* 1-(4) *
結局、ダイズが新たに発見されることはなく、三室と赤木を追いかけて外に出てゼロワンの火炎放射で焼かれたダイズで全部だったと判断したスーパーファイブの5人は、それぞれのマシンに乗り込み、基地へと帰路についた。
ゼロツーの助手席に深く腰掛けた戦闘装備を解除した姿の三室は、目を伏せ、溜息。
(失敗しちゃったな……)
作戦中は、とにかく作戦に必死で考えずにいられたが、作戦を終え、帰るためマシンの座席に座って落ち着いたりすると、どうしても、さっきの、一般の人に怪我をさせそうになり黄瀬川のブーツを焦がすことになった失敗が、何度も何度も頭の中で繰り返され、落ち込んだ。
(あたし、向いてないのかも……)
大体、何故自分なんかがスーパーファイブのメンバーに選ばれたのか疑問に思う。全員がヤオシゲ壱町田支店の従業員だから、その中から、というのなら、もっと他に、運動神経の良さそうな人や機転の利く人が大勢いるのに、と。
「キンさん、スーパーファイブのメンバーって、どうやって選ばれるんですか? 」
三室は俯いたまま、口を開く。
「どうして、あたしなんかが……? 」
同じく 既に戦闘装備を解いた姿の青島、
「ひょっとして、モトちゃんのブーツを焦がしたことで、落ち込んでる? 」
運転席から、チラリとだけ三室を見、三室が頷くと、気遣うように優しく、青島にしては珍しく軽さの無い口振りで続けた。
「気にすることないよ。初出動なんだから、あのくらいの失敗は仕方ないし、それに、ブーツなんて、もともと消耗品だから、申請すれば、すぐに交換してもらるしね」
「…はい……」
力無く頷いた三室を元気づけようとしたのか、青島は、口調にいつもの軽さを呼び戻し、
「どうやってメンバーを選ぶか聞きたかったんだっけ? 」
先に自分が振ってあった話題なのだが、切り出しかたが唐突すぎて、
「…え? あ、はい……」
三室は軽く驚き顔を上げ、ポカンとしてしまいながら返事。
青島はイタズラっぽく笑って、じゃあ ヒントをあげよう、と前置きし、
「メンバー全員の名前を思い浮かべてごらん? 例を挙げれば、オレはスーパー『ブルー』で、『青』島欣二」
ブルーと青を強調して言う。
(…まさか……)
三室は青島に言われたとおり、全員の名前を思い浮かべた。見事に当てはまる。…ただ1人を除いては……。
「でも、スギさんは? 」
三室の問いに、青島は事も無げに、
「『杉』って聞いて連想する色は? 」
「…緑……? 」
「じゃあ、『森』は? 」
「緑? 」
「ほら、他の人は1つなのに、2つもあるよ」
三室は本気にしていいものかどうか悩んだ。確かに、完全に当てはまっているが、地域の平和を守る大事な役目を担う人間を、そんな理由で選ぶだろうか、と。
そう青島に言うと、青島、
「だって、『スーパーファイブ』自体、駄洒落でつけた名前だら? 」
(? )
意味が分からず、三室はキョトン。
それに応えて青島、
「スーパーマーケットで働いている5人だから、スーパーファイブ」
(そうだったのっ? )
三室も、ファイブは人数が5人だから「ファイブ」なのだろうと思っていたが、スーパーが、まさか「スーパーマーケット」からとった「スーパー」だとは思わなかったのだ。
青島の話に妙な説得力を感じ、いつの間にか信じきって、素直に驚く三室。
青島、その三室の反応に、クックと笑いを漏らし、
「じゃ、ないか、って、オレが勝手に思ってるだけだけどね」
(……! からかわれたっ? )
「もうっ! ヒドイじゃないですか! 信じちゃいましたよっ! 」
三室が怒ると、青島は肩を揺すり、腹を抱えて、ますます大笑い。
そうこうしているうちに、マシンは基地に到着。
基地に到着後、司令室に戻ったスーパーファイブの5人を、
「ごくろうさま」
横山が、自分の席に深く座った状態で、貫禄たっぷりに出迎えた。
直後、
(……!? )
横山の机の正面から、その真向かいに立っていた三室に向かって、突然何かが飛び出して来、三室は、ひどく驚いた。
飛び出して来たモノの正体は、板。板は三室にぶつかる寸前で止まり、先端から床に向かって2本の脚を伸ばして、テーブルになった。
(び、びっくりした……)
ドキドキの治まらない胸を押さえながら、三室は、他のメンバーに倣い、室内隅に立て掛けてあった折りたたみ椅子を1つ持って、飛び出して来たばかりのテーブルの傍へ。杉森が無言で、ここへどうぞ、と示してくれた黄瀬川の隣に椅子を置き、座る。
全員が座ったところで、ミーティング開始。
横山から再度、ごくろうさまでした、との、ごく短い挨拶の後、黄瀬川による横山へ向けた報告。
「今回の敵は、超地球ダイズ。出現場所は三島駅構内ということでしたが、私たちが到着した時には、一般の方々に取り付き、また、取り付いていない個体も一般の方々を追って構外に出てきていました。斬ると増える特性を有していたためと、植物は火に弱いとの判断から火炎放射を使用し、焼却しました。捕獲は出来ませんでした」
それから、今後に生かすため、各自、簡単に反省を述べる。
赤木は、1度目に構内を確認に入った際、ダイズのほうから姿を現してくれるまで、その存在に気づかなかったこと、青島は、火炎放射器を整備に出したまま積み忘れていたことについて、それぞれ反省。杉森は、ゼロワンの火炎放射の精度に関する要望。黄瀬川は、ダイズを捕獲してこれなかったが、後から冷静に考えれば方法はあったとの反省。そして、
「それから、もう1点」
三室がボーっとしすぎていて困ると、厳しい口調で付け加えた。
帰りのゼロツーの車内で青島に励まされ元気を取り戻していた三室だったが、
(…ああ……)
再び落ち込み、たまたま次が自分の発言の順番だったため、
「すみませんでした」
とだけ言い、
(あたし、やっぱ ダメかも……)
以降、ミーティング終了まで無言で過ごして、終了後、早々に司令室を出た。
*
店長室につながる階段を半分ほど上ったところで、
(? )
三室はエプロンに違和感を覚え、手のひらでポン、ポン、ポン、と何度か押さえてみて確かめた。
「あ」
妙にヒラヒラすると思ったら、ポケットに手帳が入っていない。きっと、どこかに落としたのだ。その手帳には、頭で憶えきれない、仕事をする上で重要なことが色々とメモしてある。無くては仕事にならない。
まず司令室を見てみよう、と、三室は、上ってきたばかりの階段を下り、司令室の前へ。ドアを開けるため、ドア右脇の長方形のガラスにブレスを向けようとした。
その時、
「まったく、何なのかしらね。あの子の、あの態度! 」
ドアの中から、黄瀬川の実に不愉快そうな声。
(あたしのこと……? )
三室はドアを開けるのをやめ、ドキドキしながら、そっと聞き耳をたてる。
「すみませんでした、なんて、口先だけよね、きっと。ムッツリ黙り込んじゃって、感じ悪いったらないわ。ミーティングが終わったなら終わったで、一言も無く出てくし」
やはり自分のことだと知り、三室はショックだった。
(ムッツリ黙りこんでた、って……)
三室は、ちゃんと謝った。謝って済まない状況に発展しかねなかったことも分かっているが、だからこそ、余計に落ち込んだ。無言だったのは、そのためだ。反省の言葉も、すみませんでした、に尽きる。他に何と言えばよかったのか分からない。言っても、きっと、言い訳にしか聞こえないのに……。
「モトちゃんは同じ女の子同士で、そんな態度になる気持ちも分かるんじゃないのかい? 」
青島の、からかうような面白がっているような声が聞こえる。三室は、それもショック。駅からの帰りにゼロツー車内で励ましてくれたのは口先だけだったのか、と。
青島のからかい口調に返して、黄瀬川、
「冗談。全く分からないわよ。女同士でも、ひと回りも歳が離れたら宇宙人と同じだわ」
しかし、最もショックだったのは、
「確かに、あの態度は良くないですよね」
との赤木の一言。赤木にまで悪い印象を持たれてしまったと知り、悲しくなった。
三室、ドアにコツンと頭をつけ、俯く。目に涙が湧いてきた。
(やっぱ、向いてないよ……。…辞めちゃおうかな……)
そこへ後ろから、
「どうしたの? 」
杉森の声。
三室、涙を急いで拭って振り返り、
「手帳を無くしちゃって……。ここにあるかもって思って見に来たんですけど、あたしの話をしてるみたいだから入りづらくて……」
杉森は、三室をじっと見つめ、ややして、労わるように、
「僕が見てきてあげるよ。どんな手帳? 」
「赤い革の手帳です。黒ずんでボロボロになってますけど」
杉森は頷き、
「ここで待ってて」
言って、ドアを開けて司令室へ入って行った。
ドアが閉まるとほぼ同時、中から黄瀬川の声。
「あ、スギさん。スギさんは、どう思います? さっきのモモの態度」
今は杉森を待っているだけで、正直、これ以上傷つくようなことは聞きたくないと思っている三室だが、やはり、自然と耳から入ってくる。
「どうって? 」
「失敗をちょっと指摘されただけでムッツリ黙り込んで、全然反省の色が見られないって、今、話してたトコなんです」
相変わらず不機嫌そうな黄瀬川の声。
杉森の、
「本当に 皆、そんなふうに思ってるの? 僕は、そうは感じなかったなあ……。失敗にどうしようもなく落ち込んでいるようにしか、見えなかったけどなあ……」
特に誰に言うでもなく、誰を責めるでもなく、といった感じの大きな独り言のような台詞が続く。
(スギさん……)
三室は嬉しかった。分かってくれる人もいるのだ、と。
「そう言われれば、そんな気も……」
赤木の自信無さげな声。
ドアの向こうがシンと静かになる。
数秒後、出し抜けに杉森が、
「ああ、あったあった」
声を発し、沈黙を破った。
「何すか、それ? 」
青島の声。
答えて杉森、
「モモちゃんの落し物」
直後にドアが開き、杉森が廊下に出て来ながら、三室に向かって手帳を自分の顔の高さまで上げて見せ、
「モモちゃん、あったよ」
三室は司令室の中の3人と目が合う。
3人は気まずそうに目を逸らした。
杉森は、三室に、はい、と手帳を差し出す。
杉森の背後でドアが閉まった。
三室は手帳を受け取り、
「ありがとうございます」
礼を言う。杉森の、自分に対する理解を嬉しく感じていたが、あとの3人のことが引っかかっていた。
杉森は優しい目で、元気のない三室の目の奥を見つめ、
「初めての出動にしては、モモちゃんは、よくやったよ。だから、気にすることなんて何も無いんだよ」
「…スギさんは、優しいですね……」
杉森から視線を逸らし、伏目がちに言う三室。
杉森は言葉を重ねていく。
「だって、本当のことだから。……スーパーファイブは3年前に結成されてね、僕とキンちゃんとモトさんは当時からのメンバーなんだけど、初出動の時、初代のレッドやピンクも一緒に、5人揃って死にかけたんだよ。レン君は、1年前の初出動の時には、一生懸命さは伝わってくるんだけど、どうにも空回りしてね、酷いもんだった。それに比べたら、モモちゃんの協調性のある戦いぶりは、とても良かった」
(ホントに……? )
三室は真っ直ぐに杉森を見た。
杉森、真面目な顔で強く頷いてから、クスッと笑う。
「モトさんは、モモちゃんがボーッとしてる、って言ってたけど、それは仕方ないよね。今日いきなりスーパーファイブに任命されて、いきなり戦闘の現場に連れてかれて、今まで見たこともないような物を、たて続けに見せられて、呆気にとられないほうがおかしいよ」
それから杉森は、赤木・青島・黄瀬川の、三室についての先程の会話も気にしないように言った。赤木は先輩である黄瀬川に合わせているだけであり、青島はお調子者で、青島自身にとってよほど重要な内容でない限り、その場の雰囲気と一緒にいる相手によってコロコロ意見を変える。黄瀬川に関しては、性格的に新しいものを絶対すぐには受け入れない。外見こそ流行を敏感に取り入れているように見えるが、それは本当の意味で流行を受け入れていない、とりあえず雑誌などに載っている通りにしておけば安心と考えていることの証明だというのだ。
「だから、モモちゃんは何も気にしないで、今日の調子で頑張ってれば、自然と向こうが変わるはずだから」
杉森の思いやりのある言葉ひとつひとつが、三室の心に染み込む。
「はい」
元気を取り戻した三室の返事に、杉森は満足げに微笑んだ。
「さあ、店の仕事に戻ろうか」