第14話 佐賀平野
鳥巣市で鹿児島本線は長崎本線と分岐する。康太は進行方向とは逆に顔を向け、窓際の席に座って義足の足裏を対面の座席の縁に押し付ける。曲がらない膝と動かない足首をカモフラージュするための康太の習慣だ。美代子は康太の対面に。
列車のガタンゴトンという走行音を聞きながら、康太は2年前の、日本列島の西の果ての、長崎県北松浦郡から鳥巣に引っ越してきたときの記憶を追う。あのとき対面に座っていたのは真知子だった。達己が居ればジープで移動できたのだろうが、年中動労の組合運動に忙殺されている達己のこと、必然、姉弟二人だけでの列車を利用した引っ越しになる。
初めて見る佐賀平野の車窓の景色。一面の稲田に張り巡らされたクリークに繁茂するホテイアオイ。飽きない風景に康太の視線は車窓の外に固定される。
――鮒釣りしてぇなぁ。
「康ちゃん」の掛け声とともに、自分に向かって優しく微笑む真知子。
「康ちゃんが今考えとること当ててやろうか?」
康太は、ヘヘンという顔で、「分かるもんならね」
「康ちゃんのことやから大方水草が良い具合に茂ってるこんなクリーク見たら…」
ふふふと笑いながら右手の人差し指を顎に当て、康太の声真似で、「ああでけぇ(大きい)鮒ががばい(いっぱい)居るごたるない。釣り上げちみてぇ」
康太はちぇっと舌打ちすると、「もう姉ちゃん、人ん頭の中断りもなしに勝手に覗かんで」
「でも良かよねぇこの風景。心が洗われるよねぇ」
真顔になった真知子が、「ねぇ康ちゃん、今度転校する鳥巣中学は一学年九組もあって全校生徒が1200人だよ。不安はなぁい?」
「姉ちゃん心配ないよ。俺はあん糞猪町中学からおさらばできてせいせいしとんのやけん」
「ほんとう?」と真知子が康太の顔を疑わしそうに覗き込む。
「本当って」と康太がムキになる。
「田舎の糞ガキがぁ!俺が片輪ん(障害者に)なった途端手のひら返しやがって。柴谷・大渡・江頭、特に福田や。俺の背中にエルボー力いっぱいぶち込んでここまでおいでち抜かしやがった。低学年のときは俺にへいこらしよったくせによぉ。そいに比べりゃ俺のことば何も知らん鳥巣中は天国やん」
「そんなもんなん。康ちゃんの本音みたいやね。安心した」
康太は口を尖らせて、「俺のこつより姉ちゃんはどうなん?」
「鳥巣高校は北松南高校とは比べもんにならんくらいレベル高いんやろ?」
真知子はちっちっと眼前で人差し指を振って、「ここに在らせらるるお方を何方と心得るぅ。北松の高校界にその人ありと謳われた湯村真知子女史なるぞぉ。そこの凡才康太ぁ、頭が高ぁい」
康太はわざと欠伸をかまして、「はいはい姉ちゃんは天才。俺なんて姉ちゃんの足元にも及びませ~ん」
「漫才なら一人でして」と康太。
思い出し笑いの康太を訝った美代子が、「どしたん?一人で笑っておかしな康ちゃん」
康太にやっと笑って、「久しぶりの電車やけん修学旅行のこつ思い出しよったんよ」
「何かおかしいことあったん?」
「あん頃の俺は変人扱いされとって席割りで決まった奴らが俺と一緒に居るんが辛気臭いち次々に居らんごとなるんよ。結局四人掛けの席に俺だけになっちまうんや。まぁ俺は一人が好きやけ好都合なんやけどよ。そんとき三浦がこっちに来るんが見えてちょっとどきどきしたんよね。ほんでもあんときの三浦は俺なんか相手にしてくれる訳ないし通り過ぎたときはちょっと悲しかったなち思い出したんよ」
美代子は睫毛を伏せて、「康ちゃんご免ねぇ。あの頃は私の康ちゃんに対する印象みんなと同じやった」
「でも嬉しい!」
「告る前の私に対する気持ち、康ちゃんの口から初めて聞いた。ちゃんと私を意識してくれてたんやぁ」と話す美代子の笑顔が眩しい。
「あれからたった1年で俺の視界に居るんが三浦だけちゃ信じられんし笑いも出るわ」
「私もだよ康ちゃん」
と、康太の視線が膝小僧が若干開いた美代子の太股に落ちる。
「三浦、ミニスカはかわいかばってん座るとパンツ見えるぞ」とイヤらしい目で冷やかす康太に、真顔の美代子は、「康ちゃん以外の男の子には絶対見せないんやから。康ちゃんも周りをちゃんと見張っとってね」
「ちぇっ俺は監視役かよ」
「当然だよ。私は康ちゃんの彼女なんやから」としたり顔の美代子。




