第12話
「よし、全員詰め所へ連れていけ!」
隊長が指示を出し、衛兵が三人を連れ出していく。
「キサラギ侯爵、後はお任せください。朝一番で城には連絡を走らせますので」
「うん、ありがとう。俺からも陛下に説明しておくつもりだ」
「はっ! あと……握手してもらっていいですか。ずっとファンだったのでお会いできて光栄です」
照れくさそうに手を差し出してきたので笑顔に握り返す。
「こちらこそ光栄だよ。よく来てくれた。あとは頼んだよ」
「はいっ! それでは失礼いたします」
衛兵たちを追うように隊長は駆けていった。
思わず大きなため息を吐く。
これでやっと終わりかな……。それにしても全員無事でよかった。
「トウヤさん……」
勢いよくサヤが抱き着いてきたので俺はそっと背中に手を回し抱きしめる。
「よかった。間に合って……」
「はい、トウヤさんならきっと来てくれると信じてました……。やっぱりわたしにとってもトウヤさんは――英雄です」
俺に抱き着いたまま上目遣いで見上げてくる。
「早く子供たちにも無事の姿を見せてあげないとね。一緒に連れていかれた子供たちも保護してルミーナが見てくれてる」
「そうですね。でも今は少しだけこのままいさせてください」
サヤは俺の胸に顔を埋めてきた。
そのサラサラの髪をゆっくりと撫でると、気持ちよさそうに目を細めている。
少しの間、サヤを抱きしめてから二人で屋敷を出る。
外では衛兵たちが私兵たちの手を後ろで順番に縛っていた。マッグラー子爵が捕らえられたことで全員が従順になっているようだ。
人数が多いので馬車を用意しているらしく、一か所にまとめて座らされていた。
その中にマッグラー子爵や、上級監査官、スエーン商会会頭もいる。
マッグラー子爵は俺を見つけ憎らしく睨みつけていた。今回のことを考えたら自業自得としていえない。
上級監査官と会頭は諦めたように俯いていたが、これから先のことを考えて絶望しているのかもしれない。
基本的に人身売買に手を染めていたら、基本的に打ち首だし良くて鉱山奴隷だろう。特にマッグラー子爵は厳しい処罰が下るはずだ。
あの陛下が簡単に許すとも思えないし、もし許したら俺が許さない。
発覚するまでにどれだけの子供が犠牲になったかわからない。これからの尋問で明らかになっていくだろうけど。
俺は三人の前に立つ。
「お前たちがやっていたことは許されることじゃない。明日、陛下に報告をするつもりだ。厳しい沙汰が下ると思え」
マッグラー子爵は諦めたように俯いた。しかし上級監査官が俺を見上げ口を開く。
「な、なんで今まで身分を出さなかったのですか……? 監査の時といい、あくまで冒険者として通していたのに……」
「それは養護院の管轄は俺じゃないからだ。そこのマッグラー子爵だからな。身分を翳せば監査も簡単に終わるだろう。それじゃダメなんだ。俺の庇護下にあるかもしれないが、あくまで正規の養護院の申請だからな」
「……そうですか。だから……」
諦めたように上級監査官は俯いた。
小さい悪事ならこの世界、些細なことだ。だから貴族としての身分ではなく、冒険者として接し、役人に賄賂も渡したのだ。
これくらいのことなら仕方ないと思っているし気にしない。
ただ、人の命に係わること。特に大切な子供を商売にするのは許容できるものではない。
しかも今回はサヤや子供たちを襲ったのだ。絶対に許すつもりはない。
衛兵の隊長に挨拶し、俺たちは養護院に戻ることにする。
屋敷の横で待っていたコクヨウに跨り、サヤを横抱きにする。
「コクヨウ、養護院に戻るか」
顎を軽く上げてからコクヨウはゆっくりと養護院に向けて歩きだした。
養護院に戻ると、勢いよく子供たちが出てきた。
「サヤお姉ちゃん!」
子供たちが次々とサヤに抱き着いていく。スエーン商会に捕らえられていた子供たちも養護院に戻ってきたようだった。
最後にゆっくりとルミーナが出てきた。
「やっぱりトウヤだな。サヤも無事でよかった」
「あぁ、ルミーナには今回世話になったな」
「いや、結局私一人では助けられなかった。やはりトウヤは頼りになるな」
俺は首を横に振る。
スエーン商会に子供たちを取り戻しに行った時も、俺一人ではできることは限られている。
ルミーナがいたからこそ、子供たちをすぐに保護できたのだ。
素直に言葉にすると、ルミーナは少しだけ頬を染め照れたような表情をする。
「トウヤ……。こんな時に口説くなんてずるいぞ……。お前だったら……」
いや……素直に礼を伝えているだけなのに、なぜ口説いていることになるんだ?
そんなモジモジされても俺が困るんだが……。
思わず頬をかいていると、コクヨウがいきなり頭を甘噛みしてくる。
俺のことを忘れるなと言わんばかりに。
そうだ、お前にも感謝しなくちゃな。
「コクヨウもありがとうな」
礼を伝えると、当たり前だと言わんばかりに尻尾が嬉しそうに揺れた。
「トウヤ兄ちゃん、サヤお姉ちゃんを助けてくれてありがとう」
サヤに抱き着いていた子供たちがいつの間にか俺のことを囲んでいた。
「あぁ、俺にとってサヤもお前たちも大事だからな。何かあったら必ず助けてやる」
抱き着いてきた子供たちを順番に頭を撫でていく。
「ほら、もうすぐ朝だ。今日は俺が朝ごはんを作ってやるからな!」
「「「やったー!」」」
喜ぶ子供たちと明るくなってきた空を見上げながら建物に入っていった。
◇◇◇
子供たちと朝食を済ませたあと、俺は早々に城へ向かった。
衛兵たちに挨拶をし、そのまま中へと入っていく。すぐに応接室へと案内され待っていると陛下が皇太子とシャルを連れて入ってくる。
立ち上がり挨拶をすると、陛下が手で制し、また席に座る。
「昨日の話は簡略だが聞いている。当事者であるトウヤ殿から聞かせてもらっていいか?」
「はい、もちろんです」
今までのいきさつを話していく。些細なことなので、役人に渡した賄賂などは省かせてもらったが。
「まさか、マッグラー子爵がな……。あの父親はたいそうな子供思いでな、それで帝国内の養護院を任せておったのだが、先の戦争で命を堕とした。後を継いだ子供がそんなになっているとはな……。世話をかけたな、トウヤ」
「いえ……。私が庇護している養護院にも被害があったので……」
「うむ……。それで後任についてだが、トウヤ、お主がやってみないか?」
陛下の提案はありがたいが、俺はあくまで冒険者だ。役所で監督する気などない。
できるだけ帝都にいるつもりだが、依頼で帝都を出る時もあるはずだ。
「それですが……。シャルロット殿下に任せるのはどうでしょうか?」
「えっ⁉ 私ですかっ⁉」
驚いた表情を浮かべるが、シャルロットが度々城を抜け出して、養護院に遊びにきているのは知っていた。
アルを護衛としてつけているから安心だが、養護院でのシャルは子供たちの世話をしているというより、子供たちに遊ばれているような感じだった。
シャルだったら安心して子供たちを任せられる。
「皇族が庇護しているとなれば、同じようなことは二度と起こることはないでしょうし、シャルロット殿下なら子供たちも喜ぶでしょうしね」
陛下は少し考えてから大きく頷いた。
「確かに……。シャルは今何もしているわけでもないしな。護衛をつければ問題はないか。シャル、お前に任せる」
「はい、父上。子供たちのことはお任せください。トウヤ様との子供ができる前に勉強してきます」
シャルの言葉に俺と陛下が思わず苦笑する。
「……わ、わかった。任せるぞ」
正式に婚約者になっているから間違ったことではないが、気が早い。
このままここにいたら、何を言い始めるのか危ないので俺は席を立つ。
「それでは俺はこれで失礼します」
「え、せっかく会えたのですから私たちの今後についても話しあいたかったのに……」
シャルの言葉に逃げるように部屋を後にする。
きれいな青空を見上げて、笑みを浮かべてから俺は自分の屋敷へと戻ることにした。