16話 兵士志望と未だ見ぬ陰
るんたった、るんたったー。
そんなメロディが聴こえてきそうなステップを踏むのは、初めて着たワンピースが嬉しいのかいつも以上ににこにこと笑っているアリスである。
「る、るるん、るんる〜」
「あ〜もうアリス、ちょっとは大人しくなさい! きちんとアルファン様にお礼を言わなきゃダメじゃないの!」
幼児特有の大きな頭を右へ左へとふらふらさせ、ちょこまかと動き回るアリスを追いかけて振り回されているのはアリスの母親、ミシェルさんだ。
だがアリスはご機嫌なまま、ついには自作の歌まで唄い始めたので、もう何を言っても無駄な気がする。
アリスの自由さに俺は思わず笑ってしまった。
「小さくっても女の子ですね」
「申し訳ございませんアルファン様。せっかく服を持って来て下さったのに、アリスは朝からずっとあの調子で……」
「いえいえ、お礼なら村のみんなに言ってあげて下さい。 生憎、僕の家は男兄弟ばかりでアリスの服は用意出来ませんでしたし。 あと、僕の事はアルと呼んで下さい」
今朝、元難民が住んでいる旅館に届いた荷物があった。
一体なにが入っているのかと中を確かめると、そこには何枚もの幼児用のワンピースや女の子の服が沢山詰まっていて、アリスに着せて上げて欲しいと女の子がいる家庭の村のみんなからの贈り物だったそうだ。
さらにミシェルさんの手には、成人男性、成人女性、アリスよりももう少し大きい子供達が着れそうな服が詰まっている皮袋が抱かれている。
「ええ。 私たちは何から何までして頂いてばかりで、どうやってご恩を返せば良いのか……」
突然やって来た自分達に、家や衣類や食事全てを与えてくれた領主一家や村人達。
やって来た当初は、アリスのピアスの存在が知られた事で再びの迫害も危惧していたが、こんなにも温かく迎え入れてくれるとは思ってもみなかったと感極まったようにミシェルさんは語った。
村人達は、俺も少し心配していたような偏見の目は持っておらず、アリス達の存在が父より発表された翌日の今朝には、村人たちの間で着れなくなった服を融通しあう、という慣例が通常通り行われたそうだ。
子供達も着れなくなった服は村から新しく産まれた子へと引き継がれ、継ぎ接ぎだらけでお世辞にも綺麗とは言い難いものではあったが、贈られた服には村人達が逞しく生きてきた歴史が刻まれていた。
「あと、ジェイドさんからの伝言で、今夜はうちに泊まって明日朝早く兵士達と一緒に父や兄の訓練を受けるそうです」
「…………またあの人はっ」
おぉふ。 ジェイドさんも尻に敷かれるタイプの旦那みたいだ。 美女が怒ると迫力があるね。
アリスの父親、ジェイドさんはこの村に移住して来てからというものの、俺の父ガジルとすっかり意気投合したようで、度々うちに遊びに来ている。
実は腕も立つジェイドさんは、父から志願兵がこの村の兵士へと昇格した成り立ちを聞いていたく感動したらしく、その結果、是非自分も兵士の一員に加わりたいと父へ直談判したそうだ。
そうなってくると我も我もと兵士の訓練に混ざりたがる元難民の男子勢も増え、毎日の訓練は父やガハンス含めて十七名だったのが兵士希望の元難民の八名を加え、今や合計二十五名の団体を引き連れ森へと繰り出しているそうだ。
実はジェイドさんの家系は脳筋だったりするのか?
訓練はともかく、流石に直ぐに雇用はできないと父は保留にしているようだが、改良済みの槍を元難民達へ与えるのも時間の問題だろうと俺は思っている。
「あと、サフライ様にも私たちから是非お礼を申し上げたいのです……」
今回、兄のサフライには大いにその腕をふるってもらっていた。
サフライはどうやらすっかり家具作りにハマってしまったらしく、我が家をビフォーアフターした後もちょこちょこと家具に彫刻や細工を施していたり、いつの間にか家具自体が全く別のものと入れ替わっていたりする。
使わなくなった家具たちは村人たちに惜しげもなく下げ渡されているが、それだって村人にはなかなか買えないような完成度の高いものばかり。
この村には職人も碌にいないので、みんなは大喜びでサフライの趣味を迎合していた。
現在、兵士たちが肌身離さず持っている槍ももちろんサフライが一つ一つ魂を込めて作り上げたもので、田舎領地ではまず見かけない輝きを放つそれに、村人たちは兵士に羨望の目を向けている。
「そうですか。 僕から伝える事も出来ますが、良ければ兄に直接伝えてあげて下さい。いずれ機会はこちらで設けますので」
この旅館が出来た時サフライからは何も怒られなかったので、後日何故だったのか聞いてみると、初めて見た建造物に心奪われ、そこに釣り合う家具や置物はどんなものが相応しいのかと必死に頭を巡らせていた事がわかった。
言われてみれば、頼まれずとも自宅に帰るなり部屋に篭り、設計図を練って兄主導で次々と家具を作り設えていたのはそういう事だったのかと合点がいく。
家具を作り風呂を作り槍まで作れてしまう兄は、一体どこに向かうつもりなのか。 心配はしていないが弟としてはとても気になる所である。
「別の機会ですか?」
「はい。この件が落ちついたら村全体での親睦会を開こうと思っているんです。 是非参加して下さいね」
旅館に住むみんなから色好い返事を貰えたので、挨拶をしてから自宅へ戻った。
盗賊が現れないに越した事はないが、こうも来るか来ないかずっとヤキモキさせられると、早く来て欲しい気もした。
もう村の防衛も、立てこもる為の食糧も充分だし、戦力だって武器だって準備万端なのだ。
早く現れてさっさとやっつけられろとまだ見ぬ敵に呪いをかけてから、その日は就寝した。
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「兄貴っ、もうそろそろ食糧が尽きそうですぜ」
「……もうか? あんなにあの村で掻っ払って来たってのによ」
「しょーがありやせんよ、兄貴は俺たち盗賊団の頭で大食らいの野郎どもを養ってるんスから。 いくらあったってたりやせん」
「……仕方ねえな。 じゃあ、今度はこっちの村を狙うか」
「さすが兄貴! そう来なくっちゃあ! そろそろ奴らも女に飢えて煩かったんで、やっと静かになりやす」
「今回も、奪ったらさっさとトンズラするぞ。 面倒臭いのは嫌いなんだ」
「もちろん分かっておりやす!」
草木も眠る丑三つ時。
コハンスティール領ラナーク村の防壁より二十㎞先では、夜な夜なそんな会話が行われていた。
すいませんすいませんすいません。
アリスの母→レイナじゃなくてミシェルで訂正しました。 自分の記憶力の無さに愕然。




