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(旧)鉄同盟  作者: 無糖
第1章『セイレーン』
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2:未来の英雄


 冷静に、深刻に告げられたカラム大佐からの命令に、その場の全員が凍ったかのように動きを止める。士官学校で教官を務めていたということももちろんあるが、奏士部隊のエースが、英雄が、まさか裏切り者であるなんて、誰も信じたくないことであったからだ。


『これからの指揮は奏士新兵をベルン・ローベスト、兵士部隊をライン・フーヴァー、技士をエドガー・ボルトが指揮せよ!直ちに行動開始!すでに戦争は始まっている!』


 だが、カラムの檄によってかろうじて皆意識を目前の戦闘に向けた。


「技士も前線に出るのか。全くとんでもないな」


リーシャはなんとか笑って見せているが、目が笑えていない。どうしようもない不安な状況に陥ると、笑顔や空元気で誤魔化したくなるものである。だが、カラムから指揮を執るよう命じられた三人はと言うと、集まって話し合いをしている様子。彼らは各兵科でトップの成績を残した者が選出されている。妥当な判断と言えよう。


「これより兵士と技士は四人一組となり、非戦闘員の保護に当たる!各々直ちに武器庫に向かい武装せよ!では、班員と担当地区を発表する。まずは一班――――」


 次々と班が発表されていく。その結果ランデは兵士からライン、キース、技士からは一つ下の三つ編みメガネの少女、リーフィ・ストラブルと同じ班となった。担当地区は孤児院の側、つまりランデの家の近くでもある。これは、ラインの温情とも言える振り分けだ。どこも班は基本数の多い兵士を三人、サポートとして技士を一人つけるといった形態を取っていた。一方、奏士は奏士同士で二人一組のバディを組み、各方面にバラけ兵士と技士の班を補助する方針だ。


「総員、行動開始!!」


 ラインの声に合わせ、兵士と技士の皆はそれぞれの担当地区に向かう。

 移動には学校での訓練用戦闘機を使用することとなった。しかしこちらは数が限られているため、遠方へ向かう一五の班以外使うことはできない。

ライン班が真っ先に訓練用旧式戦闘機一八番、通称『梟』に乗り込んだ。この機体は八年前、人類の持っていた技術を流用して作られた最初のネフティー専用戦闘機だ。見た目はただの枯葉色のジェット機だが、取り付けられているエルロンが通常の位置の他、翼の前と胴体部の上と下、計六枚あることが特徴的な機体だ。


「来た……っ!」


 ラインが小声で呟く。空ではすでに激戦が繰り広げられており、軍の戦闘機と人類の戦闘機の銃声はすぐ間近に迫っていた。ラインは戦闘機に乗り込み、操縦桿を手に取った。


「いくぞ!!」


 最も優秀な者が操縦桿を持つことは当然。異論なく班員も乗り込んだ。元々一人乗り用の戦闘機なのでかなり窮屈だった。桿を引くと、エンジンが地鳴りの如き轟音と共にかかる。梟は速度をドンドンと上げ、滑走路から飛び立つ。それに続くように後続の梟も飛び上がり、各々別方向に散開した。


(一〇分といったところか)


 ラインは到着時刻を予想し、唇を噛む。彼が両親とともに住む家もまた孤児院の近く。班は全てそれぞれの住居が近くなるように編成されていた。

 背後を見る。まず、ランデ・ベルーゼ。基礎体力も射撃も座学も全て平凡だが、ベスマン中佐に目を掛けられていただけあり、一対一の格闘戦と戦闘機の操縦技術はかなり高い。特に前者においてはラインをも上回るだろう。次に。キース・ブリューゼル。どれも突出した技能はないが、射撃が得意だ。最後にリーフィ・ストラブル。彼女については同期でないためラインも情報を持っていない。が、成績上位者のリストにはいなかったため、それほど優秀ではないと判断。


「ランデ、君がこの班の副班長を勤めろ。もしもの時は、俺の代わりに指揮を執ってくれ」

「え?あ、ああ……わかった」


 ランデは予想外の任命に困惑したが、受け入れた。ラインは非常に優秀な男だった。短い黒髪に精悍な顔立ちで身長も高い。勉学、戦闘技術、どれを取っても超一流な上に、非常に強いリーダーシップを持っている。調和強度さえ高ければベルンと肩を並べる奏士になったのではと言われるほどだ。そんな彼の言うことに意見できるものなど、少なくともこの場にはいない。


「ライン、後ろだ!!」

「っ!!!?」


 キースの叫び声に反応し、咄嗟に上昇。真下を銃弾が通り抜けていった。


「くそ、追いつかれたか!」


舌打ち一つ。ラインは敵を確認する。黒塗りの双翼が鈍く光る、小型ジェット機――――帝国軍のものだ。戦闘に入れば負けない自信はあるが、今は一刻の猶予もない。足止めをされるわけにはいかなかった。


(おかまいなしか!)


 振り切ろうと速度を上げるが、追いすがり、背後にべったりと張り付いてくる。すると、眼前に孤児院が見えた。到着だ。だが、目の前の敵を倒さねば後ろの三人を降ろすことはできない。


「戦闘を開始する!衝撃に備えろ!」


 ランデらは頷く。機体を大きく左に旋回させ、敵機の背後を奪わんとする。強烈なGが身体にかかった。だが敵も訓練を積んだ航空兵。そう簡単に背後を譲りはしない。旋回戦に突入し、銃弾が何度も翼を掠めていく。このままでは消耗戦だ。ラインは操縦桿をさらに強く握り、精神を集中させる。


「おおおおおおおおおおっっっ!!」


 帝国機に乗る人間は、眼前のネフティー機が速度を落とした様子を確認。


(勝った!)


機関銃を放つ。だが、不思議と弾は一発も当たらない。焦りつつも、自分はまだ有利だと言い聞かせ、攻撃を続ける。が、やはり命中しない。六つのエルロンを自在に操り、急降下、ゆるりとした上昇、かと思えば一気に機体を左右に振ったりしているのだ。その様はまるで木の葉が風に舞うようだった。そんな大方人間には不可能であるとも言える謎の挙動が繰り返され、低速であるにも関わらず標準が定まらない。まるで戦闘機が生きており、機体を自在に捻らせているような錯覚を覚えた。


(勝利を諦めて衝突による相打ちを狙っているのか!?だが、そうはさせん!)


 上昇か下降の二択。思考できる時間は一瞬だった。だが、人間のパイロットはしっかりと梟のエルロンが上昇の予備動作をしていることを確認していた。


(下降から急上昇し、下から蜂の巣にしてやる!!)


 そして、帝国機が下降したことを確認した瞬間、ラインの唇がわずかに歪む。


(かかったな!)


 ラインは自機を下降した帝国機に覆いかぶさるようにぶつけた。


「馬鹿な!ありえない!上昇の兆しは見えていた!あそこから下降を選択できるはずがな……」


 そこでその人間は思い出す。

『ネフティーには、物質を生物のように操る力がある』、という噂を。


「うああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」


 人間は断末魔の叫びを上げる。道路に削られ、帝国機の機体はついに動力部を晒した。その瞬間を見極めたラインは操縦桿を引き上げ、急上昇。同時に帝国機は爆発した。


「すごい!」


 リーフィーは興奮気味にラインを称えた。ラインはそれに応え少しだけ微笑み、指示を出す。


「これより着陸する!俺は戦闘機にて上空を防衛するから、みんなは非戦闘員を安全に避難区域に誘導してくれ!」

「了解!」


 ランデはパラシュートを身につけながら、ラインを畏敬の念を込めて見つめる。

 ライン自身も初の実戦であったし、その上背後にいる三人の命も背負っていた。心労は並大抵のものではなかったはずだ。だがそれをおくびにも出さず冷静であり続け、その上自分たちに指示まで出している。自分も見習わなくては。


「…………ぇ?」


 未来の英雄。その勇姿を焼き付けていたランデの瞳は、一瞬で紅に染まった。


「どけ!!」


 キースの野太い声とともに体を押される。妙な浮遊感を感じ、目を拭う。手には、真っ赤な液体がべっとりと付着していた。


「ライン!!」


 キースが操縦桿を手に取り、自由落下に陥っていた梟をなんとか立て直す。

死体。

彼の傍らには、機関銃で上半身を吹き飛ばされたラインがあった。未来の英雄はこの一瞬で口なき肉塊と化したのだ。


「ランデ!操縦しろ!俺じゃああの数は無理だ!」


 停止しかけていた思考を一気に引き戻し、ランデは操縦桿を握った。キースがラインの亡骸をどかし、操縦席を空けた。


「ひぃいいっ!」

「ボサッとするなリーフィ!今は戦争中なんだぞ!」


 酷い死体を見て怯むリーフィを叱咤するキース。ランデはコクピットを開けて叫ぶ。


「作戦を続行する!二人はここで降り、非戦闘員を保護、誘導せよ!」

「了解!死ぬなよ、ランデ!!」


 キースとリーフィはパラシュートを展開し、着陸した。一時避難場所に向かうだろう。

 ランデは深呼吸し、上空を見る。気流が乱れていることから、居住層にさらなる穴が開いたことが予想できる。見れば、黒点がパラパラと空に広がっていく様子が確認できた。


「っ!!」


 機関銃の掃射を急上昇によって躱す。新しい穴から出てきた新手。ラインを殺した敵だ。数は三機。まともに戦えば、勝機は皆無と言っていい。

 目を閉じ、調和を開始する。機体の損傷は大きいが、大事な動力源は無傷だ。限界のところでラインが僅かに機体をずらしてくれたおかげだろう。


(最期まで優秀な奴だったよ、お前は)


 背後に眠る戦友を賞賛し、ランデは機体を捻らせる。一対多の状況では離脱こそが最適解だが、下には友と、守るべき孤児院の子供達がいる。それはできない。ならば、答えは一つ。


「この……くそ人類どもがぁっ!!!!」


 速度を上げ、敵機三体の合間を縫うように動き回る。露骨な時間稼ぎだった。


「おお……おおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」


 咆哮し、自らを鼓舞する。

 死んでも、必ず眼前の三機だけは道連れにしてやる!

強い意志の籠った咆哮であった。調和を活かした繊細な挙動で致命傷を避けつつ、一撃離脱を繰り返す。割れたコクピットから受ける風圧で視界が定まらない中、一つ一つ、丁寧に狙いを定める。機関銃が啼いた。

 まず、一機。偶然にも命中した弾丸はエンジン部に刺さり、帝国機の一気は空中で爆散した。


「うがああっ!」


 その隙を逃さず、他の二機からの銃撃が右翼部に命中。警報が鳴り響いた。


「くそっ!くそおおっ!!」


 機体は限界だ。墜落は避けられない。これが最新式の戦闘機であれば、などという空論を捨て、自分のライフルを手に取る。自身の射撃の腕前が突出していないことくらい理解していたが、それでも、このまま落ちることだけは認められなかった。

 スコープを覗き、回転しながら落下していく自機から帝国機の一つに狙いを定める。


「らああああああっ!!」


 命中したかどうか、ランデには確認できなかった。接地寸前で脱出ボタンを押し、空中に投げ出される。それと同時に、銃弾が頭部を掠めた。意識は一瞬で刈り取られ、そのまま身体は地面に叩きつけられた。




 ***




「――――デ!」

「ぅ……ぁ……?」

「――――――ランデ!!起きてランデ!」


 自分は死んで、今目の前にいる少女は天使なのだろう。ランデは目を覚まし、目の前にいる少女を見てそう錯覚した。起き上がろうとすれば全身を迸る、この激痛は本物のよう。とすれば、生きているということか。


「クレア……?」


 泣きべそをかきながら体を揺する、天使のような少女の頬を撫でて、ランデは呟いた。

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