第21話 餌食
真夏の第二土曜日の夕暮れどき、ここ鳥巣市は戒厳令の敷かれた朴正熙軍政下の韓国が如く、街はひっそりと静まり返る。深更、いったい何処から湧き出てきた、という数の族が鳥巣市内を我が物顔に練り走り始める。通りには人っ子一人居ない。車の影も無い。市内中心部はまさに奴らの狂乱の坩堝と化す。ウォンウォンウォン…月に一度の祭りのバカ騒ぎ、アクセルを煽り捲る。奴らは闖入者を許さない。免疫細胞が如く、視界に入った動体を片っ端から狩り捲る。
ヤンキー仕様のガンメタ・セリカGTVが窓全開で国道3号線から鳥巣市内に差し掛かろうとしていた。車内には大学生らしき四人の男女。前を行く車が次々に小郡市の方に左折して行く。鳥巣市を迂回するつもりだろう。
助手席の奴が、「今日はヤバいぞ」
運転席の奴は大して気に留める風もなく、「何がヤバいんかちゃ?」
「今日は第二土曜日や。奴らの集会日や」
「俺も伊達にセリカ転がしてねぇよ。こんセリカに付いて来れる奴は滅多なことじゃ居らんちゃ」
「天下の公道ば、昨日今日湧いて出たごたる族のガキんために、何で俺らがコソコソ迂回せなならんのじゃ!」と吐き捨てる。
「いざとなったら木刀も積んどるし…」
運転席の奴は一旦言葉を切って、「危なかったら…」
「正当防衛や。刺したる」と気合いを入れる。
助手席の奴が、「持って来とんか?」
運転席の奴はしたり顔で、「ああ、グローブボックス見てんやい」
開いてみると、刃渡り25センチのサバイバルナイフ。
助手席の奴は口の端を歪めて、「危ねぇ奴やなぁ」
運転席の奴は楽観的に、「まぁ掛かってくるなら跳ね飛ばしたれば良いだけんこつや」と男二人、ゲラゲラ笑い合う。
後部座席の女の子二人も不安顔で、「私たち、あん子たち相当危ないって聞いてるんやけど、本当に大丈夫なん?」
「心配ねぇって。俺も高校ん頃は周りに危ない奴っち言われよったんじゃ」と運転席の奴は自信あり気にニヤッと笑う。
学生には待ちに待った真夏のサタデーナイト、浮かれ気分になるなと言うのが酷だし、何より女の子の手前、男二人、弱気は絶対に見せられない。セリカの男女四人は国道3号線から鳥巣・久留米を抜けて阿蘇まで真夏の夜のドライブに行くつもりだった。
鳥巣市内に入るなりけたたましい単車の爆音、前方視界には国道3号線を塞ぐ、、思い思いに奇抜なカラーリング、カスタマイズを施した十数台の族車。対向車は全く来ないからまさにやりたい放題、スロットルを不必要に煽りながらのジグザグ走り。二ケツの後ろの奴は長い背もたれ付き、肩に担ぐは針ネズミのように釘を打ち付けたバット、鉄パイプ式の鎖分銅、これで眼についた車のフロントガラスを片っ端から割って回ったのだろう。二ケツの内の一台が誇らし気に隊旗を掲げている。鳥巣爆走連合、頭文字をとってTBR。
「ガキのくせにが粋がりやがって」と運転席の奴が忌々しそうに吐き捨てた。
確かにTBRの構成員は全員15歳と16歳だ。TBRは支部ごとに行動する。セリカの行く手を遮るこの集団に、親衛隊長の坪口がいたのが大学生たちには不運だった。
セリカは族らの後方からラッバホーンをけたたましく鳴り響かせて、全開の窓越しに、「おらガキども邪魔なんじゃ。退かんか!」
族は慌てず騒がず誰も後ろを振り返らない。扇の要に位置取るスズキ・GT750を操る大柄のリーダーらしき族が右手を挙げて合図すると、真ん中が割れて通り道ができる。セリカの野郎二人、この春に跋扈して以来、近隣の街を恐怖のドン底に陥れている凶悪な族・TBRの予想外の素直な反応に拍子抜けする。
運転席の奴は、「なんやこいつら?」と訝ったが、わざとゆっくり通り抜けながら、大音声で、「ガキがぁ!喧嘩する根性もねぇなら粋がって族てろすんなや。ボケがぁ」
助手席の奴も、「おら退けや!根性なしが」
罵声にも全く動じない。まるで四輪など相手にしていないかのようだ。対して、不安そうな女の子二人は族を正視できず、膝の上に視線を落したままだ。
セリカが数十メートル先んじたところでGT750が猛然とダッシュする。仲間が一斉に右手を突き上げ、雄叫びを上げる。
「イッケー!」
基里小学校の辺りで、セリカの運転手はバックミラーで物凄いスピードで迫り来る単車を確認する。
「さっきの族か?何じゃ、今更張り切りやがって。バカか!」
親衛隊長・坪口操るGT750はセリカを一気にぶち抜くとあっと言う間に視界から消えた。
セリカの男二人、「何や?」と顔を見合わせて怪訝な表情。と、火の玉の如くこちらに突進して来るヘッドライト。
「何や!二輪で体当たりする気か」とセリカの運転手。
「俺らにバカにされて気でも狂ったかいな。危ねぇ奴やなぁ」
助手席の奴も、「車に体当たりカマしても弾き飛ばされて大怪我するんはお前の方やで。下手すると死ぬぞ。ほんとバカな奴やなぁ」と男二人ケラケラ笑う。
「ほんでも何か、チキンレースのつもりか?」と助手席の奴は運転席の奴に投げ掛ける。
運転席の奴は、「度胸試しならこっちは車や。意地でも引けねぇぜ」
瞬間、うっとセリカの男二人が青ざめる。GT750は奴らの眼前で突然その巨体を持ち上げた。100キロ以上でのウイリー走行だ。セリカの奴らは巨大な鉄の塊がフロントガラス目掛けて飛んでくる錯覚に襲われる。
女の子二人が、「キャー!」と悲鳴をあげる。恐怖に駆られた運転席の奴は堪らず、無意識のうちに急ブレーキを踏んでステアリングを切っていた。キキキーとけたたましいスキール音、次の瞬間、リヤタイヤのグリップを失ったセリカは歩道のガードレールを突き破って運送会社の敷地のブロック塀に激突した。当時の車は安全衝突ボディーではないので、今の車のように軟じゃなく硬い。
崩れたブロック塀の破片が散らばる。ボンネットから濛々と立ち上る白煙と噴き出す冷却水、流れ出すエンジンオイル、ボンネットは無惨に折れ曲がり、フロントガラスには無数のヒビが走る。
当時シートベルトなんかする奴なんては居ない。運転席の奴はハンドルでしこたま胸を打ったようで覆い被さって唸る。助手席の奴は反動で頭をフロントガラスに打ち付け、脳震盪を起こしてダッシュボードに蹲る。後部座席の女の子二人は反動で飛ばされはしたもののシートバックのお陰で胸の軽い打撲で済んだ。
物珍しそうに族が集まって来る。今日は第二土曜日、市民は自宅に籠ってしまっている。衝突の激しい音を聞いたとしても耳を塞いでしまったことだろう。
セリカを取り巻いた族の一人が、「あらら、150万する車が勿体ねぇ」
別の一人が、「どうせやったら、鉄屑にしちまって車っち分からんごとしたろうや」と言うと、族らは釘打ちバットと鎖分銅でボコボコにしだした。ガラスは全部叩き割られ、天井・ドア・フェンダーなどの板金部分は見るも無惨な姿に。後部座席の女の子二人、あまりの恐怖に声も出ない。歯をガチガチ鳴らしながらブルブル震える。
坪口の、「止めれや」の号令一下、族らは得物を収める。
ガラスの無くなったフロント部分から痘痕面を突っ込んだ坪口が、「こいつら生きとんか?」とハンドルに被さる運転席の奴の上半身をポンと手で押すと、両手をダラリと伸ばして首を傾げ、力無くドサッとシートに凭れ掛かって、うぅぅと唸る。
族の一人が助手席の奴の反応も見る。
「何や、こいつらちゃんと生きとんやん」
「引きずり出せや」と坪口。
生気を失って立っているのがやっとの男二人に、坪口は、「お前ら朝まで伸びとけや」と浩紀譲りの強烈な膝蹴りをストマックに見舞う。男二人、ゲホッと吐瀉物を吐き散らしてその場に崩れ落ちた。
「きったねぇ」と取り囲んだ族。
「いやぁ!」と女の子二人が金切り声を上げる。
「糞が!弱ぇくせに相手見て突っ掛かって来いや」
坪口が吐き捨てる。
さてと、と坪口は女の子二人を見据える。
「根性なしの連れにしちゃ良い女やねぇか」
取り巻きが、「坪、ヤっちゃおうよ」
女の子二人、ビクッと一歩下がって胸を両腕で覆う。
「私たち、この二人にキャンパスでナンパされて付いてきただけなん。許して」
坪口は、「許せねぇな」と冷たく一言。
族の一人が、連れの女も守れず情けなく伸びる男二人に一瞥くれてやって、「お姉さま方、調子に乗って俺らTBRば嘗めた報いや。どうせ、こいつらにヤらせるつもりやったんやろうが」
坪口が顎で指図する。肉食獣が弱った草食獣に食らい付くが如く襲い掛かる。
「止めてぇ! 」
「誰か、助けてぇ!」
女の子二人、有らん限りの声を振り絞って必死に抵抗する。
「今夜は俺ら以外、外にゃ誰も居やしねぇよ」
「残念やったな。諦めれや」と族らは抗う女にビンタをくれてやる。
あっと言う間に、下着姿に剥かれてしまう。
族らが女に圧し掛かろうとするそのとき、坪口の号令が響く。
「止めれや」
途端、族らは今までのことがまるで演技だったかの如く能面で坪口の後方に下がった。坪口は下着姿の女の子二人の傍に寄って行って腰を落とす。二人の女の子は、リーダーらしき坪口が強姦の口火を切るのだろうと、上半身を起こした姿勢でアスファルト上を後ずさりながら、眼にいっぱい涙を溜めて、「止めて!お願いだから止めて」
「姉ちゃんたち運がええなぁ。今日は俺らの総長のお披露目で特別の日なんや。やけん、ゲンが悪いでヤるんはお預けや」
まさか、何というラッキーだ。TBRは今までにない凶暴な族だと噂で聞いていた。奴らに眼を付けられて無事に逃げ果せた話なんて聞いたことがない。
女の子二人はホッと胸を撫で下ろすとともに神妙な顔付きを維持することに努める。15・6歳の少年たちだ、いつ気が変わるとも知れない。
「これで去ぬるけどよ、俺らが女ヤれんとか思うなよ」
女の子二人、引き攣りながらも何とか笑顔を作ってコックリと頷く。一秒でも早く眼前から消えてくれ、という心境だ。
「お前ら行くぞ」の坪口の号令とともに、族らはけたたましい爆音を撒き散らしながら走り去る。
ヤクザと同じく所詮族は族だ。正義の族なんて居やしない。だが、突っ込みまでやってしまったらTBRは外道に成り下がってしまう。噂は一人歩きする間に尾ひれが付いて、あることないこと膨らんで行くものだ。
2018年11月22日・2019年6月10日修正




