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(旧)鉄同盟  作者: 無糖
第1章『セイレーン』
6/31

4:師弟の出会い

 

 ――――二年前。

 第二次ハゼル戦役がネフティーの敗北によって終結し、セイレーン内は陰鬱とした空気で満ちていた。もう二度と故郷には戻れないのではないかという不安。それは大人だけではなく子供にも伝播し、笑顔を見せる者は非常に少なくなっていた。


「メイス、ごめん。僕そろそろ行かないと」

「やだ」


 その日は雨の日だった。セイレーンでは雨の降る日も決められており、誰しも最初から知っていたこと。傘を手にしたランデは孤児院の前で小さな藍色の少女に足を抱かれ、動けないでいた。


「ごめんよ。でも、みんなを守るためには、兵隊さんにならなきゃいけないんだ」

「ほらメイス。俺と遊んでよう?な?」

「やだ!やだよぉ!」

「ランデ、行こう。離れれば少しは落ち着くと思うから」

「わかった」


 ランデはララに手を引かれ、孤児院を後にした。メイスの母親は、彼女が生まれてからすぐに病気で他界し、父親は第二次ハゼル戦役で出兵、殉職が確認されていた。メイスの父親は奏士であり、カラムの腹心の部下でもあった。その付き合いでランデとは面識があり、たまに遊んでやったりしていた。両親を亡くしてから孤児院に引き取られたはいいが、うまく周りに馴染むことができず、結果度々顔を出すランデに酷く懐くようになっていたのだ。


「僕、絶対に奏士になるよ」


 電車の中で、ランデはポツリと呟いた。横に並ぶキースとララは、その色素の薄い瞳に宿る炎に、一瞬足がすくんだ。中等学校を卒業したランデたちはこの日、ネフティを護る礎となるべく、士官学校の入学式を迎える。電車を降りると、改札前にベルン、エドガー、リーシャが立っていた。この六人は、中等学校からの付き合いで、入学式前に集合する約束をしていたのだ。


「どうして上は入学式を今日にするんだろうね。雨だってことはわかっていただろうに」

「全くだよ。あーあ、どこもかしこも敗戦ムードってやつなのかね?湿気ってて嫌になるよ」

 エドガーのぼやきにリーシャが答え、水溜まりを蹴飛ばした。

「ベルン、君はどの兵科に行く予定なんだ?」

「それは適正検査次第だけど、もちろんなれるなら奏士だな。ランデもそうだろう?」

「ああ。もちろんだ」


 奏士ではトップクラスの実績を持つ戦士、カラムを叔父に持つランデは、これまでずっと奏士への憧れを抱いてきた。叔父と肩を並べ、自分と孤児院の両親の仇を討つことこそ、彼がこの士官学校に入る最大の理由であるからだ。

 校門に着くと皆とは別れ、指定された位置に整列する。白を基調とした、青いラインの入る制服がざっと三〇〇。皆直立不動の姿勢を取り、静かに前方にある台を見つめている。やがて定刻を知らせる鐘が鳴り、台の上に勲章をつけた軍人が立った。学長、ガスター・レヴィンソン少将である。


「敬礼!!」


 新入生はガスター少将に向かって敬礼をする。


「直れ!」


 その様を満足げに見届けたガスター少将は、その大きな体躯に見合う太い声で、開式の挨拶を述べる。


「君たちは、覚えているだろうか。八年前、人類が我々の故郷を破壊したあの日を。多くの同胞の血が流れた。諸君らの中には両親を無残にも殺されたものもいるだろう。その苦しみを、悔恨を晴らし、母星を奪還せんと挑んだ先の大戦でも、我々は敗れた。

 見よ!街の空気を!商人の痩せた顔を!子供らの生気を失った瞳を!

 人類と我々の間には、未だ埋めることのできぬ力量の差がある!そのことに皆、絶望してしまったのか。もう、二度と我らのハゼルを取り返すことはできぬのか!

 否!!

 なぜなら君たちはここに立っている!多くの犠牲を払い、成果を得られなかった大戦を見てなお、諸君らは人類を討ち倒さんと、この学舎を潜ったのだ!

 誇りに思え!君たちは既に戦士である!その決意を忘れず、存分に学び、心身ともに決して砕けぬ強さを持つのだ!」

「敬礼!!」


 短い演説ではあった。だが、その言葉はこれより二年に及ぶ訓練を乗り越えねばならぬ新たな士官候補生たちの心に、確かに火を灯した。ガスターが台から降りると、それと入れ替わりになるようにある女性が台の上に登った。

 若く、美しい女性であった。だが使い込まれた様子の軍服と、短く切り揃えられた黒髪から覗く鋭い視線、胸に光る大きな勲章を見て、只者ではないということは誰もが理解するところであった。


「私は奏士大尉……失礼、先日中佐となった、シエル・ベスマンだ」


 式場は一気に騒めいた。撤退戦の英雄の話は、既にセイレーン全体に伝えられていることであったからだ。シエルはその様子を見て苦笑した。


「この様子だと私のことを知っている者も多いようだ」


 そう呟くと、自分の左肩を露わにした。そこには痛々しいほどに包帯が巻かれ、ギプスがされていることがわかる。


「私が参加したプリマ決戦にて、私はかなり大きな負傷を負った。しばらくは使い物になりそうにない。そこで、後続を育てるいい機会だとレヴィンソン少将閣下よりお誘いを受け、二年間客員講師をすることとなったのだ」


 一部から歓声が上がる。英雄の指導を受ける機会に恵まれるなど、誰も予想していなかったのだ。

 ランデもまた、その中の一人。彼女の指導の下、鍛錬に励めば、自分はカラムを超えることができるかもしれないという期待でもあった。そんなランデの熱い視線に気づいたのか、シエルはランデを一瞥。だがすぐに目を逸らし、台を降りた。

 その後恙無く式は進行、閉式となった。

 ランデとシエル。師弟の、初めての出会いであった。


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