8話 家族会議
カーン、カーン、カーン……!
まだ薄暗い時間から村の中心にある礼拝堂の鐘が鳴り響くと、今日も一日が始まる。
肌寒くなって来たこの頃、ベッドが恋しくなりながらも身支度を済ましてリビングに向かうと、自分以外のみんなはもう席に着いていた。
「アル、おはよう」
家族へ挨拶を交わした後、視線を感じて目を向けると、昨夜よりも顔色が良くなった伯父さんと護衛の四人が、何故か妙にキラキラした目で俺を見ていて一瞬たじろいでしまう。
「カミル伯父上、みなさん、おはようございます」
「おはようアルファン。また、少し背が伸びたか?」
半年ぶりに会う伯父は変わりないようで、近くまでいくと、俺の頭を優しい手つきで撫でた。
会う度伯父は、商人として訪れた町の事を土産話として俺たち家族に語ってくれる。
村内の事しか知らない俺は毎回それを楽しみにしているのだが、今回も何か聞かせてくれるだろうか。
「はいはい、先に朝御飯にするわよ」
パンパンと手を叩いて母が料理長のミルクに合図を出すと、ほかほかと湯気が立っているキノコと野菜のスープ、この村特産の天然酵母パン、目玉焼きと、昨日の土産の鳥胸肉のソテーがそれぞれの目の前に運ばれて来る。
「……この家の飯は、相変わらず美味そうだ」
伯父がポツリと声を漏らすと、護衛達からも歓声が上がる。
それもそのはず。通常、さほど裕福でないうちみたいな村は朝はパン一個と水一杯で済ませることが多い。
じゃあなぜ朝から豪勢とも言うべき朝食が我が家で取れるかというと、食生活改善に全力で務めた俺の努力と、家族の献身的な協力があったからだ。
「玉子をこの人数分取ってくるのは大変だったでしょう?」
「いや、そうでもない。ウチじゃアルファンが捕まえてきた鶏達が、毎朝玉子を産んでくれるからな」
「鶏をですか!?」
護衛の一人が驚きの声を上げると、父は苦笑した。
何をそんなに驚いているのかというと、この世界の鶏は森の中を素早く走り回り木に登れるくらいの強靭な脚と、武器の素材にもなりうる嘴を持っているので、家畜にしようと思う人間など居ないからだ。
しようとすれば、まず殺されてしまってもおかしくない。
普通は、その都度必要にかられた分だけ狩りなり玉子を取って来たりするらしい。
俺も家畜用の鶏は玉子に回したいので、肉は基本狩って来ている。
「何か特別な飼育方法があるのか?」
「さあ? アルの気まぐれでたまたま出来たからやってるだけで、俺達にはわからん。 気になるなら実験してみるといい。ただそれで殺されかけた話も聞くから、あまりおすすめはしないが」
「……そうか」
伯父は、ビジネスチャンスだとでも思ったのだろう。 明らさまにガッカリした顔をしていたが、こちらとしても俺の魔法に関する話になってくるので家族以外にはやすやすと教えられない。
俺自身の身の安全が第一優先である。情報提供は、せめて十五歳くらいまで待って貰わないといけないのだ。
「それで、昨日の話だが」
朝食を済ますと護衛の者に席を外してもらい、本題にうつった。両親も兄も伯父も一瞬でピリッとした空気に変わり何が始まるのかとドキドキする。
伯父は、昨日も少し話した事だがと前置きして話し出した。
「隣の村は復興不可能なほどに荒らされ、焼き払われていた。このラナーク村にも二十年近く前に盗賊が出たんだろう? 其奴らは捕まっていないと聞いたが、其奴らかもしれないし、そうじゃないかもしれない。どちらにしろ、一番近くのこの村に再び危険が及ぶ可能性は少なくない」
「……そうだな」
腕を組んで目をきつく瞑ったまま、父さんは思案顔になる。
「だが、直ぐにこちらに向かうとも限らないし、まだ防衛のしようもあるんじゃないか?」
「そうね。今は、出来るだけの事をやらなきゃ」
「って言っても、この村には兵士がいるわけじゃないぜ。 村を囲む柵だって、今自分達に出来る精一杯のモノを作ってはいるんだ。でも力任せにだったら少し時間さえ掛ければ、壊すなり飛び越えるなりして突破されちまう」
この村の住人だって、十九年前の出来事を忘れたわけじゃない。
そうなった時、少しでも生き残れるように自衛の手段も出来得る限りは対策し尽くしているのだ。
それ以上となると大きな街に兵士なり武器なり借りに行かなければならない。
だが、この小さな村に兵士を貸出してくれる可能性は絶望的と言えた。
盗賊が歩きまわっているなら誰だって他領に貸し出すよりは自領を護りたいだろうし、我が身が一番かわいいのだ。
「もしもの時は、父上と私が先頭に立って戦いましょう」
「ガハンス!?」
「なに、こう見えても私と父上は騎士団出身の者だ。少しくらいは時間稼ぎが出来るだろうし、村内にも多少なり見込みのある者もいる」
兵士の指揮をかって出るという長兄に母は悲鳴に似た声を上げ、みんなの視線が集まった。
だが、ガハンスはこの家の跡取り息子だ。
万が一ガハンスに何かあれば、その先みんなが生き残っても村の存続はどうなってしまうかわからない。
「いいだろう。 ガハンス、私と共に戦いなさい」
「あなた!?」
「承知致しました」
暫く考え込んでいた父だが、もう決めたと言わんばかりに長兄と頷き合う。
ーーなら、俺は。
「では、僕は戦力以外の防衛をお手伝いします」
「!?」
「伯父上、薄々気づいていたかもしれませんが、僕は母よりも魔法が使えます」
「……」
伯父はやはり勘付いていたのか、さして驚くでもなく静かに事を見守っている。
「そもそも、僕が魔法を本格的に覚えたいと思ったきっかけは、この村全員の為に何か出来ないかと考えたからなんです」
こんな時の為に、俺は今日まで必死に魔法を覚えたのだから。
「だから、今何もせずにいたらその後悔はずっと残ると思うんです。両親や兄は僕の身を案じて、せめて成人後までは秘匿するようにと言われてましたが、僕は後悔したくない」
「ふむ、それで? 私にどうして欲しいのだ」
なぜ自分に許可を求めるのかわけがわからないという顔をした。だから、俺は笑って応えた。
「簡単です。黙ってて欲しいんです、僕の魔法のこと」
「……私とて、かわいい甥にわざわざ苦労を背負わせるつもりはない。君はもっと私を信用しなさい」
「ありがとうございます」
伯父は少しムッとした顔だったが、直ぐに快諾してくれた。家族には出来るだけ迷惑を掛けたくなかったので、これだけ約束して貰えたら充分だ。
さあ、全力で村の防衛に当たろう。