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第14話

岩石彗星(メテオ)


 その魔法は破壊するだけの魔法。

 空から一つだけ、大きな赤く燃え上がった彗星が一直線に門へと向かっていく。

 その強大さ故に、街で放つには不向きであるが、巨大な門を壊すには都合が良い。

 真っ暗な夜空に赤く光る彗星に誰もが視線を上に向けた。

 轟音とともに墜ちてくる彗星に気づいた時には、兵士たちは一斉に逃げ出した。

 悲鳴とともに武器を投げ出して逃げていく兵士達。

 誰もいなくなった門へと一直線に衝突した時、轟音と破壊の震動が地震のように帝都全体に響き渡った。

 砂埃が空高く舞い、視界を遮る。しかも圧倒的な高温の風が肌に突き刺さる。

 何も見えない状態ではさすがに前には進めない。自分がやったことだが一度コクヨウに合図をし、馬車を停止させた。


「…………トウヤ……、貴方は一体……何?」


 的を射た質問かもしれない。俺でしか正面突破は出来ないと言ったが、俺が放った魔法は一般的な魔術師が放つ次元の物ではない。

 賢者という称号だからこそ耐えられる魔力量と威力。実力を隠したいのは山々だがそれで失敗して後悔するのが一番嫌だった。

 能ある鷹は爪を隠すというが、隠したままでゲームセットになったら意味はない。必要な時に必要な分だけの実力を発揮するのが俺の持論だ。

 出来るだけさっさと依頼を終わらせてゆっくりするのが一番。

 このままではいつまで経っても進めないと思い、温度を下げるためにも水魔法を使い、粉塵を一気に吹き飛ばす。水の勢いが強かったお陰で瓦礫の一部も吹き飛んだ。


 見えてきたのは――。


「――トウヤ……。破壊しすぎじゃない……?」

「…………」


 目の前には門の扉どころか、外壁まで破壊し、肝心の扉など粉砕されたのか、まったく見る影もない。

 瓦礫の山だけが見える状態だ。


「これ……、どうやって通ったら……」


 それを言わないでくれ。自分でも少しだけやり過ぎたかもしれないと思っている。


「そ、そ、それよりも早く帝都から脱出だ」


 アリスの言葉を遮るように逃げる算段をする。

 幸い、端の方には先ほどの水魔法で瓦礫が動いたお陰か、馬車が一台なら通れるほどのスペースは空いていた。

 アリスから御者を代わり、コクヨウを走らせる。門の前には兵士はすでにおらず、すぐに通り抜けることが出来た。


「よっし、これで帝都は脱出だ。あとはリアンに向けて――――」


 門を抜けて広がった光景は――。


 帝都の門の前はジェネレート王国の兵士の駐屯地。まだ多くいる兵士が帝都に入れずに門の左右に天幕を張り周辺の警戒にあたっていた。

 広がった光景は武器を持って警戒にあたっている兵士達。いくら夜中とはいえ、これだけの爆音を立てれば誰もが起きるのは当たり前だった。

 数は門の前にいた一〇〇人程度ではない。終結した多くの兵が待ち構えていた。


「トウヤ……、どうする?」


 恐怖の表情を向けるアリスに、大きく頷く。

 また魔法を連発するしかないか。と思いつつ、コクヨウを走らせる。

 幸い、魔法を放つ兵士がおらず、剣を構えただけの兵など、コクヨウの前には無力だった。

 Bランクに分類される黒曜馬(バトルホース)が目の前に勢いよく向かってくれば、恐怖からか誰もが後ずさる。人垣が割れ、その間を勢いよく駆け抜けた。

 いくら馬車を繋げているとはいえ、引いている馬は黒曜馬(バトルホース)である。

 兵士達に追いつかれることなく、兵士達の間を抜けることが出来た。


「このままリアンに向かうぞっ!」


 兵士達を置き去りにし、リアンへと向けて馬車を走らせた。

 

 

   ◇◇◇


 帝都を無事に脱出した俺たちはリアンに向けてコクヨウを全力で走らせた。

 まぁ多少の破壊は後ろに乗っている皇帝も許してくれるだろう。

 普通の馬とは段違いの実力を持ったコクヨウは、俺の期待に応えるべく休む暇なく走り続け、 普通なら数日掛かる距離を丸一日で走破した。

すると目の前には数千に及ぶ兵士達の駐屯地が見えてくる。


「トウヤッ! あれはっ!?」


 目の前にいる兵士達を遠目で見るが、天幕に立っている旗は、ジェネレート王国ではなく、ルネット帝国の旗だった。


「あれは、――仲間だ」


 視覚強化した俺の目には間違えなくルネット帝国の旗だと認識できた。

 良かった。事前にガウロスには進軍を依頼していて助かった……。

 しかし、兵士達の集団から見れば黒曜馬(バトルホース)が引く馬車。

 怪しさ満点である。俺たちの方を警戒するように、ワサワサと動き出し警戒をしているのが目に見えてわかる。

 しかし、こちらとしては皇帝を乗せている馬車だ。そのスピードを緩めることはない。

 あと三〇〇メートルほどのところで、コクヨウのスピードを落とし、ゆっくりと兵士達の集団へと向かっていく。

 ルネット帝国の兵士たちは警戒したように、剣や槍を構えている状態だった。

 駐屯地の周りは簡易的な柵で覆われており、そこから一〇〇人ほどの兵士が前に出てきた。


「お前達、どこの者だっ!?」


 一人の兵士が俺たちに向けて大声で叫ぶ。


「ガウロスから依頼を受けたトウヤだ。無事に依頼は完遂したっ! 乗っているのは皇族三人だ」


 俺の言葉に、兵士達の歓声が沸き上がる。

 ゆっくりと進む馬車を歓迎するかのように人垣が割れ、中へと誘導された。

 案内されるがまま中へ進むと、一際大きな天幕の前で止められるように指示される。

 そこにはすでに外で待っていた――――ガウロスとシャル、アル、ナタリーが並んで待っていた。


「トウヤ様っ!」


 シャルが喜びの表情をしながら飛びかかってきた。


「ちょ、ちょっと待てよっ」


 抱きついてくるシャルを受け止めると、両手を後ろに回し顔を胸に押しつけてくる。


「きっと無事に帰ってきてくれると思ってましたっ。やはりトウヤ様ですねっ」


 押しつけられた顔を離し上目遣いで見てくる。

 その表情に思わずドキっとしてしまう。


「――ずっと一緒にいたわたしというものがありながら、隣で他の女性を抱きしめるんですかぁ?」


 アリスから冷たい視線で言葉を投げつけられる。

 シャルを抱きしめたまま、アリスとともに御者台から下り、後ろの扉を開ける。

 そこからゆっくりと皇族三人が優雅に下りてきた。

 その場にいた全員が膝をつき頭を下げる。


「陛下……ご無事で何よりです」


 ガウロスの言葉に皇帝は笑みを浮かべた。


「ガウロス。そなたの働きぶりに感謝する。お主のおかげで――無事に帝都を脱出できた。ここにいるトウヤ殿とアリスのおかげだな。特にトウヤ殿には――――いつまでわたしの娘を抱きしめているのかな? なぁトウヤ殿」


 その言葉にシャルもハッとしたのか、俺から離れる。


「――お父様、ご無事で何よりです。そしてお母様、ユーリン。みんな無事で……」

「シャルよ。お前も良くやってくれた。でも、わたしたちより――トウヤ殿の方が心配だったようだがな……」


 笑みを浮かべる皇帝にシャルは頬を紅く染める。


「あらあら……。いつのまにねぇ……」


 皇妃まで揃って俺たちを見て頬を緩ませている。


 ……頼むから勘弁して欲しい。その視線はなんだ……? いかにも獲物を見つけたような目は。

 それにしてもアリスが静かだな……。

 ふとアリスに視線を送ると、ゆっくりと逃げだそうとしていたので、手首を掴まえ逃げられないようにする。


「アリス、なんで逃げようとする……?」

「いやあ……。わたしは場違いかなぁーって」


 少し照れたように頭を掻いて顔を逸らす。


「おぉ、アリスかっ! 久しいの。相変わらず変装しておるのか」


 肩をギクリとさせ、アリスが振り向くと、ナタリーが満面の笑みを浮かべている。


「……お、お久しぶりで、す……。ナタリー……おばあちゃん……」


 しかしその言葉は禁句だったのか、ナタリーの表情が一変し、一気に空気が氷点下まで下がる。


「アリス……。何度も言ったはずじゃ。ナタリーお姉ちゃんと呼べと」

「だ、だって……。わたしのおばあちゃんのお姉ちゃんだもん。おばあちゃんで――」

「何か言ったかの……? アリス? また昔みたいに――魔法の訓練が必要かのぉ?」


 ナタリーの言葉にアリスは途中で口を閉じた。

 うん? アリスのおばあちゃんのお姉ちゃん? あれ? ナタリーはエルフだけど、アリスは人族のはずでは……? もしかしてハーフエルフだったりするのか?


「あれ? アリスって人族じゃないのか? もしかして――」

「アリスはのぉ。人族に憧れて魔道具を使って変身しておるのじゃ」

「ナタリーおば……お姉ちゃん、それは言わないでよっ」


 どう比べても、アリスより年下に見えるナタリーがおばあちゃん世代だということに違和感しかない。しかも精神的な年齢まで負けているんじゃないか?


「もしかして……アリスも魔道具を外すと……幼女になったりする……?」


 ふと疑問に思った事をそのまま口にしたら、アリスは口を尖らせた。


「そんな訳ないでしょっ! ナタリーお姉ちゃんは特別だもん」


 アリスはそう言うと、右手の中指についた指輪を外す。

 その姿は全く代わり映えしないが、耳だけは変化が起こり、エルフ特有の長い耳となった。


「ほらっ、トウヤ。代わらないでしょ?」


 確かに、俺好みのスタイルも全く変わらず、変化したのは耳だけだ。


「それにしてもアリスがトウヤと一緒におったとはのぉ……。どうせ、トウヤの甘い物に釣られたのじゃろ?」


 ……それを言ったら駄目な気がする。


 道中での会話でもアリスが甘味好きだと聞いていた。しかし、ホイホイと俺の次元収納(ストレージ)に納められている甘味を出すことはなかった。

 しかしナタリーの言葉で、アリスの目つきが変わった。まるで肉食獣が獲物を見つけたかのように俺に視線を向けてくる。


「ねぇ……トウヤ。ナタリーお姉ちゃんが言っていた甘味って何かな? もしかして色々隠し持っているのかな? そういえばトウヤって色々常識外の物をいっぱい持ってるよね? ねぇどうなの?」


 俺の腕に絡み、胸を押しつけ上目遣いで見てくるアリスから視線を外す。


「いや……そんなことないと思うぞ」


 これは味を占めたらいつまでも食らいつくタイプだ。下手に出したら食い尽くされる。


「そろそろよいか?」 


 俺たちのじゃれ合いを止めるようにガウロスから声がかかった。


「これから陛下たちがお休みになる天幕を張る。トウヤたちのも用意するまで少しゆっくりしていて構わない」

「ありがとうございます。それではその間――」

「天幕なんぞ張らなくても、トウヤに屋敷を出させればよかろう」


 俺の返事を遮るようにナタリーが言う。


「あ、そういえば、トウヤは家が次元収納(ストレージ)に納められていますよね?」


 アリスも同調する。しかし、アリスが見たのはギルドハウスであり、フェンディーの街の屋敷ではない。


「湯浴みも出来るだろうし、トウヤ、早く屋敷を出すのじゃ」

「ナタリー……お前……」


 そこまで言われたら誤魔化す訳にもいかないじゃないか。しかも皇帝までいるのに……。

 しかし、今更後戻りは出来ず、兵士に案内され広がったスペースへと向かった。


「これだけのスペースがあれば問題ないじゃろ? ほら、もったいぶらずに出すのじゃ。早く寛ぎたいからのぉ」


 ナタリーの言葉に大きくため息を吐き、空いているスペースにフェンディーの街で住んでいた屋敷を次元収納(ストレージ)から取り出す。

 いきなり目の前に現われた屋敷に、兵士達も絶句する。

 そりゃね、こんな屋敷が次元収納(ストレージ)に入ってれば誰でも驚くよね。どれだけの容量があるのかと。

 あのナタリーでさえ、家一軒すら入らないのに、この屋敷を収用するだけの能力。

 皇族の三人も目の前に現われた屋敷に絶句し、皇帝は顔を引きつらせていた。


「――トウヤ殿。わたしはとんでもない人に恩をつくったのかもしれないな」


 屋敷を見上げながら呟く皇帝に思わず苦笑する。

 あまり能力は見せたくないのが正直なところだが、ナタリーはそんな事気にしていない。

 何かあれば「全部押しのければいいのじゃ」といいながら突っ走るタイプだからな。

 俺が最初に屋敷へと入り、その後に皇族の三人、そしてガウロス、シャル、アル、ナタリー、そしてアリスもナタリーに手を掴まれ中へと入った。

 皇族が住むには小さい屋敷ではあるが、天幕よりは快適に過ごせるはず。ずっと軟禁され、地下牢に繋がれて足枷をつけられていた生活よりはマシであろう。

 リビングに案内し、皇族の三人、いやシャルを含めて四人か。ソファーに座るように促す。

 ガウロスも皇帝と話があるのか、隣に座り小声で話し始めた。

 ナタリーは我関せずというか、ダイニングで椅子に寄りかかり、アリスを質問攻めにしている。

 俺は精霊石のネックレスからフェリスを呼び出す。

 目の前に現われた家精霊(フェリス)に質問があった。


「フェリス、城では案内ありがとう。それで聞きたい事があるんだが、この何もないところに置かれた屋敷でも風呂に入れるのか?」


 フェリスはいつもの通り無表情ながら、コクンと首を縦に振る。


「水も熱も魔石から生み出されている。その魔石にはわたしが魔力を込めているから大丈夫……」

「そっか、ありがとう。さっそくお風呂の準備をしてもらっていいかな?」

「わかった……トウヤ」


 そう言ってフェリスは姿を消していく。

 いつもの通りの会話であったが、初めて見た者はそうではない。

 皇族の三人、そしてガウロスは目を大きく見開き、口を大きく開けたまま絶句している。


「トウヤ殿……、今のは家精霊(エレメハス)であろう……。な、なぜ、会話ができているのだ……?」

「自然と……?」

「自然とで話せるようになるなら苦労はせぬぞ……」


 いつの間にか話せるようになっていたから、細かい理由については未だに理解できてないし、会話が出来るからか、生活が楽になったかな、という程度しか認識していない。


「坊主、トウヤはそんなもんだ。気にせんほうがいいぞ。なんて言ってもトウヤは賢――――」

「ナタリーッ!!」


 さすがにそれは簡単に言っていいことではない。自分が賢者であることはすでに受け入れているが、俺の目指すのはあくまで狂戦士(バーサーカー)である。

 少しだけ悩んだ表情をした皇帝は思いついたように手を叩く。


「坊主か、懐かしい。小さいころはよくナタリー殿に言われておったな。それにしてもトウヤ殿は――――〝賢者〟であろう。だからあの魔法の威力が……」

 皇帝は何も気にしていないように賢者であることを口に出した。

 え、今簡単に〝賢者〟って口に出したよね? もしかして賢者の事を知っているのか?


「……陛下、もしかして賢者をご存じで……?」


 俺はソファーに移動し、座ると皇帝と視線を合わせる。


「うむ……言い伝えみたいなものだ。想像を絶する修行をし、限界を超え、〝魔の道〟の頂にあるのが〝賢者〟という職業。それとは別に〝武の道〟の頂にあるのが〝狂戦士(バーサーカー)〟と言われておるな」


 皇帝の言葉に思わず歓喜する。

 俺にとっては懐かしい職業。それがこの世界に改めて〝ある〟という確信からくる喜び。

 握った拳に力が入った。




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― 新着の感想 ―
[一言] 女性陣、特にナタリーはヤキ入れないと!
[一言] 巨大な門を壊すには都合が良い。 →巨大な門を壊するには都合が良い。
[一言] 作品としては良い感じだけど、女性陣へのヘイトが現界突破しました。 漫画版も読み始めたけれど、同じような展開だと読むの辛いかなあ?と思案中。
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