第25話 1年ぶりのデート
鳥巣市には全国的に知られた製薬会社の工場がある。
――打ち身・捻挫にサロンパス――
CMで良く知られたフレーズだ。バレーボールチームを持っていて結構強い。サロンパス製造過程で発生する端切れをサロンパスの紐と呼んで、鳥巣高生が重宝している。サロンパスの紐は体育祭の大道具制作の結束具として使う。ただの布地の癖にこれが結構強い。粘着力があるから、グルグル巻きの球形でやってくる。
まだ明るい宵の口、国鉄の作業着姿の達己は大木川の欄干に左足を乗せ、視界の左方にサロンパスの屋上看板を見ながら、銜えたハイライトに艶に火を点ける。傍らには猛々しい排気音を静寂に包まれた住宅街に巻き散らす達己の忠犬たる改造A73、獰猛な性格を内に秘めて、ご主人たる達己の命令が出るまで雌伏して待つ。
鹿児島本線鳥巣駅のひと駅先の旭駅で降りる里絵子が佐和子との別れ際、「ねぇ佐和子ぉ、そういえば今日は第二土曜日だよ。達己おじさんとのデート大丈夫ぅ?」
佐和子は真顔で里絵子の顔を見つめて、「里絵子ぉあの達己おじさんと一緒に居て、私の身が危ないってことなんてあり得ると思う?」
里絵子は即座に、「無い」
「でしょ」としたり顔の佐和子。
達己に逢える。待ちに待った2人っきりのデート、佐和子は胸の高鳴りを抑えることが出来ない。会えたらあれも話そうこれも話そうと想いは尽きない。じっとして居られない気分だ。
「どうせ夕飯食べて来ないだろうからおじさんが涙を流して感激するような美味しいお弁当作りに取り掛かるとしますか」
佐和子は達己が食べている姿を勝手に想像して悦に浸る。
「でもまだ真知には叶わないかなぁ…」
「お母さん、ちょっと台所貸してね。お弁当作りたいから」
女の子の嗜みのおめかしを終えて、台所に出て来た佐和子に夕食の支度に余念の無い母親が眉を寄せて、「あら佐和ちゃん、こんな時間に出掛けるの?」
「お母さん、夏の土曜の夜だよ。私にも予定があるの。もう高校生じゃないんだから」
そうは言われても心配じゃない親なんて居ない。
「今日は第二土曜日でしょ。市政便りになるべく外出は控えるようにって載ってたから」
「街を暴れ回ってる暴走族のこと?」
母親はコックリと頷く。
冷蔵庫から必用なものを取り出すと、佐和子も母親の横に並んだ。
「お母さん、心配してくれるのは嬉しいけど今日は私を信じて」
「でもあの子たち物を壊したり人に暴力振るったりと暴れ放題なんでしょ。警察もお手上げだってお隣の奥さんが言ってたわよ」
「お母さん、今日私が逢う人ねぇ、鳥巣の伝説って言われている人なの。あの狂暴な久留米の暴走族もその人の前では借りてきた猫みたいになっちゃうんだから」と得意気に顎をしゃくる。
母親としてはまだ十代の娘に彼氏が出来るというのは複雑な気持ちだ。
「もしかしてその人、危ない人なの?」
佐和子はちょっと怒気を込めて、「もうお母さん、冗談でもそんなこと言わないで」
「ちょっと年上だけど国鉄に勤めてる普通の人なんだから」
「ごめんなさい、佐和ちゃん…」
ふと隣の娘に眼を遣ると包丁を握ったま料理する手が止まっている。
眼に滲む涙。
佐和子は俯き加減に、「お母さん、私良い子にして待ったの。じーっとじーっと待ったの。恋しくて胸が張り裂けそうになっても待ったの」
母親は、「さ、佐和ちゃん…」と堪らず声が出た。自分の娘のことは母親である自分が一番良く分かっている。あの気の強い娘が一人の男のことを慕って、まさか、涙を流すなんて。
「ごめんなさいお母さん、泣いたりなんかして」と佐和子は持っていたハンカチで涙を拭う。
明るい笑顔に戻った佐和子は、「お母さん勘違いしないでね。今のは嬉し泣きだかんね」
「今日は、その人と半年ぶりに逢えるんだ。やっとデートに誘ってくれたの」
「でもモテるからライバルが2人居るん。だから今日は猛アピールして点数稼がなきゃ」
娘は自分で言うのもなんだが男を手玉にとっても騙されるようなひ弱な子では無い。男を見る眼は確かだと信じる。そんな娘が好きになった男、無性に見てみたくなった。なら、この恋が上手く行くように願わねば。
「出来た!」
お弁当用のバスケットに海苔でくるんで具におかかを入れたおにぎり6個。卵焼き・きんぴらごぼう・炒めたマルハベビーハム・ウインナーソーセージ・唐揚げ・竹輪・焼き鯖のおかず類はおにぎりの横にアルミ箔で包んで入れた。自分の分のおにぎりは2つだ。
閑静な住宅街に突如轟く族も顔負けの爆音。
「やったぁ!」と佐和子は母親の死角でガッツポーズ。
「何あれ?」と母親はもろに迷惑そうな顔。
「こんなところにも暴走族ぅ?」
「かもしれないね」と佐和子。
「でも…この騒音…何か以前聞いたことがあるような…?」
慌てた佐和子が、「お母さん、気のせいだよ。暴走族の撒き散らす爆音はみんな同じだよ」と口を尖らす。
佐和子はそそくさと、「じゃぁお母さん、行ってくる」
母親は本当に心配そうに、「佐和ちゃん、何も今日に限ってデートしなくても別の日に変えて貰えないの?」
佐和子は母親の肩に手を置いて、「お母さんさっき言ったでしょ。私を信じて」
「それにデートの相手は、例えは極端だけど、自分の命に換えても私を守ってくれる人だから」
「佐和ちゃんがそこまで言うのならお母さんは信じざるを得ないけど…」




