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19話 報酬と重大発表

遅くなり申した。

「ちっ、父上!?」


「……気持ちは分かる。 だが、何も言うな。今は動揺を悟られてはいかん」


「っ、わかりました」


 ここは、王都の下町の民宿。

 自分達は村より盗賊団の主だった者の首を引き下げ、生首となった彼らの窃盗・強姦・殺人の罪を遠ざかって久しい騎士団へと報告を済ませた所だった。


 自分よりも約二十年振りとなる父は、知己である自分の元上司に引き留められ、夜十時の、この世界では誰しもが寝静まる時分に部屋へと帰って来た。

 あまり深酒をしない父にしては遅い帰宅に驚いたのは確かであるが、ガハンスにはそんな時間帯などはもやは問題ではなかった。


「ガハンス、もう寝たか?」


「……いえ、まだ」


 もう遅いからと、隣合うベッドに並んで眠る父はもうとっくに眠ったものだと思っていた。

 自分と言えば、眠れる筈もない。

 先ほど目に入った光景が鮮烈に目に焼き付いて、胸の高鳴りとザワつきにすっかり目が冴えてしまっていた。


「この歳になって、またこれを付ける事になろうとは思わなかったな」


「…………」


「ラナークの村にいる限り、もう縁のないものだと安心していた。……お前たちにも、苦労をかけるかもしれん」


 親子二人の部屋は、お互いに横になっている為に顔は伺いしれない。

 だが、苦渋に滲む父の声色は己の胸を締め付けた。


「成るべくしてなったことです。父上にも、誰にも未来はわからないのですから」


「……そうだな」


 諦観の混ざる声。

 本来ならば慶事として歓迎される事でも、父にとっては邪魔なだけなものだとガハンスは知っていた。

 知っていたからこそ、これ以上掛ける言葉が見つからない。


 夜遅くに帰宅した父を出迎えると、騎士に護られるようにして帰ってきた。

 ただの平民にはあり得ない(・・・・・・・・・)対応をされ、何よりその左胸に翡翠のブローチを付けて。


 ただの平民がブローチを付けることはあり得ない。

 色によって意味も違ってくるが、元騎士団に勤めていたガハンスはその場にいる誰よりもその意味と、及ぼす影響について理解していた。


 理解していたからこそ、我が家がどう変化してしまうのか、そして、ガハンス自身の揺らぎに勘付いた父の苦悩も余計に感じ取っていたのであるーー。





****





「騎士爵へ叙爵?」


「ああ、そうだ」


 二十日振りに二人が我が家へと帰って来た。

 玄関先まで出迎えると、そこには何故か苦笑気味の父とガハンス、数人の兵士らしき人達が立っていて、なにかあったんだろうとは思っていたが想像の斜め上を行き過ぎて俺の思考は止まってしまった。


「まあ、なんだ。奴ら、どうやらあちこちで相当の悪さをしていたそうでな。 賞金首を捕らえたことの報酬として、丁度没落して余っていた騎士爵位と、奴らに賭けられていた懸賞金がこれ幸いと国王陛下より与えられたのだ」


「あらぁ」


「国王陛下から、ということは」


「貴族の仲間入りっつーことだな」


「おっふ」


 まじか。 何これ、テンプレ?

 異世界転生者っぽく成り上がっちゃうの俺?

 ……って、いやいや。 捕まえたの俺じゃないし。


「正直面倒臭くてかなわん。だが、幸いここは辺境だからな。 王都などに居るよりも面倒事もそれほどないかとは思うが、私達は国より騎士爵を賜った一族の者としての対応が求められる」


「…………俺、出来る気がしねーんだけど」


「心配するな、あくまで公の場に行く事があればというだけだ。 それに、サフライやアルファンには万が一に備えて期間限定の家庭教師を付ける事にした」


「「家庭教師!?」」


「といってもそんなに硬いものじゃない。……ほら、こちらへ来なさい」


「「?」」


 父に促され、リビングの外で待機していたらしい人影が驚く俺たちの前に現れた。


「はじめまして」


「…………」


 目の前に現れたのは、水色の瞳に癖のない銀髪を高い所でポニーテールに纏めた、どこかサフライを思わせる色彩をした美しい女性だった。


(わたくし)、王都で騎士団副団長を勤めますコハンスティール・フォン・ゼネガル伯爵が娘、コハンスティール・フォン・エミリアと申します。以後、お見知り置きを」


 恭しく下げられた頭は、父の許可によって上げるように言われると、直ぐさま彼女の元へ駆け寄る者がいた。


「お久しぶり、エミリアちゃん。綺麗になったわね」


「はい。伯母様もご健勝のようで」


「貴方がサフライとアルファンの家庭教師を務めて下さるの?」


「ええ、精一杯努めさせていただきますわ」


「不出来な息子たちですがどうぞ宜しくお願いしますね。 紹介するわ、こちらが…………ってやだ、この子達固まっちゃってるわ」


 あらあら、と面白がる風に笑う母。

 と言っても笑っているのは母だけで、父やガハンス、エミリアと呼ばれていた女性は、俺とサフライの心情を理解したように複雑な表情をしている。


「まあそういう事だ。 彼女はお前たちの従姉妹に当たる。 ただ、いずれはガハンスと結婚することになるから、そう言った意味では義姉上(あねうえ)とも呼べなくはないがな」


「「…………はいいい?」」



 えっと、色々意味わかんないです。ハイ。





****





 コハンスティール・フォン・エミリア。


 今日初めて会った、俺たちの従姉妹であり将来の義姉となるらしい彼女は、ガハンスの二歳年上の二十五歳だそうだ。


「ていうか、父様? 伯爵って……」


 真のチートはなんと実の父であったのか。

 余りの事実に、ヒクッと口元が引き攣ってしまうのも仕方がない事だと思う。


「昔の話だ。 現在伯爵位を継いでいるのは、エミリアの父である一番上の兄上の方だからな」


「……そうですか」


 そういう問題でもない気がするんだが、父自身は権力には特に興味を示していないようなので、父にとっては本当にどうでもいい事なんだろう。


「結婚ってのは?」


「……それについては、私から説明する」


 サフライが結婚について話しを切り出すと、それまで黙って事を見守っていたガハンスがようやく口を開いた。


 ガハンスがエミリアと出会ったのは、彼が十五歳となり王都の騎士団に勤め出した頃。

 当時十七歳だったエミリアは、父親である団長へ騎士団の訓練場へと差し入れをよく持って来ていたそうだ。

 最初は、遠く離れて暮らす弟と良く似た色彩に懐かしさを覚え、ガハンスから声を掛けたのがきっかけだった。


「従姉妹だから当たり前だと言われればそうなのだが、当時の私達は何も知らなかったのだ」


 そして、次第に二人は惹かれあってしまった。


 突如伯爵家を飛び出してラナーク村の領主となった弟と、かたや伯爵家を継いだ兄。

 それぞれの運命が分かたれたのは自分が産まれた直後の事で、ガハンスには非はないだろう。


 だが今や伯爵家の子と、領主と言えども唯の平民の子になってしまった彼等が結ばれるはずもなく、それはガハンスが騎士団を退団するまで、どう足掻いても叶わない現実に彼女との未来は諦めるしかなかった。


「父上が貴族の地位を捨てた気持ちも、騎士団に勤めていた私だからこそわかるのだ。 貴族とは、平民が思っているほど良いものではない」


 騎士団の主な仕事は王族を始めとした貴族の護衛である。時には自身の命を盾にして、その血統を途絶えさせてはならないと誰よりも貴族の傍にいてその血を護り、その苦悩を知る者なのだ。


「そして、我が家が騎士爵へ叙爵された事によりエミリアとの結婚が伯父上に許された」


「…………」


 そして国王より叙爵された以上、拒否してしまったら反逆罪として処罰されてしまう。

 父が続けた言葉に、何も知らなかった俺は呆然としてしまった。


ーーいやでも、それなら。


「おめでたいこと、ではないのですか?」


「………あ、ああ。そうだよな?」


 騎士爵へと叙爵されてしまった事は予想外の事で、騎士爵を拒否することも出来ない以上それはもうどうしようもない。

 ただ、ずっと諦めていた女性と兄が結婚出来るというのなら、それは喜ばしい事だと思う。

 サフライは唯一俺に賛同してくれたようだが、父やガハンス、エミリアの表情は硬いままだった。


「…………エミリアは、伯爵家の一人娘なんだ」


「え?」


「私とエミリアの結婚は、私がこの家の跡取りでは無くなる事を意味する」


 苦しげに吐き出されたその言葉は、今後の俺の運命を変える言葉でもあった。




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