* 5-(1) *
6時間目終了間際、三室は、調理実習で作ったクッキーの試食をした余りを、自前で用意した、チェック柄のちょっと可愛い紙袋に詰めている。
「三室、彼氏できたのっ? 」
その手元を覗き込み、同じ班で調理実習をしていた女子生徒・鈴木知美が驚きの声を上げた。三室は今まで調理実習で作ったものを持ち帰ったこと(しかも、計画的に可愛い袋まで用意して)などなかったためだ。その声に、
「何? 」
「何、どうしたのっ? 」
同じ班はもちろん、同じ調理室内にいた他の班の生徒まで、興味深げにわらわらと集まってくる。
三室は、
「ち、違うよ! いつもお世話になってるから、バイト先の人たちに食べてもらおうと思って……」
焦って否定した。
しかし、その熱さから想像するに、顔は正直に赤くなってしまっていたのだろう、鈴木知美は、
「そっか、バイト先に好きな人が出来たんだ! それで、バイト先の人たち皆にお世話になってるからって理由をつけて食べてもらうのを口実に、その人にも食べてもらおうと……! 」
鋭い突っ込み。
他の女子生徒が、三室の頭を抱きしめる。
「あーんっ! 可愛いヤツめっ! 」
と、その時、左手首のブレスが震動した。三室は咄嗟に右手で押さえ、
「ゴメン、ちょっとトイレ! 」
自分を抱きしめていた女子生徒の腕を、すり抜ける。
調理室を出、トイレの個室に駆け込み、三室、ブレスに向かって、
「通話」
ピタッと震動が止まり、ブレスの向こうから横山の声。
「『沢地小学校』校庭に、超地球生物が出現しました。
声明文は、『生物である以上、食事は欠かせない。その結果、毒を持つようになることについて、現地球人類にとやかく言われる筋合いは無い。現地球人類は、自分たちの食生活への影響しか頭に無いのであろうか。海の同胞の中には現地球人類の側に原因のある毒によって命を落とした者も多数存在するのである』。
他のメンバーは、たった今、基地を出発しました。 現地へ直行して下さい」
「了解しました」
三室は短く答えて通信を切り、トイレを出て、一旦、調理室へ向かう。クッキーを詰めるのが途中だったためだ。もう6時間目も終わり、残す日課は清掃と終礼のみ。戦闘終了後、他のスーパーファイブのメンバーと共にそのまま基地に行けるよう、荷物を全て持って行こうと思った。
調理室には誰もおらず、電気も消され、三室の詰めかけのクッキーと袋だけがポツンと取り残されていた。
三室は手早くクッキーを詰め、袋のクチをリボンで縛って、それを手に調理室を出て教室へ。自分のカバンを他の生徒に気づかれないよう気をつけて持ち出し、逃げるように校舎を出、駐輪場から自転車に跨り、沢地小学校を目指す。
*
沢地小学校は、ヤオシゲ壱町田支店の建つ通りを道なりに行ったところにある。
ヤオシゲの前を通り過ぎた辺りで住宅街から長閑な田舎の風景へ。爽やかな田舎の風を切って走っていくと、やがて右手に見えてくる沢地大橋。その橋を渡れば三室の自宅のある光ヶ丘だが、今は渡らず、そのまま直進。
と、三室が沢地大橋前を横切ったところで、ドーンッドーンッドーンッドーンッ、と、連続4回、地面が、突き上げられるように揺れた。
三室は自転車に乗っていられず、降りる。
一瞬、間をおいて、再び、ドーンッドーンッドーンッ。
(何? 地震っ? )
辺りを見回す三室。特に変わったところは見うけられない。しかし、直感で、
(違う。これは、きっと……)
断続的にドーンッドーンッの続く歩きづらい中、自転車を押し、沢地小学校へと急いだ。
(きっと、ナノカ堂の時みたいな、もしかしたら、それよりもっと大きな超地球生物が現れたんだ)
何とか沢地小学校校庭に辿り着いた三室は、ガックリと、いっきに力が抜けた。
原因は、さっきから続いていたドーンッドーンッの正体。巨大なアサリのような二枚貝が、校庭を、2枚の殻を閉じたり開いたりする格好で低空飛行している。以前テレビで観たことがある、同じ二枚貝であるホタテの泳ぎ方と同じだ。大きさは、ナノカ堂に現れたニホンジカの半分ほど。だが、それは飛行しているのだから、当然、正体ではない。ドーンッドーンッの正体は、その巨大貝を追いかけている自分たちのロボの足音だったのだ。
(なーんだ……)
三室が、すっかり脱力して、走り回るロボを眺めてしまっていると、視線の先でロボが足を止め、三室を見た。直後、ブレスが震動する。三室はハッとし、
「通話」
「モモ、早く乗りなさい」
ブレスから聞こえてきたのは黄瀬川の声。
三室は溜息。
(ああ、また、ボーっとしてるって言われる……)
ロボの腹部の入口がウインと音を立てて開く。
生身の跳躍力では到底無理な高さの入口までジャンプするべく、三室は戦闘装備しようとし、周囲の人目を確認して、困った。人目がありすぎる。小学校の校舎、3階のベランダにビッシリ、高学年と思われる児童と教師が校庭のロボを見守っている。ギャラリーの視線はロボに集中しているように思えるが、誰にも見られていない保障は無い。近くに身を隠せるような場所も見当たらない。これでは戦闘装備できない。
(…どうしよう……)
その時、三室の目の端に、三室のほうに向かってくる巨大貝が映った。恐怖を感じる暇も無かった。一瞬のうちに間合いを詰めてきた巨大貝の影が三室の上に差す。
巨大貝は2枚の殻を大きく開いた。
直後、三室の目の前は真っ暗になった。
*
「まったく! 平日昼間の小学校に人目があるのは当然でしょっ? 到着前に戦闘装備しておくのが常識じゃないのっ! 」
ミーティング中の司令室に黄瀬川の怒声が響く。
青島が両手の人指し指で三室を指し、
「またやっちゃったね? 」
茶化す。
ぶつぶつ言い続ける黄瀬川。
杉森が、
「まあまあ、モトさん」
宥めた。
赤木は少し呆れたような顔で三室を見ている。
三室は、
(…失敗しちゃった……。クッキーなんて食べてもらえる状況じゃないな……)
落ち込み、
「……すみませんでした」
と、不意に、
(っ? )
柔らかくて温かい、湿った何かが三室の頬を撫でた。三室の視界が一瞬ぼやけ、揺れる。
数秒の後、再び視界のハッキリした三室の目の前では、黄色いTシャツにサロペットジーンズ姿のコジカのヌイグルミが2本足で立ち、中腰になって三室の顔を覗き込んでいた。
三室は思い出す。
(そっか、巨大貝が近づいて来て、殻を大きく開いて……。あたし、巨大貝に飲み込まれたんだ、多分……。ここ、どこだろ……? )
三室は目だけで辺りを見回し、自分のいる場所が、コンクリートの床と壁と天井、鉄製のドア、ドアの小窓と壁の高い位置にある窓には鉄格子、という、実際には入ったことはもちろん、見たこともないが、イメージとして、どこかの牢屋のような場所であると知り、自分は、その冷たい床に転がっているのだと知った。
(今まで、寝てたのかな……? )
半身起き上がり、腕組みをして考える三室。
「大丈夫? 」
真横から、三室に向けてのものらしい、可愛い子供の声。
その声に、三室は声のほうを見たが、そこには、さっきから置かれていたコジカのヌイグルミが心配げに三室を見つめているだけ。
(? )
首を傾げる三室。
繰り返し、
「大丈夫? 」
の声と、三室は見た。声に合わせてコジカのヌイグルミの口が動くのを。
(……っ! )
三室は、座った姿勢のまま、壁ギリギリまで後退った。
(ヌ、ヌイグルミが喋ったっ? )
ヌイグルミは曲げていた腰を伸ばし、困った表情で、ごく普通に2本の足で三室に歩み寄る。
(動いたっ? …あたし、もしかして まだ寝てる……? )
驚く三室に、ヌイグルミは、やはり困ったように、
「そんなに、びっくりしないで」
三室は、驚きすぎて出ない声を懸命に絞り出し、
「び、びっくりするよ。ヌイグルミが喋って動いたら、あ、当たり前、でしょっ……? 」
「ぼく、ぬいぐるみじゃないよ」
ヌイグルミは少し脹れて返す。
「ぼくの なまえは、はう」
「ハウ? 」
聞き返す三室。
それまで三室がヌイグルミだと思い込んでいた、ハウと名乗ったコジカに近い姿をした動物(? )は頷き、
「ちょうちきゅうせいぶつ ってやつだよ」
三室は、またまた驚き、
(超地球生物っ? こんなにカワイイのにっ? )
同時に疑問を持った。今、三室がいる場所は、どう考えても牢屋だ。牢屋という名称ではないにしても、粗末な扱いを受けるべき者の居場所であることは、まず間違いない。三室は沢地小学校で巨大貝の超地球生物に飲み込まれた。そのため今は、新地球人類側に捕らえられているのだと理解できる。こんな場所に閉じこめられるという扱いも当然。しかし何故、新地球人類にとって味方であるはずのハウまで閉じこめられているのだろう? と。それとも、閉じこめられているのではなく、三室を見張っているだけ? だが、それなら、一緒に牢屋の中に入らなくても、ドアの向こうからで充分じゃないだろうか?
三室がそう聞くと、ハウは悲しげに力無く、
「とじこめられてるんだよ」
ゆっくり話し始める。
「ぼく、ほんとうは このまえ、ぱぱと いっしょに たたかわなきゃ いけなかったんだ」
「パパ? 」
「おねえさん、このまえ たたかったでしょ? ぼくの ぱぱと。 なのかどう っていう おおきな おみせやさんで」
(ああ、ナノカ堂の時の……)
三室が思い出した様子であるのを確認したように頷いてから、ハウは続けた。
「でも ぼく、たたかいたくなかったから にげちゃった。すぐ つかまっちゃった けどね。それで、『しろいはかせ』におこられて……」
「しろいはかせ? 」
ハウの説明によれば、しろいはかせ、とは、新地球人類の中で最も権力を握っている人物。つまり、新地球人類は複数の人間から成る集団であり、しろいはかせは三室から見れば敵のボス。また、超地球生物たちを創り出した……正確には、ハウも含めた、もともと地球上にいた生物を、巨大化させたり、本来人間の言葉など喋らないはずのハウが喋るように本来持たないはずの能力を与えたりして、超地球生物に作り変えた科学者でもあるという。
「そんな権力者……しろいはかせ、の言うことを聞かなかったら、怒られるって思わなかったの? 」
「おもったよ。 ぼく、ちゃんと わかってた。 でも、げんちきゅうじんるいが わるいって どうしても おもえなくて……。
だって、げんちきゅうじんるいたちは げんちきゅうじんるいたちの やりかたで いきてるだけだ。ぼくや ぱぱや ほかの ちきゅうで いきてる いきものと なにも かわらない。
ぼくたちは、しろいはかせや しんちきゅうじんるいたちに、いいように つかわれてる だけじゃないかって おもうんだ」
俯き加減でぽつぽつと、そこまで話した時、ハウの腹がグウッと鳴った。
ハウは恥ずかしそうに腹を押さえ、
「とじこめられてから なにも たべてないから……」
「それって、何日間くらい? 」
(…っていうか、今、何月何日? 何時何分……? )
三室は、ブレスで日付を確認しようとしたが、7月14日(水曜日)15時45分。三室が巨大貝に飲み込まれた頃の時刻で止まっている。
(やだ、壊れてるっ? )
三室は青ざめた。ブレスが壊れてしまっていては、戦闘装備して牢屋を強引に壊し、脱出することも、他のスーパーファイブのメンバーや司令室に連絡を取って助けを乞うことも出来ない。これまで、新地球人類側に捕らえられたのだと気づいてからも落ち着いていられたのは、ブレスがあれば何とかなると思っていたからだ。
三室はパニックに陥りそうになるのを抑え、確かめる。ブレスに向かい、
「通信、司令室」
もう一度、
「通信、司令室! 」
全く反応が無い。通信は諦め、続いて戦闘装備機能を確かめようとした。そこへ、
「おねえさん? 」
ハウから声が掛かる。
ハウは腹を抑えたまま、心配そうに三室を見上げていた。
三室はハッとする。こんな小さな子でも他人の心配が出来るのに、自分は、今、自分のことだけしか考えていなかった、と、恥ずかしく思った。ハウはナノカ堂の件の時から閉じこめられていたとなると、少なくとも5日間は何も食べていないことになるのに……。
三室は深呼吸して心を落ち着け、
「5日も、何も食べてないの? 」
「うん、それくらい かなあ……」
三室は気の毒になり、ポケットを探る。アメ玉かガムでも入っていないかと思いついたのだ。しかし、いつも何かしら食べ物が入っているポケットなのだが、こんな時に限って、ハンカチとティッシュしか入っていなかった。
ガッカリした三室だったが、
(あ……)
牢屋の隅に、ひしゃげた自分の自転車が置かれているのが目に留まった。そのカゴの中には、カバンが入ったままだった。
三室は、すっかり変わり果てた愛車に歩み寄り、曲がってしまっているカゴからカバンを引っぱり出す。カバンを開け、中身を確認すると、学校を出た時そのままだった。
カバンの中からクッキーの入った紙袋を取り出し、ハウに差し出す。
「これ、よかったら食べて。割れちゃってるかもしれないけど」
ハウは不思議そうな顔で受け取り、不器用に袋を開けて中を覗いてから、再び顔を上げて、
「これ、なに? いい においがする」
「クッキー。あたしが作ったの」
「くっきー? 」
ハウ、まだ不思議な表情。
「お菓子だよ」
「おかし? 」
ハウはどうやら菓子を知らないようで、キョトンとしている。
「食べ物だよ」
それでやっと理解したらしく、やはり不器用に1枚取り出し、恐る恐る、1口。そして、
「おいしい! こんなの はじめてだ! 」
顔をほころばせる。
初めて見たその笑顔の、愛らしかったこと。三室は温かな気持ちにさせられた。褒められたこともあり、すっかり気を良くした三室、
「良かった。全部食べていいんだよ」
「うん! 」
ハウは、すっかり夢中といった様子でクッキーをほおばった。
三室は、その様子があまりに可愛かったため、初めのうちは微笑ましく見守っていたが、次第に辛くなってきた。
(本当に、お腹が空いてたんだ……)
理由はどうあれ、こんな小さな子供に食事も与えないで閉じこめていた「しろいはかせ」なる人物に対し、怒りを覚えた。
やがて、ハウは完食。口を大きく開けて上を向き、袋を逆さにして残りカスまでキレイに平らげてから、満足げな笑顔で腹をさすり、
「やっぱり、げんちきゅうじんるいが わるいなんて ぜったい おもえないよ。 くっきー くれたし」
三室は堪らず、ハウを抱きしめた。
腕の中でハウがもがく。
「おねえさん! くるしいよおっ! 」
「あ、ゴメンねっ! 」
三室は慌てて腕を緩めた。
その時、
「やはり、ピンクは優しいですね。現地球人類にしておくには、実に惜しい」
ドアの向こうから男性の声。
声の主はドアを開け、三室とハウの前に姿を現した。白衣を着、その下に白いシャツ・白いズボン・白い革靴と、全身白一色に身を包んだ、色白で銀髪、日本人らしい優しく上品な顔立ちの青年。牢屋の中へと歩を進めながら、
「歴代のピンクも、そうでした。そして、その優しさゆえにスーパーファイブを去った」
三室はハウを背に庇い、身構える。
「あなたは? 」
青年は、わざとらしく気取った感じで一礼し、
「これは失礼。申し遅れました。私は、ドクターワタナベ。ここの責任者です」
(責任者? もしかして、ハウの言うところの、しろいはかせ? )
三室はハウに、小声でそう聞いた。
ハウは頷く。
三室、つい先程覚えた怒りを込めて、ドクターワタナベを睨み据えた。
「こんな小さい子にゴハンもあげないで閉じこめておくなんて、酷いと思わないの? 」
三室の言葉に、ドクターワタナベは不敵な笑みを浮かべ、
「果たして、酷いのはどちらでしょうか?
地球は、本来、とても美しい惑星のはずです。その美しさを取り戻すこと、そして、現地球人類以外の地球上の生物との平和共存を目指す我々にこそ、地球は相応しい。地球を手に入れるため、我々が直接、現地球人類に手を下すのは簡単。しかし、これまでの現地球人類の他の地球上の生物に対する仕打ちを考えた時、それでは他の地球生物たちの気が済まないでしょう。我々は、地球生物たちの現地球人類に対する復讐を手助けしているだけなのですが。
その様子では、我々の声明文は、きちんと受け取っていただけていないようですね。あの意味を、きちんと理解していただけていれば、我々のことも少しは理解していただけるのではと思うのですが……」
(声明文の、意味……? )
そんなこと、三室は気にしたこともなかった。三室だけではなく、他のスーパーファイブのメンバーをはじめ、DPL基地の関係者の中で、声明文の意味など、考えたことのある人がいるだろうか? 少なくても、司令室にいるメンバーは、声明文を、超地球生物の出現を新地球人類側がこちらに告知するためのもの、くらいにしか考えていないように思える。
ドクターワタナベの言うとおりだ。 声明文が超地球生物の出現を知らせる合図でしかないのなら、あのような長い文章は必要無い。そこから新地球人類側の考え方を読み取るべきだった。戦う上で敵の考え方や目的を知ることは、とても重要なことであるはずなのに……。
それとも、三室が知らないだけで、基地の中には声明文について考察している部署もあるのだろうか? 大体、研究のためと言って超地球生物を捕獲して帰ったりもしているが、そもそも超地球生物とは何なのか、という部分には触れていないように思う。三室はハウから聞いて初めて、超地球生物が、もともと地球に生息していた生物をドクターワタナベが作り変えたものだと知ったのだ。それとも、三室が知らなかっただけで、そのくらいの研究はとっくに済んでおり、超地球生物が何者かの手によって外見・性質等を変化させられた、もともと地球に生息している生物だということくらい、知っていて当然のことすぎて、誰も教えてくれなかったのだろうか?
いや、そんな他人のことは、どうでもいい。三室自身の意識の問題だ。何故、今まで考えようともしなかったのだろう。学生のバイトとはいえ、それで金を貰っているのに意識が低すぎた、と、反省した。
と、それまで三室の後ろにいたハウが、突然、ワアッと声を上げながら、三室の陰から飛び出し、ドクターワタナベに向かって突進した。
「ハウッ? 」
驚く三室。
ハウは、ドクターワタナベの正面50センチ手前で床を蹴り、ジャンプ。ドクターワタナベの頭部に飛びつき、しがみついて、三室を振り返る。
「おねえさん! いまのうちに にげて! 」
「…でも……」
三室は躊躇った。これはチャンスだ。司令室や他のスーパーファイブのメンバーと連絡が取れない以上、外部からの助けは望めない。この機を逃せば、次にいつ、またチャンスが来るか分からない。もう、来ないかもしれない。……分かってるのだが、
「ダメだよ。ハウを置いて逃げられるワケないでしょ? 」
真っ直ぐにハウを見つめ、弱く首を横に振った。
そんな三室に、ハウ、
「おねがいだから! はやくっ! 」
噛みつくように叫ぶ。
三室は、ビクッ。ハウの勢いに圧されるようにして、三室の意思とは無関係に、ゆっくりと、足がドアのほうへ、ハウを見つめたままの三室を運ぶ。
「はやくっ! 」
畳み掛けるハウ。
三室は1度ギュッと強く目を瞑って思い切り、ハウとドクターワタナベに背を向け、牢屋を出ようとした。
直後、背後でドサッという音。
振り返った三室、
「…………っ!! 」
悲鳴が声にならなかった。
ハウが床に転がり、ドクターワタナベに足で踏みつけられていたのだ。
三室はハウのところまで駆け戻りざま、ドクターワタナベに体当たり。ヨロケたドクターワタナベを尻目にハウの前に片膝をつき、
(…あたしのバカッ……! どうして、置いて行こうとしちゃったんだろう! )
グッタリとしているハウを、しっかりと胸に抱きしめ、立ち上がって牢屋を出る。背中で、
「やれやれ……、ちょっとした遊び心で会話を可能にしたら、余計な知恵までついてしまって、困ったものですね」
ドクターワタナベの声を聞いた。