第12話 ズル休み
当たり前のことだが単車の免許は16歳からだ。だが現今、その年齢は有名無実化している。高校進学は当然の時代、高校生の自動二輪免許取得は固く禁じられている。バイクが好きだからと高校に進学しないとしたら、中卒のガキを雇ってくれる会社なんて無いに等しい。今時、ガソリンスタンドでもパチンコ店でも採用してくれない。あっても昔気質の職人の弟子になっての丁稚奉公か、角界ぐらいのものだろう。
本人が進学を希望すればどんな馬鹿でも高校に行ける筈だ。このB界の創造主たる俺のA界の息子は釣り銭の計算もできないほどお頭が弱かったが、ペーパー試験のない私学の工業高校の専願で何とか入学できたし、校内テストで赤点ばかりとっていたのに平常点を加味して貰って何とか卒業でき、一応高卒の資格を貰った。この高校も単車の免許を取ったら即刻退学だ。知人の話に依ると、隠れて免許を取ったとしても公安委員会から学校に連絡が行くそうだ。
どうして高校生は単車の免許を取ったらいけないんだろう。俺は納得いかない。高校生が主役のドラマでの移動手段は惨めにもバスか自転車だ。情けない。これが40年前のドラマだったら、女の子を後ろに乗せて颯爽と単車でかっ飛ぶんだろう。
暑い中寒い中、グループを組んで走る熟年ライダーや社会人ライダーをよく目にするが、俺が思うに、高校時代に乗れなかったら単車なんて何の価値もない。A界の俺がどうしても単車の免許が欲しかったのは女のためだ。大学で車の免許を取ったのも女のため。車の免許が取れる18歳で何を好んで単車の免許を取らねばならない?ナンセンス。車の免許が取れない高校生だからこそ単車の免許を取ってその価値を見出す。良い女を後ろに乗せてのタンデム走行、俺は憧れに憧れた。
今日も仲良く鳥巣ストアで買い物して鉄道宿舎に帰ってきた康太と美代子。美代子は真知子に使用を許可された六畳の間で普段着に着替え、家の掃除、そして夕食の準備に掛かる。一方康太は帰ってからの日課、ひたすらDT400眺めだ。下駄履きの美代子は風呂桶の掃除を終え、勝手口から長屋の狭い通路を抜けて宿舎の母屋に入ろうとして、熱心にDT400に見入る康太に目を留める。
カランコロン鳴らしながら近寄って行った美代子は、「康ちゃんやっと16歳やね。私はもう暫く15歳やけど」
「誕生日の翌日学校休んで試験場行く。坪口と浩はもう免許取ったけんな。坪口は兄貴から奪い取ったGTナナハン、浩は俊おじさんに中古のCBナナハン買うて貰うたげな。俺も負けとられん」と決意を新たにする康太。
「淳子が言いよったけど坪口と浩君康ちゃんに見せびらかしにここに来たくて堪らないみたいよ。やけどあんたたちのような不良は大っぴらに来ちゃ駄目って私がキツく言い渡してるから」と笑う。
「坪口も浩も三浦に首根っこ押さえられてかわいそうやな」
「だってあの二人がバリバリ言わせてここにやって来たら康ちゃんの評判悪くなってしまうじゃん。新幹線宿舎のおばさまたちから真知姉さんの耳に入ったら大変だよ。私は康ちゃんのこと頼まれてるんやから」と口を突き出す。
「何、三浦は俺の監視役か?」と不平顔の康太に美代子は悪びれもせず、「そうだよ。勉強は康ちゃんに教えて貰わんと駄目やけど…」と康太に上目使い。この仕草が堪らなくかわいい。
「康ちゃん一回で免許取る自信あんの?」
康太は、「ある」と自信を持って頷く。
「学科も完璧に頭に叩き込んだしな。ただ不安は実技試験コースば間違えんかどうかだけや。学科が終わってからじっくり歩いて覚えなならん」
「やったら私も一緒に行くぅ。いいやろ?」
「でけんって言うても来ろうもん」と康太。
「うん」と美代子は満面の笑顔。
「康ちゃんと一緒に学校ズル休みしちゃおうっと」
「お弁当も作る。康ちゃんと一緒にコース歩いたげるよ」
隣近所の迷惑を顧みない爆音、鳥巣機関区から達己が帰ってきた。見事なテールスライドで角度を合わせると支柱と面一に車庫にスコッとバック進入。達己の車庫入れを初めて目にした美代子が、「おじさん凄い!凄い!」と手を叩いて喜ぶ。
A73ランサーから颯爽と降りてきた達己は、「美代ちゃんのごたるかわいい女の子に喜んで貰うとやったぁ決まったぁち嬉しゅうなるわ」とわざとらしいお世辞で美代子をまた喜ばせる。
美代子はにこにこと、「達己おじさんお帰りなさい」とかわいく小首を傾げ、「今日は腕に縒りをかけてカレー作るよ」
「まだ真知姉さんには遠く及ばんけど…」と申し訳なさそうな美代子に、達己は頭を良い子良い子してやりながら、「そんなことねぇよ。もう美代ちゃんのカレーは真知子と全然遜色ないぞぉ」
「本当、おじさんありがとう」
美代子の笑顔がきらきら輝く。
達己は康太に視点を移して、「かっ飛びとうてしょうがねぇごたるな」
「父ちゃん俺来週試験場行ってくるばい」
「井本君と成沢君が親切に手解きしてくれたごたるけ勿論一発合格やろうな」
康太は得意気に鼻を擦って、「当たり前やん」
「どらちゃんキー貸せや」と康太からキーを受けとるとキック一発、エンジンを始動させる。ポンポンポンと小気味良い排気音を奏でるDT400に、「良い音やな。猪町の漁船が懐かしいぜぇ」
「漁船?」
美代子が怪訝な顔。
「DTの排気音がヤマハの漁船の音と一緒なんよ」と康太。
「ふ~ん」と美代子は分かったような分からないような曖昧な表情。
「ちゃん見とけや。単車はこう扱うんや」と左足を支点にくるっと回転させて、鉄道宿舎と新幹線宿舎を隔てる通路に出ると、クラッチをちょんと切って前輪を45度持ち上げてウイリー走行。ローからセカンドサードとシフトアップして速度をつける。康太と美代子は目が点になる。
美代子は、凄い!凄い!と手を叩き捲る。
――父ちゃんにはできないことなんてないんか!
康太は呆れ顔。
突然のバイクショーに小さい子供たちと屋外に出ていた新幹線宿舎の若奥様連中の黄色い声が飛ぶ。
「達己さ~ん素敵ぃ!」
「若~い!」
達己は何と片手ウイリーで奥様連中に手を振る余裕をかます。
美代子が横目で、「どう康ちゃん、おじさんに敵う自信あるぅ?」
ムカッときた康太が、「馬鹿にすんなちゃ三浦、俺のDT400じゃ。免許さえ取ったらこんなもん簡単にできるようになるっちゃ」
達己は突き当たりでウイリーのまま前輪を振ってくるっと方向転換、そのままニ人の前まで戻って来て、リヤタイヤを45度持ち上げるジャックナイフのパフォーマンスで締め括った。
「おじさん凄~い!」
「父ちゃんもう俺のDTでやり放題やん」と康太が頬を膨らます。
DTに跨がったままの達己が、「ちゃん、女にモテるために男に必要なもんは何か?」
「う~ん…顔?身長?」
「まぁ必要なものの一つじゃあるけどよ。外見だけちゃ悲しいぜ」と達己。
「美代ちゃんは康太のどこが好きになったん?」
美代子は指折り数えながら、「私以外の女の子と喋らないところ…強さ…身長…二枚目なこと…」
康太ははにかみながら、「俺が二枚目ぇ?」
「康ちゃんは自分の魅力に気付いてないん。素敵なんやから」と美代子が口を尖らせる。
達己は、「まぁ蓼食う虫も好き好きやけんな」と笑う。
「俺が思うにゃ、男は強いか速いか切れるかの三つじゃ。今のちゃんに決定的に欠けとるもんは速さかいな」
「父ちゃん仕方ないよ、俺には足が無いんやけん。そいけんこのDT400で速くなるんよ」
「ああなれや」
「ほいでも族立ち上げたらオフのバイクじゃ役不足やねぇんか?」と達己にやっと笑い、美代子と康太はどきっとする。
――父ちゃん俺らがやりたいこと見抜いとん!
二人は顔を見合わせる。
「ちゃんこのDT暫く俺に預けろや」
「何するん?」と康太。
「俺と三好でカリカリに弄ったる。俺のランサーに負けんくらいのバケモンにしたるわ。ビビって逃げるなよ」
井本が卒業して荒みつつあった鳥巣高だが、まだ一年には風紀の乱れは少ない。よれよれの背広を羽織った、いつもながら存在感の薄い担任の白水が朝のホームルームに教室に入って来る。
ホームルーム委員の掛け声で、「起立…礼…着席」
「それでは出欠を取ります」とつるっ禿げの頭を擦りながら白水。
「え~湯村君…湯村君は?」と白水は出欠簿から視線を上げて教室を見回し、「居ない…欠席か…」と軽く流す。
出欠は進んで、「三浦さん…三浦さん…」
「二人揃って欠席とは相変わらず仲が良いですね。天気良いから二人でデートでもしてるんですかね」と笑えない冗談を飛ばす。
――違うだろ。何で無断欠席なのに笑ってられるの?何でもうちょっと追及しないの?もしかして教師も二人を特別扱い?
教室中に漂う違和感。だが教師も人間、真知子の弟ならある程度のことは赦せる。高が無断欠席だ。二人揃っての欠席なら明日、美代子が何か言ってくるに違いないと白水は大して気に留めない。こういうとき、クラスに一人か二人は出しゃばり女子が居るものだ。
「先生!」
「どうしました東さん?」
「無断欠席者が二人も居るのにどうして先生は笑ってられるんですか?うやむやですか?それとも特別扱いですか?これではクラスの雰囲気が悪くなってしまいます」
白水は頭を掻いて、「これは申し訳ない。決してそう言う訳ではないんです。湯村君と三浦さんはしっかりしてるから何か言うに言えない事情があったんだろうと思ったもんで。分かりました。朝礼が終わったら二人の自宅に電話してご両親に問い質しますから」
「それで良いですか東さん?」
東美佐子は釈然としない表情で、「分かりました」と着席する。
二人とも片親だ。真っ昼間に家になど居る訳がない。白水には分かるが、東美佐子は知りようがない。思いがけずクラスに溶け込んで美代子の周りに人垣ができたときも西中出身の東美佐子は動かなかった。
松隈が、「いつもながらしゃぁしいホームルーム委員やな」と隣の秋山優子に愚痴る。
「美佐子は豹変した美代子を知らないからあんなこと言えるんよ」と優子。
松隈が興味津々に、「何?豹変した三浦って」
「私見てたん。まだ美代子が湯村君と付き合う前なんやけど、修学旅行が終わって湯村君、下駄箱の前で坪口に捕まってたんよ。胸ぐら捕まれて脅されてた。そのとき美代子が坪口の前に立ち塞がって…」
「坪口ぃ、私の康ちゃんに何すんだーって」
「まさか!」と松隈は絶句する。
「あの頃の坪口は相当ヤバかったぜ。遊ぶ金が無くなったら女子でも情け容赦なしにカツアゲしよったし男は目が合っただけで恐喝や。先生はビビって触らぬ神に祟りなしで執行にチクったんがバレたら殴る蹴るの暴行や。俺も斎藤も奴と目が合わんごとひたすら下向いて歩きよったけんな」と怯え捲っていた当時を思い出す。
「美代子はかわいい顔して湯村君のことになったら瞬間湯沸かし器だかんね。クラスで孤立しようがお構いなしだよ。私知ーらないっと」




