* 3 *
「モモちゃん、お昼行ってきていいよ」
日曜日は学校が休みのため、三室は朝9時からバイト。
売場に牛乳を補充してバックヤードに戻って来た三室に、いかにも臭そうなシミだらけ・シワクチャのエプロンをしたセルフ部チーフ(42歳 男性、独身)が、ボサボサの頭を掻いてフケを撒き散らしながら、声を掛けてきた。
三室は、あまりの不潔さにハンカチで鼻と口を押さえたいのを堪え、
「はい」
返事をし、エプロンを外して、昼食を買うため、再び売場へ。
(チーフ、結婚しないのかな……。奥さんでもいれば、もう少し清潔に出来るかもしれないのに)
ヤオシゲに正社員として勤めている人には、ある程度歳がいっていても、独身の人が多いように思う。セルフのチーフもそうだし、スーパーファイブのメンバーの中でも、まだ23歳の赤木とバツイチということで一応結婚経験のある青島は別として、黄瀬川などは、どう見ても30歳前後なのに独身だ。他にも、同じ店舗で働く正社員(DPL基地で働く人たちも含め)を見渡すと、結構な歳でも独身の人がチラホラ、どころではない。三室が知る限り、結婚適齢期などちょっと古い言葉だが、それを過ぎていると思われる人たちの中で、既婚者は、店長と精肉のチーフ、レジのサブチーフ、杉森、それから超地球生物研究室長の女性だけだ。出会いが無いのだろうか? そういった人たち同士でくっつくことは しないのだろうか? ……などと考えながら、昼食を選ぶ。
パンコーナーでメロンパンを選び、牛乳のケースの最上段の飲みきりサイズの牛乳を手にとって、
(あとは……)
ヨーグルト等のケースの前まで行き、アロエヨーグルトに手を伸ばした三室は、三室の手と同じくアロエヨーグルトに向かって伸びてきた大きな骨ばった手に触れそうになり、
「ごめんなさいっ」
咄嗟に手を引っ込めて、自分のすぐ隣に立っている大きな手の主を仰ぐ。
ドキンッ。三室の心臓が、一度、大きく脈打った。大きな手の主は、赤木だった。もう片方の手に惣菜コーナーの弁当とペットボトルの茶を持っている。
赤木は優しく笑み、アロエヨーグルトを1つ手に取って、
「はい」
三室に手渡す。
三室、受け取り、
「あ、ありがとうございます」
ドギマギしながら礼を言う。赤木とは同じスーパーファイブの一員となり、以前に比べ普段の会話も増えたが、接するのに相変わらず緊張する。戦闘中は、戦闘に集中しているためか平気なのだが……。
赤木は笑顔で返してから、今度は自分の分を手に取った。
「おいしいよね、これ。モモちゃんも、お昼? 」
「はい」
と、話しながら、三室は緊張しつつ赤木と一緒にレジに向かい、ほぼ同時に隣り合わせのレジを通ると、再び一緒に並んで歩き、お客様用階段を下りて、「関係者以外立入禁止」の紙が貼られたドアを開け、その先の廊下を休憩室へ。緊張してはいるが、
(…何か、自然っぽくて、イイ感じ……)
休憩室のテーブルでも、自然と向かい合わせに座り、
「モモちゃんって、ここでバイト始めて、どれくらいだっけ? 」
「半年くらいです」
会話をしながらの食事。
「あらー。若いっていいわねえ」
三室・赤木と同じく食事をしに休憩室に入って来たらしい鮮魚部のパートさん2人のうち1人が、三室と赤木が座っているテーブルの横で足を止め、ニコニコ笑いながら話しかけてきた。
すかさず、もう1人が、
「ダメだよ、イナちゃん。私ら年寄りは、邪魔しないように奥の座敷で食べよう」
行って、三室と赤木に向かい、ニヤッと笑って、
「お邪魔さま~」
最初に話しかけてきたほうのパートさんの背を押し、座敷方向へ去って行く。
三室は、自分の顔が赤くなっているのを感じ、赤木から見えないよう下を向いた。完全に面白がられ、冷やかされたのだが、三室は、相手が赤木なので悪い気はしなかった。むしろ、照れを感じながらも嬉しかった。下を向いたまま、チラリと目だけで赤木を窺うと、赤木も特に気を悪くした様子は無く、ごく普通に話を続ける。
「セルフのチーフが、モモちゃんのこと、仕事を覚えるのが早いし手際もいいって、褒めてたよ」
(覚えが早くて手際もいい、か……)
三室は桃沢を思い出し、沈んだ。三室に仕事を教えてくれたのは桃沢だ。手際の良さも、桃沢を倣ってのこと。桃沢が店を去って5日。今頃、どうしているのだろう……、と。
赤木、
「ゴメン。 オレ、もしかして今、何か悪いこと言った? 」
三室を気遣わしげに覗き込む。
三室は、せっかくの会話中に 自分が急に表情を曇らせたのだと気づき、慌てて笑顔つくり、首を横に振った。
「ゴメンなさい。ただ、ちょっと桃沢さんのこと思い出しちゃって……。突然辞めちゃったでしょ? あたし、結構、良くしてもらってたから、ショックで……」
赤木は、どこか遠くを見るような目になる。
「…リエさんか……。オレも、良くしてもらってたよ。……優しかったよね。優しくて、強くて……。尊敬できる人だったのに、残念だったよ……」
(ん? 強い……? )
三室は、赤木の言葉の中の、普通ならば聞き流してしまいそうな何気ない一部分に、引っかかりを覚えた。それというのも、自分が教えてもらえなかった、桃沢が辞めた理由について、1つの可能性として考えていたことがあり、今の赤木の発言は、その可能性を強めるものだったからだ。 ……5日前、スーパーピンクに任命されたばかりの三室に、横山は、
「先代のピンクには今日付けで辞めてもらいました」
と言った。どこまで本気にしていい話か分からないが、青島は、スーパーファイブのメンバーは名前で選ばれるといった。桃沢には「桃」の字がつく。その2つのことから、もしかしたら桃沢は先代のピンクで、スーパーファイブを何らかの理由で脱退したために、会社も辞めることになったのではないか、と。
三室、周囲に聞こえないよう注意を払い、小声で、
「レンさん、もしかして、あたしの前のピンクは、桃沢さんですか? 」
「そうだよ」
赤木も小声で答える。
(…そうだったんだ……)
三室は、桃沢が辞める理由を話してくれないことを寂しく感じていたが、ここまで重大な秘密に関係していたのなら仕方がなかったのだと思った。三室の中で寒色系でまとまってしまっていた桃沢との思い出が、次第に暖色系に色づいていく。
と、その時、三室と赤木のブレスが、同時に、それぞれ震動した。
三室は反射的に立ち上がり、同時に、赤木もガタンと椅子を鳴らして立ち上がる。ふと目が合い、赤木がちょっと笑い、三室も笑みで返す。
そこからは、全てが、ほぼ同時。テーブルの上を手早く片付けてから普通に休憩室を出るのも、早足で廊下を歩くのも、
「失礼しますっ! 」
店長室に飛び込むのも、何だか競い合っているようなタイミング。そしてブレスに、
「通話」
と、これまた同時に言ってしまい、それがおかしくて、今度は三室が自分から笑ってしまいながら、すぐ隣の赤木を仰ぐと、赤木も三室のほうを向き、笑っていた。
ブレスを介して三室と赤木の笑い声を聞いたらしい横山の、
「何か、おかしいですか? 」
淡々とした声。
横山から姿が見えるわけでもないのに、赤木は姿勢を正し、
「いえ、何でもありません」
「そうですか」
横山は、あっさりと返し、続ける。
「声明文が届きました。超地球ウシの時と全く同じ内容です。場所は、現在特定中です」
(超地球ウシ? )
三室がスーパーファイブに入る以前の事例だろう。
三室が首を傾げていると、通信を切った赤木が、地下への階段に向かって歩き出しながら、その無言の疑問に答えた。
「モモちゃんが四愛医院で襲われた、あの時だよ。声明文は、確か……」
狭い階段を下りつつ 宙を見据え、一生懸命思い出している様子。
三室は斜め後ろに従って、次の言葉を待つ。しかし、
「『現地球人類は、同じ現地球人類の病の治療に懸命である。難病であれ伝染病であれ、治療を放棄されないのである。しかし何故、家畜が同じ扱いを受けないのか疑問である。安易に命を奪うことで解決を図ろうとするのか疑問である』……だったかな? 」
三室、赤木が頑張って、やっと思い出して教えてくれた時には、半分以上聞き流し、
(あの時……)
別のこと……四愛医院でウシから助けてもらう際、赤木にしっかり抱きかかえられていたことを思い出し、1人で赤面していた。
三室・赤木が司令室に入って行くと、他のメンバーは既に揃っており、黄瀬川が超地球生物の出現場所を特定したところだった。
「分かりました! 『病院団地』内、『深井小児科』! 」
横山が頷き、スーパーファイブの面々を見回す。
「スーパーファイブ、出動! 」
*
深井小児科に到着したスーパーファイブ一同を、小児科の外来用駐車場で不安げに小児科の建物を見つめていた60歳代の男性小児科医師が出迎え、状況を説明した。
今日は日曜日だが、当番医のため診療を行っていたらしい。
いかにも小児科っぽい薄ピンクの白衣に身を包み花柄の可愛らしいエプロンを身につけた若い女性看護師4人と、乳児も含めて8人の小さな子供たち、その母親らしき女性たちが、医師の傍で身を寄せ合っている。
医師の説明によれば、10分ほど前に突然、診察室内に十数羽のニワトリが現れ、中にいた自分や看護師に足で掴みかかったり、クチバシで突いたり、飛びまわって機材を落として破壊したりし始め、待合室の様子を見に行けば、そこも全く同じ状況だったため、院内にいる全員で外に避難したのだという。ニワトリは凶暴だが普通の大きさで、特殊な性質も見当たらず、人体への被害は擦過傷程度で、隣接する産婦人科から借りた薬等で既に消毒などの処置を施したとのこと。
説明に対し、黄瀬川、
「分かりました。ここなら安全のようですので、皆さんは、このまま、ここにいて下さい」
医師、頷く。
黄瀬川は、三室・赤木・青島・杉森を見回し、
「私たちは、まずは状況の確認を」
5人が出入口のドアを開けると、受付の横、待合室にいた10羽前後のニワトリがクリンと首を回して5人を振り返って見るや否や、待ってましたとばかり襲い掛かってきた。
ニワトリが外に出ないよう、ドアの一番近くにいた杉森が、素早くドアを閉める。
羽をバサバサ動かして舞い上がり、足で掴みかかってこようとしたり、(ニワトリなりの)猛スピードで突進してき、クチバシで突こうとしてみたりするニワトリたちをかわしつつ、受付前から待合室、トイレ、事務室、診察室、と、状況を見て回る5人。
あちらこちらに羽や糞が散乱し、元々の状態は分からないが、待合室の窓辺のカーテンは裂け、ソファは表面を覆う布が破けて中綿がとび出し、本棚は空っぽ。そこに収まっていたと思われる本は真下の床に散らばり、診察を待っている間に子供たちが遊ぶために用意されていたのであろう病院名がマジックで書かれたクマのヌイグルミは手足が捥げて目玉が無かった。他にも、診察室の治療用の器具、事務室の大量のカルテが、それぞれ仕舞ってあったと思われる場所近くの床に散らばり、トイレなど、洗面台の蛇口が壊れて水が噴水の如く噴き出していた。
「こりゃー、片付けるの大変だろうな」
青島が呟く。
黄瀬川は冷たく、
「建物が壊されるよりマシよ」
返してから、
「それより、キンさん。ケージ持って来て。小型でいいわ。ニワトリを全て捕獲して帰りましょう。今回は、それで充分だわ」
「了解」
短く答え、青島は出入口へ。
ややして青島が縦・横・高さ、それぞれ1・5メートルほどの立方体のケージを持って戻って来、待合室の床に置いた。
黄瀬川は三室・赤木・杉森を見回し、
「始めましょう」
最後に青島を見て、
「キンさんは、ケージの扉の開閉をお願い」
扉の開閉係の青島以外の4人は、これまでひたすらかわしていたニワトリの攻撃を、一転、受け止め、掴まえてはケージに放り込む。
青島はケージの前で待機。仲間がニワトリを捕まえてくる度に、既に中に入っているニワトリが逃げないよう気をつけつつ速やかに扉を開閉。
あまりに余裕な作戦。そのため、
「痛ーっ! 」
三室が片手で2本の脚をまとめて掴んでいたニワトリにクチバシでドドドッと頭を突かれた時なども、赤木と杉森は、
「大丈夫? 」
と、一応心配げな声を掛けてくれたが、直後に失笑。
黄瀬川は、またボヤッとして、とばかり呆れ気味に溜息を吐き、青島に至っては、三室を指差して大笑い。
周囲の反応に、三室は、本当は怒ってなどいないのだが、照れ隠しの手段として、
「笑うなんて酷いですよ! 」
怒ってみせる。
そんな、まるで学校での日課の清掃時間のような和やかな雰囲気の中、作戦を終え、5人は、ニワトリの入ったケージを、せーの、で持ち上げた。
出入口を出、そのすぐ外側の数段しかない階段を三室は、うっかり踏み外し、尻もちをつく。
やはり黄瀬川は大きな溜息。
青島は、またもや三室を指差し、爆笑。
優しい杉森は笑いを必死で堪えつつ、
「大丈夫? 」
赤木も杉森と同様、一生懸命笑いを堪えた結果、ピクピクと肩を震わせてしまいながら、そっと三室に手を差し伸べた。
三室は恥ずかしさに俯いたまま、その手を取る。