3話 はじめての食糧調達
「今日は……壁からいくぜっ!」
我が家は、すんごくボロかった。
近代日本を知る俺からしたら、最低限の雨風をしのげて、申し訳程度に料理を作れる程度の。
それでも領主だけあって、領民のみんなよりは良い家に住まわせて貰っている。
だが俺はもっと良い家に住みたい!
隙間風が入らなくて雨漏りしない、ゆくゆくはふかふかのベッドやお湯がたっぷりはいったお風呂も欲しい!
今は上位貴族か王族の屋敷にしかないらしい二階建てや三階建てにもいつか挑戦するんだ!
「……ル、アル!」
「へ?」
そんな明後日な方向に意識を飛ばしていると、後ろから声がした。
「兄様どうしたの、珍しいね」
「さっきから呼んでるのにお前はまた……まぁいいか。 私はいつもどおり素振りだ」
「ああ、そういえばそっか」
振り返った先には茶髪で茶色の瞳の長兄・ガハンスがいた。
今年で十八歳になるガハンスは、成人の儀を年末に控えている。
美少年とまではいかないが、ぱっちりとした瞳と、程よく引き締まった細身で筋肉質の身体。
それでいて穏やかな性格が婦女子に人気があるのだと使用人の婆さんたちから聞いたことがある。
「で、どうしたの」
「お前がこの間作ってくれたパン、騎士団のみんな美味そうに食ってくれたよ」
この腕の立つ兄は、十五歳から今年の春十八歳まで騎士団に勤めていたが、成人の儀を機に次期領主として父の補佐をする為に村へ帰還した。
その際、退団する肉親から今までの世話の礼として騎士団へ贈り物をする慣例があるのだが、両親は以前俺が提案した天然酵母入りのパンを兄へと送ったらしい。
「アルにも見せたかったなぁ、みんなが驚く顔。最初は ” なんだ、ただのパンかよ ” って顔してたのに、食べ終えたらどこで売ってんだってうるさかったから」
「あはは、父様の作戦勝ちだね」
「たかが貧乏領主だろって侮ってた奴らの鼻も明かせたし。 ありがとな」
「ふふふふ、どういたしまして」
思わぬ副産物だったが、こんなに喜んでくれるならやり甲斐があるよ。
因みにあのパンは、我が家で製造と売買の全てを行っている。
小麦がそんなに用意できないので少しずつだが、信頼関係のある商人へ半分は売り、もう半分は希望する領民へ安く売っている。
いずれはこのラナーク村の名産にしたいので、みんなに味を覚えて貰う為と領主からの還元サービスといったところか。
この世界では娯楽が殆どないので、美味しいものを食べるだけで満たされた気持ちになるからな。
「ところで、今度は何をしてたんだ? また屋根か?」
「今日からは家の壁の修繕だよ。もうちょっとで夏だから、せめて虫が入る穴を塞ぎたいなって思ってね」
「おお、頑張るなぁ。無理はするなよ」
そう言って兄はまた素振りに戻った。
さて、やるか。
先ずは地震が起きたら今にも崩れてしまいそうな我が家のガタガタな壁を、出来るだけ真っすぐに魔法で作りかえていく。
自分でもどこがどうなっているのかわからないが、前世のモルタルやコンクリートをイメージすると本当に少しずつ壁が平らになり、穴や亀裂もスッキリきれいになくなっていくのだ。
「ふぅ、今日はここまでで良いか」
昼前に四分の一ほど終えて汗ばんできたところで終了しておく。
この世界には昼ご飯の習慣がないので、前世を知る俺からするとなんとも寂しい限りだが、それが慣れてしまっているので辛くはない。
「おや、アル坊ちゃん」
「じーちゃん、あれどう?」
移動したのは我が家の裏側、日当たりも良くないので勝手に俺の家庭菜園になっている畑の世話をしてくれている使用人のじーちゃんのところだ。因みに血は繋がっていない。
年寄りの婆さん三人の中に唯一の男のじーちゃんは俺が赤ん坊の頃から可愛がってくれていて、俺も実の祖父のように思っている。
両親の実の親である祖父母には会ったこともなければ聞いたこともなかった。
なんか訳ありだったら面倒くさかったので。自分まだ五歳児なので。
「ええ、坊ちゃんのフキは今年も元気に育っていますよ」
「おおおお!」
ーーきた!今年もフキが食べられる!
正直、前はそんなに好物でもなんでもなかったが、去年領内を散歩中、河原に大量に自生しているのを見つけて持てるだけ持ち帰って来た。
日本の味が恋しくなってた俺はなりふりかまってられなかったのだ。
ここではフキを食べる習慣がなかったらしく、持ち帰った当初は子供のおままごとかと笑われたものだが、台所を借りてアク抜きをし、調味料が塩しかなかったので塩茹でで。
下処理の皮むきも自分でした。念のために魔法で毒がないか調べてから食べたぞ。
そして切実に醤油が欲しい。きんぴらにして食べたかったでござる。もぐもぐ。
「……アル、苦くないの?」
積み上がった塩茹でのフキをおつまみの如くひたすら貪り食っていると、母が戸惑いながら正面の椅子に座った。
「アク抜きしたから大丈夫だよ。母様も食べる?」
「え?」
母はアク抜きを知らなかったらしく、恐る恐る口にしたフキに苦味がないことに驚いていた。
まだ母が子供の頃、食べるものがなかった時代に同じ考えに至りフキを食べたことがあったようだ。
しかしそれは苦くて食べれたものじゃなく、しかも子供には堪え難かったのだろう、それ以降は食べることはなかったそうだ。
「……苦くない。 それに、柔らかいわね?」
「うん?」
母はしばらく呆然とすると、物凄い勢いで俺にフキの自生場所とレシピを聞き出した。
レシピといっても塩と下拵えくらいなものであったが、その目が妙にギラギラとしていて怖かった。
そしてそれは領主である父に報告に行くといって直ぐに解放されたが。
その後、母から報告を受けた父が大量の食料を確保すべく第一発見者である俺に了承を得に来たのだが、俺はもちろん快く頷いたのである。