* 1-(2) *
(どこまで行く気だろ……? )
赤木の後ろをついて歩く三室のドキドキは、だいぶ治まってきていた。歩いている距離が予想外に長いためだ。大切な話が他人に聞かれたくない内容だというのなら、従業員用の駐輪場まで行けば充分なはずだ。だが、駐輪場への出入口は、とっくに過ぎた。商品を納めに来たトラックが乗り付けてカゴテナーを上げ下ろしするための広めのスペースも通り過ぎ、そのスペースと事務室の窓口に挟まれた従業員用出入口、事務室のドア、休憩室前、更衣室前も通り過ぎて、店長室の前で、やっと、赤木は足を止める。
(どうして、店長室……? )
怪訝な表情になる三室の前で、赤木は店長室のドアをコンコン。
「失礼します」
言って、ドアを開け、入って行く。
三室も、ワケが分からないまま、
「失礼します」
続いた。
奥の机で書類に目を通していた50代の店長が顔を上げ、眼鏡の奥の小さな目でニッコリ笑う。
「ああ、ご苦労様」
三室はガックリした。自分に話があったのは赤木ではなく店長で、赤木に頼んで連れてこさせたのだと理解したのだ。
だが赤木は、ご苦労様、と言った店長に歩きながら会釈し、店長の机の真横に位置するドアを開け、
「モモちゃん、こっち」
三室を呼んだ。
(? ? ? )
三室は、本当にもう、何が何だか分からず、赤木に倣って店長に会釈してから、赤木から言われるまま、赤木が開けて待ってくれているドアをくぐる。
ドアの先は薄暗く、ドアの幅程度の狭い階段が下へと続いていた。
ドアを入った三室が、すぐの所で待っていると、赤木も入ってドアを閉め、三室の脇をすり抜けて再び先に立ち、階段を下りて行く。
この店に地下があるなど、三室は知らなかった。
バックヤードの1階と2階を結ぶ階段と同じくらいの距離を下りたところで、階段はほぼ180度折れ曲がり、そこを中間地点に、まだ階段が続く。その終点に、売場ほどの明るい光が見えた。
階段を下りきって出た、その明るい場所は、下りてきた階段の幅の3倍の幅の廊下。左右に分かれ、いくつものドアがある。
赤木は右へ曲がり、廊下を奥へ奥へ。
三室は、キョロキョロしながら、ついて行く。
白い床に白い壁。ドアは金属製だろうか、銀白色だ。明るく、小さなゴミひとつ落ちていない、シミひとつない清潔な廊下。大きな病院の廊下に似た、冷たい感じがする。廊下には、三室と赤木以外誰もおらず、いくつも並ぶドアの向こうからも、人の気配が感じられない。三室と赤木の靴音だけが廊下に響く。
一体、どこへ連れてかれるんだろう。……三室の胸にドキドキが復活。しかしそれは、さっきのものとは全く異質のものだった。
と、その時、背後で足音。立ち止まり、振り返って見ると、白衣姿の男性がドアから出てきたところだった。男性は足早に、出てきたドアのすぐ隣のドアに入る。他にも人がいたのだと、少し安心する三室。
「モモちゃん」
赤木に呼ばれて向き直ると、赤木は、もう、だいぶ離れた所、突き当たりの、他のドアの倍の大きさのあるドアの前に立っていた。
三室が追いつくのを待って、赤木は、左肘を曲げて胸の前に持っていき、ドアの、向かって右脇の壁にはめ込まれた黒い長方形のガラスのようなものに、腕時計の文字盤を向けた。文字盤を覆うカバーもベルトも赤く、何故か小さなアンテナのようなものがついている、個性的な時計。ドアがピッと鳴り、ウィンと音をたてて自動的に左右に開く。
「三室桃佳さんを連れてきました」
言いながら、赤木は開いたドアの中へ1歩入り、三室を振り返った。
「入って」
言われるまま三室が入ると、後ろで勝手にドアが閉まる。
「連れてきました」など、話があったのは赤木ではなかったことは決定的だが、三室はガッカリしなかった。店長室で店長の「ご苦労様」を聞いたあたりで、既に話の内容への期待が薄れていたことも理由のひとつ。だが、それ以上に、たった今通されたばかりの、テレビの特撮ヒーローものに出てくる秘密基地のように壁一面を正面の大型モニターを始めとする沢山の機械で埋め尽くされた部屋。部屋に入って正面のドッシリとした机の向こうで、やはりドッシリと椅子に座っている50代半ばくらいで鉄兜のようなヘアスタイルをした見知らぬ中年女性の静かな迫力。圧倒されて、ガッカリする余裕も無かったのだ。
救いは、机の左右に分かれ三室のほうを向いて立つ、見慣れた男女。左側に立つのは、30歳の鮮魚部チーフで、年甲斐の無い明るい茶髪・赤木よりも高い超長身が特徴の青島欣二と、45歳にして既に8割白髪の青果部補填で、三室のほぼ2・5倍と恰幅のいい杉森忠。右側に立つのは、年齢不詳(推定20代後半から30代前半)、ヘアスタイルもメイクも巷の流行を取り入れ過ぎくらい取り入れているレジチーフ、黄瀬川素子。赤木が三室から離れ、黄瀬川の隣に並んだ。
見知らぬ中年女性が立ち上がり、
「ようこそ、『DPL司令室』へ」
言って、貫禄の感じられる笑みを浮かべ、三室に右手を差し出す。
黄瀬川が、
「DPL司令室長の横山さんよ」
補足したが、
(? ? ? )
三室には不十分だった。
DPL司令室長とは? ヤオシゲが、「DPLカンパニー」という会社のスーパーマーケット部門の店名であるということは、三室も知っている。「DPL」は、バイトの面接の時に店長から聞いたところによれば、「生活を守る役目」という意味の英語の略で、DPLカンパニーは、人々の生活を守るという観点から様々な事業に取り組んでいる、地元屈指の大企業だそうだ。
社名プラス最後に「長」がつくのだから、
(会社のエライ人、かな? )
などと考えながら、三室は机の手前まで歩み寄り、
(でも、エライ人がバイトに何の用だろ? )
疑問を残したまま、差し出された手を握り返した。
横山は一度、しっかりと三室の手を握りしめてから手を放し、
「三室桃佳さん」
静かに口を開く。
「あなたを、DPL戦闘班、通称・スーパーファイブの、ピンクに任命します」
「は? 」
当然、言葉の意味は理解出来た。四愛医院で今日、三室を救ってくれた、正義の戦士たちの仲間に加わり、共に戦えと言っているのだ。だが、何故、このヤオシゲの建物の中で、会社関係者がスーパーファイブのメンバーを任命するのだろう。それも、普通の高校生の自分を……。第一、今日、四愛医院では見かけなかったが、スーパーファイブには既にピンクが存在しているはずだ。以前見た、スーパーファイブを取り上げた地元テレビの番組に出ていたのだから、間違いない。三室は、話の展開についていけない。
横山は、三室の「は? 」に対し、特に何の感情も込めず、もう一度、全く同じ言葉を繰り返してから、
「これまでも同じヤオシゲの従業員として共に働いていたのですから、紹介するまでもないとは思いますが、レッドの赤木廉太郎。通称、レン。ブルーの青島欣二。通称、キン。グリーンの杉森忠。通称、スギ。イエローの黄瀬川素子。通称、モト」
ひとりひとりの名前を呼び上げ、呼び上げられた名前の主は1歩前へ出ては戻る。
「あなたは三室桃佳ですから、『モモ』でいいですね? 」
これは夢だと、三室は思った。初めてスーパーファイブの実物を目にしただけでなく、自分が助けられるなど滅多に出来ない体験をしたものだから、しかも、レッドの声が赤木に似ているなどと思ったものだから、こんな夢を見ているのだ、と。テレビでも取り上げられるような有名な正義のヒーローたちの正体が、実はこんなに身近な人たちだったのに今まで気づかなかったなど、ありえない、と。
夢に違いないの何のと、自分の頭の中だけで何となくぼんやりと思うだけで何の反応も示さない三室を、横山は全く意に介していない様子で、椅子に腰を下ろしてから、机の引出しから赤木が身に着けている物と色違いのお揃い、ピンク色の時計を取り出して一旦机の上に置き、机の上を滑らせるようにして三室のほうに差し出した。
「これは『スーパーブレス』です。戦闘時のユニフォームである『スーパースーツ』を着用する際に使用します。スーパースーツは優れた強度であなたの身を守り、また、あなたの腕力や跳躍力、走力をはじめとする様々な能力を何倍にも引き出し、戦闘に役立てます。戦闘の際の基本的な動作等はスーパースーツが教えてくれますから、戦闘の経験が無くても心配要りません。他の機能としては、私や他のスーパーファイブのメンバーとの通信、DPL司令室をはじめとする、このDPL基地内の主要施設へ入室する際の鍵などの機能があります。普段も時計として使用していただいて結構ですよ」
そこまでで横山は、今度は何やら数枚の紙をホチキスで止めただけの薄い冊子を取り出し、やはり机の上を滑らせて三室に差し出してから、椅子の背もたれに寄りかかるかたちに深く腰掛け直し、両の肘掛に肘をついて手の10本の指を腹の上で組む。
「細かいことは全てこれに書かれているので後で目を通しておいていただくとして、今は簡単に説明させていただきます。まず、賃金についてですが、現在の時給とは別に、スーパーファイブとしての1回の出動につき3000円の手当を……」
三室はそれまで、一方的な横山の説明を、あまりの展開に呆然と流してしまっていたが、ハッと我に返って、
「あ、あのっ! 」
止めた。
「あたし、まだ、やるって言ってないんですけど……」
横山は首を横に振り、淡々とした口調で、
「あなたの意思は聞いていません。この先 スーパーピンクとして働いていただくことを大前提に、ここに呼びました。スーパーファイブに関する規則の1つに、『スーパーファイブ関連部署を脱退する際、同時にDPLカンパニーを退職するものとする』というものがあります。その目的は、秘密を守るためです。あなたも、スーパーファイブの存在は知っていても、その正体は、今、知ったばかりのはずです。DPLカンパニーが母体であるということも……。全て秘密なのです、社外にも、社内にも。社外に口外しないことはもちろんですが、黙っていても、社内には秘密が洩れやすいものですからね。ですから、元・関係者には辞めていただき、秘密を知る人数を最少限に抑えているのです。先代のピンクにも、規則に従い、今日付けで辞めていただきました」
そして最後に身を乗り出し、拳にした両手を机について、挑むような視線を三室に向ける。
「繰り返すようですが、秘密を守ることが目的ですから、この司令室に足を踏み入れた以上、スーパーファイブの正体を知ってしまった以上、辞令を受けられないというのなら、あなたにも、辞めていただくほかありません」
三室は、とりあえず返事を保留したまま説明の続きをしてもらえるよう頼み、いいでしょう、と頷いた横山による、賃金の説明の続き、万が一の時の保障についての説明、重要な規則など、一通り聞いた上で考えた。……高校生であり、親と一緒に暮らしている自分が、正体を隠して24時間365日、いつでも出動するというのは、かなり厳しい気がする。しかも、万が一の時のための保障があり、優れた強度のスーパースーツを身に着けるにせよ、相手にするのは、四愛医院に現れた巨大なウシのような恐い生き物なのだと思うと、1回の出動につき3000円の手当というのは微妙な金額に思えた。ただ、赤木と行動を共に出来るのは魅力だ。何より、三室が通う学校はバイトをするのに許可が必要であり、ヤオシゲを辞めて他のバイトを始めるにあたり許可を取り直すのは面倒。その上、学校の先輩から聞いた噂では、あまりバイトをコロコロと替えていると、就職先を探す時に学校の推薦が取りづらくなるらしい。……それならば、と、
「やります。やらせて下さい」
とりあえずやってみればいい、と、結論を出したのだ。やってみて、無理だったら辞めればいい、と。同じ辞めるなら、1日でも遅いほうがいい、と。
三室の言葉に、横山は満足げな笑みを浮かべる。
「よろしくお願いしますね」
「はい」
ごく普通に返事をした三室に、斜め前から黄瀬川が、
「背筋を伸ばして! もっと大きな声で! 」
三室は、大声というほどの大声ではないが鋭さのある、その声に圧されて背筋を伸ばし、
「はいっ! 」
大きな声で、もう1度、返事をし直した。
その時、ビービービービー、と、けたたましい音が鳴り、正面の大型モニターの上のランプが赤く点滅。
黄瀬川がモニターに駆け寄り、モニター下のキーボードを操作してから横山を振り返って、
「『声明文』が届きました! 」
そして再び、キーボードに向かう。
数秒後、モニターの大画面に文章が映し出された。
三室、
「…『現地球人類の都合により誕生したにもかかわらず、何故、悪者扱いされねばならぬのか、非常に疑問である』……? 」
ブツブツと声に出して読み上げ、首を傾げる。
(何? これ……)
黄瀬川はキーボードに向かい続け、赤木、青島も、それぞれ別の小さなモニター画面に向かいキーボーードを叩き始めた。
杉森は三室に歩み寄って来、三室の疑問に答える。
「あの文章はね、声明文、っていって、僕たちが戦っている相手である『新地球人類』って名乗る人物が送ってくるんだよ。まあ、そうは言っても、直接戦う相手は、今、世間を騒がせている超地球生物で、新地球人類の正体は、人物、なんて1人みたいに言っちゃったけど、何人もいる集団なのかも知れないし、その人数さえ、僕たちも知らないんだけどね。ちなみに、声明文にも書かれてた、現地球人類っていうのは、僕たちスーパーファイブも含めた、地球で普通に暮らしている人たちのことだよ。新地球人類が声明文を送ってきた後、必ず何処かに超地球生物が現れるんだ」
杉森の説明に耳を傾けながら、三室は、真剣な表情で機械を操作する3人を見た。
杉森、三室の、その無言の問いにも、
「超地球生物の出現場所を特定してるんだよ」
答えてから、少し肩を竦めて見せ、
「僕は、ああいう新しい感じの機械は苦手だから……」
ややして赤木、
「出現場所確認! 『三島駅』構内! 」
横山は立ち上がり、三室・赤木・青島・杉森・黄瀬川をグルリと見回す。
「スーパーファイブ! 」
赤木・青島・杉森・黄瀬川は、一斉に横山に注目。踵を打ち鳴らして姿勢を正し、
「出動! 」
横山の切れのいい言葉に声を揃え、
「はいっ! 」
その様をポカンと眺めている三室。
赤木・青島・黄瀬川は駆け出し、司令室を出て行く。
杉森は、一旦、出入口に向かって1歩踏み出したが、足を止め、体の向きを変えて横山の机まで歩き、机の上のピンクのブレスを手にとって三室に手渡した。
「モモちゃんも」
三室、
「……はい」
ブレスを受け取り、他のスーパーファイブのメンバーたちに倣って左手首にブレスをつけ、杉森に導かれて司令室を出る。