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* 5-(2) *


 牢屋を出ると、そこは、牢屋と同じく冷たいコンクリートに囲まれた薄暗い廊下だった。三室とハウが入れられていた牢屋のドアと同じドアが、等間隔で壁についている。左手側は、すぐ行き止まりになっているのが見えたため、三室は右手側へ走った。廊下の両側にところどころ取り付けられた赤いランプが点灯し、ジリリリリリ、と、耳をつんざく大音量のベルが鳴り響く。

 三室は腕の中のハウの温かな頬に自分の頬を寄せ、

(ゴメンね。ハウ、ゴメンね……)

泣きそうになりながら心の中で繰り返す。


 ベルが鳴り続ける中、途中で折れ曲がりはしても分かれることなく続く廊下を走っていくと、やがて、眩しい光が見えた。

(出口かもっ? )

三室は力を得、光を目指す。

 と、光の中に、1人の人物が立ちはだかった。逆光で顔は見えないが、そのシルエットから女性であると分かる。

 三室は警戒して立ち止まり、ハウを抱く腕に力を込めた。

 シルエットの女性は腰から剣を抜き、三室目掛けて走って来る。

 距離が縮まり、確認出来た顔に、三室は我が目を疑った。

(桃沢さんっ? )

 そう、シルエットの女性は、元・ヤオシゲ壱町田支店セルフ部サブチーフ、そして、先代・スーパーピンクでもある桃沢里絵だったのだ。 

 動きを妨げないよう長いスリットの入った薄手の白いドレスの上に、美しい装飾を施された牡丹色の胸当と肩当を身に着け、同色のブーツを履いた桃沢は、手にした剣で三室に斬り掛かる。 

 驚きのあまり立ち尽くしてしまっていた三室は、危ないところで後方へ飛び退いて、その切っ先をかわし、祈るような気持ちでブレスに向かい、

「戦闘装備」

 無事、戦闘装備は出来たが、ハウを抱いたままでは思うように身動きがとれない。三室は廊下の隅に、そっとハウを寝かせようとする。 

 その間にも、桃沢は容赦なく三室に向けて剣を振り下ろした。

 三室は片手でダガーを引き抜き、桃沢の剣を受け止める。ガチンと金属音。手が痺れる。歯を食いしばり、片手で桃沢の剣を受け止めた状態のまま、ハウを静かに床に下ろしてから、三室は桃沢に向き直り、立ち上がった。ダガーに、もう片方の手も添え、桃沢の剣を押し返す。

「桃沢さん! あたしですっ! 三室桃佳ですっ! 」

「うん、分かってる」

桃沢は悲しげな笑みを浮かべた。

「まさか、こんなふうにモモちゃんと戦うことになるなんてね……」

 鍔迫り合いをしながらの会話。腕力に勝る三室が、

「どうして、桃沢さんが ここに? 」

鍔迫り合いを制し、桃沢を突き放す。

「あたし、レンさんから、桃沢さんが先代のピンクだったって聞きました」

 桃沢、

「そう、私は確かに、9日前までスーパーピンクだった」

剣を構え直し、

「私も以前、新地球人類側に捕らえられたことがあってね、その時、新地球人類側の考えに触れて共感したの。スーパーファイブを脱退したのは、現地球人類を、自分の命を賭してまで守ることに疑問を感じたから」

再び三室に斬りかかった。

「でも、ドクターワタナベのためなら死ねる! 」

 三室は桃沢の剣と斬り結び、

「あたしは、桃沢さんと戦いたくないです! 」

悲しくなりながら、剣の向こうの桃沢を見つめる。姉のように慕っていた。つい最近まで、一緒にヤオシゲで働いていたのに、と。

「ゴメンね、モモちゃん。スーパーファイブのメンバーであるあなたと戦わなかったら、私は、ここにいる意味が無いの」

今度は桃沢が三室を突き放す。

 大きくバランスを崩し床に転がる三室。

「不思議に思わなかった? どうして、超地球生物による攻撃が1つの町とそのごく周辺の地域に、しかも、日本の中心どころか県の中心とさえ言えない町に集中してるのか……」

言い終わりざま、まだ体勢を立て直していない三室の胸を目掛けて襲い掛かる桃沢の剣。

「答えは、そこにスーパーファイブがいるから! 」

 三室は横転。間一髪で桃沢の攻撃をかわした。

「私は新地球人類になったの。地球に悪影響しか及ぼさない現地球人類たちを滅ぼして、美しい地球を取り戻し、人類以外の他の生物たちとも仲良く平和に暮らしていくことを目指してる。そのためには、スーパーファイブがとても邪魔なの! 地球生物たちの現地球人類に対する復讐をサポートしがてら、まず、スーパーファイブを潰す。それが、今の私たちの、とりあえずの目標。だから、私は立場上、モモちゃんと戦わないわけにはいかないの! 許してっ! 」

 次々と繰り出される剣をダガーでさばきつつ、三室は何とか体勢を立て直す。

(戦いたくない! )

三室の脳裏に、桃沢と一緒に働いていた時の映像が、優しく懐かしく蘇っていた。涙が溢れる。三室は桃沢の剣をガッチリ受け止め、押し返しながら、

「桃沢さんとは、戦えないっ! 」

涙声で叫び、さんざん押し返した後、おそらく桃沢にとっては突然、フッと力を抜いた。 

 力の均衡が乱れ、前のめりに崩れる桃沢。

 その一瞬をついて三室は桃沢の懐に潜り、

「桃沢さん、ゴメンなさい! 」

肘で、みぞおちを突く。 

 力無く崩れる桃沢を、三室は抱きとめ、その場に静かに横たえて、

「…ゴメンなさい……」

ポツリと呟いた。



                 *



 ハウを抱き上げた三室が再び目指した光は、出口……と言えば言えなくもないものだった。

 三室が今までいた、その場所は、地上50メートルはありそうな塔の最上階だったのだ。「出口」から外に出てみると、そこには薄い鉄板の狭い通路と三室の胸までの高さの細い手摺。通路を、とりあえず右手側へ進むと、グルリと1周回って、また同じ場所へ戻ってしまっただけ。安全に下に下りられそうな階段などはついていなかった。しかし、再び塔内に戻って下に下りられる階段を探すのは危険過ぎる、と、三室は覚悟を決め、

(絶対、大丈夫! )

ハウをしっかりと抱き直し、眼下を見据えた。角度は違うが知っている景色。ヤオシゲ壱町田支店から、そう遠くない。沢地川小学校も田舎だが、そこから更に山奥に入った所に在る工業団地の近くだ。

 まさか飛び下りるとは考えていないのだろう。今のところ塔の下に敵らしい姿は無い。下りられれば逃げられる。

 三室、

「飛び下りるから、しっかり目を瞑ってて」

 ハウは、腕の中で小さく頷いた。

 三室は手摺を跳び越え、宙に身を躍らせる。グングン近づく地面。空中でバランスをとり、着地時には膝を曲げて衝撃を和らげ、無事、着地成功。……だが、ホッとしてハウを見、

「ハウっ? 」

青ざめる。

 シカの顔色の基準など知らなくとも、飛び下りる前とは明らかに顔色が違うと感じ取れた。着地の衝撃が、もともと弱っていたハウの体には、少なからず影響を与えてしまったのだ。

 ハウの体の様子を敏感に感じ取るため、三室は戦闘装備を解除する。目を閉じ か細く頼りない呼吸を繰り返すハウの頬に、頬を寄せてみると、冷たかった。

(…さっきは温かかったのに……)


 三室は走った。

「ハウ、もう少しだから頑張って……! 」

ハウの体に、これ以上の負担をかけないよう気を配りつつ、出来るだけ急いで基地に向かう。

 

基地に行き、ハウは超地球生物だが敵ではないと説明した上で、三室が一生懸命頼めば、きっと医療室の人がハウを救ってくれると考えたのだ。

「…頑張って……。お願い、頑張って……」

繰り返し繰り返し、何度も何度も、祈りを込めて呟く。

「…おねえ、さん……」

腕の中から、三室は小さな小さな声を聞き取り、走りながら見れば、ハウが薄っすらと目を開けていた。

「もう、はしら、なくて、いい、よ……」

 その言葉に、三室は足を止め、

「ゴメン、辛かった? 」

 ハウは微かに首を横に振り、潤んだ目で三室を見つめる。

「ぼくの ために、はしらないで……。ぼくは もう……」

 砂時計の砂が上から下へと流れ落ちるかの如く目に見えて零れ落ちていく命を止められずに、三室は、ただ、

「ハウ、そんなこと言わないで……。お願い、頑張って……。…頑張って……。…頑張って、よ……」

繰り返した。

 ハウ、

「たすけて くれようとしたのに、ごめんね……。もう がんばれないよ……。ごめんね……」

途切れ途切れ、消え入るように、

「…くっきー、おいしかった。ありがとう……。…やさしく してくれて」

しかし、懸命に言葉を紡ぎ、

「ありがとう……」

最期は幸せそうな笑みを見せ、その表情のまま目を閉じた。

「…ハウ……! 」

三室の叫びも祈りも、もう、ハウには届かない。分かっていても、三室は僅かに残されたハウの温もりを感じたくて、ハウを抱きしめ、その頬に自分の頬を寄せる。

 直後、ハウの体は霧のようになって風に散った。

「ハウ……! 」

既に見えなくなったその姿を追って、三室は空を仰ぎ、その場にガクンと膝をついた。

(…あたしのせいだ……! )

地面に両手のひらを押し付け、俯いて、三室は唇を噛む。

(あたしが、ハウを死なせちゃった……! )

自分の判断ミスだと思えた。もしも一瞬でもハウを置いて行こうとしたりしなければ、もしも塔から飛び下りずに塔内に戻って階段を探して下りることを選択していれば、と、強く自分を責めた。



                  *



 両の手のひらを地面についたまま、時間だけが過ぎていく。

(分からない……)

悲しみとも怒りとも、何とも表現し難い ひとつの疑問が、三室の胸にあった。

(どうして、ハウみたいな小さな子供が死ななきゃいけなかったの……? )

当然、直接の原因が三室自らの判断ミスにあったことは分かっている。が、この疑問は そうではない。ハウの死という悲しい結末を招いた大本は何だったのか、ということだ。

 三室は1つ1つ丁寧に振り返り、原因を探る。

 先ず、ハウが命を落とした直接の原因。これは、三室の判断ミス。しかし、塔からの脱出を最優先に考えれば、最善の策だったと言えないだろうか。言いワケをするつもりは無いが、もし、塔からの脱出方法として、塔内に戻り階段を探して下りることを選択していたら、「出口」で桃沢に会ったように、途中で何度も何人もの新地球人類と出くわし、敵である三室はもちろん、裏切り者であるハウも、塔から出ることすら叶わずに命を落としていたのではないか。

 次に、ハウが食事も与えられずに牢屋に閉じ込められることとなった原因。これは、ハウの考え方と行動にある。ハウがドクターワタナベに逆らい、逃げたためだ。だが、もしも三室が新地球人類側に捕らえられるなどというヘマをしなければ、そして、ハウと同じ牢屋に入れられなければ、ハウは、牢屋に閉じこめられる原因となった事柄以上のドクターワタナベに対する裏切り行為を重ねずに済み、そのうちには許されて食事も与えられ、生き長らえたのだろうか。

 そもそも、どういった経緯でハウは超地球生物になったのか。ハウはシカだ。失礼な言い方かもしれないが、自分の頭で現地球人類に対する復讐を考え その手段として自分から新地球人類の下へいくほどの知能があるとは考えにくい。子供であるハウのこと、ナノカ堂で会った彼の父親に連れられ 父親と共に、というのも考えられなくもないが、知能が高くないと思えるのは父親も同じこと。それはまた、他の超地球生物にしても同じことだ。

 ただ、ハウに限って言えば、超地球生物になって以降、それだけの知能は確実に持っていたのだが、当のハウは、復讐など望んでいなかった。

 ならば、何故? やはりハウが感じていたように、超地球生物は新地球人類に利用されているだけなのか。もともとは現地球人類に対して恨みや憎しみの気持ちなどなく、その素直さ純粋さ故に新地球人類にとって都合のよい大義名分を植えつけられ、戦わされているのか。

 新地球人類側から送られてきた三室が知る限りの声明文の意味を考えてみると、「カ」についてはちょっと分からないが、ウシとニワトリの時は、狂牛病や鳥インフルエンザが見つかった際に、その個体を治療するのではなくすぐに殺してしまうことを非難。ダイズの時には、遺伝子組み換えのダイズを創りだしたのは現地球人類であるにもかかわらず、現在、遺伝子組み換えのダイズを嫌う風潮があることへの批判。ニホンジカの時は、そこに繁殖に適した環境があるため繁殖したシカに対して、農作物への食害を理由に適正生息数などを勝手に決めてしまう傲慢さを非難。巨大貝の時は、声明文とその外見から、現地球人類が食用にしている種類の二枚貝であると仮定して、貝毒を持つようになる原因は現地球人類にあることを棚に上げ自分たちが食するのに困るからと問題として取り上げ騒ぐことへの批判。……どれも筋は通っているが、現地球人類とその他の地球生物の間の問題であり 新地球人類には関係が無い上に、自分たち現地球人類のしたことは、自分たちの生活を守るために仕方のないこと。

 確かに、他の地球生物たちともう少し上手くやっていく方法があるのではとの反省もあるし、現地球人類の中には、一部、自然環境について極端に意識の低い不届き者が存在するのも確かだ。しかし今、スーパーファイブの母体であるDPLカンパニーもそうだが、現地球人類の中で、自然環境について考え努力する動きは既に広がり、定着してきている。

 ドクターワタナベは、新地球人類は現地球人類以外の地球生物との平和共存を目指していると言うが、三室の目から見て、とてもそうは思えない。生まれたままの自然な姿を奪い、復讐という尤もらしい理由をつけて戦わせ無駄に傷つけておいて、何が平和共存だ。本当に平和共存を望み、現地球人類によるほかの地球生物への仕打ちを悪とするのなら、地球を手に入れるため自分たちが現地球人類に直接手を下すほうが簡単と言うのなら、地球生物を守る観点から、手っ取り早くそうするべきだったはずだ。

 新地球人類が地球を欲しがった理由は? せっかくの美しい星だから、現地球人類に任せておいては、どんどん醜い星に変わっていくと考え、自分たちの物にしてその美しさを保ち暮らしたいと思ったのか? 本気でそう考えているのだとすれば、それはそれで新地球人類なりの正義だ。三室は現地球人類のやっていることを仕方のないことだと思う。だが、新地球人類のやっていることも それが彼らの正義だと言うのなら 仕方のないことと言える。

 大体、新地球人類はどこから来たのだろう? 何者なのだろう? 桃沢は、新地球人類になったのだと言った。もとは現地球人類だ。なりたいという気持ちだけで現地球人類が新地球人類になれるものなのか? ドクターワタナベにしても、服装こそ個性的だが、現地球人類と何ら変わるところの無い普通の人間に見える。特にどこかから来たのではなく、共通の考え方を持つ人間が集まった団体なのだろうか?  ……結論から言えば、ハウの死を招いた大本は、現地球人類と新地球人類の戦い。どちらが悪いというわけではない。どちらにも正義はある。可哀想なのは、間に挟まれた弱者だ。

 ……やめられないのだろうか? 現地球人類とて、地球を醜い星にしたいわけではない。新地球人類が攻撃をやめてくれさえすれば、戦わずに済む。スーパーファイブは現地球人類を守るために応戦しているだけなのだから。戦いはやめ、現地球人類も新地球人類も、他の地球生物たちも、皆が仲良く平和に幸せに暮らすことはできないのだろうか? この世に生きとし生けるもの全て、命より本当に尊いものなど無いはずだ。誰もが不当に命を奪われることなく幸せに暮らすこと、それが、何より大切なのではないのか。 だが、そのためにはどうしたらよいのか、方法が見当たらない。スーパーファイブが応戦をやめただけでは、当然、戦いは終わらない。現地球人類を守らなくてはならないのだから、必ず、代わって誰かが立ち上がる。

 ポツン……。首筋に冷たいものを感じ、

(……? )

三室は顔を上げた。いつの間にか空は曇り、次から次へと冷たい雫が頬を打つ。

(さっきまで、晴れてたのに……)

 ゆっくりと立ち上がり、三室は歩き出す。向かう先は変わらず、DPL基地。横山に、返す物がある。


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