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* 6 *


 まだ、アスファルトからの照り返しは感じられない。頭上からの強い太陽光線のみを浴びながら、三室は、通学には自転車を使用しない重松から借りている自転車を、特に急ぐことなく走らせる。朝の爽やかさが残る午前中の道。両側を畑に挟まれた、車がほとんど通らない田舎の道を、学校から、自宅とは逆方向へ。

 今日は、1学期の終業式だった。クラスメイトの鈴木知美が欠席したため、学校の配布物を届ける役目を引き受けていた。鈴木知美と仲の良い他の生徒が、皆、部活やらバイトやらで忙しいと断ったため、担任の教師が、部活もバイトも無い暇な三室に、逆方向で申し訳ないけれど、と声を掛けてきたのを引き受けたのだった。

 スーパーファイブを脱退してから今日までの8日間、スーパーファイブの活躍を耳にする度、正体不明の胸の苦しさに襲われながらも、三室の時間は穏やかに、ゆっくりと流れた。スーパーピンクとして戦っていたことが、三室には、随分昔のことのように感じられていた。それ以上に、スーパーピンクとして随分長いこと過ごしてきたような気がしている。三室がスーパーファイブを辞めてから今までの期間と、スーパーピンクだった期間は、日数的には、それほど変わらない。忙しく過ごしていても暇に過ごしていても、どちらにしても時間が長く感じるなど、 

(…何か、不思議……)


 両側の風景が変わり、左手が住宅地、右手が人工的に作られた貯水池。鈴木知美の家は、三室がいる地点から見て、丁度、貯水池の対岸にある。三室は、緑がかった茶色に濁った貯水池の水面を目の端に映しながら、のんびりと自転車を漕ぎ続ける。

 と、右手側から、ゴボッ。低く大きな音。

(ゴボッ……? )

三室は自転車に乗ったまま、何の気なく音の方向を見た。道路から2メートルは下だったはずの水面が、道路ギリギリの高さまで上がってきている。

(? )

直後、水面が大きく盛り上がったかと思うと、ザバーッ!

(! )

水しぶきを上げながら現れた。

(! ! ! )

明らかに爬虫類の風貌をした巨大な頭部と、それに続く長い首。

 三室は驚いて急ブレーキ。

(恐竜っ? )

 数秒間、自分の上に雨のように降り注いだ池の汚い水にも反応できないくらい驚いた三室。しかし、すぐに首を横に強く振って自分の考えを否定。恐竜など、いるはずがない。

(あれは……)

三室の視線の先、爬虫類は、池を囲うガードレールを押し潰しながら、その頭を重たそうに道路の上にのせた。そして、大きく平たい前足も水から出し、同じくのせる。同時、水面から甲羅のようなものが一部、覗いた。

(…甲羅……。カメの、超地球生物)

全身は見えていないが、大きめの自家用車ほどの大きさの頭部と、それを平らに延ばしたような大きさの前足から、また、見えている部分の甲羅の輪郭をたどることで、全体の大きさは想像がつく。……大きい。

(…どうしよう……)

三室は困った。もちろん、カメをどうしよう、と考えているわけではない。イチ女子高生に過ぎない三室に、どうにかできるワケがない。カメは、今に スーパーファイブがやってきて、どうにかしてくれる。三室が考えているのは、これからの自分の行動について。鈴木知美の家に行くためには、カメの目の前を横切らなくてはならない。今のところはジッとそこにいるだけのカメだが、多分、目の前を横切るなど、少しの刺激でもしないほうがいいように思う。鈴木知美宅への他の道は知らない。どこか離れた場所でスーパーファイブがどうにかしてくれるのを待つか、急ぎの配布物ではないので 今日はやめておくか……。

(でも、まあ、とにかく……)

どちらにしても、ここから離れよう、と、とりあえずの結論を出し、出来るだけ小さな動きで回れ右をするべく一旦自転車から降りて押そうとした三室の目に、三室の位置から見てカメの頭より向こう、カメの斜め前方5メートルほどの距離、民家の塀に寄りかかるようにしてカメを見、固まる30代前半くらいの女性と、その女性と手をつないだ 女性の子供らしい3歳くらいの男の子が留まった。

 あ、あの人たち危ないかも……。三室がそう思った瞬間、突然、何を思ったか、男の子が女性の手を振りきり、カメへと向かって駆け出した。

 カメの視線が男の子に向けられたのが、三室には分かった。

(危ない! )

心臓が痛くなるくらい心が強く叫んだと同時、三室の体は、三室の意識に断りも無く勝手に動いた。自転車に飛び乗り、男の子目掛けて全力疾走。男の子まで1メートルのところで自転車を捨て、男の子に飛びつき、抱え上げて、もともと三室がいたのとは反対方向へと走り出す。 

 男の子を抱えて走りながら、三室がチラリと後ろを振り返ると、カメは、首を伸ばして、顔だけで三室に迫ってきていた。あと50センチで届いてしまう。

 カメが、ガバッと大きな口を開いた。

(……! )

思わず男の子を抱く手に力を込め、身を硬くする三室。

 その時、三室の目の前を青い影が掠め、三室の腕から男の子を強引にさらって行った。戦闘装備した姿の青島だった。 

(キンさん……)

 男の子を抱えた青島は、一旦、男の子の母らしい女性のもとへ。男の子を片腕に移し、もう片方の腕で女性を抱き上げると、女性が立っていた後ろに位置していた民家をいっきに飛び越え、姿を消した。

 鮮やかな動きに、つい見惚れ、

(…来てくれた……! )

母子らしい2人の安全が確保されたことで、三室は自分の身に寸前まで迫っている危険も忘れ、ホッとしてしまう。

 直後、

(っ? )

体がフワッと宙に浮き、三室は思い出して青ざめる。自分に迫っていたカメの存在を。

 恐る恐る、自分が宙に浮いている原因を確認する三室。確認して、

(レンさん…… )

再び、少しホッとする。戦闘装備した赤木が、背面から、いつかと同じように三室を抱き上げていたのだった。

 三室に頷いて見せ、駆け出す赤木。

 予想以上によく伸びるカメの首が、三室を抱えた赤木を追ってくる。

「レン! 」

聞き覚えのある女性の呼び声。呼び声のした、三室と赤木の真正面数メートル先に、先の2人と同じく戦闘装備した杉森と黄瀬川が、いかにもどこかの幼稚園で遊具として使われていた物を借りてきました、といった感じの水色でペイントされたドラム缶を横にし、それぞれ、ドラム缶の両端を片側ずつ持って立っていた。 

(スギさん、モトさん……)

 杉森と黄瀬川は、せーの、と、1度、後方に大きくドラム缶を振って勢いをつけ、三室と赤木のほうへ転がす。

 赤木はタイミングを計ってジャンプ。ドラム缶をかわし、杉森と黄瀬川のもとまで行ってから、三室を腕から下ろした。

 母子を抱えて民家の向こうに消えていた青島も、ほぼ同時に合流。

 三室はカメを振り返る。カメは、ドラム缶を口にくわえて元の位置まで首を引っ込め、大人しくなっていた。

 と、背後で大きな溜息。 

 見れば、そこには、三室に対して斜に構えて腕組みをした黄瀬川。呆れた、といった調子で、

「まったく、無茶よね」

 三室、まだ助けてもらった礼を言ってないことに気づき、

「あ、あの、助けていただいて、ありがとうござ……」

言おうとしたのを、黄瀬川が、ズイッと三室の目の前に何かを突きつけて遮る。

 近すぎて三室は、

(? )

一瞬、何だか分からなかった。それは、ピンク色の腕時計。スーパーブレスだった。

「結局、あんたは縁があるのよね」

三室にブレスを突きつけたままの状態で言う黄瀬川。

 黄瀬川の言わんとすることが全く理解できないでいる三室。

 黄瀬川、少しイラついた様子で強引に三室の左腕を自分のほうへと掴み寄せ、

「ほら、ボサッとしてないで」

手早く三室の左手首にブレスをつけた。

「さっさと戦闘装備なさい」

 当然、

「…でも……」

途惑う三室。自分は、既にスーパーファイブを脱退している。戦闘装備なんて、と。しかし、

「いいから、早くしなさい! 」

久々に聞く黄瀬川の怒鳴り声に圧されるようにして、それでも、きちんと周囲に視線が無いことは確認してから、戦闘装備。

 黄瀬川は、それを見届けたように軽く頷いてから、三室・赤木・青島・杉森を見回し、

「超地球ガメがドラム缶に気を取られてる今のうちに、麻酔で眠ってもらいましょう」

 黄瀬川の言葉に、三室は、もう一度、カメに目をやる。

(あ……)

頭を時折、横に小さく振りながらドラム缶をくわえるカメの、潤んだ目。三室には泣いているように映り、グッと胸が詰まった。

「助けて……」

と、カメの、小さな小さな声を聞いた気がした。

(あたし、何 考えてたんだろ……)

超地球生物が巻き込まれて戦わされているだけだと感じてしまっている今、確かに、超地球生物と戦うのは辛い。戦いたくない。これ以上、傷つけたくない。

(でも……ううん! だからこそ、やらなくちゃ! )

巻き込まれて戦わされているだけと感じた自分でなければ出来ないことがある。

 今まで、自分は逃げていた。

 自分の望みはハッキリしている。……現地球人類と新地球人類の戦いを終わらせ、誰もが不当に命を奪われることなく幸せに暮らせる世の中にしたい。

 だが、そのために動こうとしなかった。それは、間違いなく逃げだ。

 自分の力がとてもちっぽけで、望みのほうは気が遠くなるくらいに大きいことくらい、分かってる。けれど、自分が動かなければ何も始まらないし、終わらない。自分1人の力は小さくても、動くことで、それが周りの人にも伝わっていって、いつかきっと、大きな大きな力になる。今の時点では、超地球生物が巻き込まれて戦わされているだけと感じることが出来た自分だけが、超地球生物を解放してあげられる可能性を持っている。

「スーパーファイブを脱退することで、少なくても自分は超地球生物と戦わずにすむ」

なんて、自分さえよければいいなんて、ダメだ。それは結局、自分のためにさえならない。脱退後、スーパーファイブの活躍を耳にする度に感じた胸の苦しさの正体は、きっと、これだったのだ。自分のため、超地球生物のため、現地球人類も新地球人類も含めた、この地球で暮らす皆のため、そして、ハウのためにも……。超地球生物から、戦いから、遠いところにいては、なかなか難しい。自分は戦いの中に身を置いて、望みを叶えるために戦う。辛いからこそ、今は、戦わなければならない。自分は、もう、スーパーファイブではないけれど、何らかの形で戦っていこう!

 三室は決意を込めて黄瀬川に視線を戻し、その指示を待った。

 専用扉が遠いとの理由から、青島がブレスでゼロツーを呼んだ。その荷台から出した麻酔銃5丁を、それぞれが1丁ずつ手に、カメの死角である斜め後ろに回り、腕に自信のある青島が一番遠く、次に黄瀬川・赤木・杉森・三室の順に、互いの邪魔にならないよう間隔を空けて陣取る。

 甲羅に隠れておらず、しかも、突然大きく動いたとしても比較的動きが小さいと思われる首の付け根と前足の付け根のうち、自分の位置から狙いやすいほうに、それぞれが照準を合わせた。

「5! 」

カメの注意を引かないようにと、黄瀬川によるブレスを介した小声のカウントダウンが始まる。

「4! 3! 2! 1! 発射! 」

「ゴメンね」

小さく呟きながら、三室は引き金を引いた。

 5発全てが、ほぼ同時に命中。カメは、痙攣でも起こしたように、1度、ビクンと鼻先を空へと突き上げて首を伸ばしきった。ドラム缶が、ガシャンガランゴロンと道路に転がる。続いて、伸びきったままのカメの首が、力なく道路に落ちた。

(ゴメンね……)

三室の胸が、キュウッと痛んだ。


 既に呼んであったゼロツーと新たに呼んだゼロワン・ゼロスリーを、一旦、ロボに変形・合体させ、麻酔で眠っているカメを池から引き上げ、確かにゼロツーの荷台では運べない大きさであることを確認して、目覚めても動けないよう、以前ニホンジカを縛ったものと同じロープで、甲羅をグルグル巻き、口が開かないよう鼻先もグルグル巻きにして、作戦終了。

「通信、司令室」

黄瀬川は横山に作戦終了の旨を伝え、通信を切ってから、

「モモ」

三室に向き直った。

 いつもよりかなり低めのトーンに、三室、ちょっとビクッとしてしまいながら、

「は、はいっ? 」

 黄瀬川、小さく息を吐き、少しの間をおいて、

「…私はね……」

重々しく切り出す。

「あんたが、スーパーファイブに、とても向いてるって、思ってるのよ」

 その言葉に三室は、

(っ? )

驚き、そして、耳を疑った。何故なら、今のその言葉の中で、黄瀬川はハッキリと、自分を認めてくれた。マスクで顔が見えない。声は確かに黄瀬川のものだが、自分の目の前にいるスーパーイエローは、本当に、

「モトさん? 」

なのだろうか、とさえ思ってしまう。

 黄瀬川は、三室からスッと顔を背け、

「辞める理由を、あんた、一言も口にしなかったから、全然 納得いかなかったのよ。

 新地球人類に捕まってる間に、とても怖い思いでもして、それで懲りてしまって、もう戦えないとでも言うなら仕方ないけど、今、あんたは、スーパースーツを着てもいないくせに子供を助けようとしたじゃない? 怖い思いをして懲りた人のすることじゃないわよね? 納得いかないわ。

 人を助けたいなら、キチンとスーパースーツを着て、バイト代ももらってやったらいいじゃないの。まったく、危なっかしくて見てられないわよ」

 三室の肩に、ポン、と杉森の手がのる。

「モモちゃん、モトさんね、君が考え直して戻ってくるかも知れないから脱退の件は暫く保留にしておいてほしいって、横山さんに頼んだんだよ。ピンク不在の間は自分が2人分頑張るから、って」

 さっき、三室が男の子を助けようとしたのは、完全に無意識でのことで、正直、動き出してしまってから、自分で驚いた。三室自身でさえ知らなかった、三室の心の中のそんな部分を、黄瀬川は見抜いていたということだろうか。そして、そんな部分こそが、黄瀬川が三室をスーパーファイブにとても向いていると考える理由なのだろうか。他に、思い当たらない。どの部分が、なのかは定かではないが、黄瀬川が自分を認めてくれたことに照れ、また、杉森から聞かされた黄瀬川の、横山への「ピンク不在の間は自分が2人分頑張る」との発言に恐縮し、三室は俯いた。

 黄瀬川、

「別に、私の勝手な思い込みだから、違うのなら、別にいいんだけど……」

投げやりな口調で、

「どうなの? 戻ってくるの? 」

 黄瀬川の視線が再び真っ直ぐ自分に注がれているのを感じながら、三室は顔を上げた。

「はい」

黄瀬川が自分を買ってくれたことに見合うほどの働きが、これから出来るかどうかは分からない。また迷惑をかけて怒られることばかりかも知れないが、たった今、三室は決意したばかりだ。辛いからと言って超地球生物のことから目を背けるのではなく、辛いから 戦うのだと。そして、同じ戦い、望みを叶えるため動くのであれば、スーパーファイブの一員であるほうが何かと都合が良く、近道なのではとも思えた。

 少しばつの悪さを感じながらも、

「また、お世話になります」

はっきり言いきった三室に、黄瀬川の発する空気がフッと柔らかくなった。

「そう。分かったわ」

 杉森の、心のこもった、

「お帰り、モモちゃん」

 続いて青島、からかうように、

「ヨッ、出戻り娘! 」

(何か、ちょっと言葉の意味が違うんじゃ……? )

三室は、マスクで見えないことは分かっているが、あいまいな笑顔を作って返した。と、赤木と目が合ったように思い、赤木のほうを向く。

 赤木は、小さく頷いた。

 三室には、赤木がマスクの奥で優しく笑んだのが、何となく分かった。

(…あったかい……)

温かく迎えられ、三室は、ここが自分の居場所であると感じた。この居場所が、1日でも早く、その存在する意味を失うことが、三室の望みではあるけれど……。

 黄瀬川が一同を見回し、

「さ、基地に戻って、ミーティングよ」




                * 終 *





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