2話 目覚めと魔法
後から思えば、あれは母の腹の中だったんだと思う。
ゆらゆらと心地良い揺らぎに身を任せ気持ちよく寝ていたというのに、突然頭が引っぱられるような圧がかかって苦しくなり、それまでどうやって息をしていたのかもわからなくなるくらいとにかく苦しい目にあった。
「ーーー! ーーー!」
「ーーーー!!」
誰かが何かを叫んでいてとてもうるさい。
いきなり周りが明るくなり、それまで薄暗く静かだったのがやたら賑やかになったのに動揺して目を開けようとする。
だが目に力が入らず、そういえばさっきから手足も自分の思うように動いていないかもしれないと気付いた。
ーーなんだ、俺は事故にでも遭ったのか?
どこが痛いわけでもない。
そうこう考えているうちに温かな湯に入れられた。
その手がかなり大きく巨人かよと思ったが、後でよくよく考えてみたらあれは俺を取り上げてくれた使用人の婆さんだったんだろうな。
ベッドに寝かせられた後も、度々両親が俺の顔を覗きに来て抱き上げられた。
そうなってくるともう自分が赤ん坊なんだと理解する他ない。母親の授乳や、下の世話までされちゃあな。
自分が覚えているのは日本人だった記憶。
自分の名前とか人の顔とかは不思議なほど思い出せないが、小中高大学と一般的な教育を受けたことや就職したこと、趣味、この世界にはないはずの電化製品や車といった文明の利器なんかも。
あ、そうそう。最初は意味不明だった言語も、時間が経つにつれ理解出来るようになったんだ。
熱心に教えてくれた両親や使用人のおかげもあるだろうが、なにより柔らかいこの幼児の脳みそがすごかった。
ただ、スポンジのように知識をなんでも吸い込んでいく前世より出来が良い己の頭に夢中になって、知恵熱を出したことは忘れないようにしている。
とりあえず今俺は日本人の記憶のおかげでこの家の三男にして、神童の名を欲しいままにしていた。
上の兄ふたりは年が十歳以上離れていることもあり、末っ子の俺は両親や使用人、兄にまで猫可愛がりの溺愛状態。……中身がオッサン手前の俺だから良かったものの、純粋な三歳児なら調子に乗って将来やべー事になったんじゃないかと一人冷や汗をかいたのは俺だけの秘密だ。
そして、一番嬉しかったのが。
「アルファン。 あれが “魔法” だ」
「魔法……?」
「あぁ、すごいだろう?」
目の前には、母がキッチンで料理を作る姿。
領主一家と言えど限られた使用人の数しかいない貧乏領主なので、母・マリアは料理長のミルクと交代で朝夕二回のどちらか一回は自身で調理を行っていた。
そんな母が、竃らしきものに指を振ると火がついたのだ。
「すごい! 僕もかーさまみたいに魔法を使いたい!」
「ははは、そうかそうか。マリアは魔法が得意だからな。お前も教えてもらうといい」
なんと、魔法があったのか! それは是非とも覚えたい!
言われてみれば、中世ほどの文明なのか電気のスイッチはどこにも見当たらないのに、夜になると不思議な形をした石が明るく灯っていた。
父が言うには、母は火魔法・水魔法・風魔法の使い手だそうだ。これがあると家の大抵のことは魔法で解決が出来るみたいで、父や兄二人も母ほどではないが魔法が使えて、簡単なライトやファイアくらいなら国民の7割は使えるらしい。
それから一気に魔法にハマった俺は、母に教えを請いながら毎日毎日練習した。
イメージが大事だといわれれて夢に見るくらい夢想を繰り返し、いきなり魔法が発現したときは自宅を燃えつくさんとする炎が現れてその時ばかりは両親、兄二人にしこたま叱られた。
あぁ、水魔法も成功して本当良かった……。
「母様! 昨日雨漏りしてた所直しておいたよ!」
「あら本当? いつもありがとうね」
「うん!」
「それにしても、アルはもう土魔法まで使えるようになったのね。私ですら使えないのに」
そして、早過ぎる自我の目覚めは俺に絶大なるメリットをもたらしてくれた。
この世界は、火魔法・水魔法・風魔法・土魔法・光魔法の五大魔法から成り立っている。
一般人は精々一〜二種類使えるし、母の様に得意でも三種類、王宮お抱えの魔法使いにもなれば五大魔法全て使えるらしいが、こんなド田舎で使える人はまあいない。……そろそろお気づきだろうが、三歳から二年間、毎日練習した甲斐あって今の俺は五大魔法全て使えるようになったのだ!内容はすげーショボいがな!だってまだ五歳だもん!両親が上級者向けの魔法全てお預けにしてしまったんだもん!ぷんぷん!
だが両親や兄の言い分もわかるだけに暴れて泣いて困らせたりはしない。
子供らしくないことは重々承知だが、「そんな恥ずかしいことできるか!」と、理性さんの言い分が勝利した。
仕方なく俺は、熟考の末にこの持て余したエネルギーを発散すべく、我が家の修繕に使って行く事にしている。
ゲームのようにゲージやステータスがないのでわからないが、大抵の人より疲れにくいらしく、魔力量が多いのか使用量が少ないのかは不明だ。
「さあ! 今日も我が家をリフォームだ!」




