プロローグ:夢
『くろがねどうめい』とお読みになって❤️
(ここはどこだ)
少年――ランデ・ベルーゼはそのエメラルドが如き輝きの瞳に、一面の花園を写す。
赤、白、黄色、紫、緑……実に様々な色彩を持ちつつも決して調和を崩さない景色を素直に美しいと思いつつも、それ以上に今自分がなぜこの場にいるのかという疑問が先行した。
(ああ、夢か)
冷静に分析すればすぐわかることだ。ランデは明晰夢というものがあることを知識として持っていたが自分自身が体験することは初めてだった。
初めは困惑したものの、いざ認識してしまえば何も恐れることはない。ランデは風に揺られ、波のように騒めく花園をゆっくりと歩く。
そのうちに立ち止まり、一輪のルビーのように真っ赤な花を摘んで香りを嗅いだ。甘くも上品な香りが鼻孔を満たす。
(それにしても不思議な夢だ)
ランデは友人、エドガーが、夢とは自らの記憶を整理するために見るものだと教えてくれたことを思い返し、違和感を覚える。
この場に訪れたことなど一度もないにも関わらず、あまりにも鮮明に風の感触、花の香りを感じるからだ。
それに加え、この見覚えのない風景に対し、懐古に似た感情を覚えた自分が酷く気持ち悪かった。しかし、目を覚まそうにも、夢の覚まし方など当然知らない。ランデはこの美しい花園をもう少し探らんとし、再度立ち上がったその刹那。
「誰だっ!?」
背後に気配を感じ、腰の剣を引き抜くと同時に対象に向かって構えを取る。長きに渡る訓練の末に身につけた、一種の癖のようなものだ。だが、振り向き『それ』を目視した瞬間、ランデは繊維を失い、ただ絶句した。
(……美しい)
眼前に佇む『それ』は、四足で立つ獣であった。
伝承に残る龍に似た顎を持ち、光を反射し、虹のように輝く白銀の体毛に覆われている。失われし過去の文献のどれとも似つかわないその獣は、推奨の様に蒼い瞳でランデをじっと見つめていた。
「――――る……」
「何?」
何かを伝えようとしている。だが、何を伝えようとしているのかわからない。音はノイズのようなものに阻まれ、意味を成さなかった。
「――――――てる……」
「っ!?」
声が徐々に鮮明になると同時に、花々が竜巻に煽られたかのように舞い、ランデの視界を遮った。
「お前は、何を言っている……!?」
夢の終わりを悟るが、ここで終わってしまえば、獣の言葉はわからないままだ。ランデは風と花に行く手を阻まれながら、その先の獣に向かい手を伸ばす。
何か大切なことを、獣は自分に訴えかけている気がしたのだ。
だがその手は届くことはない。視界が花吹雪から眩しいほどの白に侵食されていく。
「待ってるーーーーーーー」