7話 憩いと悲報
「アル! 上だ!」
「はいっ」
師匠の声に合わせてそちらへ意識を向けると、木から木へと飛び移る小さな残像が見えた。
見失わないよう即座に視力強化をして、走っていたまま強く地面を蹴って飛び上がる。
「逃すかッ!」
ザザザッと身体と葉が擦れる音がすると、目標が間近に現れる。
当然の如く逃げようとするそれに、逃してたまるかと飛び上がった勢いのまま手刀を叩き込むと、呆気なく意識を飛ばした。
「鶏ゲーット」
そう。俺が捕まえたのは、森の木の中に巣を作り強靭な脚と嘴を持つ鶏だ。
前の俺が知っている鶏よりふた回りはでかかったり、白・黒・灰色となんとも不可思議な品種だったりするが、肉や卵の味は変わりなく美味いのだから、気にしないことにしている。
「よし、今日はここまでだ」
師匠から終了のお知らせがあり、狩った食糧達の血抜きだけ先に済ませる。
自宅や師匠の家でも出来ないことはないけど、暫く生臭いのが取れないからね。
「師匠、今日の夕飯は何がいいです?」
「……ふむ。 ではそれの酒蒸しを貰おうか」
「じゃ、お酒ちょっと貰いますね」
帰りしな、夕飯のリクエストを聞くと師匠の好物の一つが挙げられた。
俺的には酒蒸し料理は簡単なので何よりなのだが、要となる酒は田舎なこの村では希少品なので、何処からか仕入れてくる師匠からいつも拝借するようにしている。
師匠にこうやって一から教えて貰うようになり、二年が経った。
現在、七歳になるまでの期間に俺が何を教わっていたかというと、基礎の魔法から中級魔法はもちろんのこと、生きていく為に必要な読み書き、この世界の歴史、一通りの武器の扱い方などだ。そしてそれは今も継続されている。
ロマンスグレーの髪と長い髭を生やした見た目が厳つい爺さんからは、俺の期待以上に多岐に渡る指導を受ける事ができた。
「明日の御飯は冷蔵庫に入れときますから、あっためて食べて下さい」
「分かっておる」
食後、ハーブティーを飲んでいる師匠に声を掛けて、瞬間移動で自宅前にまで戻る。
今の所、隔日で師匠の家と自宅を行き来しているので、明日は師匠による修行はない。
あるとすれば家か村の皆んなの手伝いくらいなものだろう。
「ただいまー」
自作の玄関を開くと、広めに取った真っ直ぐ廊下が目に入り、左右に二つずつ同じ形の部屋が廊下を挟むようにして並んでいる。
ここは基本客室で、現在は旅人や使用人が泊まったり、将来俺たち兄弟が結婚して別世帯を持っても子供が出来ても遊びに来れるように十畳以上で、ベッドも二段ベッドを二台ずつ。
最大四部屋で十六人は泊まれる様になっていた。
「お帰りなさい。疲れたでしょ?」
「うん、先にお風呂入っていい? あとこれお土産」
「いいわよ。あら、今日は鶏? よく捕まえられたわね」
「ちょっと手こずったけどね」
リビングに出ると母様が出迎えてくれたので、さっさとお土産を手渡す。
檜の湯船が俺を呼んでいるのだ、早速向かわなければ。
「……あ、兄様も入ってたの?」
「おう、今出たとこ」
濡れた頭をガシガシと拭きながら出てきたのは、口が悪いサフライ。
何を隠そう、サフライは俺の念願だったこの浴室を整えてくれたのだ。
どうしても湯船が欲しかった俺はどうせならと現代日本じゃ馬鹿高い檜が欲しくて、幾日もかけて森に通ってそれらしい木を削っては、いい香りのする木を嗅ぎ分けるという犬のような作業を続けた。
だが、檜が欲しいと言ったものの庶民にすぎなかった俺は見極めなど出切る筈もなく、候補を絞って家族にアンケートを取ることにした。
結果、丈夫だと言われている木材であることと、好みの良い香りを持ち合わせていた大木を森から持ち帰り、湯船作製に取り組む事にした。
檜と言ってはいるが、檜かどうかわかってはいない。
「……アル、設計図は?」
「? ないけど」
「設計図もなしに出来んのか!?」
家庭菜園の裏庭の横でガリガリと木の皮を風魔法のカッターで削っていると、いつの間にかソワソワしたサフライが近くにいた。
設計図がない事に驚いていたけれど、俺が考えていたのは単純な箱型の湯船だし、座れるような段差をちょいと付けれれば満足だったからだ。
「それじゃ、湯船? とかいうのから湯が隙間から溢れねえか?」
「んー。 わかんないけど自作の釘もあるし、いざとなったら土魔法でそれとなく埋めるよ」
その回答が不味かったのか、次兄は俺から丸太ごと奪うと「この仕事は俺がやる!」と言って憚らなくなってしまった。
まさか、ざっくりとした俺のイメージだけで、地面を掘り下げた所にピッタリはまる湯船と寒くないように浴室内の床まで檜で覆い、大工顔負けの仕事をしたのには恐れ入りました。
ーーサフライ兄さんには、こういう才能があるのかも。
因みに、風呂は大きければ大きい方がいいかと思い、湯船で三畳、浴室全体で八畳程度あるので複数人でも入浴可になっている。
お湯の調達は、俺がサフライを唆して作ってもらったライオンによく似た檜の彫刻に、俺作の魔石をはめて、口からお湯がでるアレにした。つい、出来心で。反省はしていない。
そんなこんなで、兄弟による(主に兄)共同作品は、家族の日々の癒しにとても役立っている。
今までは盥で簡単に身体を拭くだけだったが、両親も兄達も、たまにじーちゃんも湯船に浸かる喜びを感じてくれたようだ。
「俺だ! ガジルはいるか!?」
夕方六時頃、風呂上がりにリビングでぼんやりしていると、玄関の方が俄かに騒がしくなる。
電気のないこの世界の住民は、夜は八時頃には寝て四時には目覚める。
季節によってずれも多少あるが、大体はこんな感じらしい。
今は割と遅めの来訪者だが、どうかしたのだろうか。
「ガジル、遅くにすまない」
「ああ、気にするな。 それでどうしたんだ?」
夜には使用人は帰宅してしまっているので御指名を受けた父が来訪者を迎えると、そこには顔馴染みの者がいた。
ラナーク村と唯一繋がりがある商人達ーーというよりも、父の兄、俺の伯父に当たる人だ。それと護衛が四名いる。
「いや、隣の村まで商いに来てたんだが、村人が居なくてな」
「……は?」
「いや、信じられんかもしれんが本当に誰もいなかったんだ。 村ごと……焼き払われたようだ」
苦々しい顔で伯父は唸り、向かいあった父も顔をしかめた。
村から出たことがない自分はともかく、商人の伯父や、隣の領主である父は、それなりに親交があったのだろう。
近くの村と言っても、馬車で片道三日はかかる村だ。それで伯父は泊まる場所すらなく、もしかしたら近くに盗賊すら潜んでいるかもしれない村から最小限の休憩を挟みつつ、慌ててこちらへ引き返して来たようだった。
「……とにかくもう遅い。 詳しいことは明日にしよう。たいしたものはないが、夕飯と風呂を用意するから泊まっていけ」
「助かる、世話になるよ」
かなり疲れた顔をしていた伯父は、ようやく安堵の表情を見せ、静かな夜が更けていった。