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18話 おねだりと試食会

「サフライ兄様は今日どうするの?」


 父とガハンスが朝早く王都へと旅立った今日、父に母の事を頼まれたものの、平穏が訪れてすぐに緊急に何かしないといけない事があるわけでもないだろう。

 家の玄関に入ったところで、俺は身長百八十㎝ある銀髪碧眼に髪を後ろで纏めた実はイケメンな兄を見上げた。


「あ〜、そうだな……」


 顎に手をやって考え込んでいるという事は、特にないという事で判断しても良いだろうか。


「なら、今日は僕に付き合ってくれませんか?」


「あ?」


「作って貰いたいものがあるのです」


「……今度は何を企んでいやがる?」


「失敬な。僕はいつも家族と領民の幸せについて、こんなに考えているというのに」


「それでその家族と領民を全力で振り回してたら世話ねえだろが」


 ……うぐぐ。 仰る通りで。


「でもまあ、親父や兄貴と一緒にカミルのおっさんも帰って暇だしな。いいぜ付き合ってやるよ」


「やったー!」


 兄様素敵! ガラは悪いけど!


 見事な槍を作り上げた腕前を伯父に見込まれた兄は、盗賊の件が終了してからも昨日の深夜まで二人で何やらコソコソと兄専用の工房に篭っていたようだ。


 兄専用の工房というのは、自宅から徒歩五分という敷地内にあり、家具や武器を次から次へと考えなしに作った結果部屋に入りきらなくなったと嘆いた兄に強請られ俺が作ってあげたものだ。


 普段世話になっているからと引き受けたはいいが、工房の内装についても職人気質故かこだわりがあるようで、あれやこれやと注文が非常に細かったのは余談である。




「……調理器具ぅ? また、なんでそんな妙なものをわざわざ作るんだ」


 とりあえず二人で工房に移動し、俺が今回作って貰いたいモノを事細かに伝えたのだが、サフライは顔をしかめて嫌そうな顔をした。


 以前、スイートポテトを作る際にサフライには手伝ってもらった事があるが、基本はミルクが俺に張り付いている為そんなに料理をした事がないサフライにとって調理器具の有用性があまり理解出来なかったようだ。

 あとは、如何に美しいモノを形に残すのかに拘っている事もあるので、目に見えないものがそんなに必要とも思っていないのかもしれない。


「兄様、調理器具を馬鹿にしてはいけません。 料理とは、包丁ひとつ違うだけで食感が変わり、味が変わってくるものなのです」


「…………そんなに違うか?」


「全然違います。 包丁だけでなく、フライパンひとつとっても変わってくるのです。 例えばそう……兄様が好きな玉子焼きはどうですか? もちろん丸いフライパンでも同じように作る事はできましょう。 ですが、兄様は美しいものが好きですよね? 玉子焼きは四角いフライパンに根気よく均等な薄焼き卵を何層にも重ねることによってあの繊細な味わいが生まれ、あの美しい断層は食欲を増進させると思いませんか? 一方で丸いフライパンで焼かれた玉子焼きはどうでしょう? もはや均等にする、などということは不可能です。 なので、敢えて僕は言いましょう……あれは玉子焼きではないっ! それはもはやオムレツであると!!」


「んなっ!?」


 俺渾身の力説はサフライにとって雷が落ちたような衝撃だったようで、俺は今日一日製造マシーンを確保する事が出来た。





****




 丸一日付き合って貰った結果、前世にあったような調理器具が粗方完成した。

 調理器具の内容についてはここで言うとキリがないので、各家庭のキッチンに大抵有るものだと思って貰えばいいと思う。


「兄様はビックリするくらいなんでも作れますね。 将来は一体何になるおつもりですか?」


「……良いように利用してるお前が言うか?」


「さあ、親睦会の準備を進めましょう」


「無視かコラ」


 そう、何故今のタイミングで調理器具を作って貰ったかというと、全ては親睦会の準備の為なのだ。

 以前から思っていたことだが、この世界には調理器具が非常に少ない。

 この村から出た事がない俺が知らないだけかも知れないが、我が家には泡立て器すらなかったので最初は生クリームひとつ泡立てるにも大変だった。

 何本もの菜箸でミルクと何時間もかき混ぜてみたりしたが、やっぱり無理だったからサフライに拝み倒して作って貰った。

 やっぱり調理器具があるのとないのでは効率が段違いだし、これではレパートリーもいつまでたっても増えない筈だ。


 親睦会は、旅館のお披露目も兼ねて旅館の一階を全て解放してそこで宴会を行う予定である。

 見廻りや防壁の警護につく一部の兵士以外、村人のほぼ全員が参加するので全員一斉には入れないが、そこは時間を変えてもらったり外にも席を用意したり席を譲り合って貰えば大丈夫だと思う。


 問題は、一番みんなが楽しみにしているであろう食事だ。

 酒がないので、せめて大量の料理を即座に用意出来なければ楽しい空気もシラけてしまうだろうし、時間停止の機能を旅館の厨房にもこっそりつけるつもりだが、約百五十名もいる領民たちに作り置きだけでは直ぐに足りなくなってしまうのが目に見えている。


 なので、作り置きの料理や下拵えを精一杯用意しておいた上で、ミルクを筆頭とする有志の料理人たちがひたすら作り続けなければならない重労働を少しでも減らし、レパートリーが増えたらいいな、というのが今回の目的だったのである。




「おーっ、今夜はすげー豪勢だな」


「あら本当ね」


「親睦会では新しい料理を沢山提供をしようと思っているので、母様や兄様も何が美味しかったか、後で感想を聞かせてください」


 父やガハンス抜きの夕食で、ミルクに提供した簡単レシピで作った試作品を少しずつ出してもらい、何がみんなに喜ばれやすいのかと二人にアンケートをとる。


 新たに考えたレシピの食材となるのは、主に森で穫れる穀物・根菜・山菜・キノコ・果物・蜂蜜等の森の恵みや、狩ってきた肉、ウチで飼っているので毎朝沢山採れる鶏の玉子や、牛もどきの生乳から採れる牛乳はもちろん生クリーム・バター、料理長(ミルク)が鋭意制作中の発酵食品などだ。


「美味え!」


「……どれもこれも全部美味しいわ」


「よかった!」


 実は、レシピを作るにあたり前世の記憶を元にしようにも調味料が全く足りなかった。

 マヨネーズを作るにもお酢が必要だし、砂糖がわりに蜂蜜を使おうと思えば並大抵の量じゃ足りない。

 チーズやヨーグルトも同じ生乳から作られるものではあるが、酪農家でもなかった俺はどう発酵させて作ればいいのかわからない。

 調理器具が足りない調味料が足りない俺がもってる前世のレシピも役に立つようで余り役に立たない。


 まさに、ないない尽くしの中で料理長(ミルク)とともに作りあげたのが、今晩の食卓に並ぶ努力の結晶たちである。


 先ず主役(メイン)となるのは、切って焼いただけの鶏・牛・豚・羊のもどき肉たちのステーキやソテー、各種根菜を角切りにしてミンチ状の肉と炒めた玉ねぎを混ぜ焼き固めた数種類のハンバーグ。

 それにじゃがいもを潰してバター・塩を加えたマッシュポテトや、彩りに茹でたり炒めただけの野菜を添える。

 肉と野菜ときのこをランダムに串に刺した見たまんまの串焼きに、野鳥の焼き鳥や野菜の肉巻き。

 肉と山菜の野菜炒め、節約の為に少量の油で焼き上げ塩を振ったポテトフライに、同じようにスティック状にして焼き上げたさつま芋に蜂蜜を掛けた大学芋もどき。

 この村でよく食べられるようになったフキや森で採ってきたきゅうりを塩揉みしたおつまみ。

 蒸した芋にバターを乗せただけのじゃがバターや、ありとあらゆる食材をぶち込んだコンソメスープもどきは腹を満たしてくれるだろう。

 大学芋以外のデザートは、おなじみのものもあるし食べきれないので今晩の夕飯には出していない。


 主に味付けが塩メインになるのが痛い所だが、今回は素材そのものの味を楽しむという趣旨に……なっているといいな。うん。


 ミルクも今回の親睦会にはかなりの情熱を持って取り組んでくれているので、親睦会当日までには新たなレシピも二〜三個は増えるかもしれない。


「では、親睦会の料理はこんな感じで進めますね」


「ええ、楽しみにしているわ」


「今から待ちきれねえな」


 母とサフライが笑って頷いてくれたので、ますます俺は成功させなければと奮闘することになる。


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