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(旧)鉄同盟  作者: 無糖
序章『人類史』
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序章:西暦二〇八七年より

 

 ーーーー西暦二〇八七年、二月一六日。


 人類は、最終大戦を経験し、自らの手で母星、地球を核の炎によって焼き尽くした。

 数々の国が為す術もなく滅亡に追い込まれる中、超大国の一つであった米国は他国との同盟を全て断ち切り、自国の技術を総結集し、居住型星間渡航船、『セイレーン』の開発に着手。

 その結果滅亡一歩手前、生存者一五〇万人を乗せ、宇宙へ脱出することに成功する。

 重力を自在に制御する『特殊磁場装置』の開発成功により恒星間移動は当然のこと、セイレーン内で擬似的に地球の様子を再現することを可能とした。

 人口太陽、人口大気の登場によって植物が栽培、また巨大プールにて汚染以前の海を再現し、遺伝子組み換えを行われた魚類、およびプランクトンを放流。その他様々な努力が実り、セイレーンは人間を乗せてなお、不可能とい言われた永久機関を体現したのだ。

 汚染の苦しみから逃れんと地球を脱出した米人が、脱出した先である宇宙船で地球らしい暮らしを得ることになるとはなんとも皮肉なことだ、と、誰しもが呟いた。

 だが、セイレーン本来の目的である『居住可能な地球に代わる惑星の発見』は容易ではない。SF小説に出てくるようなワープ技術でもあれば話は別かもしれないが、何より速度が足りなかった。時空間を歪めるほどの技術は当時の人類にはなかった。

 時と共に人々には焦りが見え始めた。人類はもう二度と本物の大地に降り立つことはできないのではないか。その不安は次第に高まり、安定し始めていた情勢は次第に悪化していく。その最大の要因は人口の増加、それに伴う貧富の差の発生である。セイレーンは永久機関、とは言ったものの、それは完全ではない。生産できる資源にも限界はあるのだ。

 そのうちにスラムの発生、浮浪者や乞食も増加など問題は山積みとなるが、民主主義と平和主義に染まりきっていた当時の米政府は効果的な対策を打つことができず、改善の目処はいつまで経っても立たなかった。

 そんな時代を変えるべく現れたのが、クラム・ユーステヒアという青年だった。

 ユーステヒア家はイギリス貴族の血流を継ぎ、戦前では莫大な富を持っていたものの、セイレーンで米政府が行なった社会主義的政策によって財産を失い、その後流れに流れスラムの浮浪者にまで成り下がった。その末裔がクラムであった。

 一二で両親は飢え死に、彼は一人で生きねばならなかったが、幸い体格に恵まれており、似た境遇の子供を吸収するうちに一大グループを作り上げた。腕っ節だけでなく政治的手腕も持ち合わせていた彼は、自グループの子供全員に食事や武器が行き渡るシステムを構築。大人ですら彼に屈服するようになり、たった三年でゴロツキ少年はスラム街の王となった。クラムの躍進は止まることを知らず、貧困層などを次々と自陣に引き入れ、一八になってついに政府に対しクーデタを起こす。


「無能な政府に鉄槌を!セイレーンに新たな秩序を!」


 咆哮する貧民達はクラムによって確かな統率を持ち、その様は失われし軍を想起させた。政府はあっさりと降伏。クラムはホワイトハウスを破壊し、瓦礫の上で自信による専制君主制の樹立を宣言。

 皇帝クラム・ユーステヒアの誕生である。

 内心それを不満に思う富裕層は多かったが、クラムに気に入られさえすれば自分の立場は安定する、といった観点から沈黙を決め込んだ。その予想に反し、クラムは送られた賄賂を全て破棄。貧困層からの支持を中心としていたクラムが、富裕層に呑まれるはずもなかったのだ。

 富裕層は焦り、国家転覆を画策するも、それこそがクラムの狙い。自分に反抗心のある者達をあぶり出す為、わざと策謀の時間を与えたのだ。反抗勢力の処刑を以って、ついに革命は成った。


「どんな聖人であろうと、私であろうと、人間である以上は間違える」


 クラムの信条とも言える性善説の否定。彼が管理社会の実現を目指すことは必然だった。親衛隊を創設し、怠惰、犯罪、暴力を厳しく取り締まった。


「故に誰を殺そうと、それは断罪の名の下に正義となるのだ」


 虐殺とも取れる厳しい親衛隊からの管理は人口を大きく減らし、その結果食料の安定供給は成功。加えて出産の管理をし、人口増加の恐れもなくなった。

 一日の食事量、職、何時に起き、何時に何をするか。人類管理の幅は拡大を続けたが、その終わりは唐突であった。


 皇帝クラム・ユーステヒアの崩御。


 過労死であった。不完全なままで終わった管理社会であったが、後継者、アルティア・ユーステヒアは彼の政策を見事に引き継ぎ、厳しくも平和である社会の維持は成った。反抗の芽を徹底的に摘んできたクラムの周到さがここに生きたのだ。

 それでも居住可能な惑星の発見だけは、どうしようもなかった。子供に対する資源が尽きさえしなければセイレーンは落ちないという、半ば洗脳に近いほどの徹底教育。騒ぐ大人の処刑などによって、誰しもがそのことを忘却するよう導くことしか、王室にできることはなかったのだ。


「ねぇママ、にんげんってセイレーンで生まれたんじゃないの?」


 数千、数万の月日が経つに連れ、子供が自分たちの祖星の存在を疑い、またそれを歴史文献を元に否定する親、またその上の世代ですら、自らの言が正しいのかどうか半信半疑となる時代が来た。

 太陽という基準無くして、暦を正確に定めることは困難を極める。その為正確にこれを記録したものはいないが、およそ三〇万年の時が経った。だが、そのおよそ三〇万年後。第一四皇帝歴八六一〇年の、よくある一日を以って、人類は大きな転機を迎えることになる。


「ふぁーあ、眠いなマイケル」

「そう言うな、このセイレーンで最も歴史ある職業だぞ……ん?」


 二人の男が笑い合う。三〇万年に渡るセイレーンの長い旅の中、一日たりとも休むことのなかった職、観測台にて周囲にある人類生息可能な星を探知する仕事だ。しかし、記録上ただの一度もそんな惑星を発見したことはない。観測員、否、全船員がそんな惑星の存在を諦めていた。だがそれは帝国によるセイレーン統治が、この数十万年間揺らがず成功し続けていたことを意味する。


「おいおい……嘘だろ?」

「どうしたよニック。政府許可無しで子供でも孕ませちまったか?」

「ああ……そんなもんじゃない。見ろよ」

「なんだよ、こんな真っ暗な星……って、何!?」

「見つけた……地球とほぼ同じ数値の重力、気圧、気温の星だ!!」

「い、急いで報告しよう!!」


 人類は、そのあまりにも長い旅路の果てに、ついに生息可能な星を発見したのだ。

 その発見者たる二人の観測員のうち一人、ニック・ケインズは、恒星がないにも関わらず地球と同じ環境を持った奇跡の惑星を見て、こう呟いた。


 ――――朝のない星、と。


 その朗報に王室は大騒ぎとなったものの、いきなり着陸、というわけにもいかず先遣隊を派遣した。そこでさらに驚くべき事実が発覚する。

 なんと、その星には人類と酷似した生命が生息していたのだ。さらにその生命は言語を介さないコミュニケーション手段を有しており、会話可能でもあったことが発覚する。

 先遣隊の隊長であったジェームズ・キッドがその生物らと実際にコミュニケーションを取り得た情報によると、原住生物は自らのことを『ネフティー』と自称しており、この朝なき星のことを『ハゼル』と呼称していた。

 帝国は彼らとの共存の道も考えたが、まずハゼル自体の規模が地球よりはるかに小さく、月ほどの大きさしかないにも関わらず海と陸の割合が地球と同じであり、陸が狭かったこと、ネフティーの人口が3億体ほどいたこと、何よりネフティーが人類のハゼル植民に反対姿勢なこともあり、その道を断念。ネフティーを強制的に排除する方針となった。

 そうしてハゼルを巡った戦争が勃発。

 だが、人類の歴史は戦争の歴史。

 自然を愛する平和的な生物であるネフティーが勝てるはずもなく、未知の兵器の前に為す術なく敗れ、ネフティーの数は激減。あまりに順調であり、皇帝リチャード・ユーステヒアは予定より早くセイレーンのハゼル着陸を決行した。しかし、その慢心こそが仇となったのだ。

 男は残党狩り、女はハゼル開発及び新拠点建設を始めようとそのほとんどがハゼルに上陸した時だった。生き残り、隠れ潜んでいたネフティーが手薄になったセイレーンを襲撃。雪崩れ込むようにセイレーンに侵入し、離陸。彼らは母星を捨て、宇宙へ逃げ延びることを選択したのだ。

 セイレーンの中にはまだ臣民が多く残っている。当然そのまま宇宙に逃すわけにはいかぬと帝国空軍はセイレーンを追ったが、その悉くは撃ち落とされてしまった。

 唯一の生き残りであるジャスティン・レイア少尉は帰還後、涙と鼻水を垂らしながら震えていたという。しかしそれは、任務失敗による帝国からの罰に対する恐怖ではない。彼は血の気を失った紫の唇で、自分たちを壊滅させた敵の正体を告げた。


「……化け、物……」


 呆れる者もいたが、地上で雲の向こうの空中戦を見ていた多くの兵士たちもこう残している。


「空に翼を持った巨大な影があって、そいつが雷みたいに放った閃光で蝿みたいに戦闘機は落ちていった」


 不穏さを残しつつも、こうして『第一次ハゼル戦役』と呼ばれる戦争は、多くのネフティーの亡骸の上に終結した。

 だが、ネフティーは逃げただけでは終わらなかった。至天民と呼ばれる上位組織が、戦争の傷の癒えないネフティーをまとめ上げ、軍を持った国家を構築した。じわじわと技術、戦力をつけ、五年の月日が経ち、ついにネフティーらはハゼル奪還作戦を実行に移す。

 急襲であったこと、予想外にネフティーの技術が進歩していたこと、そして何よりもネフティーの最終決戦兵器、『機械獣』の存在によって、帝国は尋常でない損害を受けることとなった。焦った帝国はセイレーンの破棄を決定。破壊作戦を発令し、一つ一つは小さいものの、断続的に続く宇宙での攻防が三年間――『第二次ハゼル戦役』が勃発した。

 結果としては変化無し。つまり、ハゼル防衛を成功させた帝国の勝利であった。しかし発令されていたセイレーンの破壊は失敗に終わり、再びセイレーンとそれに乗り込んだネフティーは宇宙へ逃げ去った。

 さらにそれから二年、戦線は膠着したまま、休戦状態が続く。

 だがその二年間は、ネフティーの少年ランデをただの子供から立派な兵士に生まれ変わらせるに、十分な時間であった。

 第十四皇帝歴八六三〇年。ランデは翌日に士官学校卒業式を控える。兵士として、両親の仇を討つ機会が目の前にあるという高揚を抱え、彼は眠りについた。


 その卒業式によって彼の運命が大きく廻り出すとは、まだ、知らない。


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