第24話 女子力
博多駅から西南大学までは二通りのバス路線がある。九州一の繁華街天神を貫く貫線と六本松・九州大学教養部を経由する城南線だ。到着時間は大体一緒だから、どの路線に乗るかはその日の気分次第。西南大学に至るバス停は明治通りの修猷館高校前と防塁前の二つ。大学敷地は大通りから一区画奥まる。予備校の修猷館高校、修猷学館、そして西南大学だ。まだ「よかトピア」で埋め立てられる前だから、大学から百メートル先はスイカの皮が浮いているような汚い海だった。
学友たちと別れて防塁前から西鉄バスに乗り込んだ佐和子と里絵子、二人仲良くバスの中ほどに座る。クーラーの効いた車内は快適だ。バックから取り出したハンカチで額の汗を軽く拭く。
「ねぇ佐和子ぉ、天神で降りて地下街ブラブラして行かん?」と里絵子。
二人きりになって嬉しさを隠しきれなくなった佐和子が、「ごめん里絵子ぉ…行きたいのはやまやまなんやけど、今、心に余裕無いん」
里絵子はぷ〜っと頬を膨らませて、「もう、にこにこ笑いながら心に余裕無いやなんて変!」
「私に黙って何すんの?教えて」
佐和子はわざとらしく勿体つけて、「仕方ないなぁ」
「もう焦らさんで教えてぇ」
「実はねぇ…達己おじさんから連絡があったん」
突然かばっと立ち上がった里絵子は佐和子の手を取って、「佐和子やったじゃん」とバスの中ということも忘れて自分のことのように喜ぶ。
佐和子は気恥ずかしそうに、「ありがとう里絵子、でもここバスの中」
そこは剽軽な里絵子のこと、集まった視線に、「乗客の皆様お騒がせしてご免なさい」とぺろっと舌を出す。
座り直した里絵子は、「誘ってくれるって約束してからもう四ヶ月だよ。佐和子良く待てるよね。感心しちゃう」
佐和子は全く意に介さない。
「私にとっては今日おじさんがわざわざ迎えに来てくれるって言う事実だけ。それ以外はノープロブレム」
里絵子は呆れたとでも言うように両手を広げて、「さすが佐和子。おじさん一筋」
達己から連絡が入ったのは昨晩のこと、ちょうど居間でテレビを見ていたときで助かった。母親や父親に出られたらあれこれ詮索されて窮するところだった。
「湯村と申しますが佐和子さんいらっしゃいますか?」
――えっえっおじさん、ま、まさか!
「は、はい。佐和子は私です」
「おっお佐和か、助かったわ。お袋さんや親父さんが出たらさすがの俺も戸惑っちまうところやったわ」
「お佐和ご免な。まっと早う誘わないかんやったんに。この前真知から電話掛かってきてこっびどう叱られたわ」
受話器の向こうで照れて頭を掻く達己が見えるようだ。
「う〜ん良い。こうしておじさんから電話掛かってきただけで私もう涙が出そう」
「何か?強気のお佐和らしゅうねぇな」
「もうおじさん、私も一応女の子なんやから」
「よしお佐和、明日、一年前のごつ迎えに行ったる。待っとけや」
「うん!」
初めて掛かってきた愛しい人からの名指しの電話、胸に手を当ててその喜びの余韻に浸る佐和子に、里絵子が話題を変えてくる。
「でも佐和子気付いてるぅ?」
佐和子はきょとんとして、「何を?」
「佐和子は女子大生になってから女子力凄くアップしてんの」
「女子力?」
里絵子は胸元の開いた佐和子の服装を流し目で見て、「佐和子のそのナイスボディー、キャンパスの男の子の憧れの的ってこと」
「私が?」と佐和子が自分を指して、「真知じゃあるまいし…まさかぁ」
「真知はもう居らんの。今頃は東京の男の子の視線、独り占めしてる筈やん」と里絵子はしてやったりの表情。
「さっきも学食に居た先輩たち、大悟先生の話題に託けて佐和子に近付きたかったに違いないんやから。みんな佐和子見てたもん」
「うそっ、そんな訳ないよぉ」
「英文科の男の子たち、私が佐和子と一緒にキャンパス歩いてたん見たらしくって、英専と合コン設定してくれって煩いんやから」
「私っていうこんなにかわいい子が目の前に居るっていうのに」と悪戯っぽく拗ねてみせる。
里絵子は佐和子を脅すように、「佐和子覚悟しとって。告られラッシュになるかんね」
「もう里絵子ぉ」
佐和子が満更でもなさそうに笑う。
――でも無駄だよ。私の心の中にはおじさんしか居ないから。
――お佐和はまだ17才じゃ。俺はお佐和の親父さんとほとんど歳が変わらんオヤジや。40年の人生、いろんなこと経験して今まで生きて来た。お佐和はまだ可能性の塊や。今から大学行って、青春真っ只中で人生楽しんで、擦れ違う男がみんな振り返る様な良い女になるやろ。好きな仕事に没頭して、もしかしたら俺より無茶格好良い男が現われてお佐和が好きって告るかもしれん。その頃、俺は若さが弾ける美貌のお佐和をチラ見することさえ許されねぇオヤジ臭の漂う完全な中年になっとる…
2018年11月24日・19年7月3日修正




