6話 ただいま修業中
タタタタタッ
俺は今、鬱蒼とした森の中を走っていた。
右手には絞めたばかりの活きのいい獲物が数匹ぶら下がっている。
ガチャガチャ……バタンッ!
「師匠、野鳥を捕まえて来ましたっ」
「……んっとに、お前は煩いの」
小屋と言って差し支えないそこに勢いよく入ると、モジャモジャのロマンスグレーの髭を生やしたじいさんが振り返った。
「何言ってるんですか! 今晩は師匠が好きな野鳥の野菜巻きが食べれるんですよ!? いま騒がずにいつ騒ぐんですかっ」
「……儂じゃなくて、お前の好物なだけだろそれは」
「あれ? 」
「毎日毎日ようやるのぉ。昨日は大猪狩ってきて、 その前も魔物化したデカ兎狩ってただろう? お前さんの時間停止機能をつけたとはいえ、こう毎日じゃもううちの保存庫に入りきらんわい」
「あっ、じゃあ!」
「あぁ、家族にでも領民にでも持って行ってやれ。 うちはこの老いぼれ1人なんだ。食べる量は知れてるし、無駄にしちゃあバチが当たるってもんだ」
「では早速行ってまいります!」
「あっ、まてその前に」
ヒュンッ!
「……あいつ、また儂の飯作らずに行きおったな」
瞬間移動で領内に戻った弟子に、そのボヤキは届かなかった。
あの日、父に中級魔法を使いたいと直訴した結果。
最初はやはり父は渋い顔をした。
やはりまだ幼い俺には心配だったのか説得するまでに何日もかかってしまい、家族全員巻き込んだ家族会議で父はついに根負けしたようだった。
『お前の気持ちは、わかった』
『ホント!?』
『ただし!』
ようやく許しを貰えて喜ぼうとしたところに、すぐさま訂正が入る。
『……すまないが、俺たちは中級魔法が使えない』
『?』
それは、知っている。
父、母、兄二人が使えるのは、初級魔法までだと以前聞いた事があったからだ。
父が言うには、通常、中級以上の魔法を会得するのには才能だけでなくその道の教えが必要らしい。
それは魔導書でも人でもいい。だが、この時代の本と言えば物凄く高価なものりなり、更に魔導書となれば王都の一軒家が買えてしまうほどとんでもなく高価なものらしかった。
『お前が開発したパンのお金が多少なりあったからな。馴染みの商人になんとかならないかと声を掛けたんだが、そもそも市場にすらほとんど出回ってないらしい』
そして稀に出回る魔導書も、資産をもつ王侯貴族に真っ先に買い上げられてしまうらしかった。
『……お前の初めての我儘も叶えてやれない、不甲斐ない親で申し訳ない』
『父様!?』
頭を下げられた俺は慌てて頭を上げてもらった。
よく見ると、母や兄達も沈んだ顔をしていて、この事にみんなで尽力してくれた結果がこうだったのだとわかる。
でも違う。俺は、みんなの役に立ちたかっただけで、こんな悲しい顔をして欲しかったわけじゃない。
『大丈夫だよ! 僕はまだ五歳だから、今からお金を貯めて、また魔導書が出るのを待ったって……』
あぁ、早く中級魔法を使いたがった俺が言っても、説得力がないよな。 この重苦しい空気、一体どうしたらいいんだ。
ガララ……
『アル坊ちゃん』
『じーちゃん?』
家族会議中に入ってきたのは、いつも俺に構ってくれる使用人のじーちゃん。
『旦那様、奥様。大変な時に失礼いたします』
『ジファーか。すまないが、今は大事な話し中で』
『いえ、その事でこの老いぼれより提案がございまして』
『……なに?』
『アル坊ちゃんの将来に関わるとあって、不躾ながら先程のお話を聞いてしまいました。 どうか、お話だけでも聞いて貰えてないでしょうか?』
『…………いいだろう。話してくれ』
じーちゃんがぽつりぽつりと話したのは、俺にとってこれ以上ないくらいの好条件だった。
なんでも、じーちゃんの兄弟が中級魔法を使えるらしく、中級魔法伝授と引き換えに家事手伝いなどの身の回りの世話をする人を探しているらしい。
じーちゃんの兄にあたるその老師は、孤独を好んで魔物が跋扈する森の中に一人で暮らしているそうだ。
もう少し若い頃まではそれこそ魔法でなんでも自分の事は自分でしていたが、そろそろ高齢に差し掛かる為、生涯でただ一人の弟子をとりたい。
出来るだけ将来性がある若者を探して欲しいと、自身の弟であるジファーじーちゃんに頼んでいたみたいだ。
本来なら頼まずともそんな好条件で中級魔法使いに師事できるとあれば引く手数多なはずだが、じーちゃんの兄はそれを望まない。騒がしいのを嫌うから。
『それ、ほんとに僕が行ってもいいの?』
『はい。兄の後生の願い、アル坊ちゃんに託しましたぞ』
『じーちゃんありがとう!!』
嬉しさのあまりじーちゃんに飛びついた。
中級魔法が使えたなら、もっともっといろんな事ができる。普段あまり摂る事が出来ない肉の確保、腐葉土以外の肥料の作成、医者や薬師がいないこの村の為に薬草の採取やポーションの量産、前世のライトノベルで良くみた探索ってやつで新たな食料や水源地の発見だって!
『父様! 僕、行ってもいいでしょう!?』
『……ああ、いいよ』
『アル、寂しくなるわね』
泣き笑いのような両親の顔に、苦笑している兄二人。
『よかったな、アル』
『アル、オメーには天使か悪魔でもついてんのかよ?』
両親には抱き締められて、兄達には頭をグシャグシャと撫でられた。
そうか、直ぐに発つなら暫く家族とはお別れなのか。
『……みんなぁ』
ダメだ。
この世界の俺は精神年齢のわりに幼い身体に引っぱられているのか、非常に涙もろくなってしまうことがある。
たった五年。されど五年。
家族と過ごした想い出は、一言なんかじゃいい表せないくらい愛に満ち溢れていた。
『……いやあの、旦那様?』
『アルファン、身体には気をつけるんだぞ!』
『え、ちが、お、奥様っ!?』
『うぅ〜、私の可愛いアルがあぁぁ〜!』
『あ、あのですね! ガハンス様? サフライ様ッ?』
『……アル、困った事があったらいつでも帰ってこい!』
『しゃーねーから、俺たちが何とかしてやるよ!』
『だから、違うんですってばあ〜〜〜〜!!』
じーちゃんの決死の叫びが響き渡り、自宅から三時間程で行ける場所に師匠の家があることを聞いた勘違い一家の暴走は阻止された。