第29話 隠密視察
久留米一の繁華街にあってこの通りだけ、異様な空気が漂う。一階が駐車場になったこの3階建ての建物、屈強な若い衆が2人、玄関前で立番する。玄関右に掲げられた看板の材質・字体を見れば反社会的な団体であることは一目瞭然だ。
そう、ここがその名を聞いただけで一般人はビビり上がり、汚れは触らぬ神に祟り無しとケツ捲って遁走する九州最強の武闘派ヤクザ、久留米誠心会本部だ。
本部若頭・権藤剛の部屋を若い衆が叩く。
「オッス頭、山本の兄貴が来られました」
「入れや」
山本は高そうな応接セットのテーブルに足を投げ出してソファーで寛ぐ権藤に向かって深く一礼して、「兄貴そろそろです」
権藤は時間を確めて、「おうそうやの」と煙草を銜える。山本はさっと権藤に近づくと右膝を床について左手を添えてジッポのライターで火を点ける。
権藤はふーっと煙を吐き出して、「さて、TBRの連中は俺にどげな面白ぇ絵図、見せてくれるんか楽しみやが」とニヤッと笑う。
「で兄貴、ムスタング出しますか?それともGTRで?」
「ヤマ、頭使えや」
「あんなもんで奴らの集会に乗り込んだら火に油注ぐようなもんや。狂走連合ば壊滅に近ぇ状態に追い込んだ凶暴な奴らや。集団でこられたら俺らでもヤバいでよ」
山本は怪訝な顔で、「ではどうなさるんで?」
「オモチャはちゃんと用意しとるわ」と権藤は不敵に笑う。
「居るか?」
権藤が部屋の外に向かって叫ぶ。
「オッス頭」と住み込みの若い衆が即座に部屋に飛び込んで来た。
「例の物はちゃんと用意出来とるやろうな?」
「オッス頭。抜かりゃありません」
「よっしゃ」
権藤は山本を連れて駐車場に下り、奥に歩を進める。
山本が眼を見張る。
「あ、兄貴、これは!」
「Z2とCBナナハンの族仕様じゃ」
「こいやったら怪しまれることのう奴らの中に潜り込めようが」
山本は感服して、「さすがは兄貴っす」
2台の単車はタンクにTBRと大きく文字入れされている。
権藤が、「おい」と若い衆に合図を送る。若い衆が大事そうに両手で抱えて持ってきたのはTBR公認の特攻服だ。
特攻服に着替えた山本がZ2に股がる。
「単車に乗るんは一年ぶりっす」
同じくCBナナハンに股がった権藤が、「お前はまだ良いわ。俺は十数年ぶりじゃ」と笑う。
山本が、「兄貴、大丈夫で?」
「あぁちーと辛いな。何しろ性能があの頃とダンチじゃ」
若い衆が、「兄貴、頭は感覚を取り戻すべくちゃんと高良山を走り込んで練習されてますきに」
「バラすなや」
「シバいたるぞ」と権藤が若い衆を睨め据える。
若い衆は途端、直立不動で畏まって、「オッス頭、申し訳ありません」
「まぁ良ぇわ」
「オッス」
「俺は昔から練習とか努力とかいう言葉が大嫌ぇなんじゃ」
「俺のように選ばれた人間にゃそげな言葉は不要なんじゃ」
「分かるかヤマ?」
「オッス、若くして久留米誠心会若頭の地位にまで昇られた兄貴の哲学として理解させて貰ってます」
山本が徐にセルボタンを押す。一発で掛かったエンジンがウォンと更け上がった。明らかにノーマルとは音質を異にする排気音にわざとらしく、「兄貴何かしましたぁ?」
「おう、折角やけん暇潰しにTSレーシングにカリカリに弄らせたわ」
「速ぇぞ」と権藤がニッと笑う。
「勿論兄貴んCBも」
「当然や」
「兄貴、血が騒ぎます」
「漢なら当然や」
山本は調子に乗って2・3度アクセルを煽った。若い衆が羨ましそうに2台の単車を眺める。
「ところで兄貴、どげんしてTBRに潜り込みますんで?」
権藤は若い衆の一人に、「お前ぇは最近まで狂走連合の幹部やったそうやな」
「オス、一応支部長を務めておりました」
若い衆は申し訳なさそうに頭を掻きながら、「TBRの親衛隊に襲撃されて壊滅しました」
山本が言葉に怒気を孕ませて、「そいでお前ぇの手下はどげんなったんじゃ?」
「オス、坪口にTBRの総長への忠誠を誓わされましてほとんど飲み込まれてしまいました」
「従わない奴は坪口にボコボコっす」
「俺は頭や総長が守ってこられた狂走連合に命掛けてました。ポッと出の鳥巣の田舎ん族にひれ伏すてろまっぴらゴメンす」
若い衆は顔の傷痕を指して、「で、これもんです」
その若い衆は眼光鋭く、「ですが絶対こんままでは済まさんです。必ず報復したります」
山本が、「やったれや。吐いた唾飲まんだれや」
「オッス兄貴」
権藤が回想する。
「坪口か…」
山本が、「兄貴、坪口をご存知なんで?」
「あぁ奴とは浅からぬ因縁があらぁな」
「山、前に俺が直に舎弟取った話ししたこたあったよな」
「確か兄貴が喧嘩が滅法強いち言われてたゼイガクっすよね」
「奴の弟や。兄貴に追い込みかけて廃人にしやがった」
山本は唖然として、「実の兄貴ば廃人に!」
「そいだけやないんや」
「俺が面倒みたった鳥巣ラッキーでサマ働きやがった」
「そいでどうなさったんで?」
「組員が事務所に連れ込んで来たで、顔形も分からんごとなるくれぇボコボコにしたったが奴は最後までサマ認めんやったわ」
坪口に壊滅させられた若い衆が、「頭、あの坪口をですか。信じられんです」
権藤は、「少しは溜飲が下がったかいや?」とニッと笑ったあと、「お前ぇこうも考えたやろ」
「あの坪口がよう黙ってボコられたなっち?」
若い衆は直立不動で、「オッス」
「奴は最後まで無抵抗やったわ。図体も根性もうちの組員より上やったかもしれんな」
「まぁ手足ん骨の1・2本ぶち折ってやってもよかっんやけどよ…」
権藤が煙草を銜える。若い衆がさっと近づいて火を点ける。
「兄貴ぃ…」と山本が権藤の表情を覗く。
「そんとき奴の相棒も一緒に締めてやったんやが…確か大塚ち言よったか」
若い衆が、「特攻隊長が大塚っち言う奴です頭。奴も坪口に負けず劣らずの狂犬です」
「どうも上に心から奴らの信望ば得とる誰かが居るらしゅうてそいつとドデカイこつばやりてぇち言よったわ」
山本が、「そいつが今日の主役の総長でしょう、兄貴」
「やろうな」
権藤は改めて若い衆に、「今日は奴らの総長披露集会じゃ。うち抜けた奴らも参加しようや」
若い衆は恐縮しながら、「相当な人数になるち思います」
「山、そいつらに潜り込むぞ」
「オッス兄貴」




