表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
51/69

46話 夢の再生

「ねえねえ、それどうやって作ったの?」


「これのこと? これはねーー」


「あらそれ良いじゃない! うちも真似しようっと」


 打ち上げから数日後、村内の奥様連中の間で密かなブームが起こっていた。

 改めて村に迎えるスラウ一家や新たに迎えるヴィラとカンラのお披露目も兼ねていた打ち上げだったのだが、皆の印象に強く残ったのはお土産として各家庭に配られた麻紐の使用途だったのだ。

 母が代表で麻紐で作られたハンドメイドのポーチを披露したのを皮切りに、どうやって作るのかと母や製作にかかわったとされる家の女性陣に群がりそれはもうすごいことになっていた。

 その場にかぎ針は皆もさすがに持ってきていなかったので、母が説明用に持ってきていた一本で旅館の一角を陣取って急遽手芸教室を開くことになったりと当日はとりあえず慌ただしかった記憶だけある。


「ほんとは普段使いできるトートバッグもいいなって思ってたんですけど」


「それは仕方ないわね」


 いくら大量に購入したと言っても、村内の全家庭に配るにはさすがに麻紐の長さが足りなかった。

 そこで、トートバッグより小さめの物をという事で出来上がったのがポーチだったのだ。


「でもその割にはトートバッグ持ってるのもいねえ?」


「……旦那様が優しいのよきっと」


 麻紐は各家庭に均等に分けられたが、各人への配分は各家庭に任せていた。

 平均より小さなポーチを家族分作る家庭もあれば、奥さんに頭が上がらない旦那はすべてを強だ……げふんげふん。奥さんや娘に好きに使っていいよと言っている家庭もある。

 そんなこともあろうかと、不憫枠の旦那のために余った麻紐で作成できるミサンガの作り方も俺から母へ一応教えておいたのでまあ大丈夫だと思うが。

 ちなみに、伯父などはこのブームに乗っかる気満々で、打ち上げの翌日には店番をアリッサに任せて麻紐の仕入れに旅立っていった。色付きの紐があればバッグやポーチのデザインももっと見栄えが良くなると思うので、何とか頑張ってほしい。


「あと、ここを花の飾りとかにしたらかわいいんですけどね~」


「!?」


 ポーチやトートバッグを閉じる方法は、中央に真ん丸な木の実を針と糸で生地に縫い付けて、輪っかの紐で取り出し口が空かないようにその木の実に引っ掛けている感じだ。

 俺自身や男連中は使い勝手は変わらないしこだわりはそれほどないのでどちらでも構わないだろうが、母を含め女性は好みはあれどデザイン性を重視している人が大半だろう。

 単色の飾り気ないポーチやトートバッグで喜んでいる母たちを見ているとなんだか申し訳なくなってきたので、何気なくそうアドバイスしたつもりだったのだが……


「アル君、そっ、それはどうやるの? 生花だとすぐに枯れたりしおれたりしてしまうと思うのだけど!? あと私としてはもっと細い麻紐を使用してここの辺りにレースで飾りをーー」


「えっ、うわっ、義姉様? え、ええ??」


「待てエミリア、落ち着いてくれ。アルが怖がってる!」


 ガターン! と勢いよく席を立ち、向かいに座っていた俺の肩を両手でぐわんぐわん揺さぶられた。

 エミリアの豹変に目を白黒させていると、いち早く正気に戻ったガハンスがエミリアの手を引きはがしてくれた。……おおぅ。まだ目が回ってる。


「あっ、ごめ、ごめんなさい。私……」


 ハッ! と我に返ったエミリアは真っ赤にした顔を両手で覆い、やってしまった。ああ、遂にやってしまった……。となにやら物凄く落ち込んだ様子でひとりでぶつぶつ言っている。

 まだ赤い顔のままだったエミリアのかわりに、「私から言ってもいいか?」と彼女が頷いたのを確認してからガハンスが説明を始めた。


「エミリアは昔、デザイナーの卵だったんだ」


 それはまだガハンスとも出会う前、伯爵家の一人娘が夢に邁進していた時のこと。

 昔からフリルやレースをあしらったドレス、煌びやかなジュエリーが大好きで趣味の物を見つけてはお小遣いで買ったり自分でアレンジを加えたりと毎日のように勉強と両立して充実した日々を送っていた。

 幸か不幸か、センスのあったエミリアの私物は友人たちの間でも話題になり、最終的には格上の貴族の間でも噂が広まっていた。

 自分が選んだものが皆に認められ、喜ばれて、いつしかその道を目指したいと思っていたエミリアはただただ嬉しくて幸運に浸っていた。


 常に流行り乗っていたい貴族達はエミリアのドレスを真似てみたり、彼女が購入した同じものをと店主に頼んでいた最初のころはまだよかった。

 しかし、ハンドメイドの一点物の受注まで来るようになってしまい、あくまでも趣味の範囲でしかしたことがなかったエミリアは、小物はともかくドレスを一から作れと言われてもできるはずがない。しかも、一着だけではなく十数着もだ。

 通常なら断りたかったし、実際断りの連絡も何度も入れた。

 だが格上である相手の貴族は一切取り合おうとせず、エミリアは途方にくれてしまった。


 家族に相談しようにも父親は仕事で家を留守にしがちだし、母は流行り病で既に亡くなっている。使用人や友人に相談してみたが解決策はまるでみつからない。設けられていた期日まで日もあまりなく、しかしたまたま家の出入りをしていた商会に泣きつき、「それなら喜んでご協力させていただきます」と言ってくれたので、ようやくなんとかなりそうだとエミリアは安堵し、涙ながらにお礼をした。……それが、更なる地獄へと導く魔の手だとも知らずに。


「一体どうなっているのよ!」


「きゃあっ!?」


 デザインも商会に渡し、実物もこの目できちんと確認した。

 期日にはギリギリだったが、注文通りきっちりと仕上げて受注先である侯爵家や実家より力のある同じ伯爵家へ、商会から責任をもって送り届けると言われていたのだ。

 その証拠に、今日この場で開かれているお茶会で彼女が今着ているドレスはエミリアのデザインのものである。


「無理なら無理と言えばいいのに! 前日になって間に合わないと言うなんて、最初から私に恥をかかせるつもりだったんでしょう!?」


「そうよそうよ! アンジェリカ様が機転を利かせてこの素敵なドレスを譲って下さったからまだ良かったけれど、私達に何か恨みでもあるの!?」


「デザイナーの卵だなんて言われて調子に乗りすぎたようね。見なさい、この素晴らしいドレスを! 貴女よりアンジェリカ様の方がよほど才能がおありだわ!」


 五感が麻痺をしてしまったのか、頭から被るように掛けられた紅茶の匂いだけが感じられて、激昂する彼女達の言葉は全く頭に入って来なかった。

 だって、あなたたちが身に着けているドレスは全て私がデザインしたもので、ひとつひとつ心を込めて作ったものなのに。なぜ、侯爵令嬢のアンジェリカ様が用意したことになっているんだろう。

 短期間で十数着を作るのは本当に大変だったけれど、皆が喜んでくれるならって。

 私が作ったもので、笑顔になって欲しかっただけなのに。なのに、どうして皆は怒っているんだろうか。

 ……あぁでも、そうか。私の作品じゃあ、結局誰も幸せに出来なかったんだ。


 エミリアの心は、抱いていた夢ごとぽきりと折れてしまった。


「まあ、その後すぐに駆け付けたエミリアの父上が事態を把握して、敵対していた貴族の仕業だったと周知されたそうなんだけど」


 エミリアに無理難題を押し付け、コハンスティール伯爵家に出入りしていた商人を買収し、王宮で開かれる茶会の日を狙って大衆の前で非難する。それが相手方の狙いだったようだ。

 中心でエミリアを(なじ)っていた侯爵令嬢の父親が黒幕であり、その侯爵令嬢も加担していたので、お縄になった商人と2人の証言の矛盾点をつつけばあとはもう簡単だった。さすがに爵位を取り上げることは出来なかったが、その話は陛下にまで伝わってしまったそうなので、信用を取り戻すのは今の侯爵から何代か後になるだろう。ちなみに計画に加担した侯爵令嬢の言い分は、「自分を振った男がエミリアを慕っていたから」という個人的な逆恨みで、なんともお粗末な理由(もの)であった。


 そのことを知らず巻き込まれた令嬢ももちろんいて、何も知らなかったのだからと親たちは庇いたがったが、侯爵令嬢に唆されたとはいえ流行りのドレス欲しさに無理矢理な注文を押し付け、無理だというエミリアに一切耳を貸さなかったのだからと同罪とされた。

 彼女達の権力を盾にした淑女に相応しくない横暴な振る舞いが知れ渡ると、ある者は恋人に別れを告げられ、ある者は友人に遠巻きにされ、当初希望していた婚約条件を大幅に下げて嫁に行った者も多かったらしい。

 一方のエミリアといえば、誤解は解けても一度大きく広まってしまった噂は面白おかしく尾ひれがつけられ、心無い中傷も全くないわけではなくそれ以降エミリアは既製品しか持たないようになってしまった。


「……義姉様。久しぶりに何か作ってみたくなりましたか?」


「っ!」


 静かに問いかけると、エミリアは怯えたように肩を震わせた。

 綿布団を作るのには抵抗なく協力してくれていた彼女なので、一度折れてしまったものは少しづつ癒され、再生が可能なところまできているのかもしれない。


「大丈夫ですよ。ここには義姉様を傷つけるものは何もありません。ほら、この麻紐のポーチやバッグだって高位貴族が持つにはちょっとアレでしょう?」


 肩を竦めておどけて見せると、エミリアは一瞬呆然としたが、高位貴族が簡易なトートバッグを持っているアンバランスな姿でも想像したのか、「……そうね」と言ってクスリと笑った。


「兄様と義姉様が旅立つまであともう少し時間があります。どうせなら、この村いた時の楽しい思い出をたくさん作って持って帰って下さい」


「…………うん。ありがとう」




 ****




 最近は冬が近付いていることもあり、日が暮れるのも早く、各家庭には既にぼんやりとした灯りがともっている。


「う~っ。さみぃ~」


 キリが良い所までと張り切って仕事をしていた農夫はまばらに立っている家々の間を通り抜け、遅くなってしまった帰路を急いでいた。

 昔は飢えて人死にも珍しくなく作物もほとんど育たない冬が男は大嫌いだったが、豊かになってきた昨今ではそう悪くないものだと思えてくるから不思議なものだ。

 各家庭の灯りは道しるべのように男を自宅まで案内し、しかも漂ってくる匂いは腹を空かせるものばかり。

 家に帰れば妻と子供が出迎えてくれ、出来立ての温かい食事が自分を待っている。

 冬の外の寒さとは反比例する何もかも温かいこのラナークの村を、男は愛していた。


「あ」


 視界の端に、この村で一等大きい領主の館が見えて男はどきりとしてしまった。

 いや、もちろんやましい事など一切していない。つい最近浮気だなんだと女房から家中の物を投げつけられたりもしたが、あれは全くの誤解である。俺は昔から女房一筋だ。というか、この小さな村でそんなことをすれば冗談抜きに火あぶりの刑にかかってしまうのではないかと所帯を持つ男連中の間ではもっぱらの噂だ。そんな勇者がいるのなら、少し見てみたい気もするが。

 男がどきりとしたのは、明日領主に報告しなければいけないことを思い出したからだ。


「でも、なーんか気が重ぇんだよなぁ……」


 ここ村の領主一家は全員気の良い人たちばかりで、重税も課さないし、端くれとはいえお貴族様になってからも昔と変わらず気安く接してくれる。

 というか、本来であればこちらが尽くさねばならない立場なのになぜか逆に尽くされまくっている気すらするのだ。

 食糧難時代のフキの発見から始まり、防壁が立ってからは農夫にとって一番の敵である野生動物に畑を荒らされることはほぼなくなったし、兵士によって盗賊などからも守られて安眠できるようになり仕事も捗っている。牛や鶏の世話をするだけで玉子や牛の乳が手に入る農場と養鶏場も、俺たちの駄目もとのおねだりで拡大された。


 ある日突然出現した旅館にはさすがに顎が外れそうになったが、旅館には少しの金額で通えるので、大雨が降った休みの日には家族で遊びに行っている。

 金を払えば一日中居てもいいので子供たちは暇があれば卓球をしているし、俺たち夫婦は皮膚がふやけるまで何度も湯に浸かりにいく。飯も持ち込むか、ちょっと奮発すれば旅館の美味い飯も食えて、眠くなれば共用スペースで薄手のブランケットを借りて雑魚寝もできる。おまけに旅館内はなにか特別な魔石を使ってるみたいで、常に快適な温度と湿度で保たれていた。


 ……なんだあそこは? 地上の楽園なのか? 俺はいつか、いっぱい稼いで大金持ちになって老後は女房と2人で老師様みたいにあそこに住むのが夢なんだ……。3階は無理だけど、2階ならなんとかならねえかと思ってる。


 話が思い切り逸れてしまったが、俺達村人はそんなこんなで戸惑いつつもかなり満たされている。

 というか、昔は腹いっぱい食う事だけが目標だった奴らが旅館(アレ)を体験したらもう無理だ。骨抜き(イチコロ)だ。正直、一生この村から離れられる気がしねえ。万が一、将来重税が課されることになってもよほどのことがなければ旅館(アレ)がある限り俺はこの地に留まり続けるだろう。


 村の若者よりジジババの方が虜になっていることからも、歳を追うごとにあの旅館の魔力にやられていってしまう将来の自分が手に取るようにわかる。

 しかもこれをすべて考え実行したのが、まだ稚い領主の三男坊だというのが末恐ろしい。俺達を一体どうするつもりなんだ。まだ俺の腰くらいのチビで、笑うと牙のような八重歯がのぞくあの子供は。おお、怖い怖い。


「父ちゃん気持ち悪い。何にやにやしてるの」


「お、ユウ。父ちゃん笑ってたか? 悪い悪い」


「明日はそれ持ってアルの家に行くんでしょ。早く寝ないと。せっかくじゃんけんで勝ったんだから遅刻したら他の人に怒られるんじゃない?」


「で、でもなあ。父ちゃん気が重くてどきどきして、なかなか寝付けそうにないんだ」


「……それは気が重いんじゃなくて、興奮してるだけでしょ」


「でもこんなに気持ちがハラハラしーー」


「早く寝て」


「……はい」


 ロナウドの両隣には妻と子供2人。

 反抗期なのか長男であるユウは最近容赦がなくなってきているが、概ね平和で幸せな男の夜は更けていった。


いろいろ詰め込みすぎたかもしれない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ