と見渡した達己。

 おっZ2もあるやねぇか。

「明、お前ぇ、等と2ケツになれや」

「OK浩」

 このZ2、まだ族仕様に改悪されてない。いつまでもガキの心を忘れない達己は感無量でZ2に跨った。

「ときには単車も良ぇよな。神経が研ぎ澄まされる感じや」

「おじさんバイク大丈夫ぅ?」と佐和子が冗談気味に達己の顔を覗き込む。

「その言葉、ちーっと俺のプライド傷つけたでぇ。見とれよお佐和」

 達己は重量のあるZ2を軽々と右に左に振り回したかと思ったら、一気にスロットルを煽って、「イヤッホー」と奇声をあげるや、ウイリー気味にロケット発進。

 広大な市役所前広場の端までかっ飛んでリヤタイヤを軋ませながらアクセルターン。夜で見えないものの、濛々と白煙が上がった様子が想像できる激しさだ。達己は恐ろしいくらいスピードが乗ったZ2のフロントを簡単にクンと持ち上げるとウイリー走行で戻って来る。

 族が一同に、オー!と感嘆の声を上げる。

 達己に気前良くZ2を提供した明は、「凄ぇ、俺があのレベルに達するんに何年掛かるかいな」

 お佐和も、「おじさんは車だけでなくてバイクも天才だったんだ」と感心しきりだ。


 勝ち気な性格とはいっても佐和子は18歳の女の子、いとおしい彼氏に久し振りに再会したが如くうっとりと達己の背に抱き付く。

『おじさんの匂だ。ずっと嗅いでいたい』

「おじさん、私バイクに乗るのこれで2回目だよ。1回目はあのとき。日出夫が私を送ってくれたとき」

「そうか」と応える達己の声は優しい。

 浩紀が手下に特攻隊長の威厳でもって号令を掛ける。

「お前ら、今日は俺らTBR総長のお披露目や」

「半端は許さねぇぞ」

「出発」

 族らは右手を夜空に突き上げて、「オー!」

「お佐和今日は族になりきって楽しむぞ」

「うん!」


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