* 1-(3) *
先に司令室を出た3人の背中を追って、杉森と共に清潔で静かな廊下を走り、三室が行き着いたのは、店長室から地下へ下りた階段を中間地点に司令室とは反対側の突き当たり。司令室のドアと全く同じつくりのドアを杉森がブレスで開け、その先の細い階段を下りていく。
三室が、杉森のすぐ後ろに従って下りていくと、そこは、少なくとも一般的な野球場ほどの広さのあると思われる、広い駐車場だった。四愛医院で見た超大型トラック。その超大型トラックと微妙に色が違うだけで全く同型に見える超大型トラックがもう1台。それから、先の2台とほぼ同じ大きさの貨物ワゴン車が1台、ドアのほうを向いて停められている。
三室のブレスが震動した。
杉森、
「ブレスに向かって『通話』って言って」
三室が教えられたとおりにすると、ブレスから、
「モモちゃんは、こっちだよ」
青島の軽いノリの声。
辺りを見回す三室。と、四愛医院で見たほうのトラックの運転席で青島が手招いているのを見つけた。
杉森、三室に通信の切り方を教えてから、三室の肩をポンッと軽く叩き、
「じゃあ、また後で」
もう1台のトラックの運転席に乗り込んだ。その助手席には赤木、ワゴン車の運転席には黄瀬川が、それぞれ座っている。
三室、青島の助手席に乗り込み、
「何か、スゴイ車ですね」
座席に腰掛けると、自動的にシートベルトが締まった。
三室は驚いて声を上げる。
そんな三室に、青島、
「カッコイイ車だら? 」
言って、ニヤッと笑い、
「オレとモモちゃんが乗ってる、この車は、『スーパーマシン・ゼロツー』。荷台の3分の2は、研究用に捕獲した超地球生物を運ぶためのスペースで、残り3分の1は、麻酔銃とか、通常携帯しない道具を仕舞ってあるんだよ」
軽い口調で説明し終えてから、青島は前を向き、真面目な顔でハンドルの中央部分にブレスをかざした。
「スーパーマシン・ゼロツー、発進! 」
その掛け声の直後、ゼロツーは車体の下の床ごと真横にスライド。車体の長さ分ほどバックした後、今度は真下の床ごと回れ右。
目の前の大きなシャッターが、ゆっくりと開いていく。
完全に開いたシャッターから、先ず、杉森運転のトラックが駐車場を出て行き、次にゼロツー、その後ろに黄瀬川運転のワゴン車が続いた。
シャッターの向こうは、超大型のマシンが楽々通れる地下トンネル。
(すごい! )
三室は、すっかり感心する。
青島、
「すげーら? 」
自分の手柄であるかのように得意げに、
「ここはスーパーマシン専用道路で、DPL基地を中心地点に半径30キロメートルの地点まで網の目みたいに広がってるんだ。まだ掘り進めてる最中だから、まだまだ広がってくよ。地表に点在してる地上に出るための専用扉があって、超地球生物の出現場所に一番近い扉まで、この道路を使って移動するんだ」
(へえ……? )
扉が地表に点在していると言うが、三室は今までに一度も その、扉らしき物を目にしたことが無い。そう青島に言うと、
「専用扉は全部、DPLカンパニーの私有地内にあるんだ。関係者以外は立入禁止だよ」
(…そうなんだ……)
三室は納得。
青島は、あとの2台の超大型車についても、やはり得意げに説明してくれた。それによれば、杉森運転のトラックは「スーパーマシン・ゼロワン」といって、火炎放射・放水等の特殊機能を持ち、黄瀬川運転のワゴン車の名前は「スーパーマシン・ゼロスリー」。荷台に黒い大きな金属の塊を2つ積んでいるらしいが、その使い道については、青島、やたら勿体つけ、ウインクしながらオネエサン口調で冗談めかして曰く、
「使う時が来るまでのお楽しみっ」
だそうだ。
*
青島による説明が続く中、ゼロツーは専用道路を進み、やがて、最初に停まっていた駐車場の広さには遠く及ばないが、かなり広めのスペースが、目の前に開けた。
青島、
「専用扉用の駐車スペースだよ。真上が専用扉」
言って、ゼロツーをそのまま駐車スペースの中央に進め、停める。
左側にはゼロワンが停まっていた。ゼロツーが突然、ガクンと揺れ、車体の下の床ごと真右へスライドして、中央を空ける。空いた中央へ、ゼロスリーが入って来、停まった。
シートベルトが自動的に解除されて三室は自由になり、青島と共にゼロツーから降りる。
赤木・杉森・黄瀬川も、それぞれのスーパーマシンから降りてきた。
そして、三室以外のメンバーは、それぞれ自分のブレスに向かって、
「戦闘装備」
と言って、どういう仕組みでそうなっているのかは全く分からないが、瞬時に、戦闘時のユニフォーム、スーパースーツという名称らしい、以前から三室も知るスーパーファイブのコスチュームを装着し、駐車スペースの隣の階段を駆け上って行く。
三室も見よう見まねで、
「戦闘装備」
ブレスに言い、4人の後を追って階段を駆け足で上った。
階段を上りきった所にある重たそうな金属製のドアを開け、4人は次々と出て行く。
三室も少し後れてドアを開け、続こうとするが、ドアを開けた瞬間、ドアのすぐ手前の紺色タイルの壁が鏡の役割をしていることに気づき、つい足を止めた。
そこには、紛れもないスーパーピンクの姿。三室は腕を上げたり下ろしたり、横を向いてみたり後ろを向いてみたりして、それが自分であると確かめずにいられなかった。
(あたしだ……)
そこへ、
「モモ、何してるのっ? 早くなさいっ! 」
黄瀬川の怒声。
三室は慌てて、薄暗くなってきているドアの外へと駆け出、こちらを見てあからさまにイライラして待っている黄瀬川に追いつく。少し先で、赤木・青島・杉森も待っていた。
三室、
「すみませんっ! 」
「まったく! トロトロしてるんじゃないわよっ! 」
黄瀬川は、言うだけ言って、腹立たしげに大きな鼻息を残し、三室に背を向けて走って行く。
杉森が三室の傍まで戻り、慰めるようにポンポンッと三室の肩を叩いた。
「行こう」
専用扉からは北口のほうが近く、走って1分ほど。
三室たちが駅前に到着すると、大勢の一般の人々が、構内から走って出て来るところだった。
人々の体には、高さ60センチ程で鮮やかな緑色の葉と茎を持ち、枝に同じく緑色のサヤを持つ、枝豆のような植物が巻きついている。
(何、あれ……? )
三室は眉を寄せる。
杉森、
「枝豆だね。命名、『超地球ダイズ』」
人々は、ダイズを自分の体から外そうとしてか、手や足、体全体を大きく振るっているが、全く外れる様子がない。そうこうしているうちに、新たに構内から次々と、動物のように根の部分を足代わりに動かしてダイズが現れ、這いずりまわって人々を追い回し、更に取り付く。逃げ惑う人々。中には、体中、10数体ものダイズに取り付かれ、身動き出来ない人も。
大変なパニック状態。
黄瀬川、ブレスに向かって「拡声」と言ってから、そのままブレスに向かい、
「皆様、スーパーファイブです。ただいま到着いたしました。落ち着いて指示に従ってください」
ブレスが拡声器の役割を果たし、黄瀬川の声が辺りに響き渡る。しかし、その声に反応して落ち着く人など皆無。状況は何も変わらない。
黄瀬川は溜息をつきながら首を横に振る。
「ダメね。誰も聞いちゃいないわ」
それから、少し辺りを見回し、斜め後方にいたピアノ教室の物らしい手提カバンを持った7・8歳くらいの女児に取り付いたダイズに手を伸ばし、引き剥がそうと力を入れる。が、ビクともしない。次に、腰のベルトに装備していたダガーを抜き、女児を傷つけないよう注意深く、ダイズに突き刺した。 ダイズは薄茶色に変色し、バサッと地面に落ちる。
黄瀬川は、三室・赤木・青島・杉森を振り返り、
「案外 簡単ね。この方法で……」
そこまで言ったところで、
「モトさんっ! 」
赤木、黄瀬川の言葉を遮って、変色したダイズが落ちた、女児の足下を指さした。
「あ、あれ……」
その指の指す先では、変色したダイズのサヤが次々と割れ、中から豆がこぼれ落ちているところだった。それから数秒も待たず、その1つ1つからムクムクと新しい個体が発生。
息を呑むスーパーファイブ一同。
新しい個体のうち1体が、黄瀬川に跳びかかる。
黄瀬川は咄嗟にダガーで一刀両断。
斬られたダイズは変色して地面に墜落。サヤから豆。そして、やはり、1つ1つの豆が新しい個体に。
青島、
「斬っても増えるだけか……」
呟く。
黄瀬川は俯き加減で自分の顎を指でつまみ、何か考えている様子で上の空気味に、
「…そうね……」
相槌をうち、ややして、何かを思いついたらしく、突然ハッと顔を上げ、青島を見た。
「キンさん、火炎放射器は積んでる? ダイズは植物だから、多分、火に弱いわ。一旦、ダイズをダガーで斬って人から剥がして、新しく発生した個体がまた人に取り付く前に焼き払いましょう」
青島、困ったように頭を掻き、申し訳なさそうな声で、
「悪い。この間、整備班のヤツに、調整するから貸せって言われて、そのまま預けっぱなしだ。うっかりしてたよ。ホント悪い……」
「そう……」
再び考え込む黄瀬川に、杉森、
「大掛かりになるけど、ゼロワンのほうの火炎放射は? 」
返して黄瀬川、
「的は、どのくらいまで絞れます? 」
「半径50センチだね」
黄瀬川は小さく息を吐き、
「仕方ないわね、それでいきましょう。スギさん、お願いします」
「了解」
杉森は短く答えてからブレスに向かい、
「スーパーマシン・ゼロワン、召致! 」
直後、地面が微かに震え、専用扉の方向に、地下の駐車スペースに停めてあったはずのゼロワンが姿を現す。三室の位置からは、初め、その上部だけが見えていたが、すぐ次の瞬間、
(……! )
ゼロワン全体が見えた。
(宙に浮いたっ? )
そう見えたのは三室の錯覚。実際には、車体とタイヤが離れ、その間を細く長い金属製の脚で支えられていたのだった。そして、脚を駆使して、器用にビルや民家を避け、幅の狭い生活道路を通って、見事、駅前に到着。駐車出来るだけのスペースを見つけて少し移動し、脚を仕舞った。
(すごい、すごい! )
三室はゼロワンに釘付けになる。
杉森、ゼロワンに駆け寄り、乗り込んだ。
「火炎放射準備」
と、杉森の声。ゼロワンの荷台上部から、ウィンと音を立てて大きな筒が出てきた。
青島、
「さあ、オレらは片っ端からダイズを引っぺがしていくか」
黄瀬川が頷き、ブレスに向かって「通信、スギ」と言ってから、
「スギさん、引き剥がしたダイズが地面に落ちたら、すぐにお願いします」
ブレスから、返して杉森、
「了解」
黄瀬川は、三室・赤木・青島を見回す。
「始めましょう」
三室・赤木・青島が頷くのを確認したように軽く頷いてから、黄瀬川、丁度 目の前を横切った駅職員の中年男性に取り付いたダイズに、ダガーを突き立てる。
ダイズが変色して地面に落ちた。
ゼロワン上の大きな筒が回転し、落ちたダイズに照準が合わされる。
黄瀬川が男性を抱えて、その場から飛び退いた。
同時、火炎放射がダイズを焼く。黄瀬川の予想通り、ダイズは火に弱かったらしく、その後、燃えた個体は風に吹かれて飛び散り、新しい個体が発生することはなかった。
黄瀬川、男性に、自分たちが現在、手を打っている最中だが、予期せぬ事態が起こる可能性もあるため出来るだけ早く駅から離れるように、と言い、次のダイズに取り掛かった。
赤木・青島も、黄瀬川と同じ要領で次々とこなしていく。
三室も同じようにやろうとし、慣れない手つきで腰のダガーを引き抜いて、OL風の若い女性に取り付いたダイズに斬りつけたところまでは良かったが、変色したダイズが地面に落ちた直後、自分のほうへ向かってきた炎に恐怖を感じ、動けなくなってしまった。
瞬間、三室と炎の間に黄瀬川が割り込み、三室を突き飛ばしてさがらせ、女性を腕の中に庇って跳んで、地面に転がる。
ダイズが燃える臭いと入り混じり、ゴムを焼いた時のような臭いが鼻をついた。黄瀬川のブーツの踵部分が僅かに焦げている。
黄瀬川は身を起こし、自分が立ち上がってから、女性が立ち上がるのに手を貸した。
「大丈夫ですか? ここは、まだ危険です。出来るだけ早く離れてください」
黄瀬川の言葉に頷いた女性が、その場を去るのを待ち、黄瀬川は、
「ちょっと! 」
三室に向き直る。
三室は、ちょっと、と言われただけで、ビクッ。
黄瀬川、三室に人指し指を突きつけながら、噛みつきそうな勢いで続ける。
「ボサッとしてるんじゃないわよ! 一般の人にまで怪我させるところだったのよっ! 分かってんのっ? 」
「す、すみませんっ! 」
迫力に圧され深々と頭を下げて悲鳴に近い声で謝る三室に、黄瀬川は大きく息を吐き、
「もう、だいぶ数も少なくなってきたし、モモは、ここはいいわ。構内と南口の外の様子を見てきてちょうだい。構内に一般の人がいたら、安全に外へ誘導すること。もしダイズに取り付かれていても、引き剥がさなくていいわ。そのままここに連れて来て。それ以外に何か変わったことがあったら、勝手な行動はしないで、必ず指示を仰ぐこと。いいわね? 」
「は、はい! 」
三室の返事に頷き、黄瀬川、赤木に目をやる。
「レンも、モモと行って。ここは私とキンさんで充分だから」
「はい! 」
赤木、返事をして駅構内へ向かいざま、三室に声を掛ける。
「行こうか」
三室、赤木の後について構内へ。
構内は静まり返っていた。三室と赤木は、その静かな構内を、ダイズがいないか確認しつつ通り抜け、南口側の構外に出る。南口側は、多くの人で混み合い賑やかだが、バスの停留所や私鉄の駅もあり、道路を挟んで向かい側には飲食店が軒を連ねる場所柄、その状態が通常の姿。ダイズは見当たらず、特に問題無さそうだった。
構内を北口へと戻りながら、もう1度念のため、倉庫やトイレ、ホームの隅々まで確認して歩いたが、誰も見当たらず、他の異状も特に見られない。
「誰もいないみたいですね」
三室の言葉に赤木は頷き、ブレスを口許に持っていき、
「通信、モト」
黄瀬川に、南口構外は特に問題無く、構内も誰もおらず、他の異状も認められない旨を伝えた。
赤木のブレスから黄瀬川の声。
「そう、ご苦労様。こっちも今、片付いたとこよ。戻って来て」
と、その時、カササッと背後に微かな物音を聞いて三室は振り返り、
(っ! )
息を呑む。
「…レンさん……」
声が、声になりきらない。思わず、赤木の腕をギュッと掴む。
三室の視線の先、2人の背後3メートルほど向こう、たった今、通ってきたばかりの通路には、いつの間に何処から集まって来たのか、床を埋め尽くす無数のダイズ。2人の様子を窺っては、といった感じで、時折、カササッと音をたてて、少しずつ少しずつ、にじり寄って来ている。
「どうしたの? 」
言いながら三室の視線を追った赤木も、一瞬、固まった。それから、
「走れっ! 」
叫びざま、三室の二の腕をグイッと掴んで走り出す。
三室は赤木に引きずられるように、半分、宙を舞うような状態で、後ろを気にしながら走った。
無数のダイズは、ザワザワと音をたてて2人を追ってくる。速い。今にも追いつかれそうだ。
「どうかしたの? 」
通信中のままだった赤木のブレスから、黄瀬川の声。
返して赤木、
「無数のダイズを発見して、今、追われています」
「分かったわ。そのまま、こっちへ向かって。外に出たところで一気に焼き払うわ」
黄瀬川の指示に返事をしてから赤木は通信を切り、三室を見る。
「聞いてた? 」
「はい」
目指す出口は目の前。赤木、
「外に出たら、すぐ、出来るだけ高くジャンプして」
「はい」
出口を出、赤木に言われたとおり、三室は、すぐにジャンプ。隣で一緒にジャンプした赤木には僅差で負けたが、三室は、自分自身の跳躍力に驚いた。地面から5メートル以上。駅の屋根の高さを優に超えている。
三室は屋根の上に着地して下を覗いた。
赤木も三室の隣に着地する。
ゼロワンから放射された炎がダイズを焼き払った。
2回、3回と繰り返される火炎放射が収まるのを待ち、三室と赤木は地面に下りる。
青島・黄瀬川が三室・赤木に歩み寄って来た。
黄瀬川、
「ダイズ、これで全部かしら? 」
赤木が、分からない、と答えると、黄瀬川は、ブレスの通信で、
「スギさん、スギさんは、このまま、そこで待機してて下さい。私たち4人で、もう1度構内を確認してきます。ダイズを発見したら、その都度、何とかここまで連れ出しますから、また、お願いします」
「了解」
ブレスからの杉森の返事を待ち、黄瀬川は、三室・赤木・青島を順々に見、
「行くわよ。ダイズを発見したら、ここまで連れ出して。スギさんに焼き払ってもらうわ」
そして、構内へ向かって走る。
三室・赤木・青島も続いた。