第15話 鳥巣商業
鳥巣工業を一年生でありながら締めてしまった坪口、同じく鳥巣商業を一年生で締めてしまった浩紀、二人とも仕切り壁をぶち抜き、部室二部屋分を自分達幹部の事務所として占有してしまっている。学校側もしぶしぶながら黙認状態だ。一年に首根っこ押さえられてしまった二年と三年は面目丸潰れ、二人は上級生にちょっとでも目立った態度を取るものがあったら風の噂でも根こそぎ潰し捲る。
別に二人が学校の風紀改善に手を貸している訳ではないが、結果的にそうなる。不良が授業中に教師に暴言を吐いたと耳に入っただけで、「何、カスのくせに目立っとんじゃ」と翌日登校できないくらいに痛め付ける。まさに二年と三年は戦々恐々、かわいそうに上級生なのに毎日ビクビクした学園生活を送らねばならないとは。
これが今まで通り、三年に番を張る者がいたら必然的に下級生がそれに連なり学校全体で荒れる。だが、この二人のグループは自分達より年上は許容しない。自分達より下手に長く生きてる奴はいざ行動を起こすそのとき、年上というプライドが邪魔して使い物にならないというのが影番・康太の方針だ。
校内をグループで徒党を組んで我が物顔に練り歩く、授業態度は凶悪という数人のグループ幹部の素行さえ大目に見れば全体で荒れるよりは平穏だ。罰は当たらない。鳥巣中学時代の手の付けらない不良だった二人を思えば、少しは学校側に感謝される立場に居るとは何とも皮肉だ。
久しぶりに康太に会えた二人は気分も軽く二台の大型バイクを転がす。坪口は工業に戻らず浩紀の商業に付いて行く。16歳にして不遜の極み、ヤンキー学生服姿の二人は爆音を撒き散らしながら既得権益の如く正門を潜る。
校庭では体育の授業中、教師は見て見ぬ振りを決め込む。商業は全校生徒の七割が女子、もちろん浩紀は同窓の彼女らのヒーローであり、上級生の女子にはかわいい弟的存在だ。
「浩君おかえりぃ」とグルーピーたちが黄色い声を上げる。だが、男子には本職のヤクザより怖い存在、陰口をチクられようものなら授業中でも遁走準備が必要になる。浩紀はヒーロー気取りでCB750上から手を振って応える。
部室では淳子と真理子、他三人のスケバングループが煙草を吹かしながら待っていた。正にハーレム状態。
真理子が、「なんだい坪、また浩に付いて来たん?」
「さすがに工業は野郎ばかりでムサいけんな」
強面の癖に商業に来たときだけ弱音を吐く。
「浩は良いよな。毎日女に囲まれてよぉ。羨ましいぜ」
「受験じゃ商業の方が難度は上やが、俺と浩の学力は変わらんやったけな」
「もしかして坪が商業行きたかったんか?」と浩紀。
「正直言えばな。康太が決めたことやけ文句は言えんけどよ」
淳子が皮肉交じりに、「坪、適材適所って言葉知っとるやろ。浩もあたいら抑えるのに結構気苦労あるみたいだよ。なんたって一癖も二癖もある女子多いし、少ない男は取り合うし、直ぐヒステリー起こすし。ねぇ浩」
浩紀ははにかみながら、「まぁな」
淳子が続ける。
「いずれはあたいらの夢のために働く工業の一騎当千の荒くれどもをビシッと纏め上げるんは坪やないと無理だよ」
淳子はのんのんと指を振って、「浩じゃ役不足」
浩紀はちょっと口を尖らせたが、「まぁな」
坪口は単純だ。淳子に煽てられて満更でもなく相好を崩す。
「だよな。奴らは俺にしか従わねぇしな。まぁ女の相手は浩が適任やな」
浩紀が坪口の肩をポンと叩いて、「そうや坪、女のことはこの伊達男の俺様に任せろや」と胸を張る。
「ところで愛しの康太との面談はどうやったん?」と淳子。
浩が、「列車と列車の間のたった15分やで」としょげてみせる。
「三浦のガードの固さには参るぜよ。ほんなら浩君坪口またねぇバイナラげな。味も素っ気もねぇぜ。東京の真知姉と井本さんのこと聞きたかったんによぉ」と口を尖らせる。
「康太はあたいらの精神的な柱やからあくまでも普通の高校生じゃないと困るし、鳥巣市一柄の悪い二人とあんまり仲の良いとこみんなに見られちゃ拙いって美代子思ってんだよ。仕方ないよ」と淳子。
「真理子はまだ康太に会ったことないんだよね」
真理子は鳥巣中学二年生の一学期の終わり、鳥巣西中学に転校した。グレてたときの美代子とは旧知の仲だ。
「ここに居たらみんな康太康太って、康太ってそんなに良い男なん?」と冗談交じりに問い掛ける真理子。
「良い男だよ」とサラッと淳子。
「グレてたときは世捨て人のようだった美代子が一目惚れなんやから」
浩紀も、「俺はもう康太無しじゃ生きて行けねぇぜ」と参ったとでも言う風に両手を広げる。
「浩、それ本気で言ってんの?」と呆れる真理子に、「あいつは俺らと人間の造りが違うんじゃ」と坪口。
「人ば誑し込むんが秀吉並みじゃ」
「へぇ浩、そんな教養どこから仕入れて来たん?」
浩紀はへへっと頭を掻きながら、「真知姉に日本史の受験勉強のとき習った」
「そうやと思った」とは淳子。
俄然真理子の瞳が輝く。
「会ってみたい」
「あたいらも」と他の三人の女子も口を揃える。
「会うのは簡単やけど…」と意味有り気な言い方の淳子。
「どういうことなん?」と真理子。
「康太は野生動物並みの人見知りなんだよ。美代子以外とは口利かない。さて喋ってくれるかな?」
真理子が、「じゃぁ淳子はどうやったん?」とちょっと語気を荒げる。
「三年の一学期、浩と美代子と康太が楽しくやってんのを見てあたいも仲間に入りたくなってさ、美代子に頼んだん。そしたら美代子、頼んではみるけど、康ちゃん人見知りが激しいから嫌われたらご免ね、なんて冷たかったよ」
「でも康太、あたいを認めてくれたよ。私良く馴れ馴れしく呼び捨てすんじゃん。美代子から絶対それだけは止めてねって釘刺されてたんやけどやっとだよ、康太って呼び捨てにできるようになったんは」
真理子はちょっと表情を曇らせて、「じゃぁあたいも先に美代子に会って頼んだ方が良いかな…」
「そうやね」と淳子。
「淳子、あたい転校してから会ってないん。あの頃の美代子とは全然違うよね」と不安そうな真理子に、「美代子が変わってんのが怖いならあたいが一緒に付いてってあげるよ」
「ほんと淳子、恩にきるよ」
「でもあんだけグレてた美代子が更正して、今は鳥巣高校生やなんて、あたい信じらんない。夜遊びし捲ってたときの美代子、ほとんど家に帰らないで泊まり歩いて、不良に喧嘩売り捲って、ほんと危なかったもんね。父親の浮気で両親の口論が絶えなくて、家の中グチャグチャやって言ってた。あたしは誰にも愛されてないから、生まれてこない方が良かったっていうのが口癖やったん」と真理子。
淳子が笑いながら、「今の美代子、自信に溢れてるよ。それに久しぶりに見たらまたかわいくなってた。茶髪ん上に制服のスカートミニにしてさぁ」
他の四人の女子が茶髪、制服のミニスカ?と怪訝な顔。
「鳥巣高は茶髪、頭髪検査に引っ掛からないん?」
「美代子が言うには染めてないし脱色やから大丈夫なんやって」と淳子。
真理子が、「どうやって脱色してんの?」
「美代子に会ったとき教えて貰えば」
浩紀がパンと手を叩いて、「あっそうか、三浦ミニスカ穿いとったわ。ほんで無茶かわいく見えたんか。納得じゃ」
真理子はニヤッと意味深な笑い方をすると、「確か、坪も浩も美代子狙ってなかったぁ?」
「あん頃、夜通し久留米のゲーセンで遊び狂ってよう、盗んだ単車飛ばして、歳誤魔化してラブホに泊まって、煙草喫い捲って、酒飲んで、三浦とヤるチャンスはいっぱいあったけどよぉ…」と言葉を濁す坪口を浩紀が引き取って、「ムラムラして襲おうってしたらヤりたかったらヤってもいいけどあたし死ぬよ、げな。眼が真面で引いたわ。俺らが二の足踏んだらこうカマ掛けるんよね。あたしはグレてどうしようもない子で誰にも愛されてないけど、好きな人としかヤんない。ヤりたかったらあたしを好きにさせてみて、げな」
坪口が引き継いで、「三浦はバージンや。良かったぜ、あんとき襲わんで。康太に殺されるとこやったわ」と笑いが引き攣る。
「坪、康太今日免許取れるんやろ」と淳子。
「あぁ一発やと思うぜ。井本さんのDTで練習しよったけんな」
「やったら康太のお祝いしようよ。美代子も嫌っては言えんと思うよ」
今度は坪口がパンと手を叩いて、「やったら場所は俺ん家や。ババアに言うて貸し切りにしたる」
「ばって、タダで食わせろ言うたらババアがかわいそうやけ、今から軍資金稼ぎに行こうや」
真理子が、「どこにカツアゲ行くん?久留米?」と真顔で聞いてくる。
「さすがに康太ば祝うんにカツアゲの金やったらかわいそうや。ここは真面目にパチンコで稼ごうや」と坪口。
2019年4月18日修正




