19:開戦
ウェイの奮闘により、無事に大聖堂右殿に到着したランデとイェルトゥーモ。
彼女に言われた通り地下の階段を下ると、そこは広い倉庫となっていた。そしてその最奥に黒の超大型機械獣、クリフの夜が佇んでいた。
「巫女様、乗ってください!」
猶予はない。ウェイがそう長く足止めを続けられないということは自明であった。
調和し、ワイヤーに捕まって、二人はコクピットに乗り込んだ。
「ウェイ……」
「起動します!捕まってください!」
機械獣はその身を起こし、立ち上がる。右上に何かマークが表示された。その先には地上に向かう巨大な扉が見えた。前足で強引にこじ開け、外に出る。出た先は裏庭であった。
「ウェイを助けに行って!」
「……駄目です」
ランデの視線の先には、三機の機械獣が浮遊していた。
その側には動かなくなった機械獣が一つ。
そして、上半身と下半身を両断された、鉄の人形が転がっていた。
(あそこから一機も機械獣を落とすなんて、なんて強さだ。ご立派でした)
イェルトゥーモにその光景を見せないよう、身を屈ませる。すると、どこからか通信が入って来た。
『聞け、こちらはネフティ国軍、ホーリンズ中尉である!貴様はランデ・ベルーゼ准尉だな?我々に投降し、至天の巫女をこちらに引き渡せ!そうすればこれ以上の戦闘は防がれる!』
(通信機が付けられていたのか)
ランデが眠っていた五日間に取り付けられていたのだ。状況を把握し、通信機に向かい告げる。
「僕は、巫女様をお守りすると約束した。あなたたちの好きにはさせられない」
『なぜだ!?貴様は軍の人間であったはず!』
「そんなことはもう関係ない。ただ僕は、巫女様の目指す先の世界を見てみたいんだ」
「ランデ、其方……」
イェルトゥーモは涙で潤んだ瞳に、迷いなく言い切ったランデを写した。
『血迷ったか!やはり裏切り者の協力者であるという話は真だったな!』
機械獣はランデを取り囲み、機銃を浴びせる。
いくらクリフの夜と言えど、攻撃を喰らわないに越したことはない。ランデは回避し、包囲を抜ける。
『速い!?』
「僕はあなた達と戦いたくありません!僕らは同じ敵を持つ仲間ではないですか!?」
『このままでは我らネフティは腐敗し、二度と立ち上がれなくなる!至天民に政権を渡すことなどできないのだ!』
「……これ以上攻撃をするというのなら、僕は抵抗しなくてはなりません」
『調子にのるな、小僧がぁっ!!』
機銃での攻撃では拉致があかないと踏んだか、ホーリンズ中尉率いる機械獣三機は接近戦に切り替え、ランデに爪での攻撃を仕掛けて来た。だが、その挙動はまるで止まっているかのように写る。
「後悔、しないでください!」
ランデは背中の砲台を展開し、弾幕を張った。
『甘い!』
だが、流石に歴戦の奏士。その弾幕を見事に躱してみせる。
「見えています」
しかし、その結果見える逃亡ルートの先に、クリフの夜は爪を向けていた。
『うわあああああああああああああ!!!!』
機械獣を引き裂く。大きな爆発とともに鉄くずが地に落ちた。
『ホーリンズ中尉をよくも!!』
「邪魔をしないでください!!」
ランデは背後から迫る機械獣を後ろ足で蹴り上げた。鈍い金属音。大聖堂の壁に叩きつけられた機械獣は動かない。中のネフティが気を失ったのだ。
『ひ、ひぃぃっ!』
残ったもう一機の機械獣は恐れをなし、背を向けた。それまで追うことはないと判断し、ランデは煙の上がる居住層中枢へと飛び立った。
「われわれの……しょうり、だ……」
「そうだな、この鉄屑どもが、やってくれた」
クリフの夜が、戦場になっているであろう中枢部へと飛んでいく様が見えた。
アルマンドは動かなくなった最後の執行者、ネスタを機械獣の足で蹴り飛ばし、苛立ちを地面に叩きつけた。
美しかった庭園も、彼らの激しい戦闘によって見る影がない。民衆は皆出口の近くに集まり、震えるのみだ。
執行者たちは奏士の中でも精鋭が奏でる機械獣を相手に凄まじい立ち回りを見せ、周り込んでイェルトゥーモを捕らえようとしていた別働隊までも足止めした。
単純な攻撃力と言うよりも、尋常ではない速度で機械獣を翻弄し、その全てを再起不能にした頃には、巫女はもう逃げてしまっていた。
ネスタが言った通り、この戦いは執行者の勝利であったと言っていい。
アルマンドは通信機に向かい、その場の兵に指示を伝える。
「奇襲隊の諸君、作戦は失敗した。中枢では今、我らの同志と、我らの意思とは反する者らが戦っている。これから戦うことになるのは、共に戦場を駆けた同胞だ!だが、我らは至天民に政権を渡すことを、みすみす見逃すことはできない!あの悲劇を、二度と繰り返してはならないのだ!!」
アルマンドは機体を浮かび上がらせる。それを残った機械獣一〇機も追い、飛び上がる。そんな彼らを見て、満足げに頷き、叫ぶ。
「いくぞ!!目指すは中枢!そこで仇なす者を全て制圧し、我らが正義であると知らしめるのだ!!」
ーーーー居住区、中枢。
「揺れます!」
「わ、わかりました!」
先の人類による襲撃の傷も癒えない居住層中枢部では、既に激戦が繰り広げられていた。
ランデは既に五機の戦闘機『隼』に攻撃を受け、応戦していた。
基本的な形状は梟と同じだが、枯葉色と取り付けられた新型ジェットエンジンは非常に大きな膂力を生む。
「本陣はどこだ……いや、それよりどっちが味方なんだ!?」
「ランデ、通信が入っています!」
「っ!?わかりました!」
回線を繋ぎ、受信する。聞こえてきたのは、懐かしい声だった。
『ランデ?ランデか?』
「ベルン!?」
ランデの級友にして鬼才、ベルン・ローベストは緊迫した様子であった。だが、ランデは彼の生存を喜ぶと同時に、警戒心を強める。
「ベルン、君は今、どちら側にいる?」
通信機との調和を強める。僅かな声の揺らぎさえも逃しはしない。嘘を吐けば必ず何処かに揺らぎは出る。
『それはこちらが聞きたいことでもある』
「駄目だ、こちらにも事情がある」
共に苦楽を共にした仲間同士で心理戦を強いられる。この戦いは、こういう戦いだ。ベルンは少し思案してから、観念したかのように告げた。
『俺は、至天民側に付いている』
「良かった……僕もだ」
互いに安堵した。その証拠と言わんばかりにベルンはランデの死角から現れ、攻撃していた戦闘機五機を沈めた。ランデとの戦闘を想定した立ち位置。ランデは感嘆すると同時に、気付けなかった己の未熟を悔いた。
『どういう状況なのか説明してくれるか?』
「わかった!秘匿回線で繋げる!」
そこでランデは今の状況、メイア大聖堂の襲撃、何とか巫女、イェルトゥーモを連れ出し、安全な味方の本陣まで
輸送している途中であることを話した。
『巫女様が、その機体に乗っておられるのか……?』
「ああ」
ランデの横にいるイェルトゥーモは、先程まで泣きべそをかいていた事を忘れさせる程、威厳ある声で口を開く。
「如何にも、妾は天に至りし日輪の巫女、イェルトゥーモ・メラモトゥーノです」
『こ、これは……私はベルン・ローベスト少尉であります!』
ランデは驚いた。既に一階級ベルンは昇進していたのだ。加え、常に冷静な彼がこんなにも動揺を見せるのが初めてであったからである。
『ランデ、これから俺が味方の本陣まで案内する!だがそのためには戦場を突っ切らねばならない!俺に付いてきてくれ!』
「わかった!」
ベルンの機械獣は加速し、ランデはそれに追随した。
(さすがベルンだ……!)
敵が可能な限り少ない場所を選び、最小限の動きで仕留め、道を開けていく。
まだ奏士になって一月も経っていないというのに、手足を操るが如き洗練された動きをしていた。
ランデはほとんど接敵することなく、戦場を抜けることができた。
時間にして五分、ランデは味方の本陣に辿り着く。
中枢部、セルシア記念公園。そこでは負傷した歩兵が看護師に治療を施されており、さらに奥には陣が立てられ、軍人が作戦を立てていた。




