第16話
瓦礫となった帝都の正門。
その姿にガウロスを含めシャルロットやナタリー、アルトリアは激昂していた。
以前の帝都の入り口の門は美しく装飾され、誰もが門を見上げ、そして感動しながら通っていた。
それが見る影もなかった。
激昂しているのはガウロス達だけでない。兵士達も自分の国の象徴である帝都の門が破壊され、同じように怒りを露わにしている。
そんな中、一人だけ冷や汗をかいていた。
――アリスである。
皇族を逃がすためだとはいえ、トウヤによって破壊された門。
改めて見ても「どっから見てもやりすぎだよね……」としか言葉が出ない。
「あの……美しかった門があの様にするとは……絶対に許せん」
「こんなの酷過ぎます。絶対にジェネレート王国を許せませんっ」
「わしの思い出の門が……。彼奴ら絶対に痛い目を見せてやるのじゃ」
各自が瓦礫と化した門の跡を見てそれぞれの怒りをぶつける。
そんな中、アリスだけは真実を知っていたが、このままジェネレート王国に罪を擦り付けたままにしてもよいが、シャル以外の皇族も知っており、後から発覚したらと考えると正直に話した方が良いかと思い、恐る恐る手を挙げた。
「あの……。すみません……。言いにくいのですが……あの門は…………トウヤが――破壊、しましたっ!」
アリスの言葉に、視線が一点に集まった。
ギロリと睨まれるとアリスは肩をすくめる。いつもは冗談が多いアリスであったが、この視線に冗談を言えるほどの余裕はなかった。
「あ、あの……皇帝を逃すために一〇〇人以上いた兵士に……一人で立ち向かったんです。それで、逃げるために仕方なく……ごめんなさいっ」
アリスは悪くないが、トウヤに同行していた罪悪感から深々と頭を下げる。
「ふふっ、トウヤか……。彼奴ならやりかねないのぉ……」
「トウヤはそこまでの実力であるか。やはりわしの見込んだ通りか……」
ガウロスとナタリーはニヤリと笑い腕を組んだ。
「そういえばガウロスよ、トウヤは何をしておるのじゃ? お主には説明をしているみたいじゃが……」
「詳しいことは知らないが、すでに帝都の中にいるはずだ。あいつなりに陛下からの依頼のために動いているのだろう。戦争には参加しない、と断言していたしな」
「むむ、そうか……。あやつは流されやすい性格じゃが、芯は通っておるからのぉ。だからわしの婿になるんじゃし」
「ナタリー様、トウヤ様はわたしの旦那様ですよっ」
「そうです。そしてトウヤさんは私の旦那様でもありますっ!」
ナタリーに対抗するように、シャルロットとアルトリアが声をあげる。
「いいなぁ……わたしもそこの仲間に……」
「「駄目ですっ」」
アリスの願望を真っ先にシャルロットとアルトリアが否定する。
「シャル様、いいじゃないですかぁ~。わたしもすでにお年頃なのですよ。それなのに――。スタイルは自信あるんだけどなぁ……」
アリスは自慢の胸を持ち上げると、シャルロットは額に青筋をつくる。
「それだから駄目なのですっ! そんな魅力的な身体で誘惑されたらトウヤ様が……」
シャルロットはアリスの大人の魅力に危機感を持ちながら反論する。
「それくらいにしておけ。今は目の前の敵だ」
ガウロスはため息を吐き、皆を戒める。
これから帝都奪還に向けて、目の前に敵がいる状態でトウヤの取り合いをしているようでは、とガウロスは呆れる。
シャルロット達も状況を考えたのか、口を結ぶ。
お互いが威嚇をするように陣形を整えていき、号令とともにルネット帝国の兵士は一斉に戦闘に入るつもりでいた。
今か今かとガウロスからの指示を待っていると、ジェネレート王国側の兵士の割れて、一人の青年が出てきた。
その青年は戦時でありながら、金髪の髪を靡かせ煌びやかな服装をし、帯剣すらしていない。
しかも余裕そうな表情をし、ルネット帝国の兵士たちを挑発するようであった。
「よくここまできたな。ルネット帝国の残党どもっ! 私の名はジェネレート王国第三王子、ラセット・フォン・ジェネレート」
登場した青年は占領した帝都の指揮をしている、第三王子だった。
ガウロスや兵士達の視線が一人の男に集中する。
――あいつを捕まえれば、戦争は終わる、と――。
「いやぁ、いい目をしているな。私を捕まえれば確かにジェネレート王国は退かないといけなくなるだろう。ただし、簡単に捕まる予定もないし、その気持ちすらないがな。おいっ」
ラセットの言葉に、後ろで控えている指揮官が頷くと指示を出していく。
兵の人垣がさらに割れていき、そこから両手を紐で縛られ、身体同士が繋がれた捕虜が次々と運ばれてきた。
誰もがボロボロの衣服を身にまとい、顔は埃で汚れ、下を向いている。
その数、五〇人程。しかも大半が獣人であるが、人族も同じように捕まっていた。
暴行を受けたのであろうか、足元のおぼつかない者も多く、ジェネレート王国の兵士が乱暴に膝
をつかせようとし倒れ込んだ者もいた。
兵士たちの前に一列で並ばされ、その場で膝をつかせる。
捕虜達を見下ろし、満足そうにするラセットにガウロスは唇を噛んだ。
握っている拳は爪が皮膚に食い込み、そこから血が滴り墜ちていく。
それはルネット帝国の兵士たちも同じであった。
ルネット帝国では、いくら敵国とはいえ捕虜に対し最低限の保証をしており、このような仕打ちを行うことは許されていないからこそ、その怒りはとどまることを知らない。
「どうだ? 私に逆らって帝都で混乱を起こそうとした奴らだ。冒険者ごときが結託してな」
いやらしい笑みを浮かべるラセットの後ろから、一人の男が手を擦り合わせながら出てくる。
「王子様に逆らうなど言語道断です。私はギルドマスター代理としてこの帝都を治める、ラセット様に貴重な情報を渡したまででございますから」
ペコペコと頭を下げているのは、サブギルドマスターであり、現在、ギルドマスター代理として帝都のギルドを仕切っている、グルシアであった。
「お前の貴重な情報のおかげで、こうして肉壁もできたし、私がお前を次のギルドマスターに推薦してやるぞ」
「おぉ! これはラセット様、感謝いたします。これからも是非何かありましたらご用命くださいませ。何があってもすぐに駆けつけますからっ」
グルシアの言葉に気を良くしたのか、ラセットは高らかに笑い声をあげた。
その様子を見ていた、ルネット帝国の兵士達の怒りはいつ爆発してもおかしくない状態であった。
しかし、いくら冒険者とはいえ、ルネット帝国で育ち、国へ貢献するために働いてきた者達だ。
簡単に見捨てるわけにもいかず、ただ、その惨状を我慢しながら見ていた。
「ほぅら。どうした? ルネット帝国の皆さん。私が治めるこの帝都を攻めるつもりか? 今回は冒険者かもしれないが、人質となる民は――どれだけいるのかな?」
ラセットの言葉は帝都に住む住民全てを人質とするような言葉だった。
いくら士気が高くても、帝都の住民を人質として取られていたら、同じ帝国の民として攻めることはできなかった。
鬱憤だけが溜まっていくルネット帝国の兵士達を眺めながら、ラセットはさらに気分を良くした。
そして、今までにない、捕虜達への直接的な攻撃へと繋がっていく。
「――手始めに誰かに犠牲になってもらうかな?」
ラセットの言葉を理解しているのか、グルシアが一人の少年を奥から引きずり出した。
ボロボロで血痕がこびりついた服を着て、ボサボサのくすんだ銀髪の一人の男へと寄っていく。
まだ成人を迎えていないであろう少年に見える男の側へ行き、後ろで控えていた兵士から剣を取り上げた。
「ルネット帝国の残党ども、良く見ておけ。これが戦勝国の権利というものだっ!」
ラセットは勢いよく持っていた剣を振り上げた。
ルネット帝国の兵士たちはその様子を、唇を噛み締め、拳を握り締めながらただ眺めていた。
それは兵士たちだけではない。
シャルロットやアルトリア、ナタリー、アリスも同じように何もできない自分たちに悔しさから歯を食いしばる。
――そしてラセットの持つ剣が勢いよく振り下ろされた。




