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(旧)鉄同盟  作者: 無糖
第1章『セイレーン』
3/31

1:人類襲来


「っあ!!」


小さな叫び声と同時に飛び起きる。切れた息。冷や汗が背筋を伝い、不快感がじんわりと心を蝕んでいった。

ランデ・ベルーゼの自室はベッドと机、本棚が一つ、灰色の壁という、見た目、内容共に非常にシンプルな作りとなっている。ベッドの脇に置かれた時計を見ると、ちょうどいつもの起床時間を示していたため、そのまま起き上がることにした。すると下から何やら話し声が聞こえてきた。ランデの部屋は二階にあり、一階にリビングなどがあるため、誰か客人がいるということだろう。素早く身支度を済ませ、階段を下る。


「おお、ランデ君か。おはよう。久しぶりだね」

「はっ、ミシェル中将閣下、おはようございます!」


着替えてきて良かったと心底思いつつ、ランデは敬礼をした。ランデの叔父、カラム・ベルーゼ大佐とテーブルを挟み話していたのは、中将ミシェル・ラングナーだったからだ。普通の士官候補生であれば滅多に会うこともない人物ではあるが、大佐を養父に持つランデにとっては稀にあることであった。


「そんなに畏まらなくていい。ここは君の家なのだから、楽にしたまえ」

「はっ!」

「ふふ……カラム君の甥は、随分と礼儀正しいようだね」

「そんなこともありません。大人しく従順そうに見えて、案外我が強かったりします」

「そうなのか?」

「滅相もございません」

「ふむ、ちょうどいいしな、私もお暇するとしよう。カラム、例の件、頼んだぞ」

「は。必ずや中将閣下のご期待に沿って見せましょう」

「うむ。……時に、ランデ君は今日卒業式だったな」

「は」

「そうか。私はその場に出向くことができないが、君が立派に兵士の道を歩もうとしていることを、誇りに思う。卒業おめでとう」

「あ、ありがとうございます!」

「よし。それでは失礼するよ」

「はっ!」


再度敬礼し、笑顔の見せ、老齢の中将は去っていった。


「ランデ、これから私は外出する。大丈夫だな?」

「うん、そうだね……特に連絡はなかったと思う」

「わかった。卒業式の場には私もいるから、何かあったら言うといい」

「ありがとう」


カラムは身支度を整え、玄関から外に出ていった。両親を第一次ハゼル戦役で失ったランデにとって、カラムは父親であると同時に、兵士として憧れの存在でもある。事実、機械獣の担い手、『奏士』としての武勲は非常に多く、まだ二七歳と若年であるのにも関わらず、大佐の地位まで登りつめたのだ。

その道への第一歩が、この日、士官学校の卒業式から始まる。ランデは軽くパンを食すと、再度身支度を整え、家を出た。


セイレーン内には幾つか層があり、最深部、第一階層は動力となる重力制御装置、また電力を生み出す発電機などが設置されている。その上にある第二階層には戦闘機や機械獣が保管され、さらにその上、第三階層が、今ランデのいる居住区となっていた。居住区はセイレーン最大の階層であり、人口大気、人口太陽などによって、人類の母星、『地球』が再現されている。それはセイレーンの所有がネフティーに変わっても変わることはなかった。

住宅街の中を歩き、少し進んだところにある大きな平屋建て住宅に到着した。『ブラウン孤児院』と書かれている玄関前に立つと、インターホンを鳴らした。


「あ、ランデ兄ちゃんだ!」

「わー!遊んでよ!ララもキースも忙しいって言うんだよ!」


元気な声で跳ねながら駆けてくる二人の子供、ヘンクとヴァイスに抱きつかれ、苦笑いながら頭を撫でてやる。


「こらっ!お客さんに迷惑かけちゃダメでしょ!」

「ぎゃー、おにババァが来たー!」

「誰がババァよっ!!」


凄まじい剣幕で家から出てきた少女。エプロンを付け、抱っこ紐で赤ん坊を抱えている。


「……おはよう、ララ」

「ラ、ランデ!?ちょ、ちょっと待って!」


その少女――ララはランデに顔を背け、長い桃色の髪をいじりだす。その隙を突き、子供たちはララの脇を通り抜けて言った。


「あ、ちょ、待て二人とも!」


ララが二人を追いかけようとすると、抱えた赤ん坊が泣き出してしまった。焦ってあやし始める。それでもやはりランデとは顔を合わせようとせず、そのまま家の中に入ってしまった。


「よっ、ランデ」

「キースもおはよう。朝からみんな元気だね」


そんなララと入れ替わりになる形で、キースは先のヘンクとヴァイスよりさらに小さな、五歳児くらいの女の子、ミラと手を繋いで玄関先に現れた。


「悪い、ちょっと待っててくれ。すぐ準備してくるから」

「俺も手伝おうか?」

「いや、大丈夫だ。ミラ、リシアとレンを起こしてきてくれるか?」

「……うん」


ミラは眠そうな足取りで家の中に戻って行った。リシアとレンはここの子供達の中では年長で、ララとキースがいないときは彼らが中心となってこの孤児院を回している。この孤児院では戦争で親を失った子供達のために、ブラウン・ブリューゼル氏が開いたものだ。彼はカラムと親交があり、ランデも度々この孤児院を訪れるうちに年の近いララとキースの二人と仲良くなったのだ。そうして時間が空けば兄の一人として孤児院の手伝いをし、他の子供からも家族の一人として迎えられるようにまでなった。一六となり、士官学校入学が認められてからも三人での親交は続き、この二年間毎日共に登校してきた。それは、この卒業の日も同じだ。


忙しそうで準備もまだらしいが、手伝いも断られてしまった。ランデは手持ち無沙汰を紛らわそうと、裏から庭に回った。そこでは車椅子に座った中年の男性が子供達の遊ぶ様を眺めていた。焦げた長い茶色の髪を後ろに束ねる髭面の彼が、この孤児院の主、ブラウン・ブリューゼルだ。


「よ、ランデ」

「ララとキースが忙しそうにしていましたよ」

「俺も働けってか?いいや、俺はガキどもを監督しなきゃいけない立場だからな。別に今だって遊んでるわけじゃあない」

「その手についた土は?」

「ったく、うるせぇなぁ。ちょっとくらいいいだろ?」


ブラウンはやれやれといった様子でため息をついた。するとボール遊びをしていたうち三人がランデの元に駆け寄ってくる。中二人はヘンクとヴァイスだ。服を土ぼこりでかなり汚している。ララに見つかったら大目玉だろう。


「あ、お兄ちゃんだ!」

「メイスも、お父さんにちゃんと仕事をさせなきゃダメだぞ?」

「うん、お父さんおしごとして!」

「いいのか?俺とボール遊びできなくなるぞ?」

「それは……うーん……」

「子供を騙しちゃダメですよ」


もう一人は、藍色の髪をしたおさげの少女、メイスだ。ランデにかなり懐いており、今も彼の足を抱きしめたまま離そうとしない。


「お待たせ、ランデ」

「ううん、たいして待ってないよ」


ララが顔を覗かせ、ランデを呼ぶ。先ほど一瞬見たときは寝癖があったし眠気と疲労が顔に出ていたが、顔を洗ったためか、それらは見事に隠れていた。


「ララお姉ちゃん、いつもより可愛いね!」

「そ、そう?メイスはいっつも可愛いわね!ほらランデ、早く行くよ!」

「あ、うん。じゃあねみんな。また後で来るよ」

「はーい!行ってらっしゃい!」


元気よく送り出され、ランデら三人は士官学校へ向かう。セイレーン居住層は、ネフティー一五〇万人を収容しているだけあり、その規模は一つの都市レベルだ。宇宙船の中であっても徒歩だけだと時間がかかってしまうため、一般人は電車を使うのが基本。これは人類が作っていたものをそのまま流用している。

自然とともに生きてきたネフティーは初めこそ人類の叡智である『電気』や『磁場』を用いた技術に戸惑いもしたが、今ではそれを見事に使いこなしている。これも全て、ネフティーの能力『調和』によるものだった。


最近メイスが大人っぽくなってきたこと、ブラウンが仕事をしないこと、イリスの夜泣きで困っていることなど、他愛のない話をしているうちに、士官学校の最寄駅にたどり着いた。

駅前は卒業生とそれを祝うべく集まった後輩たちで混雑しており、三人はそれらの合間を通り抜け、なんとか学校にたどり着くことができた。

現在ネフティーの士官学校となっているこの建物は、過去人類のものだった時も『ハイスクール』として使われており、非常に立派な木造建築物だ。

校門前にはランデの見知った顔が三人おり、三人もそちらへ向かう。


「あ、みんな!」


そばかすのついた笑顔を向けて来る小柄な少年、エドガー・ボルト。その隣にはベルン・ローベスト、リーシャ・ステイラーもいる。三人ともランデたちと同期であり、共通授業はこの六人で固まって受けることが多く、苦楽を共にしてきた親友たちだと言えた。


「これからこの六人で揃うことも、あんまりなくなっちゃうんだね」


少しだけ寂しそうにララが言った。これから先は、それぞれ別の兵科に分かれることとなる。ランデ、キース、リーシャは戦闘機での戦闘、及び上陸作戦成功後は歩兵を務める『兵士』。卒業生のほとんどはここに所属する。エドガーは戦闘機、機械獣などの兵器を調整する『技士』。そして士官候補生の中でも『調和強度』が強い者だけが選択を許される機械獣の担い手、『奏士』にララとベルンが所属することになる。これら三つはそれぞれ独立しており、同じ兵科ならばともかく、分かれてしまった者と会う機会はほとんどなくなると言っていい。


「なに泣いてんだよ、まだ卒業式始まってもないんだぜ?」


リーシャは泣きべそをかくララの背中を叩き、笑いかける。ランデからは横顔しか見えないが、その金色の髪の奥に光る瞳がかすかに潤んでいるのは誰しもが理解するところだった。


「そろそろ行こう。そろそろ式の時間だ」


ベルンは先頭を切って歩き始めた。彼はランデの同期の中で最も優秀と言われている奏士候補生であり、このグループのリーダー的立ち位置でもある。人形細工の様に整った顔、癖のある銀髪と同じ色をした瞳に見つめられると、誰しもが射抜かれ、彼の言うことを聞いてしまうのだ。




それぞれの所属する兵科に分かれ、整列する。ランデは列中央辺りに位置し、キースは七つ前、リーシャは隣に並ぶ。


「何キョロキョロしてるんだランデ?」

「いや、やけに教官の数が少ないと思って」

「確かに……ま、あんたが探してるのはベスマン中佐だけだろうけど」

「違うよ」

「あーあ、ララが報われないよ」

「何の話?」

「なんでもないよ」


背中を強く叩かれ、ランデは少し前のめりになる。彼女にはもう少し大人しさと女性らしさを身につけてほしいものだという心の叫びを飲み込み、代わりにため息を吐く。


(まぁ、クレアくらい大人しくなられても、それはそれで困るけど)


薄紫色の少女のことを思い出し、苦笑いがこみ上げる。無事卒業したという報告だけでも後でしに行くべきか。

それにしても式が始まらない。ベスマン中佐はあれほど規則や時間を厳しく自分に教えてきたと言うのに、最後の最後に遅刻とは締まらない。ランデが文句の算段を整え始めようとした、その瞬間。



激震!!!!



セイレーンそのものが大きく傾いたのだ。これまで稀に傾くことはあっても、これほど唐突で、これほど激しく揺れたことは今までになかった。

体制を整えた後、少し時間をおいて警報が鳴り始めた。


(この警報は――――襲撃!!!?)


セイレーンに住むネフティーならばすぐに意味がわかること。襲撃などして来る外敵は、ネフティーに一つしかいない。


「人間が……来た!!」


ランデは空を見上げる。人口大気の揺らぎ。雲の移動が、ある一点に向かい急速に早まっていく。その中心点を注意して見ると、そこから無数の黒点が飛散していく光景を確認できた。


『全ネフティーに告ぐ、退避せよ!繰り返す、退避せよ!』


アナウンスが居住区全域に広がる。ランデたちも士官候補生ではあるが、今は丸腰だ。敵の機関銃に掃射されればすぐに全滅する。


「くっそぉ!!どうなってんだ!!」


リーシャと共に校舎へ向かって駆ける。異常事態であった。今まで襲撃は何度かあったが、セイレーンを破壊され、侵入を許すほどの事態は初のことであった。この状況と教官の不在という要素が、ランデの中で最悪の想定を組み上げていく。


「軍が、負けたってことか?」

「っ……それは……」


混乱に騒めく校舎の中でも、リーシャのその言葉はやけにはっきりとランデの耳に届いた。だが、無抵抗で侵入を許すなんてことはありえない。以前、三年前の襲撃では、実際に防衛戦が開始されるより十時間は前に敵を発見し、軍によって撃退に成功したと言う。この事態は軍が戦い、敗北した結果なのではないか。だとすれば、教官がいないのにも納得できる。撤退戦の英雄、ベスマン中佐がいないのも当然だ。


『士官候補生の諸君に告げる』


不安が汗となってランデの背筋を伝う中、学校に低い男の声がアナウンスで響いた。ランデは一瞬で声の主をカラムだと悟る。


『現在、我々は人類によって襲撃を受けている。しかし、軍は敗れてなどいない。これは、内部からの裏切り者が、セイレーンのレーダーを破壊したことによる奇襲攻撃である』


騒めきはさらに大きく広がった。内部からの裏切り者など、今まで出たことがない。調和さえしてしまえば嘘は全て見抜かれてしまう。スパイ活動など不可能と誰しもが思い込んでいたのだ。


『ネフティー防衛軍大佐、カラム・ベルーゼが命じる。諸君は現時刻をもって士官学校を卒業。学校に備えてある武器を取り、非戦闘員を防衛せよ!』


「っ、まじかよ……戦えってのか?」


リーシャの声が震える。彼女を含め、この場の全員が戦慄した。ランデたちはまだいい。だが、この場には卒業を来年に控えているはずの後輩もいるのだ。

だが、ランデは違った。

目を閉じれば思い出す。

森が焼かれる様。仲間が焼かれる様。炎の中に消えていく両親。記憶は号哭し、ランデを突き動かす!復讐せよ!


『なお……』


だが、その次の言葉で、彼の心の烈火は水を浴びせられることとなる。


『叛逆者シエル・ベスマンは現時点を持って階級を剥奪。発見し次第、確実に始末せよ』


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