第18話 尤もな理由
権藤が足許に伸びた二人の前に蹲踞の体勢で、「お前ら、ただのセイガクにしちゃ根性あり過ぎじゃ。高校と名前言えや。俺を納得させられるだけの尤もな理由言えたら許してやるわ。泡銭持って帰れや」
「カシラ、それじゃぁ…」と店長が情けない顔で見る。
「お前ぇ煩ぇんじゃ」と権藤が店長を一喝する。
答えない二人。
「俺ら極道のことやけ、追い込みでも掛けられるんやないかち思とったら安心せぇや。この権藤剛に限ってそげなセコイ真似はせんわ」
――権藤…?もしかして去年、クソ兄貴が舎弟にしてもろうたっち喜んどった誠心会の大幹部か?
坪口はゆっくり上半身を起こして、「鳥巣工業一年、坪口…」
ついで浩樹も、「鳥巣商業一年、大塚…」
「お前らほどの奴が一年坊ちゃ、上級生はさぞ辛ぇことやろうな」と何気ない一言に、瞼が半分塞がった坪口がボソッと、「もう締めちまいました」
呆れた権藤の、「おめぇもか?」という問に、「俺もす」とさも当然の如く応える浩紀。
権藤は頭を傾げて、「確か工業の三年の頭にゃ坪口が居る筈やが…?」
「坪口…?」
「お前ぇ…」
坪口は無表情に、「弟…」
「そういえば、近頃事務所に顔出さんな」と子分に眼を遣って訝る権藤に、「クソ兄貴は俺らの夢に邪魔なんで潰しました」と冷淡に、さも些細なことの如く答える坪口。
権藤は驚きを隠せない。
呟くように、「あん兄貴をやったんか?」
直接組み合ったことはないものの、子分どもも坪口の兄貴の高校生離れした喧嘩強さは認めていた。今までいいように痛め付けていた二人にゾッとするものを感じる。
「まぁしゃぁねぇわな。力の前にゃ兄貴も弟もねぇわな。弱い奴は強い奴の下風に甘んじるしかねぇわな」
「で、今兄貴はどうしとるんじゃ?」
坪口は淡々と、「何度も挑んで来られるとウザいんで精神、破壊したっす。今は鳥巣学園に追い遣って廃人にしてやりました」
権藤と二人の子分は唖然として言葉を失う。
――俺ら極道以上の非情さや。いくら憎いって言うても一応血を分けた兄弟にそげな仕打ちが出来るもんか。末恐ろしいわ。こいつら、夢ちゃ一体何するつもりじゃ?
浩紀と権藤は面識がある筈だ。去年、俊夫が開いた焼き肉パーティーに権藤は招待されている。
気を取り直して、今度は浩紀に、「こいつと対等ちゃ、お前ぇも相当な根性持っとるんやろうな?」
「ほんなら俺を納得させるイカサマの尤もな理由、言うてみぃや」
浩紀はヤクザ相手に別にカマかけるつもりなど毛頭なかったが、「今度、ダチが単車の免許取ったんでこの金で祝ってやるっす」
権藤は落胆したように、「何かそいだけか?」
久留米一円では泣く子も黙る誠心会組員を前にして、ただの高校生の浩紀は腫らした顔でニヤッと意味あり気に笑う。権藤はその余裕に何か得体の知れないものを感じる。
「ただ…」
「ただ何か?」
「俺らはいづれ、久留米も含めてここいら一帯締めちまうっす。締めた不良らは俺らも含めてそいつの兵隊になるつもりっす」
「何、お前らほどの奴らが人の下に付くっちゅうんか?」と権藤が唸る。
「その凄い奴のこと教えてくれや?」
浩紀はここで初めて誠心会大幹部たる権藤に敬意を込めて、「すんません。たとえ権藤さんの頼みでも教えられんです」と殊勝に頭を下げる。
意地悪くニヤッと笑った権藤が、ドスの効いた声音で、「言わんと殺すぞ」
二人は全く動じないし顔色も変えない。
『やっぱりこいつら肝が座っとるわ』と権藤が感心する。
「どうしてもかぁ?」と今度は哀願口調にもしてみたが、無駄だった。
「そいつはダチっすが、喧嘩強さも頭のキレも俺らは足許にも及ばないっす。正体明かしたら夢に支障を来しますんで…」
「権藤さんすいません」と坪口も殊勝に頭を下げる。
「そいつはお前らのよっぽど大事な神輿なんやな」
「分かったわ。金は治療代として持って帰れや」
平日というのにこの盛況ぶりはどうだ。空いている台がほとんど無い。パチンコ人気の高さを窺わせる。通称パチプロと言われる輩も相当数存在する。パチンコ屋の敷地には例外なくうどん屋があって、皆、ここで昼食を摂る。そのときは店から昼食中の札を貰って玉の受け皿に置いておく。客に嫌煙家などまず居ない。灰皿は吸殻で直ぐ一杯になるから、店員の業務は釘に引っ掛かった玉の撤去と灰皿の清掃がメインだ。
坪口と浩紀は二目と見れない悲惨な顔にされてはしまったが、鳥巣では泣く子も黙る誠心会から、イカサマをやったにも関わらず、稼いだ金を奪い取られる訳でもなく解放された四人は、ニヤニヤしながら意気揚々とわざと店内を練り歩き、引き上げる。
先ほどバリバリのヤンキー姿でドル箱を抱え、玉の換算にカウンターに並んだ四人は結構人目を引いていたから、「あいつら景品交換所で権藤組の若い衆に事務所に引っ張り込まれてたんやが…」
「イカサマやって見つかったんやねぇんか?」
「それにしてもあの二人の顔酷ぇな。袋にされたんか?」
「女はどう見ても高校生やで」
「ボコられたにしちゃ自信満々やな」
「根性あるわ」
「あいつらタダ者じゃねぇな」
セル一発、CB750とGT750が目覚める。浩紀のリヤシートに淳子、坪口のリヤシートに真理子が乗って腰に手を回す。二人ともボソッと、「ありがと」
軟派の浩紀とは違って、厳つい痘痕面、生を受けて以来、女子に感謝などされたことのない坪口には甘い言葉に聞こえる。気分も乗ってくる。
「浩、工業行こうや」
リヤシートの真理子にも、「工業に招待したるわ」
ラッキーパチンコから鳥巣工業までは国道34号線を隔てて、直ぐそこだ。鳥巣警察署の隣になる。正門は鳥巣駅から延びてきた市道に面する。坪口と浩紀は大排気量単車の重低音を響かせながら、真理子と淳子を乗せたタンデム走行で、34号線を左折してすぐの小川の手前を右折する。グランドに沿ってグルッとなだらかな右回りで裏門から校内に入った。
2019年5月31日修正




