第30話 彼女同盟
この時代、暇があれば喫茶店で仲間同士集まってペチャクチャやるのが若者のトレンドだった。鳥巣市内でも人気のあった喫茶店としては本通り商店街の鳥巣高校生御用達のアレックス、鳥巣中学通学路入り口にあるアムール、ラッキーパチンコを挟んで国道34号線沿いにあるサン・ロードだ。この三店の中でも特に人気があったのはサン・ロード。全面ガラス張りの店内には陽の光りが燦々と射し込み話も弾む。
ストレートのロングヘヤーのかわいらしい眼鏡女子が店内に足を踏み入れて、キョロキョロと辺りを見回す。
目敏く見つけた2人組の女性客が手招きする。
「裕恵ちゃんこっちこっち」の声に彼女は奥の方に眼を遣る。
「ヤッホ」
「由起ちゃん千恵美ちゃんお久」
由起は鳥巣機関区ラリークラブで改造セリカGTVを転がす徹の彼女、千恵美は同じくギャランGTO・MRを転がす江口の彼女、赤坂裕恵は同じくギャランFTO・GSRを転がす川口の彼女だ。江口に由起の勤める今川医院の同僚・千恵美を紹介したのは徹、川口に鳥巣高校で事務の仕事をしている裕恵を紹介したのは、「ちんばの総長」では出番がないが、このB界の創造主たる俺だ。
今日は、ときには女同士情報交換しようよとサン・ロードに集まった。日曜日のお昼時、店内は満席だ。中にはその日暮らしらしき見るからに柄の悪そうなラッキーパチンコの常連客も混じっている。
「裕恵ちゃん何頼む?」と由起。
メニューを一通り見て、「じゃぁハムサンドとコーヒー」
千恵美が、「どうお?川口さんと上手くいってるぅ」
裕恵はニコッと微笑んでコックリと頷く。
「うん。上手くいってるよ。川口さん私のこと大事にしてくれる」
「実を言うと私、高校時代に何回かラブレターは貰ったことあるけど付き合ったんは初めてなん。彼氏が居たら、代わり映えのしなかった毎日がこんなにも違ってくるものだなんて思ってもみなかったよ」
「良いもんでしょ」とそこは先輩の由起がフォローする。
「でもただ1つ…」
千恵美がすかさず食い付いて、「裕恵ちゃん何か川口さんに不満があるん?」
「ドライブのBGMが真理ちゃん一筋」とプッと吹き出す。
千恵美も、「こっちはルミちゃん一筋」と笑い合う。
「車にお金掛け過ぎてクーラーも付いてないのにスピーカーには拘るみたい。窓全開にしてガンガン鳴らすんだよ。耳がつんぼになりそう」と笑う千恵美。
「徹もだよ」と由起。
「こんな大きなスピーカー付けるんだったらクーラー付けてよって言ったら、お前何年走り屋の彼女やってんだ、クーラーはエンジンパワー食うんじゃって怒るん」
千恵美が、「まぁ仕方ないよね。私たち走り屋の彼女なんだから」と呆れたとでも言うように両手を拡げる。
「ねぇ由起、彼氏の浮気気になんない」と千恵美。
「気にならないって言ったら嘘になるけど…」
「私、前の彼氏に浮気されて別れたでしょ。それがトラウマになってるみたい」と淋しく視線をテーブルの上に落とす。
裕恵が、「江口さんが浮気するかもしれないって心配なの?」
千恵美が、「うん」と頷く。
「取り越し苦労かもしんないけど付き合ってもうすぐ1年でしょ。最初は私だけ見てくれてたけど、近頃街でかわいい子を見かけたら江口さん眼で追ってんだ」と表情を曇らせる。
「考え過ぎだよ」と由起。
「男ってそんな生き物なんだよ。ハッキリとした彼女が居てもかわいい子が視界に入ったらつい眺めちゃうもんなんだよ。男の本能かな」
うふっと微笑んだ由起が、「遠目で見るくらいならまだかわいいもんだよ。徹なんか一緒に佐銀に行ったとき、窓口の若い行員ナンパしてたんだから。それも何と驚き、相手の子、交際OKしてたんだよ」と思い出して腹が立ったのかプーッと膨れる。
「徹さん凄い!」と思わず声に出した千恵美は慌てて口を手で押さえる。
「ご免由起。つい…」
「良いよ千恵美、徹には罰として柳川まで行って特上うなぎ奢らせたから」
「さすが由起」
「千恵美・裕恵ちゃん、私たちの彼氏、達さんの存在がある限り安泰だよ」とニコッと笑う。
裕恵が笑いながら、「歓迎パーティで大悟先生がこいつが俺のライバル・達やって私に紹介してくれたよ」
千恵美が、「あの背が高くて精悍で格好良い人?」
「何か誉め過ぎのような気もするけど…」と裕恵。
「うん」と由起。
「どういうこと?」と千恵美。
「あの3人は達さんに頭が上がらないっていうか、いつも背中を追い掛けてるこの世で一番尊敬している人なん。だから浮気とか、達さんが一番嫌うに違いない行動を取れる訳ないんだから」とさも当然のように言って口を突き出す。
「達さんってパートナーに一筋の人なの?」と裕恵。
「達さんの亡くなった奥さんの美千子さん、綺麗でかわいくて心も天使のように純粋な人だったみたい」
「歓迎パーティの前に映画にエキストラで写り込んでた達さんと美千子さんの上映会を大悟先生が開いてくれたん」
由起は夢見る乙女の顔で胸に手を当てて、「映画の中の美千子さん綺麗だったぁ」
2人も由起の表情に釣られる。
「そんな上映会があったんなら私たちもぜひ見てみたかったよぉ」と口を尖らせる。
「未だに独身でしょ。私は亡くなった美千子さんとの貞操、達さん守ってるんだと思うん」
千恵美も、「そうかもしれないね。じゃないと世の中の女性があんな格好良い達さん放っておかないよぉ」
「江口さんの話にはいつも達つぁん達つぁんって出てくるよ」
「で、二言めには達つぁんの一の子分は川口でも徹でも無く俺だかんなって」
千恵美がおかしそうに笑う。
裕恵も、「川口さんからもその話ときどき出るよ。達己さんに関して、江口さんがいつも川口さんに先んじることが面白くないみたい」
「ふぅん…男の世界には男の世界の悩みがあるんだね」
「でも何だか達さんの取り合いしてるみたいでおかしい。もしかして3人は恋敵?」と千恵美が笑う。
「確かに言えてる」と2人も釣られて笑う。
「こんなだったら浮気なんか考える気すら起こらないよね由起ぃ」
「そうだよ千恵美」
「安心した」
裕恵が、「そういえば大悟先生の『夢界の創造主』来月封切りだよ」
「そうだった。みんなで見に行こうよ」と由起。
千恵美が顎に指を当てて、「大悟先生の歓迎パーティからもうすぐ1年だけど何も音沙汰ないね」
「由起ぃ何か聞いてない?」
「うん、徹とも大悟先生のこと話題になったけど、達さんにも何の連絡も無いみたい」
「テレビで特集やってたけど今年一番の大作で大ヒット間違いなしだって。だけど木村大悟は相変わらす謎の作家で消息は全く掴めないって言ってたよ」と裕恵。
由起は大して気にも留める風もなく、「大悟先生のことだからまたひょっこり私たちの前に顔出すんじゃない」
「そうだね。大悟先生のことだから」と他の2人も納得顔だ。
千恵美が眉を寄せ声を潜めて、「ねぇ2人とも市政便り見たぁ?」
裕恵が、「うん、見た見た」
「暴走族のことでしょ」と由起。
「みんなまだ高校生みたいなんだけど暴れ回って警察もお手上げだなんてこの時代に考えられないよね。それも久留米じゃなくてこんな田舎町の鳥巣でやなんて」
千恵美の話題提起に、「川口さんが私のこと心配して第二土曜日の夜は絶対外に出ないようにきつく念押されたよ。もしどうしても出ないといけない用があるんだったら俺を呼べって」と裕恵。
千恵美も、「私も同じ事、江口さんに言われた」
「私も」と由起。
由起が、「私は来週の第二土曜日は休みだけど徹も休みなんだ。千恵美は?」
「私は準夜勤なんだ。江口さんが迎えに来てくれると思うけど」
「じゃぁこうしようよ」と由起。
「徹と江口さん川口さん、もし私たちに何かあったらって相当心配してると思うよ。千恵美の仕事が終る時間に私と裕恵ちゃん徹と江口さん川口さんで迎えに行くようにするよ。江口さんだけじゃ不安だから3組で固まっていようよ」
「うん。そうしようそうしよう」
裕恵が初めての経験にドキドキ感が隠せないが如く賛同する。
千恵美も、「何かアバンチュールを楽しめそう」と顔が笑っている。
由起が、「こら2人とも、遊びじゃないんだかんね」
「ごめん」と千恵美と裕恵が舌を出す。




