第27話 特攻隊長
数百メートル先の族を視界に捉えた達己は一気に加速する。時速百キロを越えた証のチャイムが鳴り出してもアクセルは緩めない。150キロを越えても車は驚くほど安定している。狭い林道を百キロ超で突っ走るA73の足回りだ。凹凸のないアスファルトの路面などで車体が揺らぐ筈も無い。
我が物顔でのさばる族らはその辺の族車とは明らかに異質の鋭い爆音の急接近に、何や?何や?と慌てだし、A73が通り抜けられるギリギリのスペースを開けてしまった。達己はニヤッと笑うと、異次元の速度で族の間をスルッと抜ける。A73と族の単車との隙間は肉眼ではわからないほど接近していた。この一団を率いていたのは秋吉。
虚を衝かれて一瞬唖然としたが、「何じゃ、嘗めやがって」
右手で追撃の合図を送る。
「お前ぇら、何4輪に嘗められよんじゃ。追いかけてギタギタにしたれや」
高がド素人のガキが達己に追い付ける筈が無いが、何を思ったか、達己はスローダウンして速度を百キロまで落とす。
――何おじさん、何すんの?
――さて、命知らずの族としての奴らの覚悟のほど、見せてもらうか。
達己はクンと軽くステアリングを捻ると、車体のフロントを支点に拍子抜けするほど簡単に、驚くほどスムーズに直線上でクルッとA73を回転させた。カウンターは殆ど当てない。
雄叫びを上げて加速するA73。追いかけていた族は獲物の突然の反転にギョッとしてビビり上がる。向かってくるA73は漆黒の中、まるで黒い弾丸だ。
パニックと化した族らはぶつかりあって数人が路上に投げ出される。それでも遮二無二追い掛けてくる秋吉らを引き連れて達己は鳥巣市役所の正面駐車場に入った。A73と佐和子を守るため、達己は駐車場の枠内ではなく正面玄関の壁と壁の隙間にバックから素早く入れ込んだ。
エンジンとヘットライトをつけたまま降りた達己は、「お佐和、そこで見とき。ちょっと奴らと遊んでくるわ」
佐和子は、「うん」とだけ返事した。気をつけてねとか、高良山での達己のパフォーマンスを見せつけられた佐和子なら野暮なことだと分かっている。
達己の嘗めた真似に族らは完全に頭に血が上っている。殺人も厭わない。奴らは、年少にちょっと入って、はいお疲れさん、の未成年であることを充分に認識している。族の単車のヘットライトが次々に達己に襲い掛かる。達己はジャンブ一番、体当たりを軽く躱していく。その超人的なジャンブ力に族が眼を剥く。
ヤマハのTX750に跨がる秋吉が、「何やっとんじゃ!オヤジ一匹、はよ仕留めれや。お前ら今夜総長に会わせる顔無ぇぞ」
「身体も暖まってきたしそろそろ攻撃に転じたるかいな」
軽く助走をつけると躍起になって襲い掛かって来る族に跳び蹴りを食らわし捲る達己。でも、そこは小癪なガキとの戯れのつもりだから手加減は忘れない。地面に落ちて頭を打っても大丈夫なようにヘルメットを被っている奴だけを狙う。骨折・打ち身・捻挫・擦り傷・切り傷くらいの怪我は自業自得だ。ライダーを失った単車はハデに転倒して回転する。アスファルトと擦れて火花を散らし花火のようだ。
「綺麗って言ったらあの子たちに失礼だよね」と特等席で1人観戦中の佐和子。
「市民の恐怖の的だったあの子たちがおじさんに完全に手玉に取られてる」
「でも、おじさん楽しそう」
単車で体当たりしても埒があかないと判断した秋吉が大音声で叫ぶ。
「お前ら降りてオヤジ取り囲んで一斉に掛かれや」
2ケツの族らが思い思いの得物を手に舌舐めずりしながら先に地面に降り立つ。
「さすがの俺でもこれだけの人数に囲まれちゃちと分が悪ぃな」とは言いながら余裕の笑みは消えない。
達己は囲もうとする族に十分に気を払いながら後ずさる。
秋吉が、「オラッお前ら早うオヤジの後ろに回れや」
と、簡単に回られては不利になる。さすがの達己も後ろには眼が無い。族が踏み出した分だけ下がり市役所の壁に張り付いた。
「どうしたオヤジ?」
「もう後が無ぇぞ」
「さてと」と呟いた達己、半円がある程度縮まった途端、右端の族に攻撃を仕掛ける。瞬間移動でもしたかと見紛うほどの俊敏な動きで、手に持った鉄パイプを慌てて降り下ろした族の攻撃を軽く躱して正確に鳩尾に蹴りを見舞った。
手加減しているにも関わらず、その族は揉んどり打って倒れる。2・3人の族をあっという間に倒したと思ったら、翻って今度は左端の族の数人をぶっ倒した。たった一撃だ。
ウワーッ!ビビった族の輪が広がる。
「お前ぇら、一斉に掛かれっち言よろうが」と秋吉が声を荒げるが達己相手に高が15・6才のガキが思うように動ける筈が無い。
後ろの安全圏で嗾ける秋吉に、「おい大将、お前ぇが来いや。手下ばっかり痛い目にあわせんなや」
「お前だけは手加減せんで片輪にしたるけんありがたく掛かって来いや」
名指しされたことで秋吉が青ざめる。
――ウォンウォンウォン――
左右に揺れながらやってくる目映いヘッドライト。後方から別の集団が近づいてきた。リーダーは特攻隊長の浩紀だ。
特攻隊長のお出ましに、慌てた手下が駆け寄って状況を伝える。
「何ちか?高が4輪のオヤジ一匹にこん様かや」
「秋吉!」
浩紀が大音声で呼びつける。
「おう別動隊のお出ましか」
達己は壁を背に胡坐を掻いてアスファルトにどっかと座り込む。
浩紀は族の幹部らしく顔を目一杯歪めて、「オヤジ1匹、タイマン張って半殺しにする根性無うて隊長が勤まるかぁ」
「すまん浩、あのオヤジ、化け物のごと強いんや」
「糞が!退けや」
ヘッドライトに照らされた顔を確かめた達己は、
――ありゃ…確か…俊の息子の浩紀君か?
ちゅうことは…?
口の端を歪めてニヤッと笑う達己。
浩紀も達己を紹介されたことがある筈だ。去年の夏、浩紀の親父・俊夫が浩紀と康太の仲直りの記念に開いてくれた焼肉パーティーで。ただ、あのときも夜、今日も夜。高が中年オヤジにTBRが嘗められたという怒りで冷静さを失っている今の浩紀に達己は見えないだろう。
浩紀は手下共を睥睨して、「卑怯にもたった一人に集団で掛かってこん様ちゃぁ情け無ぇわ。お前ら今すぐTBRの看板下ろせや」
項垂れる手下を庇うように秋吉が、「浩ご免!」
浩紀は達己にも十分聞こえるような大音声で、「お前ぇらよう見とけや。俺らTBRはタイマンでも絶対負けねぇんじゃ!」
「こげなオヤジ一匹、半殺しにしきれんようじゃ恥ずかしゅうて俺ぁ総長に顔向け出来ねぇわ」
ペッと浩紀は唾を吐く。
浩紀も高校生になってけっこう背が伸びた。180近くはあろうか、達己と上背では遜色無い。
「さすが浩紀君じゃ。前口上も中々堂に入っとうわ」
壁を背に胡座を掻いて座り込んでいた達己は徐に立ち上がる。
「どら」と足を前に踏み出すと族がサッと左右に割れる。
ズンズンと浩紀に近づく。浩紀は自信たっぷりに達己の接近を受けて立つ。ダーッと族が2人を取り巻いた。
達己のランサーの室内という特等席の佐和子は、「これじゃ全然見えないよ」と不満そうに頬を膨らませる。
口々に、「生意気なオヤジ、半殺しにしたって下さい」
「お前ぇ、族の頭張るっちことは根性の入り方がコイツらたぁちーっと違うようやな」
「今度は少しは俺を楽しませてくれるんかや?」
達己のニヤケ顔に浩紀もニヤケ顔で返す。浩紀は特攻服のポケットに両手を突っ込んで何やらゴソゴソやっている。
「あぁそんつもりや」
「俺相手に何分もつか知らんけど、楽しんでもろたあとは人相変わって足腰立たんようになっとるち思うけどな」
言うなり、浩紀は鋭い踏み込みで正確に達己の顔面に右拳の一撃を加えてきた。
達己はその拳を顔面にヒットする直前、左手で軽く受け止めて、「ほう!」と感心したあと、その拳の変わった感触にちょっと頭を傾げる。
「拳に何かつけとんか?」
ギャラリーと化した手下が、「あのオヤジ、隊長のメリケンパンチ受け止めやがった」と驚きの表情。
浩紀は気落ちすることなく、今のは軽いフェイントや、とばかりに達己の肋骨下、人体の急所の脾腹目掛けて体重の乗った重い右の蹴りを放ってくる。
達己は、「おっと危ねぇ」と軽口を叩いて、浩紀の脛に左膝を宛がって止めたと思ったら浩紀の体重の掛かった左足を左足の甲で軽く払って後方にぶっ倒した。
『俊スマン…』
心の中で詫びを入れて、速攻で右の肘を倒れた浩紀の鳩尾に叩き込む。勿論手加減はしてある。グフッと浩紀の動きが止まった。
「ウワー!」
「隊長がやられた!」
「このオヤジ化け物や!」
ビビって慌てふためいた族が一斉に騒ぎ出し、一部の族は逃げに掛かる。あの久留米狂走連合を壊滅近くまで追い込んだ浩紀の神憑り的な喧嘩強さはすなわちTBRの狂気の象徴だ。その浩紀がアスファルトの上に無惨に伸びている。まさに信じたくない光景だ。達己の視界内から逃げ出したくなるのも無理はない。




