* 5-(3) *
「モトさんが、そんなに冷たい人だと思わなかったです! 」
雨でずぶ濡れの三室がDPL司令室の前まで来ると、珍しく荒げた赤木の声。
「もう、丸1日経ってるんですよっ? こうしてる間にも、モモちゃんがどんな目に遭わされてるか、考えないんですかっ……!? 」
それを黄瀬川、
「考えてるわよ! 」
苛立たしげな声で遮ってから、一転、落ち着いた声で、
「でも、レンはまだ寝てないと……」
それを今度は、
「もういいですっ! 」
赤木の声が遮った。
ガタンッと、何か硬い物が倒れるような音。続いて、
「レンッ! 」
黄瀬川の声。
直後、ドアが開き、頭に包帯を巻いた赤木が出てきた。
赤木は三室の姿を認めると、一瞬目を円くしてピタッと足を止め、右手で三室の左腕を掴み、引き寄せる。
(……! )
突然のことで 三室はバランスを崩し、赤木の胸に倒れこんだ。
赤木は、ギュッと三室を抱きしめ、
「モモちゃん! 」
(レンさんっ? )
三室の心臓は、もう、口から飛び出しそう。
「…よかった! 無事で、よかった……! 」
掠れ気味の赤木の声、微かに湿布の香りのする胸の温もり。
普段の会話さえ緊張する赤木の腕の中だというのに、三室は少しずつ落ち着いてきた。
(…あったかい……)
赤木の「モモちゃん」との言葉を聞きつけたのか、司令室から、青島・杉森・黄瀬川がドドドッと雪崩れ出て来た。
三室、その勢いに圧倒され、赤木の胸から身を起こしながら、
「あ…あの、ご心配をおかけして……」
「ホントよね」
黄瀬川は突き刺すように言ってから、
「でも」
ふっと優しく笑み、
「無事でよかったわ」
青島・杉森も柔らかで穏やかな笑みを浮かべている。
皆が心配してくれていたのだと感じ、皆の心配など全く考えていなかった三室は、心から申し訳なく思った。
「本当に、すみませんでした」
「あ……」
赤木が小さく声を上げ、鼻の頭を掻きながら、露骨に三室から視線を逸らす。
三室が、
(……? )
ワケが分からずキョトンとしてしまっていると、青島が両手を自分の口元のあて、わざとらしい女のコ口調で、
「ヤダー、レンくんたら、どこ見てるのぉ? 」
赤くなり、背を丸めて後ろを向いてしまう赤木。
黄瀬川が大きく溜息をついて司令室に入って行き、少しもしないうちに大判のバスタオルを手に再び廊下へ出てきて、
「ブラが透けて見えてるわよ。濡れたままボサッとしてないで」
バスタオルを三室に投げてよこした。
「これでも被りなさい」
言われて初めて、三室は自分の体を見下ろし、雨でピタッとくっついた制服からブラジャーが透けて見えていると気づき、慌てて、バスタオルでピッチリ自分の体を包む。
「あ、ありがとうございますっっっ! 」
そして、恥ずかしさを ごまかすためと、純粋にさっきから気になっていたため、
「……あの、……ところで、レンさんの その包帯は……? 」
赤木の巻いている包帯について聞いた。
青島、
「ああ、これかい? 」
親指で赤木を指し、からかい口調で答える。
「こいつ、モモちゃんが超地球ガイに飲み込まれた時、真っ青になってロボから降りて、カイに飛びかかって、こじ開けようとしたんだ。で、その結果 振り落とされて頭を打ったってワケ」
(ええっ? )
三室、赤木の怪我が自分のせいだったと知り、うろたえて、
「そうなんですかっ? ゴメンなさい! 」
後ろを向いたままの赤木の前方に回り、その顔を見上げた。
笑顔を作って 赤木、
「いいって」
それから表情に影を落とし、
「…結局助けられなくて、オレのほうこそゴメン……」
三室は急いで首を横に振る。
「……そんな!」
青島、ますます面白がり、
「オレ、あんな思いつめたレンの顔、初めて見たよ。もちろん、オレやスギさんやモトちゃんも追いつめられてたけど、それとは、ちょっと違うよなあ? 」
言って、赤木の首に腕を絡め、ニヤニヤ。顔を覗きこんだ。
「え? どうなんだい? レ・ン・く・ん? 」
赤木、耳まで真っ赤になりながら、
「や、やめて下さいよ……! 」
その反応に、三室も、
(…え? それって……? )
自分の顔が赤くなったのを感じた。しかし、そんな浮いた感情は一瞬だけ。すぐにハウのことを思い出し、意識的に沈む。自分だけが生き延び、軽い話をすることが、ハウに対して申し訳ないことに感じたのだ。
三室、軽く息を吸って吐き、
「中に、横山さんいますか? 」
他の4人にとっては、おそらく唐突に言う。
黄瀬川が、
「いらっしゃる、けど……? 」
不思議そうに答えた。
三室、
「ありがとうございます」
と 返してから、司令室内へ。続く4人が不思議そうに顔を見合わせているのを背中で感じつつ、いつものように正面の机にドッシリと構えている横山の前まで真っ直ぐ進み、
「ご心配をおかけして、すみませんでした」
挨拶。
横山は、
「いいえ。無事で何よりです」
貫禄たっぷりに返す。
三室は左手首からブレスを外し、
「横山さん」
机の上に そっと置いた。
「これ、お返しします」
ハウを失い、雨の中、再び基地に向かうべく立ち上がった時には、既に決めていたことだった。
「モモちゃんっ! 」
「モモッ? 」
背後から驚きの声。
自分はもう、超地球生物とは戦えない。本当の敵は新地球人類であっても、自分が直接戦わなければならないのは超地球生物。無理だ。超地球生物が巻き込まれて戦わされているだけだと感じてしまってなお、どう戦えと言うのか? 足手まといになるだけだ。自分は所詮、バイト。バイトを辞めたくなくてスーパーファイブの一員になった。バイト先は、また探せばいい。就職に多少不利になっても仕方が無い。自分が辞めても、きっとすぐに新しいピンクが加わり、現地球人類を守ってくれる。900円の時給プラス1回の出動につき3000円の手当。常に心の葛藤に苦しんでまで続ける価値は無い。
「もう、決めたことですから」
迷いは無い。三室は真っ直ぐに横山を見る。
横山、
「分かりました」
腕を伸ばし、机の上のピンクのブレスを手に取る。
「それが何を意味するか、分かっていますね? 」
「はい」
強い決意で頷く三室。
横山は静かに頷き、
「そうですか。今まで、ご苦労様でしたね」
「お世話になりました」
三室は横山に頭を下げてから、ドアの方向へと体の向きを変え、そこに立っていた赤木・青島・杉森・黄瀬川にも、深々と頭を下げた。
「今まで、ありがとうございました」
無言で三室に道を空けた4人。その視線が、はっきりと三室との別れを惜しんでいる。
初めの頃は、人間関係が上手くいかなかった。が、今はこうして別れを惜しんでくれている。三室の心に温かなものが溢れ、少しの寂しさが残った。もっと、彼らと一緒にいたいと思った。
(でも、もう、どうしても戦えないから……)
三室は司令室を出、更衣室のロッカーに置きっ放しにしてあった私物を整理して、ヤオシゲを出た。




