第3話 轟支部
宵の口、若いアベックの117クーペが市内、34線沿いのガソリンスタンドに吸い込まれていく。
「いらっしゃいませ」と目敏くさっと駆け寄ってきた15・6歳の店員に、「ハイオク満タン」と彼氏がキーを渡す。
そのとき、ウォンウォンと雷鳴のような改造マフラー音が響き渡った。瞬間、彼氏の顔色が変わる。
「やべ〜、族や!」
「族?」
彼女が訝る。
「暴走族なら福岡市内にも居るよ」
彼氏は語気を強めて、「鳥巣の族ばチンケな福岡の族と比べるなや。あいつらの凶暴性は異常や。未成年やけ法律てろへとも思ってねぇ。目に留まった者にゃ見境なく襲い掛かるちゃ。人殺しもやりかねねぇ危ない連中やぞ」
彼氏は大袈裟に嘆く。
「しもうた…今日は第二土曜で奴らの集会日やったぁ」
「出会ったが最後車ぼこぼこにされた上に金は全部奪われて…」
彼氏は一旦言葉を切って、「お前は間違いなく犯される」
途端、真っ青になった彼女が慌てだす。彼氏の肩口を揺すって、「ねぇねぇ信ちゃん、早くこんな街出ようよ」
彼女に急かされて、至って手際良く動く店員にも彼氏は苛立ち出す。
「早う入れれやこのグズがぁ」
偉そうに117クーペに女を乗せてるだけでも癪に触るのに、店員は今の罵声で頭の血管がぶちっと切れた気がした。ぶち殺したい気持ちをぐっと抑えて無言で給油ガンを握る。料金を貰って無言で踵を返した店員の背中越しに、「お客さんにありがとうございましたも言えんのか。こん店は」
足を止めて怒りで肩を震わす店員を尻目に、「糞が!」と吐き捨てて117クーペは走り去る。
「義雄今日はもう上がっていいぞ」
店長は早々と店のシャッターを下ろし始める。ガソリンスタンドは通常シャッターを付けないのだが、TBRが跋扈して以来、あらゆる店が取り付けた。奴らはショーウィンドーを見ると面白半分に割って回る。手が付けられない。
深更、老朽化した二階建てアパートの階段踊り場辺りに10台ほどの改造バイク、非行少年たちは柄の悪いヤンキー座りで煙草を吹かす。周囲に吸殻が散らばる。漆黒の特攻服の背中には金字の刺繍で大きくTBR、眉剃りしたリーゼント頭、剥き出しの腹筋には厚い晒、極めつけはトロンとした危ない目、視界を横切る住民に眼を付け捲る。こいつらに説教くれてやる度胸のある大人なんか、この界隈には存在しない。命がけの所業になるだろうから。
鉢巻きの額から流れ落ちる汗を拭おうともしない。武士は食わねど高楊枝、奴らは族だ。暑さを気にする素振りは見せられない。レディース族ファッションに身を包んだ女子も数人混ざって、アスファルトに直に胡坐を掻いてくちゃくちゃとガムを噛む。髪を脱色して化粧して大人びて見せようとしても、まだあどけなさの残るその容貌は中学生だ。中には堂々と煙草を吹かす子も。
女子中学生三人の中で一番あどけなさの残る一人が、喫っていた煙草をアスファルトで揉み消して、「ねぇ高志ちゃん、本当に今日総長来るん?」
「総長はあたいらの憧れだよ。かっこいいんかな?」
「来る筈や。本部の伝令が俺ら轟支部に伝えて来たけな。今日の集会は盛り上がんぜ」と高志がにやっと笑う。
「高志ちゃん総長に会ったことあんのぅ?」
「いやねぇ」と高志は女子の手前、バツが悪そうに頭を掻く。吸い終わった煙草を指で弾いて棄てた族の一人がけらけら笑いながら、「高志のごたる下っ端にゃ総長に会う機会てろ一生ねぇに決まっとうぜ」
途端、高志はそいつに飛び掛かって胸ぐらを掴み、「お前ぇはあんのかよぅ、おう」
背中まで長く垂らした赤い鉢巻き、木刀を肩に、盛り上がった胸に巻いた晒も鮮烈なレディースの一人が、ヤンキー座りから徐に立ち上がって、「高志諭、止めな!」
「無駄に喧嘩する元気あんなら今から狂走連合のハエでも狩ってきな」
くそっ!と吐き捨てた二人は毒気を抜かれてヤンキー座りに戻る。
「実を言うと、うちらレディースの総長も今日初お目見えなんだよ。今は一応淳子が率いてっけど、なんたって伝説の総長の彼女だかんね」
「で中坊たち…」とそのレディースは三人を睨め付ける。
「うちらレディースでやっていく根性、あんたたちにあんのかい? 」
実香は口を尖らせて、「覚悟は出来てるよ真理姉」
「ねぇ法子真由美?」と同意を求め、二人もこっくりと頷く。
「高史が是非にって言うけん淳子に頼んでやるつもりじゃいるけど、興味本位やったら中坊は中坊らしく、早く家に帰ってママのオッパイでもしゃぶってぬいぐるみ抱いて寝な」
美香は、「やだぁ!」と頭を振る。
「もううちらは不良になるって決めたんや。あんな家なんか帰ってやんねぇよ。夏休み終わったら学校で威張ってやんだ。なんてったってTBRレディースの一員なんやから」
「でしょ、法子真由美」
二人も声を揃えて、「そうよ、もううちらは学校の奴らがビビって道を譲る不良なんやから」
真理子は、「そっ、まぁ不良になんのはあんたらの勝手やから」
「ただ一つだけ釘刺しとくよ。TBRレディースは半端な集団じゃないんや。怪我もすんよ。怖い目にも遭うよ。覚悟しいや。暫くは二ケツでもいいけどいずれは一人で単車に乗って貰うけんね」
「おう待たせたな」
普段着の義雄が、憤然として、爆音を撒き散らしながら帰ってきた。真理子がヤンキー座りのままぎろっと義雄を睨むと、「義雄、支部長の癖に遅いやんか」と怒気を込める。
「真理子すまん。糞ムカついた客が居ったけ後追うたばって見つけきれんかったわ」と笑って誤魔化す。
「ほんでもあのクソ117のアベックの野郎、俺がスタンドボーイやからち馬鹿にしやがって。半殺しにして女ヤっちゃろ思うたのによ」と義雄は忌々しそうに吐き捨てる。
「義雄に女ヤれる甲斐性あんのかい?能書きはいいから早く着替えてきな。遅れると坪が癇癪起こすよ」
「やべっ!」と義雄が階段を駆け上がる。
TBRの特攻服にビシッと着替えて、リーゼントの髪にポマードをべったり塗り付け、スカーフで鼻から下を覆った義雄は人が違ったように一本筋が入る。
「おらっお前ぇら!今夜はTBR総長の初お目見えや」
「気合い入れて行くぞ」
「オー!」
改造バイクに一斉に火が入って、奴らは景気付けに不必要にアクセルを煽り捲る。
――ウォンウォンウォン――
住宅街に耳を劈く爆音が響く。触らぬ神に祟りなし、子羊どもは黙って時を遣り過ごす他はない。家に籠って震えながら、耳を押さえていることだろう。




