17話 容疑者現る
ドカッ、バキンッ!ガガガガァーン!
「「!?」」
「ーーッ敵襲だ! てめえら起きろォーーっ!!」
男は、焦っていた。
突如現れた集団に、寝首を掻かれたのだ。
何故、こんな事態に陥っているのか。
打撃音と、腹に穴が開き血を吐く音が闇夜に紛れて絶えず聴こえる。
「やめっ……ぐあああっ! カハッ」
次は誰だ、誰が殺されるのだ。
暗闇に乗じて現れた集団の顔も味方の顔も確認出来ず、判断出来る時にはそれが最期の声となっている。
男は顔も見えぬ敵に戦慄した。
違う、自分はこんなところでやられて良い男ではない。
いつでも最善と最良を選んで来たではないか。
敗北など愚かな事を、自分が経験する筈がない。
確実に迫る死に震える身体を叱咤して、男は直ぐそこにあった武器を振るった。
「っらあぁあぁあ!!」
死ねない死ねない死ねない! ……死にたくない!!
男はいつでも欲しいものは力で奪ってきた。
金も食事も女ですら、いつだって奪う事で満たされてきたのだ。
それ以外の生き方なんて知らない。
これが一番賢く生きる術だと信じて生きてきたのだ!
ーーなのに何故か。
奪われ嬲られ慰み者にされた者の声が木霊する。
これまでその生命ごと奪ってやった数え切れない無数の声が今になって耳から離れない。
……くだらないくだらないくだらない!
弱い者が奪われ強い者が奪って何が悪い! 弱い者が悪いのだ!
男は頭を振ってその幻聴を振り払おうとした。
そう思うのに、今まで気にした事もなかった被害者達の悲鳴が耳にこびり付いたまま、得体の知れない恐怖が男を襲う。
「ゴフッ……」
あちこちで仲間が血を吐き倒れていった。
血生臭いにおいで、部屋の中が噎せ返るほどだ。
猛者である幹部の数まで確実に数が減らされていき、既に仲間はほとんど残されていないのが僅かに日が射し始めた朝焼けで確認できてしまった。
「…………おかし、ら……?」
つい数時間前まで可愛がっていた部下が、白目を剥いて息を引き取った。
それに引き換え、敵方は武装したまま誰も倒れておらず、圧倒的不利の状況に流石の男も死期を悟る。
俺は、本当にこんなところで……
ーードッ!!
「っぐぅ!?」
「せめてもの慈悲だ、一瞬で逝け」
土手っ腹に穴が空いた男が最期に見た人間は、茶色の髪と瞳の、どこにでも居そうな、今まで自分が一番殺して来たような男であったというーー。
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「アル、次はこっちのお水も替えてくれる?」
「はい、母様」
母を筆頭に、村の女衆が忙しく動き回っている。
盥に水を入れ血がこびりついた兵士達の服を軽く水洗いして、動ける者は我が家の風呂へと誘導していく。
怪我で動けない兵士達は俺の魔法で浮かせ、ベッドに運ばれた。
「……うはぁ、これでやっと落ち着けますね」
みんながひと段落ついた所でだらしなく椅子に凭れたが、今は俺を咎めるものはいない。
あの日の俺の呪いが効いたのか、呪われた盗賊はその数日後、数人の間諜を森に放っていた。
野蛮な盗賊の癖に、間諜を寄越すとは小癪な。
幸い、間諜達は見廻りをしていたジェイドさんに捕らえられたそうだが、放っておけば第二、第三の者が送られて来るのは確実だろう。
なら、どうするか。
今度は俺たちが先に手を打っておくのだ。
ジェイドさん達が生かしておいた間諜達を拷問にかけ、まずはアジトを聞き出し計画的にこちらから寝首を掻く。
聞き出した情報によると、盗賊団には百名ほどの人数が居るそうだが、実際に手強いのはトップにいる盗賊団の頭や少数の幹部のみだと言っていたので、やりようはいくらでもある。
数の不利を補いこちらに有利に勝利を導けるよう、計画を企てる。
もちろん間諜の情報を全て信用するつもりはないが、情報が0に等しかった時よりはアジトを知れただけでもそれは有り難かった。
「……決行は、明後日深夜ですね」
「兄様?」
「ああ、こういうのは先手必勝。どちらがいち早く大将の首を取れるかにかかっている。なに、あちらが先に手を出してきたんだ、大義はこちらにある。奴らには精々うちの兵士達の糧になって貰おう。それくらいの迷惑料を貰わんと割に合わんからな」
「フッ、どーせそんなこったろうと思って、ほら、ジェイド達の槍ももう作っておいたぜ」
「うふふふ。サフライも分かってきたじゃないの」
「…………」
えーっと、うちの家族こんなに好戦的でしたっけ?
ガハンスと父が悪い顔で計画を詰めていき、いつの間に作っていたのかサフライが新たな槍を取り出した。
母はそんなサフライを成長したわねと誉めているが……なんだろう? それじゃない感がすごい。
普段みんなを振り回しまくってる俺が言うのもなんだが、ここ最近色々あり過ぎたところに盗賊の介入でぷっちんいっちゃったとかそういう感じなんだろうか。
この人達を本気で怒らせてはいけない。
今更すぎる訓戒を、俺は自身の胸に刻んだ。
そして奇襲決行当日。
無事計画通り奇襲は成功し、翌朝、父が率いた兵士達は多少怪我をしてはいるものの、誰一人命を落とす事なく帰って来てくれた。
我が家で出迎えた兵士を、有志を募った者たちで手当をし着替えさせて慰労の意味を込めて食事をふるまう。
酒は出ないが、簡単な打ち上げパーティーは好評のうちに終わった。
「貴方達も良く頑張りましたね」
兵士達がいなくなったリビングで、ぐったりとした俺たち兄弟を母がそう労ってくれる。
「そうだな。 これからも油断は禁物だが、この経験は誰にとっても良きものであったと思う」
父もうむ。と頷いて、満足そうな顔をしている。
これは盗賊団から迷惑料を充分に毟り取れた、という解釈でいいのだろうか。
「……憂いは晴れましたが、明日からも大変ですね」
父と共に奇襲に参加し、帰って来てからも俺たちの手伝いをしてくれていたガハンスが疲れた顔で肩をバキボキと鳴らしてよくわからない事を言った。
「盗賊団はもう居なくなりましたし、なのにまだ何かあるんですか?」
「ええそうよ。 早いうちに盗賊団の首を持って王都に報告しに行かなくちゃいけないの」
「く、首をっ!?」
ーーこわっ! この世界怖っ!!
俺は思わず母が盗賊団の生首を手にぶら下げている絵を想像し、ゾッとして素っ頓狂な声をあげてしまった。
なんでも、この世界でも殺人は罪になるので盗賊団やよっぽどの犯罪を犯した者を殺しても罪には問われないが、「自分達はこれこれこう言う経緯があって、だからこいつらは生首になったんですよ」と言う報告が事後承諾にはなるが必要になるらしい。
この報告を怠ってしまうと、少数ではあるがこちら側に大義があっても殺人犯として訴えられてしまう事もあるそうで、なので、明日から父とガハンスは隣村出身でもあるジェイドさんら数人を証人として引き連れて王都へと報告に向かわなければならないそうだ。
「私達が留守になるので、その間の村の事はマリアに任せる」
「承知致しましたわ」
「お前達も、マリアを良く助けるように」
「「 はい 」」
父とガハンスが王都に発つ翌朝。 母は領主代理として裁量を任され、母と共に残された俺とサフライは顔を引き締めて、旅立つみんなを見送るのであった。




